京都主基田抜穂の儀違憲訴訟・京都地裁判決

永井美由紀(京都・主基田抜穂の儀違憲訴訟団事務局)

京都主基田抜穂の儀違憲訴訟判決は、形骸的で中身のない判決であった。

6月6日(第11回口頭弁論)には、原告2名と学者証人3名に証言していただいた。

高木博志氏(歴史学)は、大嘗祭の諸儀式が服属儀礼であり、帝国憲法下の天皇が神になる儀式が継承されていることを明らかにした。

佐々木弘道氏(憲法)は、京都府知事らの大嘗祭関連の諸儀式への参列を違憲とする根拠について以下の証言を行った。天皇代替わり諸儀式に関する憲法問題は、憲法上の政教分離原則と天皇制がクロスする領域で生じている。君主のいない国における国家と宗教を分離する政教分離と、君主の信仰する宗教と国家の関わりの問題に対する政教分離の2つがある。神道指令は前者のみを対象としており、後者には触れていない。大日本帝国憲法から日本国憲法に変わったが、憲法の理念から外れる世襲制の天皇が残された。

横田耕一氏(憲法)からは、政教分離は戦前の弊害を再び生じさせないために制定されていること、裁判所が判決で「社会的儀礼」=多数者の認識を根拠として宗教との関わりを是認することは、政教分離違反であり、人権侵害であることが述べられた。

上記の証言を受けて、9月8日には最終準備書面を陳述し、以下の点を明らかにした。大嘗祭が天皇の宗教儀式であること。服属儀式として行われてきた形式をそのままの形で施行していること。宗教的存在であることが分かっていながら日本国憲法の天皇に据えており、君主が統治機構にいてなおかつ宗教的な存在でもあるという日本独自の特徴を踏まえた政教分離の理解が必要であること。また大嘗祭は慣習化した社会的儀礼ではなく最高裁の目的効果基準に照らしても、目的・効果・過度のかかわり合いにおいて政教分離違反にあたること。「住民の福祉の増進」でも「住民に身近な行政」でもなく地方自治法違反であること。

しかし、2月7日午後2時から言い渡された判決は、私たちの主張に向き合わない、結論ありきのものだった(京都地裁第三民事部 植田智彦裁判長、向健志・大野友己裁判官)。

「教会と国家の分離」を求める政教分離ではなく、「君主の宗教」への対応としての政教分離は、憲法上の規定とは認められないとして斥け、目的効果基準に照らしても「我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められ」ないとした。

「戦前の大嘗祭と戦後の大嘗祭でその形式が共通していたとしても、儀式の意味合いはそれを取り巻く社会状況等によって時代とともに変化するものであ」り、服属儀礼や神聖性獲得という意味合いが引き継がれていることを意味せず、国民主権原理や象徴天皇制に反するとは認められないと判示。

また、現在の大嘗祭に対して、宗教性が極めて高いという主張は一つの見方にすぎないとして、「大嘗祭に一般人が宗教的意義を認めるとは考え難く、天皇の即位に祝意を表すための社会的儀礼との受け止め方が自然である」として、憲法20条が禁じる特定の宗教の援助、助長および圧迫、干渉にあたらないとする。

京都府の関与は宮内庁からの働きかけであって強制ではなく、京都府の自律的な行為であって、地方自治法にも反しないとした。

概して、一般人の意識を根拠として「社会的儀礼」であり違憲ではないとする等、法的な検討がなされたとはとてもいえない判決であった。

2月19日に控訴した。

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2024年2月7日

京都・主基田抜穂の儀参列等違憲住民訴訟についての声明

京都・主基田抜穂の儀違憲訴訟団

本日、京都地方裁判所第3民事部(植田智彦裁判長)は、原告らの請求を退ける敗訴判決を言い渡した。

本件は、京都府知事らが一連の大嘗祭関連儀式に参列したことは政教分離原則に違反して違憲・違法であるとして、同儀式への公金支出相当額374,171円を西脇隆俊に対して損害賠償請求するよう京都府知事に求める住民訴訟である。

判決は、京都府知事らが一連の大嘗祭関連儀式に参列したことについて、「本件関与行為の目的は、客観的にみても、天皇の即位に伴う皇室の伝統儀式に際し、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇に対する社会的儀礼を尽くすという世俗的なものであり、その効果も、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるようなものではない。」と述べて、政教分離原則違反を否定した。大嘗祭は国家が国費をもって支援した天皇の宗教であることを何ら考慮することなく、従来の政教分離が争われた訴訟で用いられてきた目的効果論を形式的に用いて判断している。原告らが提示した新たな憲法解釈について「傾聴に値すべきものではある」としながら、具体的理由を示すことなく退けており十分な検討がなされているとは言いがたい。「社会的儀礼論」に終始して、政教分離原則違反のみならず国民主権原理違反や地方自治法違反も否定しており、極めて不当な判決と言わなければならない。

国や地方自治体が安易に宗教と関わるようなことは、あってはならない。ましてや、国家の外側の宗教との関わりではなく、国家自らが行ったに等しい宗教が問題となっている大嘗祭における政教分離原則について厳格な判断が必要であることは論をまたない。訴訟団は、憲法上の重要な原則である政教分離原則が貫徹されるべく、引き続き闘い抜く決意である。

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