やじうま日誌 2025年7月

【7月1日】
徳仁、雅子◆共同通信が、7泊8日の日程で6日からモンゴルを「公式訪問」し、「国賓」として公式行事に臨むほか、日本とゆかりのある施設を視察して両国の友好関係を確認すると報道。「天皇の訪問は史上初。滞在中は第2次大戦後に抑留され、亡くなった日本人の慰霊碑に供花する予定で、戦後80年に際した戦没者慰霊の側面もある」。
久子、承子◆能登半島地震から1年半となったとして、大規模火災に見舞われた石川県輪島市の「朝市通り」で、輪島市朝市組合の組合員ら約10人が黙とう。故高円宮の妻久子と長女承子が参加。
女性天皇容認◆国民民主党に離党届を出した山尾志桜里・元衆院議員が、参院選に東京選挙区(改選数6)から無所属で出馬すると表明。記者会見し、無所属とした理由について、左派と右派の分断が進んでいるとして「中道政治をあきらめない。女性天皇の容認や憲法改正による安全保障実現など、国家観を自由度高く訴えたい」。
皇嗣職宮務官◆個人情報保護委員会事務局総務課長の佐々木克之と管理部管理課長補佐の源関小織を皇嗣職宮務官に当てる宮内庁人事が公表される。
歌会始◆宮内庁が翌年1月の「歌会始の儀」(題は「明」)の選者5人を発表。
【7月2日】
徳仁◆6日からのモンゴル「公式訪問」を前に、皇居・宮殿「石橋の間」で記者会見。「わが国とモンゴルとの間に培われてきた交流の歴史に思いをはせたい」とした上で、訪問を契機として「特に若い世代の人々の交流が一層活発になり、友好親善関係がさらに深まっていくことを期待している」と述べる。
「お召し列車」◆天皇、皇后を乗せる「お召し列車」としても活躍したJR西日本の欧風客車「サロンカーなにわ」が車両の老朽化などに伴い引退したことが、同社への取材で分かったと報道。同社によると、6月21日のツアーが最後の営業運転だったという。
【7月3日】
秋篠宮、紀子◆大阪・関西万博の会場で日本のナショナルデー式典に出席。あいさつで秋篠宮「ジャパンデーをきっかけとして、世界と出会い、日本を伝えるという素晴らしい体験が世代を超えて共有され、次の世代へと引き継がれていくことを祈念する」。サウジアラビアのパビリオンを視察。奈良県や京都府の廃校の資材でできたパビリオンを訪れる。
英王室◆前年がんの治療を受け、当年1月に「寛解」を発表した英皇太子の妻キャサリンが英南東部エセックス州の病院を訪れ、治療を終えた後も以前とは同じような生活ができず「とてもつらい」と打ち明けたと報道。闘病生活は「患者にとっても、家族にとっても人生を変える経験だ」と語ったと、英メディアが報じる。
昼食会◆石破茂首相が、大阪市此花区の大阪・関西万博会場にある「迎賓館」で、秋篠宮、紀子、吉村洋文・大阪府知事らと政府主催の昼食会に出席。
【7月4日】
佳子◆ブラジル「公式訪問」を終えた報告として、東京都八王子市にある昭和天皇の武蔵野陵と、香淳皇后の武蔵野東陵を参拝。当初6月23日に参拝する予定だったが、体調が優れず取りやめていたと報道。
【7月5日】
「モンゴル抑留」◆共同通信が「ミニ特集『モンゴル抑留』」のリード記事「日本人の苦闘、語り継ぐ/戦後80年、現地関係者ら」を配信。「天皇、皇后両陛下が6日からモンゴルを訪問される。第2次大戦後、同国では旧ソ連に拘束された多くの日本人抑留者が死亡した。当時のモンゴル人看守は、極限に近い環境で強制労働に従事した抑留者たちに同情を寄せる。現地では抑留者たちの苦闘がモンゴルのインフラ建設を支えたことを伝えようと私費で博物館を開設した人もいる。戦後80年。当時の記憶を語り継ぎ、日本との交流強化を願う声を追った。」
【7月6日】
徳仁、雅子、秋篠宮、紀子◆徳仁、雅子が、「国賓」としてモンゴルを「公式訪問」するため、羽田空港から政府専用機で出発。訪問中、皇嗣秋篠宮が天皇の「国事行為」の臨時代行をすると報道。出発の際、羽田空港の貴賓室で秋篠宮、紀子や関口昌一・参院議長らが見送る。
