電網木村書店 Web無料公開
読売グループ新総帥《小林与三次》研究 第一章-6

第一章《旧内務省の幻影》

「警察新聞」が世界にのびる「全国紙」へ発展する恐怖

6 旧内務官僚閥によるマスコミ管理の”国内植民地”

 だが、「自治」のスレ違いは、さらに深い歴史の断層をのぞかせている。

 まず、日本による海外侵略の例だが、“満州建国”に向けて関東軍が「地方自治指導部条例」を制定している。一方で張作霧爆死の陰謀を強行し、つまり、満州の現地政権の指導者を暗殺しておいて、さあ「自治」だ、「五族協和」だというのだ。それでも、まんまと欺されて理想に燃えた青年達がいたのだから、ことばの魔術と情報操作は恐ろしいものである。

 だから、日本における「自治」という用語のルーツも、ぜひ知りたいと思っている。どなたかくわしい方がおられれば、御教示たまわりたい。とりあえず翻訳語の可能性を考えると、かの大英帝国では、「自治領」(セルフ・ガバニング・コロニーズ)というのがあり、「王室領」クラウン・コロニーズ)と対をなしていた。

 つまり、直轄領で何度も反乱を起された経験から、現地のカイライ政権づくりによる支配が発達したのである。だから、考えてみれば何のことはないのだ。「独立」(インデペンデント)であれば、事改めて「自治」を強調する必要はない。っまり、行政上の「自治」とは、独立を失ったが故に与えられる「地方制度」に他ならなかったのである。

 そこで振り返って、いまの「自治」省の前身を見ると、旧内務省の「地方」局が中心となっている。外局の消防庁は、自治庁が省に格上げされる時に、再合併したものである。つまり、旧名を生かせば、「地方」省でも良かったところなのだ。そして実際には、中身は変らず、名称だけのイメチェンで、ここに地方支配の行政エリートたちが生き残ったわけである。

 しかも最近は、自治省高級官僚がキャリア組のトップを争い出している。かつての内務省の格を取り戻しつつあるようだ。何故かといえば地方支配とは、都市政策も含めて、行政官中の行政官の仕事なのである。戦前から、時には軍や産業とも対立しつつ、警察制度を巧妙に動かし、地方住民つまりは全国民への支配を貫撤してきたのが、内務省地方局の官僚であった。彼等の眼から見れば、内務省本来の警察業務すら下部構造のダーティーワークであり、大蔵官僚も数字屋に過ぎず、他は押しなべて、現場管理の外局の如きものであった。

 たとえばいま、土光敏夫を会長にかついだ第二次臨時行政調査会が、「行革」のオオナタを振りかざし、国政を揺がしている。マスコミでも大きく取り上げられている。ところがその際、焦点となった「出先機関整理」などの提言をしたのは、この臨調の委員でもあり地方制度調査会の会長でもある林敬三だ。林はその前歴を、防衛庁統幕議長として紹介される場合が多いが、旧内務省人脈の中心人物でもある。そして、もちろんというべきか、小林与三次も地方制度調査会の一委員として顔を出したり、この人脈の強化に一役も二役も買っている。一昨年のダブル選挙後には、旧内務省出身議員の懇談会が開かれ、元内務次官の灘尾弘吉を会長に選び、昨年の五月七日には「内友会」を正式発足させた。参加者は五〇名近いというから、一大勢力である。

 小林はまた、内務省の先輩として机を並べたこともある鈴木都知事を公然と応援し、大阪の岸知事など内務省系知事の進出を計ってきた。戦前の知事は内務官僚が任命されていたのだから、その体制の復活を、別な形で成し遂げているわけだ。その点の追求は、第四章で試みる。

 小林の陰然たる勢力づくりの一例には、財団法人日本広報協会の会長という新しい顔もある。一般には知られていない団体だが、この日本広報協会で、『広報通信』という月刊誌を四年前から出している。「総理府広報室監修」と銘打ち、毎号の裏表紙には、「内閣」から「電電公社」にいたる四六もの、官公庁の「広報主管課」名、「担当係」名、電話番号が列記されている。官公庁はすべて、天下り機関として「○○時報」といった類いの準機関誌発行の法人を作っているが、この『広報通信』は、いささか毛色が違う。興味のある方は霞ケ関などの政府刊行物サービス・センター等で手に取って見ていただきたい。極めて実用的なもので、「利用上の手引き」にはこうある。

《「広報通信」は、主として市町村の広報紙・誌のために政府の施策や行事などに関する記事を提供するものです。各記事はそのまま使っていただいても、また、その中の一部を使っていただいてもけっこうです。……片面印刷でウラを白くしてあるのは、原稿として切り取って使えるように、また、このまま写真製版してもウラウツリしないよう配慮したものです

 マンガのカットも案配し、至れりつくせりの工夫のあとが見られる。昨年9月号の目玉は、やはり「地震の日」であった。地震云々と有事立法のかくれた関係もあるが、いずれにしても、この『広報通信』は、全国的な行政キャンペーンの武器として、威力を発揮するに違いない。その際、第三章で追求するが、小林与三次が自治庁事務次官に返り咲く前に、総理庁(現総理府)審議室に潜んだ時期があること、のちにくわしく紹介するが、戦犯パージの事務局として旧市町村長・部落会長などをかばい、危ない時には早めに辞任させて退職金を確保してやったりしたこと、等々の暗い地方支配人脈をも見るべきだろう。

 さらなる問題は、こういう国政キャンペーンや地方支配、選挙等々に、「公器」を自称する新聞や放送が、トップのツルの一声で簡単に動員される危険性である。読売新聞は、すでに正力松太郎時代から、その私物的実績を積み重ねている。そして小林新社長は、さきに触れた《百万都市》の経験もあり、キャンペーンは決してきらいな方ではない。編集主幹を置かない読売新聞で、これからの紙面がどうなるのか、大いに注目しなくてはなるまい。

 すでに日本テレビでは、小林社長がスト権専門懇の委員として出た途端、ワイド番組で“やらせ”事件が起きた。公労協のストライキヘの批判の声をデッチ上げ、本番間際に台本に書き加えた台詞を、スタッフにしゃべらせたものだ。


7 全国紙と天下り高級官僚の歴史的関係