やじうま日誌 2023年12月

【12月1日】
愛子、徳仁、雅子、ほか◆愛子が22歳の誕生日を迎え、夜、御所で、徳仁、雅子と共に宮内庁長官や次長のほか、侍従長ら側近部局の職員から「祝賀」を受ける。また、明仁、美智子にあいさつするため、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪問。車で赤坂御用地に入る。30分ほど滞在し、皇居・御所に戻る。「宮内庁によると、この1年、実り多い大学生活を送るとともに、両陛下とさまざまな行事に出席し、成年皇族としての経験を少しずつ積んだ。皇室の歴史や伝統に触れる機会となり、皇族の務めについて改めて思いを深くしているという」と報道。
悠仁◆宮内庁の加地隆治・皇嗣職大夫が記者会見で、悠仁が11月下旬、筑波大付属高2年の修学旅行で沖縄県を訪問したと明らかに。11月20日から4泊5日の日程で、糸満市の沖縄県平和祈念資料館や、住民の避難壕で、旧日本軍の陸軍病院分室にもなった南城市の自然洞窟「糸数アブチラガマ」のほか、今帰仁村の世界遺産「今帰仁城跡」や恩納村の観光名所「万座毛」などを見て回ったと報道。
上皇侍医◆東大病院腎臓・内分泌内科の安倍寛子が上皇侍医に就任する宮内庁人事が公表される。
新年一般参賀◆宮内庁が、翌年1月2日に皇居で新年一般参賀を開催すると発表。新型コロナウイルス禍で採用した事前申込制はやめ、希望者が入場できるコロナ禍前の形で実施すると報道。
聖徳太子◆1958年の当日、日本の最高額紙幣である1万円札が初めて発行される。表面に聖徳太子の肖像、すかしには法隆寺の夢殿が描かれたが、福沢諭吉の図柄が登場したことから86年に発行停止になった。
【12月2日】
英国王◆英ロンドンの大英博物館が所蔵する古代ギリシャ彫刻群「エルギン・マーブルズ」の返還を巡って英国とギリシャが対立する中、チャールズ英国王が、ギリシャ国旗をモチーフにした柄のネクタイを着用し「ギリシャへの支持を表明した」と、欧州メディアが報じる。アラブ首長国連邦(UAE)で開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)に、青と白の十字としま模様のギリシャ国旗柄のネクタイ姿で出席し、ギリシャのメディアが「わが国への支持を表明したと解釈できる」と評価。英ニュースサイトのインディペンデントが、国王が「政治論争に加わることを決めたようだ」との見方を示す。
【12月3日】
「日章旗」◆第2次大戦に従軍した米海兵隊員が沖縄の激戦地から持ち帰った寄せ書き入りの「日章旗」の持ち主が判明し、旗を保管していた米南部ジョージア州の一家が、札幌市を訪れて持ち主の遺族に78年ぶりに返還。海兵隊員ハービー・マッコラム(故人)が持ち帰り、息子のグレッグが同州ロームの自宅で保管していたもので、グレッグと妻、娘が初訪日し、札幌市中央区の護国神社で親族に旗を手渡す。
【12月4日】
「帰国の記帳」◆岸田文雄首相が、皇居で「帰国の記帳」。
ソクーロフ監督◆「終戦」前後の昭和天皇の姿を描いた映画「太陽」などで知られるロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が、2022年の作品「独裁者たちのとき」の国内上映を文化省に禁じられたことから、活動を停止せざるを得ないと表明し「私の作品全ての上映が禁止されたソ連時代のようだ」と批判したと、ロシアメディアが伝える。ソクーロフは「ニュース・ルー」のインタビューに「ロシアで映画撮影や上映ができなくなり、プロとしてのキャリアは終わったかのようだ」と語り、タス通信に対し引退は否定したが、「映画を撮る機会も教える機会もない」と訴えたと報道。映画は冥界を舞台に、第2次大戦当時のソ連の独裁者スターリンやドイツのヒトラー、イタリアのムソリーニ、英国のチャーチルが登場し、4人の描写には実際の記録映像と、実際の手記や発言の引用を使ったという。