徳仁、雅子◆「国賓」としてモンゴルを「公式訪問」。首都ウランバートル近郊のチンギスハン国際空港に到着し、滞在先となるウランバートルのホテルに向かう。訪問は歴代天皇で初めてで、7泊8日の日程で歓迎式典やフレルスフ大統領夫妻主催の晩さん会に出席し、友好親善を図るほか、戦後の抑留中に死去した日本人の慰霊碑への供花も予定し、戦後80年に際して犠牲者を悼むと報道。
天皇モンゴル訪問◆徳仁、雅子のモンゴル訪問に際し、共同通信が「『やっと目が向けられる』/102歳の抑留経験者」と題したサイド記事を配信。「モンゴルでは戦後、旧ソ連による日本人抑留者1700人以上が命を落とした。天皇、皇后両陛下は8日に慰霊碑を訪れ、犠牲を悼まれる。抑留者が飢えと寒さの中、過酷な労働を強いられた実態は知られていない。北九州市の樋口三郎さん(102)は『生き地獄だった』と語り、訪問を機に『死んでいった人たちにやっと目が向けられる』としみじみ思う。」
【7月7日】
徳仁、雅子◆徳仁が、モンゴルの首都ウランバートルで上下水道公社を視察し、郊外にあるガチョールト水源を訪れて関連施設を見て回る。これに先立ち、古代から20世紀初頭までのモンゴルの歴史や文化を紹介するチンギスハン国立博物館を視察。雅子は歓迎式典など8日の公式行事に備えて同行せず、宿泊先のホテルで過ごす。
【7月8日】
徳仁、雅子◆「公式訪問」中のモンゴルの首都ウランバートル中心部にあるスフバートル広場で歓迎式典に出席。フレルスフ大統領夫妻の出迎えを受け、徳仁が儀仗隊による栄誉礼を受ける。政府庁舎の賓客応接用の「ゲル」で大統領夫妻と会見。徳仁「皇后と共に貴国を訪れることができ、大変うれしく思う。素晴らしい歓迎式典を催していただき、心から感謝している」。ウランバートル郊外で、戦後に抑留されて死去した日本人の慰霊碑に供花し、追悼。海外抑留地での天皇による慰霊は初で、夜、宿泊先のホテルで開かれた大統領夫妻主催の晩さん会に出席。徳仁が「日本の天皇として初のモンゴル訪問であり、両国の一層の友好関係の増進につながることを願う」とあいさつ。徳仁がビオラの演奏でモンゴル国立馬頭琴交響楽団と共演したと報道。
天皇モンゴル訪問◆徳仁、雅子のモンゴル訪問に際し、共同通信が「抑留の苦難に思い/陛下、埋もれた歴史忘れず」と題したサイド記事を配信。「天皇陛下は歴代天皇として初訪問したモンゴルで、皇后さまと共に日本人抑留者の慰霊碑に拝礼し、苦難に思いをはせられた。旧ソ連による戦後の抑留はシベリアが知られる一方、モンゴルは歴史に埋もれていた。戦後80年の今年、陛下は『忘れてはならない地』として沖縄、広島などを巡ってきた。抑留者慰霊も戦争の記憶継承への願いが込められている。」/共同通信が「民族衣装の市民ら歓声/両国国旗振り出迎え」と題した雑観記事を配信。「『陛下、雅子さまー』。モンゴル訪問中の天皇、皇后両陛下が8日、歓迎式典に出席された首都ウランバートル中心部のスフバートル広場。カラフルな民族衣装『デール』に身を包んだ数百人の市民らが両国国旗を振って出迎え、在留邦人からも歓声が上がった。」/共同通信が「ビオラで共演、友好ムード/晩さん会、関係発展願い」と題したサイド記事を配信。「天皇、皇后両陛下の宿泊先となっているモンゴルの首都ウランバートルのホテルでは8日夜、フレルスフ大統領夫妻主催の晩さん会が開かれ、陛下が関係発展を願うあいさつをされた。モンゴル語で『乾杯しましょう』と述べて大統領とグラスを合わせ、伝統楽器『馬頭琴』のパフォーマンスの際にはステージに上がりビオラで共演。会場は友好ムードに包まれた。」
