(internet.exchangepoint.tech)フェミニストが暗号化を擁護すべき理由
暗号化をめぐる議論は、オンラインの安全かプライバシーか、という間違った二者択一に矮小化されがちだが、現実ははるかに複雑なのだ。

マロリー・クノーデル
2025年9月18日 12分
写真:Anna Tsukanova / Unsplash
マロリー・クノーデル
暗号化をめぐる議論は、オンラインの安全とプライバシーのトレードオフ以上のものなのだが、しばしばそのような枠組みのなかで論じられる。私と Chayn のヘラ・フセインが共同執筆した、暗号化とオンライン上のジェンダーに基づく暴力に関する新しい概要説明のなかで、議論が法執行機関や被害者の話題に偏りがちで、サバイバーのニーズやフェミニストの視点が見過ごされがちなことを強調した。
政府が子どもの安全を名目に暗号化の弱体化を提案する中で、クィア、ジェンダーのマイノリティの人々の声を重視することが急務になっている。彼らは、安全な通信を頼りにし、支援を求め、組織化し、自由に生きようとしている。私たちの概要説明では、暗号化を安全に対する障害ではなく、オンライン上のジェンダーを理由とした暴力からのサバイバーの命綱なのだと再定義する。暗号化はプライバシーと表現の自由を保護すると同時に、女性や LGBTQIA+ 「レズビアン、ゲイ、バイセシュアル、トランスジェンダー、クイア、インターセクシュアル、アセクシュアルなど]の権利を推進し、脆弱なコミュニティを保護するものである。以下は概要説明全文の要約だ。全文はこちらで読める。議論を続けたいなら、私たちとMozFestセッションに参加してほしい。詳細は本稿の末尾(リンク先は英文オリジナルサイト)に記載されている。
議論の再構築
何百年もの間、女性は教育、芸術、科学、ビジネス、住宅、結婚や母性における自律性において、家父長制の障壁に直面してきた。 これらの自由は、男性優位のシステムにおいて、父親、兄弟、夫、息子、政府当局者によって管理されてきた。自らを守るため、女性はしばしば匿名を選択するか、匿名を強制されてきた。ジェンダーの少数派にとって、自身の性自認を隠すことが自身のセクシュアリティや人間関係を追求するよりも、安全な手段であった。
暗号化に関する議論は、子どもたちの保護とプライバシーを対立させる二項対立的な物語に還元されがちだ。[訳注]法執行機関や一部の子どもたちの保護を主張する人々は、暗号化が虐待者を保護し捜査を妨げるものだと主張する。一方、プライバシーやデジタルの権利を擁護する者たちは、暗号化を弱めることは全ての人を危険にさらすと反論する。この二項対立の枠組みは「被害者/サバイバー」と「プライバシー擁護者」を対立関係に置き、この間にある微妙なニュアンスの入り込む余地をほとんど残さない。こうした議論に欠けているのは、サバイバー自身の視点である。女性、クィア、ジェンダー・マイノリティ、その他のリスクにさらされているコミュニティは、監視、嫌がらせ、報復に対する防御の手段として暗号化に依存している。彼らにとって暗号化された通信は抽象的な理念ではなく、オンライン上での安全・尊厳・自由の条件なのだ。
[訳注]たとえば、児童ポルノなどの子どもの性的搾取とされる犯罪の取り締まりのためには、警察がネット上にある違法なデータを捜索できなければならない。警察にネット上の違法データを捜索する権限が与えられるためには、通信の秘密やプライバシーの権利を制限する必要がある、という考え方がある。この考え方では、プライバシーの権利を制限して警察に通信内容などへにアクセス権を与えることが子どもの性的搾取を抑止する上で必須である、という二項対立を前提として、プライバシーの権利の抑制を主張する。
概要説明の主要論点
この概要説明では、暗号化は、安全を妨げるものではなく人権とサバイバー保護の基盤であることを主張する。議論の枠組みを再構築し、より効果的な解決策を指し示す核心的な論点を提示する。
- 暗号化はあらゆる人権を保護する:暗号化は、プライバシー、安全、表現の自由、情報へのアクセスを守る。これらの権利は国際人権法で認められており、国連「世界人権宣言」第12条(日本語)では「何人も、その私生活、家族、住居及び通信に対する恣意的干渉、並びにその名誉及び信用に対する攻撃を受けない」と規定されている。これらは市民的及び政治的権利に関する国際規約(日本語)によって補強されている。
- 暗号化は被害者を守る:暗号化は、親密なパートナーからの暴力、ストーカー行為、国家による弾圧を経験している人々や、敵対的な環境で保健医療を求める人々にとっての命綱である。安全な通信手段があれば、報復を恐れずに助けを求めることができるからだ。
- 暗号化は充実した生活を可能にする:被害者は自らが経験した危害以上の存在だ。暗号化と匿名性によって、彼らは監視や報復に恐れることなく、学び、意見を表明し、創造し、人間関係を築き、支援を求めるといった充実した生活を送れる。例えば、家庭内暴力が軽視されたり黙殺されたりする国々では、安全な通信手段が命綱となる。南アフリカの全国シェルター運動、ナイジェリアの女性安全ハウス、カメルーンのAlertGBVといったシェルターは、危険にさらされた女性たちと連絡を取るためにWhatsAppに依存している。暗号化を弱体化させれば、こうした保護手段が失われ、被害者や活動家、反体制派は、弱体化を悪用する者たちによる危害よりもより大きな危険に晒されることになる。