【12月5日】
ロ・サウジ関係◆ロシアのペスコフ大統領報道官が、プーチン大統領が6日にサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)を訪問すると発表、インタファクス通信が伝える。ロシアのウシャコフ大統領補佐官が、プーチン大統領がサウジでムハンマド皇太子と会談すると表明。
【12月6日】
雅子誕生日報道◆雅子の誕生日を前に、共同通信が「皇后さま60歳」と題した企画特集を配信。リードで「皇后さまは9日、還暦となる60歳の誕生日を迎えられる。1993年に天皇陛下と結婚して30年、皇室での歳月は人生の半分を数える。喜び、悲しみを分かち合いながら、陛下と歩みを共にしてきた。できる限りの務めを果たし、国民の幸せを祈る」と報じる。/「活動の幅、一歩ずつ」とのメインタイトルの本記で「2019年11月、東京都内で催された天皇陛下の即位を披露するパレードは、沿道に集まった約11万9千人の祝福に包まれた。笑顔で手を振る陛下の傍ら、皇后さまの目には光るものがあった。外交官のキャリアを絶ち、皇室入りされてからの道は平たんではなかった。陛下と支え合い、一歩ずつ活動の幅を広げる。最近はそろって公務に臨む機会が増えてきた」と報道。/「愛子さまの成長、喜びに」とのメインタイトルのサイド記事で「結婚から8年で授かった長女愛子さまに、皇后さまはたくさんの喜びをもらい、その成長を見守られてきた。天皇陛下と一緒に子育てをし、家族の時間は笑いに包まれた」と報道。
佳子◆東京・元赤坂の赤坂御用地にある赤坂東邸で、日本と東南アジアの若者との国際交流事業「東南アジア青年の船」の参加者ら30人と「懇談」。
ロシア・UAE関係◆ロシアのプーチン大統領が、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビを訪問し、ムハンマド大統領と会談。中東やウクライナの情勢などを協議。
【12月7日】
ロ・サウジ関係◆ロシアのプーチン大統領がサウジアラビアの首都リヤドを訪問し、同国の実権を握るムハンマド皇太子と会談。ロシア大統領府が、会談結果をまとめた共同声明を発表。両国が加わる「石油輸出国機構(OPEC)プラス」の協力を高く評価、原油の国際価格維持のため、全ての参加国にOPECプラスの合意事項を順守するよう呼びかけたと報道。ロイター通信によると、ムハンマド皇太子が国営サウジ通信を通じ、ロシアとの協議は「中東の緊張緩和に役立つ」と会談を評価。
【12月8日】
真珠湾攻撃慰霊祭◆太平洋戦争開戦のきっかけとなった日本軍による米ハワイの真珠湾攻撃から82年を迎え、静岡市の浅間神社で「慰霊祭」が行われ、約20人が参列。約30年間ハワイで鎮魂の祈りをささげてきたとする同市の医師が「平和や戦争反対を声にするだけでなく、慰霊祭のように行動に移すことが大切だ」と語ったと報道。
【12月9日】
天皇、皇族◆雅子が還暦となる60歳の誕生日を迎え、徳仁と共に皇居・宮殿で祝賀行事に出席。秋篠宮、紀子ら皇族のほか、宮内庁長官ら幹部、衆参両院議長や最高裁長官、閣僚などから「祝い」を受ける。徳仁、雅子が東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪れ、明仁、美智子にあいさつ。皇居・御所に戻り、愛子が加わって侍従長ら側近部局の職員から「祝賀」を受ける。
雅子◆60歳の誕生日。宮内庁を通じて感想を公表し、還暦の節目に「信じられないような気持ち」とし「これから新たな気持ちで一歩を踏み出し、努力を重ねながら、この先の人生を歩んでいくことができればと思う」とつづったと報道。戦争や紛争により、子どもを含む多くの人の命が失われていることに「大変心が痛む」とし「平和な世界を築くために、人々が対話を通して相手を理解し、尊重し合いながら協力することがいかに大切かを改めて感じる」。