日モンゴル関係◆徳仁、雅子のモンゴル訪問に際し、共同通信が「長期平和関係構築に期待/取り込み図る中ロけん制も」と題したサイド記事を配信。「1990年のモンゴル民主化以降、日本政府は経済や民主化を強く支援しており、モンゴル政府は天皇、皇后両陛下の訪問を機に、さらに長期の平和的な関係構築に期待している。一方で、モンゴルの取り込みを強める中国やロシアのけん制につなげたい思惑もある。(略)共に対米対立を抱える中ロは〝歴史〟を利用して、モンゴル取り込みに躍起になっている。/モンゴル元外交官で外交政策専門家のバヤルフーさんは『モンゴルの奪い合いをしていた中ロに今回の訪問が大きな打撃を与えた』と指摘。両陛下訪問で日モンゴル関係は新たな協力段階へと発展し、中ロも容易に介入できなくなると分析した。」
秋篠宮◆東京都江東区の日本科学未来館を訪れ、水循環の健全化に貢献したとして個人や団体をたたえる第27回日本水大賞の表彰式に出席。あいさつで「健全な水循環系を礎とした国土と自然を後世に引き継いでいかなければなりません。多くの人々がそれぞれの地域で水を守り、水について考える活動を実践していかれることを願います」。
安倍元首相銃撃事件◆石破茂首相が、安倍晋三・元首相の命日に合わせ、銃撃事件が起きたのと同じ奈良市にある霊園を訪れ、安倍の慰霊碑に献花、黙とう。記者団に「卑劣な犯行が選挙の最中に行われた。暴力によって民主主義が妨げられるのは許されず、最も強い言葉で非難されなければならない」。
正倉院展◆奈良国立博物館(奈良市)が、「第77回正倉院展」を10月25日~11月10日に開催すると発表。正倉院に伝わる宝物67件が出品され、象牙や鹿角などを使ったすごろく盤「木画紫檀双六局」や、ヤコウガイの貝殻片やトルコ石などで飾られた「平螺鈿背円鏡」など、聖武天皇ゆかりの品も観覧できると報道。
【7月9日】
徳仁、雅子◆モンゴルの首都ウランバートルで、小学生から高校生までが通う公立学校を訪れ「交流」。医師の研修などで日本と協力する「モンゴル日本病院」を視察。夕方、宿泊先のホテルで在留邦人と「懇談」。/8日の歓迎式典に参列した同国出身の朝青龍、白鵬、日馬富士の元横綱3人と言葉を交わし、式典後、取材に応じた朝青龍が「モンゴル人として誇りに思う。感無量です」と笑顔で話したと報道。
徳仁◆モンゴルの首都ウランバートルで日本の高等専門学校(高専)をモデルにした「モンゴルコーセン技術カレッジ」を視察。/米ニューヨークの国連本部で開かれた「第7回国連水と災害に関する特別会合」でビデオメッセージ形式であいさつ。「地球温暖化が進行し、洪水や干ばつ、水需給の逼迫に人類が直面している現在、さまざまなレベルでの協力とパートナーシップを進めることの可能性に一人一人が気づき、行動を起こすことが求められている」。
天皇モンゴル訪問◆モンゴルのバトツェツェグ外相が共同通信の単独インタビューに応じ、徳仁、雅子の訪問について「国民一同は心からの喜びに満ちている。歴史に刻まれる特別な訪問で、国を挙げて心待ちにしていた」。
日モンゴル関係◆モンゴルのバトツェツェグ外相が、徳仁、雅子の訪問を受けて共同通信の単独インタビューに応じ「今日、明日にも石破茂首相にわが国への招待状を、ザンダンシャタル首相名義で正式に送付する」。前年8月に当時の岸田文雄首相がモンゴルを訪問予定だったが、南海トラフ巨大地震の注意情報を受けて急きょ中止し、当年1月に2国間で防衛装備品の輸出入を可能にする「防衛装備品・技術移転協定」が発効しており、訪問が実現すれば両国の防衛分野での協力が加速しそうだと報道。
サウジ皇太子◆イランのアラグチ外相がサウジアラビアを訪問し、事実上の最高権力者ムハンマド皇太子らと会談。サウジの国営通信が伝える。2国間関係や中東情勢を協議したと報道。
【7月10日】
徳仁◆モンゴルの首都ウランバートルで、日本式の教育を導入している「新モンゴル学園」を視察。生徒たちと「懇談」。国内最大規模の仏教寺院「ガンダン寺」を訪れる。