- 暗号化は権利を守る: リプロダクティブ・ライツは、暗号化と国家監視、身体の自律性が最も致命的な形で衝突する領域だ。2022年には、暗号化されていないFacebookメッセージが中絶薬を求めたネブラスカ州の10代少女とその母親を訴追するために利用され、懲役刑につながった。ロー判決が覆されて以来、中絶関連の訴訟と訴追は劇的に増加しており、国家機関がリプロダクティブ・ライツと敵対関係になったばあい、医療提供者と医療を求める者双方にとってどれほど危険か、そして安全で暗号化された通信の緊急の必要性が浮き彫りなる。
- 情報へのアクセスが断たれることが命を危険に晒す:抑圧下にある状況では暗号化が命綱となる。ラテンアメリカ・カリブ海地域では年間約370万件の危険な中絶が行われ、約4000人が死亡している。Aya Contigoのような暗号化ツールは中絶関連情報とサービスを提供しつつ、ベネズエラのユーザーを国家監視から守る。暗号化が国家の抑圧から人々を守る領域は中絶の権利だけではない。Human Rights Watchの2023年報告書によれば、エジプト、イラク、ヨルダン、レバノン、チュニジアの治安部隊は、ソーシャルメディアや出会い系アプリの活動を理由に、クィアコミュニティを標的にし、起訴、拷問、その他のオフラインでの虐待が引き起こされている。
- 代替案は存在する:暗号化を弱体化させることは[性的搾取犯罪などの]解決策ではない。より安全なアプローチには、暗号化システム内で機能するコンテンツモデレーションツールの開発、被害者を支援する公的機関の強化、教育や安全設計による予防への投資、虐待を可能にする金融ネットワークの遮断などが含まれる。
フェミニストからの対応
私たちは、フェミニストからの対応とは、暗号化を擁護することだと考えている。なぜなら暗号化は人権、特に監視・虐待・弾圧のリスクにさらされる女性、少女、ジェンダー多様性を持つ人々の人権を保護するからだ。子どもの保護とプライバシーを二項対立とするような物語を退け、被害者の実際の体験を無視する技術・ポリシー決定に異議を唱えることが必要だ。
技術・ポリシー・現場のサービスに携わるフェミニストたちはプライバシーは特権ではなく、必要不可欠なものだということを明確に主張している。プライバシーの権利は人々が無償で助けを求め、報復を避け、安全に情報を得られるようにし、活動家やジャーナリストを守り、家庭内暴力から逃れる人々を保護する。LGBTQ+の若者が自らの意思でカミングアウトすることを可能にする。サバイバーは、安全を選ぶのか、それともオンライン上でプライバシーを守りながらコミュニケーションする権利を選ぶのか、そのどちらかを選ばされるべきではない。
- サバイバー主体の団体はこの現実を支えるツールと指針を構築してきた。全米家庭内暴力防止ネットワーク(NNEDV)とTech Safetyはジェンダーに基づく暴力のサバイバーを支援するプログラム向け暗号化基本ガイドを公表した。安全な通信は、助けを求めるか沈黙を守るかの分かれ目となるからだ。
- フェミニスト技術者たちもまた、人々を危害から守るインターネットの技術標準を作っている。IETFにおける不要なBluetooth追跡デバイスへの取り組みは、ストーカーウェアや強制的支配への懸念から生まれた。CDTやNNEDVを含む市民社会が推進したクロスプラットフォーム保護機能は、現在AppleとGoogleによって実装されている。
- インフラレベルでは、IEEE 2987規格がジェンダーに基づく暴力へのテクノロジー支援対応を体系化する最初の重要な一歩であり、技術的専門性と被害者視点の実践を融合させている。
ここで求められるのは、フェミニストテクノロジストが独自の能力と専門性を携え、これらの意思決定の場に参加し、脆弱なコミュニティの安全を守るだけにとどまらない技術設計を提案することだ。フェミニストテクノロジーは全ての人々のためのものだからである。
政策立案者と一般市民にとっての重要性
暗号化の弱体化はプライバシーを損うだけでなく、それ以上のものを損なう。それは人権の枠組み全体を不安定化させる。被害者、クィアコミュニティ、その他のリスクグループにとって、安全な通信は「安全」に通信できるか、それとも「沈黙」するかの分かれ目となる。
暗号化は民主主義の安全装置でもあり、個人と機関の間の境界を回復する。監視主導の解決策は安全を約束するかもしれないが、被害者をより大きな危害に晒し、制度的欠陥に目を向けない。被害者中心の権利に基づくアプローチは、暗号化による保護とは妥協を意味するのではなく、全ての人の尊厳、自由、安全を守る最も効果的な方法であることを示している。
また、子どもの権利にはプライバシーも含まれることを私たちは忘れてはならない。暗号化は、今日の子どもを保護し、将来大人になる彼らを守るものであり、将来における異議申し立て、活動、安全を可能にするものである。
出典:https://internet.exchangepoint.tech/why-feminists-must-defend-encryptio…