大正天皇◆鳥取市の洋館「仁風閣」の2階にある、明治時代に皇太子(後の大正天皇)が滞在したこともある「御座所」が長期修繕工事を控え、12月下旬に1週間限定で一般開放されると報道。入室可能となるのは1907年の完成以来初めてで、改修後は再び立ち入りできなくなるという。迎賓館赤坂離宮(東京都港区)などを手がけた片山東熊の設計で、旧鳥取藩主の池田家が建築したもので、鳥取訪問した皇太子が3泊4日で滞在し、同行していた海軍軍人の東郷平八郎が「仁風閣」と命名。
杉田水脈◆自民党の杉田水脈・衆院議員が、月刊誌「Hanada」2024年1月号への寄稿で「私はつぶれません。これからも、まだまだ戦っていきます」と訴え、自身への批判や抗議に反発したと報道。「たたかれればたたかれるほど、さまざまな問題があらわになっていく」。
「関白」◆「平安時代」の887年の当日、宇多天皇が太政大臣の藤原基経に政務全般をゆだねる「詔勅」を出す。「関(あずか)り白(もう)す」の文字が初めて登場して、後の「関白」の語源になり、11世紀の院政開始で形式化するが、職名は江戸末期まで存続したと報道。
真珠湾攻撃追悼式◆太平洋戦争の発端となった旧日本軍による米ハワイ州の真珠湾攻撃から82年となり、日米合同の戦没者追悼式が湾内のフォード島で開かれ、出席者約100人が日米の犠牲者を追悼したと報道。日本の児玉良則・駐ホノルル総領事「かつては敵国同士だった日米の同盟は、かつてないほど強固だ」。バーネット米ハワイ方面海軍司令官が演説で「日米同盟は平和と繁栄の礎石だ」。
サッカー天皇杯◆サッカーの第103回天皇杯全日本選手権の決勝が東京都の国立競技場で行われ、川崎が3大会ぶり2度目の優勝を果たす。
【12月11日】
佳子◆東京都港区の明治記念館を訪れ、都市緑化に貢献した市民団体や企業、自治体を表彰する「第6回みどりの『わ』交流のつどい」に出席。式典後、受賞活動を紹介するパネル展示を見て回る。
常陸宮◆宮内庁が、常陸宮がNPO法人日本パスツール協会の名誉総裁を退任したと発表。協会が解散したためで、退任日は10月31日。協会は、医科学分野での日仏間の人的交流を盛んにすることなどを目的に2005年に設立され、常陸宮は07年4月に名誉総裁に就任したと報道。
教育勅語◆広島市の新規採用職員研修で、松井一実市長が戦前の「教育勅語」の一部を研修資料に使っていたことが、市への取材で分かる。市長就任翌年の2012年から毎年使用していたと報道。松井市長が研修担当者を通じて「教育勅語そのものを再評価すべきとは考えていないが、評価してもよい部分があったという事実を知ることは大切だ」とコメントし「全体を画一的に捉えて判断するのではなく、中身をよく見て多面的に捉えることが重要。その一例として教育勅語を紹介した」とし、今後も使用を続ける考えを示す。
【12月13日】
徳仁、雅子◆皇居内にある皇宮警察本部の武道場「済寧館」を訪れ、皇宮警察の武道大会を観戦。
常陸宮◆東京・池袋の東京芸術劇場を訪れ、総裁を務める日本肢体不自由児協会が主催する美術展とデジタル写真展を鑑賞。
【12月14日】
秋篠宮、紀子◆東京都港区の明治記念館を訪れ、第39回国際生物学賞の授賞式に出席。秋篠宮があいさつで「研究が今後さらに発展するとともに、国際生物学賞がこれからの生物学研究に大きく寄与することを祈念する」。受賞者は、ゲノム(全遺伝情報)研究の発展への貢献が評価された英ケンブリッジ大のリチャード・ダービン教授で、式後、秋篠宮、紀子がダービン教授夫妻と「懇談」。国際生物学賞は1985年、生物学を研究していた昭和天皇の在位60年などを記念して創設されたと報道。
「内奏」、閣僚・副大臣認証式◆岸田文雄首相が、皇居で「内奏」、閣僚と副大臣の認証式に出席。