【7月11日】
徳仁、雅子◆モンゴルの首都ウランバートルの国立中央スタジアムを訪れ、最大の祭典「ナーダム」の開会式に出席。フレルスフ大統領夫妻と共に貴賓席で観覧。近くの会場で弓術の競技を視察。宮内庁によると、大統領に促されて競技を体験。夕方、駐モンゴル日本大使公邸で日本とゆかりのあるモンゴル人と「懇談」。
天皇モンゴル訪問◆徳仁、雅子のモンゴル訪問に際し、共同通信が「両陛下出席に喜びの声/ナーダムでモンゴル市民」と題した雑観記事を配信。「11日に開幕したモンゴルの夏の国民的なスポーツの祭典『ナーダム』の開会式が行われた首都ウランバートル市内のスタジアムでは、疾走する馬や民族衣装姿の歌手らが登場し、歓声が上がり熱気に包まれた。市民からは天皇、皇后両陛下が開会式に出席されたことに喜びの声が上がった。」
秋篠宮、紀子、佳子、悠仁◆東京都目黒区の東京都写真美術館を訪れ、原爆投下後の広島で市民や記者らが撮影した写真などを集めた「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」を視察。
秋篠宮、紀子◆全国高校総合体育大会の総合開会式出席のため、23日から1泊2日で広島県を訪問すると報道。
皇室◆共同通信が、新刊紹介の記事で若杉良作著「天皇を覚醒させよ」を取り上げる。「1971年7月、天皇側近から『魔女』と呼ばれた女官が宮中から追放された―。『新潮45』の編集長を務めた著者が皇室の裏面史に迫ったノンフィクション。/『手かざし』で治療するという医師の影響を受けた彼女は香淳皇后に接近して信頼を得るが、宮中祭祀の簡素化を進める昭和天皇の侍従と対立し、退職に追い込まれる。/著者は昨今、天皇の姿が必要以上に可視化されてきたと指摘。宮中祭祀を重視した女官の考えを評価し、『霊性を核にして皇室を再構築する必要がある』と結論付ける。」
皇嗣職宮務官◆内閣府日本学術会議事務局企画課課長補佐の藤原智史を皇嗣職宮務官に当てる宮内庁人事が公表される。
【7月12日】
徳仁、雅子◆モンゴルの首都ウランバートルの西約100キロの草原にあるホスタイ国立公園を視察。視察を終えた徳仁が報道陣の取材に応じ「モンゴルの豊かな歴史、文化、素晴らしい自然に触れることができた1週間だった」。戦後の抑留中に死去した日本人の慰霊碑に供花することができ「感慨深く思った」と述べたと報道。これに先立ち、ウランバートル近郊で最大の祭典「ナーダム」の競技の一つ、競馬を観戦。ゴール付近にあるフイ・ドローン・ホダグ競馬会場でフレルスフ大統領夫妻と共にレースを見る。
天皇モンゴル訪問◆徳仁、雅子のモンゴル訪問に際し、共同通信が「抑留伝えるモンゴル人面会/陛下『素晴らしい活動』」と題したサイド記事を配信。「天皇、皇后両陛下はウランバートルの日本大使公邸で、日本とゆかりのあるモンゴルの人たちと懇談された。日本人抑留の苦労を伝える資料館『さくら』を設立したウルジートグトフさん(48)は『亡くなった1700人に代わってお会いした』。天皇陛下からは『素晴らしい活動をされていますね』と言葉をかけられた。」
【7月13日】
徳仁、雅子◆「公式訪問」先のモンゴルの首都ウランバートルの大統領公邸でフレルスフ大統領夫妻に別れのあいさつ。チンギスハン国際空港でモンゴル政府関係者に見送られ、政府専用機で羽田空港に到着し「帰国」。宮内庁を通じて感想を公表し「モンゴルの豊かな歴史・文化や素晴らしい大自然を肌で感じることができた。初めて二人で訪れ、とても思い出深い訪問となった」。
【7月14日】
明仁、美智子◆明仁が、右心不全と無症候性心筋虚血に新たな投薬治療を始めるため、東大病院(東京都文京区)に入院。美智子に付き添われ、車で病院に入る。宮内庁によると、症状の改善が見られず、心臓への負荷を和らげる必要があると判断したと報道。