閣僚・副大臣認証式◆首相官邸が、新閣僚と副大臣の認証式を14日午後4時半に皇居で行うと発表。/辞任した4閣僚と5副大臣の後任となる林芳正ら計9人の認証式が午後5時39分、皇居・宮殿で終了。
閣僚交代◆自民党安倍派(清和政策研究会)の政治資金パーティー裏金問題を巡り、松野博一・官房長官が、自身を含む同派4閣僚の辞表を岸田文雄首相に提出。首相が松野の後任に岸田派の林芳正・前外相を、西村の後任に無派閥の斎藤健・前法相を充て、皇居で認証式を行い、新体制が発足。
伊予親王◆807年の当日、謀反の疑いで幽閉されていた桓武天皇の第3皇子伊予親王が、母とともに服毒自殺。謀反を企て捕らえられた藤原宗成が、親王が首謀者だという虚偽の自白をし、自殺の直前に親王号がはく奪されたが、死後に無実が判明し復権したと報道。
スコットランド女王◆1542年の当日、メアリー・スチュアートが生後6日でスコットランド女王に即位。67年に退位。20年近く幽閉された後に処刑されたという。日本人を含む暗号解読チームが、メアリーが幽閉中に送った暗号の手紙57通を解読、2023年、専門誌に発表したと報道。
米サウジ関係◆サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、サウジアラビアの首都リヤドで同国の実権を握るムハンマド皇太子と会談。パレスチナ自治区ガザへの人道援助物資を増やす取り組みや、永続的かつ持続可能な和平構築のための新たな環境づくりについて協議したと、米政府が発表。
【12月15日】
徳仁◆皇居・御所で、訪日中のブルネイのボルキア国王とマティン王子と会見。宮内庁によると、翌年が日本とブルネイの外交関係樹立40周年に当たり、徳仁「この間、両国が友好関係を発展させてきたことは大変喜ばしい」。国王は、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の交流50周年を記念した特別首脳会議に出席するため訪日したと報道。
宮内庁次長◆元総務省事務次官の黒田武一郎が次長に就任し、次長の池田憲治が依願退官する19日付の宮内庁人事が公表される。
「慰霊の日」報道◆九州写真記者協会の新聞・通信部会(加盟26社)が、2023年の優れた報道写真に贈る各賞を発表。グランプリの協会賞に、「平和の礎」で泣き崩れる人など、沖縄戦から78年となった遺族らの姿を撮影した沖縄タイムス社の「慰霊の日に関する一連の報道」(5枚組み)が選ばれる。
【12月16日】
鴨場◆宮内庁が、埼玉県と千葉県にある「鴨場」で翌年2月と3月に開く見学会の参加者を募集していると報道。
クウェート首長◆中東の産油国クウェートのナワフ・アハマド・サバハ首長が死去。国営メディアが伝える。国営通信によると、弟のミシャル・アハマド・サバハ皇太子が首長を継承するという。ナワフ首長は、内相や国防相などを歴任後、2006年2月に皇太子に即位。兄のサバハ前首長の死去に伴い、20年9月に首長に即位した。クウェートでは首長が任命する首相中心の政府側と、直接選挙制の国民議会が対立し、内閣総辞職や議会解散が繰り返されてきたと報道。
【12月17日】
バスケ女子皇后杯◆バスケットボール女子の第90回皇后杯全日本選手権の決勝が東京・代々木第二体育館で行われ、デンソーが初優勝。
クウェート首長死去◆バイデン米大統領が、ペルシャ湾岸の産油国クウェートのナワフ・アハマド・サバハ首長の死去を受けて声明を発表し「数十年にわたり米国の大切なパートナーであり真の友人だった」。オースティン国防長官をトップとする弔問団をクウェートへ派遣すると発表。スナク英首相「英国の偉大な友人だった」。英国内の政府庁舎で、哀悼の意を表して英国旗を半旗にして掲揚。中国の習近平・国家主席が、首長を継承するミシャル・アハマド・サバハ皇太子に弔電を送り「政府と国民を代表して深い哀悼を表する」。国営中央テレビが報じる。