侍従◆侍従の増田裕一郎が依願退官する宮内庁人事が公表される。
皇宮警察◆皇宮警察本部副本部長の長村順也を宮内庁長官官房付と兼務させる警察庁人事が公表される。
参政党◆参政党の神谷宗幣代表が12日に鹿児島市で行った演説で、戦前に思想や言論の弾圧に使われた治安維持法に言及し「『悪法だ、悪法だ』と言うが、共産主義者にとって悪法だろう」と発言したと報道。演説で「共産主義がはびこらないよう治安維持法を作った」と述べ、「彼らは天皇制を打倒し、日本の国体を変えようとした。共産主義は危険だ。最終的に国家を破綻させる」と主張したという。
フランス国家◆1795年の当日、フランス革命で発足した国民公会が布告を発し、ラマルセイエーズを国歌に制定。革命軍の士官が作曲、マルセイユの義勇兵が歌いながらパリに入城し、帝政期には禁止されたが、第2次大戦後の憲法は国歌として改めて定めたと報道。
【7月15日】
紀子◆献血運動推進全国大会出席などのため宮城県を訪問。仙台市の県立秋保かがやき支援学校を視察。多賀城市に移動し、奈良時代や平安時代に陸奥国の国府が置かれた国の特別史跡「多賀城跡」を視察。東北歴史博物館を訪問。
侍従◆国土交通省大臣官房付の森川泰敬を侍従に当てる宮内庁人事が公表される。
高松宮記念世界文化賞◆日本美術協会が、第36回高松宮殿下記念世界文化賞の5人の受賞者を発表。
チェコ大統領◆政府が、チェコのパベル大統領が大阪・関西万博のナショナルデー行事に参加するため、22~26日に訪日すると発表。滞在中、徳仁との会見や石破茂首相との会談を予定していると報道。
【7月16日】
紀子◆仙台市の仙台サンプラザホールを訪れ、第61回献血運動推進全国大会の式典に出席。あいさつで「献血への理解と協力がより一層進み、献血運動の輪がさらに広がっていくことを心より願う」。日本赤十字社などの主催で、日赤名誉副総裁を務める紀子が、血液事業の発展に特に顕著な学術的研究業績があったとして「昭和天皇記念学術賞」に選ばれた山梨県立病院機構の小俣政男・理事長に表彰状を手渡す。功労者と「懇談」。これに先立ち午前、宮城県赤十字血液センターを訪れる。
【7月17日】
明仁◆右心不全と無症候性心筋虚血で入院先の東大病院(東京都文京区)で、予定通り新たな投薬治療を受けていることが分かる。定例記者会見で宮内庁の西村泰彦長官が明らかに。
皇族確保策◆共同通信が「皇族確保、公約も不一致/各党見解、自民記載なし」と題し「通常国会で各党の見解がまとまらなかった皇族数確保策は、参院選公約でも一致していない」と配信。「公明党や日本維新の会などは政府の有識者会議案を前提とする一方、立憲民主党は女性皇族が婚姻後も皇室にとどまり当主となる『女性宮家』創設にこだわった。自民党は選挙戦のテーマになじまないとの理由から、公約への記載を見送った。」
英王室◆1917年の当日、英国王ジョージ5世が、王室の姓を「ウィンザー」とする勅令を発する。第1次大戦で反ドイツ感情が高まり、従来名乗っていたドイツ起源のザクセン・コーブルク・ゴータ姓を廃止し、新たな姓はロンドン郊外のウィンザー城にちなんだと報道。
バーレーン皇太子◆トランプ米大統領が、ホワイトハウスで中東バーレーンのサルマン皇太子と会談。サルマン皇太子が170億ドル(約2兆5千億円)の対米投資を表明。ホワイトハウスで記者団に、イスラエルとイランの停戦合意で「地域の不安定さは軽減された」と主張。イランは米国との核協議を再開させるべきだとの考えを示す。
「反万博」◆共同通信が「輝く未来、つくるのは誰か/『反万博』が問うたもの/『体制の論理』に対峙」と題し「1970年の大阪万博に際しては、少なくない『反万博』論が起きた。『人類の進歩と調和』をうたうメガイベントに国家や大企業など体制側の論理を読み取り、別の未来を求めた声は、開催中の大阪・関西万博を考える上でも示唆を与える」と配信。「69年8月、大阪市の大阪城公園で、翌年開幕の万博に対抗するイベント『反戦のための万国博(ハンパク)』が開かれた。ベトナム反戦や成田空港の建設反対、ハンセン病療養者の支援…。さまざまな社会問題に取り組むグループが結集し、テントの立ち並ぶ会場で展示や映画上映、パフォーマンスなどを行った。(略)今回の大阪・関西万博では、運営の不備や混乱に対する批判はX(旧ツイッター)などSNS上にあふれるが、万博を通して社会を考え、論じる動きは70年と比べて低調に見える。/そうした中、東京を拠点に活動するデザイナー松岡大雅さんは『万博を解体する』と題した自主出版物ZINEを制作。90年以降に生まれた世代が中心となって建築やアートなど多彩な視点からつづる内容だ。(略)松岡さんは、過去の『反万博』に満ちていた『行動で世の中を変えられるという空気や期待』は『今は共有できない気がする』と、異なるアプローチを試みる。個人の日々の営みを蚊帳の外に置き、進むメガイベントを『問題』だと感じること。それが『「反万博」なのだと思います』。」
【7月18日】
徳仁、雅子、愛子◆「静養」のため、栃木県那須町の那須御用邸付属邸に入る。宮内庁によると、数日間過ごす予定で、邸内の休憩所「嚶鳴亭」付近を散策し、徳仁が報道陣に「豊かな自然に触れながら3人でゆっくり過ごせたらと思います」。東大病院(東京都文京区)に入院していた明仁が午前に退院したとの報告を受けた後、皇居・御所を離れたと報道。
明仁、美智子◆無症候性心筋虚血などで新たな投薬治療を受けていた明仁が、東大病院(東京都文京区)を退院。連日見舞いに訪れていた美智子に付き添われ車で出る。宮内庁によると、入院中の検査で上室性不整脈の症状が確認され、今後は、東京・赤坂御用地の仙洞御所で、薬を服用するなどしながら経過を観察すると報道。
重要無形文化財◆文化審議会が、重要無形文化財保持者(人間国宝)に、上薬の下に絵付けなどの装飾を施して焼き上げる陶芸技法「釉下彩」の中田一於や、尺八の善養寺惠介ら6人を認定するよう文部科学相に答申。他に、指定済みの重要無形文化財の保持者団体構成員として、雅楽の宮内庁式部職楽部(東京都千代田区)の2人や、琉球舞踊保存会(那覇市)の10人などの追加認定も求める。
【7月19日】
荻窪会談◆1940年の当日、近衛文麿が第2次内閣の組閣に際し、現在の東京都杉並区荻窪にあった別邸「荻外荘」に、外務、陸軍、海軍の各大臣候補を招き基本方針を話し合う。松岡洋右、東条英機、吉田善吾が参加し、9月の日独伊三国同盟の締結につながったと報道。
満蒙開拓団◆共同通信が、連載企画「歴史を旅する」で「満蒙開拓団」を取り上げ、「満州に約27万人が移住/『人の土地を奪って』」と報道。「満州事変の翌年、1932年に満州国の建国が宣言された。日本人も含む五つの民族が力を合わせる『五族協和』と『王道楽土』をスローガンに掲げ、中国東北部にできた新しい国だ。その実態は日本陸軍の駐屯部隊『関東軍』が実権を握る日本の傀儡国家だった。/開拓のため政府は移民を募った。『拓け満蒙! 行け満州へ!』。満蒙開拓団は歓呼の声に送られ出兵するように故郷を離れた。大陸に渡ったのは建国から終戦の年まで満蒙開拓青少年義勇軍も含め約27万人とされる。/なぜこんなに多くの人が大陸に渡り、約8万もの命が失われたのか。その実相を知ろうと長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館を訪ねた。/記念館は国内で最も多くの開拓団を出したこの地域に2013年に創設された。帰還した人たちの聞き取り調査などから真実に迫り、開拓団も結果として満州侵略に加担したという『不都合な事実』も含めて展示する。16年には天皇陛下(現上皇さま)が見学し、満州からの引き揚げ者らと懇談された。」