【12月18日】
徳仁、雅子、秋篠宮、紀子◆徳仁、雅子が皇居・宮殿で、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の友好協力50周年を記念した特別首脳会議に出席するため訪日した各国首脳夫妻と「懇談」。徳仁が英語で、友好協力関係の進展を願うあいさつをする。共同議長を務めたインドネシアのジョコ大統領に「首脳会議を成功に導いたことに敬意を表する」。宮内庁によると、秋篠宮、紀子が加わって各国の大統領や首相ら14人と会話したと報道。
【12月19日】
皇位継承策◆額賀福志郎・衆院議長が、与野党幹部と議長公邸で個別に会談し、安定的な皇位継承策に関する各党の意見集約を進めるよう要請。出席者が明らかに。公明、立憲民主、日本維新の会、共産、国民民主各党の幹部と面会し、議論の状況を聴取。海江田万里・副議長が同席。会談後、立民の野田佳彦・元首相が記者団に「新議長として各党に議論を進める要請をしたいとの趣旨だった」。維新の藤田文武・幹事長「この問題は約2年間、ほったらかしにされている。議論が進んでいくよう努力したい」。
宮内庁次長◆岸田文雄首相が、官邸で黒田武一郎、池田憲治・新旧宮内庁次長と面会。
教育勅語◆広島市の職員研修で、松井一実市長が戦前の「教育勅語」の一部を研修資料に使用している問題で、松井市長が定例記者会見で「中身をよく見ると民主主義的な発想の言葉が並んでいる」と主張し、使用は問題ないとの考えをあらためて強調。座右の銘である「温故知新」の考えを説明するため、就任翌年の2012年から自らの意向で取り上げていると説明し「天皇が全部取り仕切るような構成にしたことによって、使い方を誤って戦後国会で排除決議されたが、中身の部分については評価できる。物事を一律に良い悪いと判断せず、分析する目を持とうという資料として使っている」。
ダイアナ◆英国の故ダイアナが着ていたイブニングドレスが、ジュリアンズ・オークションズ社の競売にかけられ、ダイアナのドレスで過去最高の約114万8千ドル(約1億6千万円)で落札される。予想落札額の10万~20万ドルを大きく上回ったと、英BBC放送が報じる。
【12月20日】
天皇訪中◆1992年10月に実現した天皇訪中に向け、宮沢喜一首相が橋本恕・駐中国大使に「対中工作はぜひやってほしい」とひそかに命じていたことが、外務省が公開した外交文書で判明。釣魚島(日本名・尖閣諸島)や歴史などを巡る対立激化を避けるため、中国の主張を封印させるよう指示する一方、自民党内の反対論を懸念して正式決定は先送りして首相経験者らへの根回しを重視し、自らは動かず、外務省幹部に対応を任せたと報道。/1992年10月の天皇訪中を巡る事前協議で、当時天皇だった明仁の「お言葉」に対し、日本政府が中国側に「いかなる人の口からもコメントしないようお願いしたい」と要請していたことが、公開された外交文書で分かる。歴史認識を背景に、日本国内は保守派の慎重論が強く、史上初の訪中実現に向け「お言葉」の焦点化を回避するため、両国が細心の注意を払ったことが浮き彫りになったと報道。/「1992年の天皇訪中に際し、外務省は『新たな開かれた皇室を通して、新しい日本の姿を内外に示すこと』を基本方針の一つとした。89年に即位し、天皇、皇后となって間もない上皇ご夫妻の『親しみのある人柄』によって、国民感情の融和を図る戦略だった」と共同通信が報道。「20日公開の外交文書によると、外務省アジア局は91年11月27日付のポジション・ペーパーで、基本的立場を示した。この中で『戦後のけじめをつけると同時に、新たな開かれた皇室のイメージを定着させる』とし『天皇と中国国民との直接の交流を演出することも検討に値する』とした。