参政党◆共同通信が「差別的発言、物議醸す/参政『台風の目』に」のタイトルで「参院選で台風の目とされたのが『日本人ファースト』」を掲げた参政党だ。街頭演説はどこも盛況だったが、差別的発言を含む神谷宗幣代表らの言動はその都度物議を醸し、批判が相次いだ」と報道。「参政がまとめた新憲法案には『天皇は元首』『教育勅語の尊重』など戦前に回帰する文言が並ぶ。明治大の井田正道教授(政治行動論)は、こうした思想が自民党の一定の支持層に浸透したと分析する。」
【7月20日】
「海の記念日」◆1876年の当日、明治天皇が「東北巡幸」を終え、灯台視察船「明治丸」で横浜に帰着。この日を記念して政府が1941年に「海の記念日」を制定し、96年に国民の祝日「海の日」となり、2003年に、7月の第3月曜日に変更されたと報道。
【7月21日】
秋篠宮、紀子◆東京都江東区の東京国際クルーズターミナルで「海の日記念行事2025」に出席。開会式で秋篠宮が「海への関心と理解を持ち続け、次の世代に豊かな海を引き継いでいくことが大切だ」とあいさつ。海洋少年団の小中学生と「交流」。
紀子◆東京都東久留米市の自由学園記念講堂を訪れ、指定難病「視神経脊髄炎」の患者会主催のチャリティーコンサートに出席。
【7月22日】
ミクロネシア大統領◆政府が、ミクロネシアのシミナ大統領夫妻が大阪・関西万博のナショナルデー行事に参加するため、28日~8月3日に訪日すると発表。滞在中、徳仁との会見も予定していると報道。
【7月23日】
徳仁、雅子、愛子◆栃木県那須町の那須御用邸付属邸での「静養」を終え、帰京。
秋篠宮、紀子◆全国高校総合体育大会の総合開会式出席などのため、広島市を訪問。平和記念公園を訪れ、約34万人の死没者名簿が納められている原爆慰霊碑に供花。原爆資料館で平和の大切さを広める活動をする若者たちと「懇談」。「核兵器が二度と使われることがなく、核のない世界、戦争や紛争がない世界を願う気持ちを新たにしました」との感想を、宮内庁を通じて公表。当初、原爆養護ホームで被爆者と「懇談」する予定だったが、新型コロナウイルスの感染者が出たとして、取りやめに。
【7月24日】
秋篠宮、紀子◆広島市の県立総合体育館で全国高校総合体育大会の総合開会式に出席。秋篠宮があいさつで、戦後80年の「節目」に被爆地・広島で開催されることについて「共に過去を振り返り、未来に向けて平和への思いを新たにする機会を得ることは、非常に意義深い」と述べたと報道。高校生と「懇談」。サッカースタジアムを視察し、練習中のサッカー県選抜候補の高校生と「交流」。
【7月25日】
徳仁◆チェコのパベル大統領と皇居・御所で会見。大統領は大阪・関西万博の視察などのため訪日しており、御所の車寄せで出迎える。大統領が滞在中に広島で原爆ドームなどを視察したことに対し、徳仁「広島を訪問していただき感謝します」。
佳子◆静岡県御殿場市の馬術・スポーツセンターを訪れ、第59回全日本高校馬術競技大会の開会式に出席。同市の「高嶺の森のこども園」を訪問。
瑶子◆宮内庁が、三笠宮「家」の瑶子が8月11~19日の日程で米国を「私的」旅行すると発表。カリフォルニア州で開催される日本の芸術文化を紹介するイベントに出席するというと報道。
【7月26日】
秋篠宮、紀子◆香川県を訪れ、高松市のあなぶきアリーナ香川で第49回全国高校総合文化祭(総文祭)の総合開会式に出席。秋篠宮があいさつで「参加者相互の交流を深め、国の内外に文化・芸術の輪、笑顔の輪を大きく広げていかれることを願っています」。総文祭に参加する生徒らのパレードを観覧。
皇位継承◆共同通信社が第27回参院選の立候補者に実施したアンケートのうち、当選者分と非改選議員の回答計163人分をまとめたと報道。「皇位継承の在り方で最も近い考えを尋ねると、『男系男子による皇位継承を維持する』42・3%、『女性天皇を認める』22・1%、『女性天皇と女系天皇を認める』14・7%の順になった。」
【7月27日】
秋篠宮、紀子◆香川県で全国高校総合文化祭の会場を巡り、美術・工芸部門などを視察し、高校生と「交流」。香川大の高松市のキャンパスでは自然科学部門の研究発表を聴講。高松市美術館で美術・工芸部門を見学し、坂出市で書道部門を見て回る。国の特別名勝「栗林公園」を訪れ、昭和天皇が植えた松などがある庭園の景色を見る。
【7月28日】
雅子◆皇居内の紅葉山御養蚕所で、当年の養蚕作業の締めくくりとなる「御養蚕納の儀」に臨む。宮内庁によると、日本純産種の蚕「小石丸」などの繭からできた生糸の束を神前に供え、拝礼。
【7月29日】
徳仁◆訪日中のミクロネシア連邦のシミナ大統領と皇居・御所で会見。大阪・関西万博の視察などのため訪日しており、宮内庁によると、徳仁が旧日本軍の拠点だった旧トラック諸島(現チューク州)で「大変多くの方々が戦争で亡くなられ、痛ましく思う。遺骨収集への協力に感謝する」と述べ、大統領は「戦後の日本が果たしてきた平和貢献での役割を高く評価している」と応じたとほか、大統領が3月に福島県を訪問したことについて、徳仁が「被災地に関心を寄せていただき、ありがたく思う」と述べ、地球温暖化の影響で同国が直面している海面上昇や干ばつにも話が及んだと報道。
悠仁◆宮内庁が、9月6日に執り行う悠仁の成年式について一連の儀式・行事を発表。成年式は1985年11月の秋篠宮以来40年ぶりで、悠仁は、徳仁から冠を授かる「加冠の儀」や徳仁、雅子にあいさつをする「朝見の儀」などに臨むと報道。大勲位菊花大綬章が悠仁に贈られることが閣議で決まる。
【7月30日】
秋篠宮、紀子、佳子、悠仁◆東京・赤坂御用地の赤坂東邸で、沖縄県から派遣された小中学生の「豆記者」35人と「懇談」。豆記者の派遣は1962年、沖縄と本土の子どもたちの交流を目的に始まり、今回で60回目で、「懇談」は、明仁、美智子が皇太子時代に始め、徳仁、雅子から秋篠宮、紀子へと引き継がれていると報道。
「古事記」◆共同通信が「最古の歴史書96生物を考察」と題し、伊藤弥寿彦著「古事記の博物図鑑」の紹介記事を配信。「『古事記』を注意深く読むとさまざまな生物の記載があり、日本人が古来、いかに自然と関わってきたかが分かる。自然史映像制作プロデューサーの伊藤弥寿彦さんが、日本最古の歴史書に登場する生き物を考察した。」
【7月31日】
雅子、紀子、華子、信子、久子◆雅子が東京都港区のホテルを訪れ、第50回フローレンス・ナイチンゲール記章の授与式に出席。雅子は日本赤十字社の名誉総裁を務めており、名誉副総裁の紀子、常陸宮の妻華子、故寛仁の妻信子、故高円宮の妻久子も同席。
彬子◆宮内庁が、三笠宮「家」の彬子がラグビー女子ワールドカップ観戦などのため、8月23日から9月2日の日程で英国を「非公式」に訪問すると発表。彬子は日本ラグビー協会の名誉総裁を務めており、宮内庁によると、日本代表のアイルランド戦やニュージーランド戦を観戦し、代表選手を激励するほか、滞在中、駐英日本大使主催の夕食会に出席し、オックスフォード大に隣接するアシュモレアン博物館で日英の交流に関して講演する予定と報道。
「昭和100年」◆政府が、「昭和改元100年」(2026年)の関連施策で国や地方自治体が活用するロゴデザインを決めたと発表。「本をめくる動作や扉のイメージで表現」(内閣官房)した四角の枠内に、横書き2段で「昭和100年 1926―2026」の文字を配置したと報道。

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