(略)92年5月に作成した文書では、91年の東南アジア3カ国歴訪に携わった所感として『掛け値なしに両陛下の「開かれた」「親しみのある」イメージは強烈であり、訪問国で接触した人に新鮮な驚きを与えた。まさに新しい日本のイメージの体現者であり、最高の親善使節』と報告している」。/1992年の天皇の中国訪問を巡り、中国が釣魚島(日本名・尖閣諸島)を自国の「領土」だと明記した「領海法」を2月に公布、施行したことが波乱要因となり、公開された外交文書からは、外務省は中国に抗議しつつ「過大視すべきでない」(小和田恒・外務事務次官)として対立激化の回避に努めた経緯が浮かぶと報道。宮沢喜一首相が4月、訪日した中国共産党トップの江沢民・総書記との会談で釣魚島を巡り「日中関係の大局に影響を及ぼさないよう中国側の協力を得たい」と要請したのに対し、江総書記も日本に冷静な対応を求め、沈静化で一致したという。/1992年の天皇初訪中を巡り、当時の橋本恕・駐中国大使が共同通信社の犬養康彦社長と会い、中国側による北京支局の閉鎖を示唆しながら配信記事について抗議していたことが、外務省が公開した外交文書で判明。文書によると、橋本大使は、日本の戦争責任に対する民間賠償請求運動を進める中国市民グループに関する配信記事などを念頭に「針小棒大に書き立てている」と批判。天皇訪中への賛否を明確にするよう迫ると同時に「天皇訪中をぶち壊すキャンペーンを続けるなら、中国側は支局閉鎖とか特派員の国外退去とかの措置に出ると思う」。「その際、大使館としては助けることはできないと覚悟してほしい」と伝えたのに対し、犬養社長は「私個人も、社としても、天皇訪中に反対など決して考えていないし、全くその逆だ」と説明し「北京支局には、本社は天皇訪中に賛成であると十分徹底させ、ご迷惑をかけることがないよう注意する」と語ったと報道。/共同通信が「型破り大使、要人に直談判」と題したサイド記事を配信。「上皇ご夫妻は1992年10月、天皇、皇后として日中交流史上初めて中国を訪問された。実現の背景には『型破りな外交官』と評される橋本恕・駐中国大使による要人への『直談判』があった。20日公開された外交文書からは、訪問に慎重な日本国内の一部保守層を意識し、日中間の懸案を巡る中国側の自制と、自民党重鎮の理解を得るために奔走した外務官僚の姿が浮かぶ」。/「天皇訪中の立役者となった橋本恕・駐中国大使に対し、昭和天皇の側近トップだった入江相政・侍従長や在位中の上皇さまは、実現への強い期待を語っていたようだ」と共同通信が報道。「20日公開の外交文書からは、上皇さまの訪中が父昭和天皇の遺志を継いだ旅だったことが改めてうかがえる」。「昭和天皇は訪中を強く望んだとされ、入江氏の日記は84年4月20日の条で、中曽根康弘首相に『中国へはもし行けたら』と述べたと記す。上皇さまは訪中前の記者会見で、昭和天皇が訪中を『気にかけていらっしゃったということを聞いております』と話されている」。
外交文書公開◆外務省が、外交文書17冊、6500ページ超を一般公開。1991~92年の宮沢内閣当時の記録が中心で、天皇の中国訪問や中国共産党トップ江沢民・総書記訪日、ブッシュ(父)米大統領「国賓」訪日と日米首脳会談、宮沢喜一首相の米国訪問などが柱で、日米経済摩擦に関し、米国製自動車部品の調達を巡る交渉も含まれると報道。
PKO参加◆中国共産党トップとして江沢民・総書記が1992年4月に訪日した際、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加を容認する考えを同行筋が外務省課長に伝えていたことが、外交文書で明らかに。初の天皇訪中や釣魚島(日本名・尖閣諸島)を巡る対立を見据え、日本に配慮を示した可能性があると報道。公開された文書では、外務省の樽井澄夫・中国課長に江総書記の同行筋が「中国政府は日本の自衛隊のPKO参加に反対しない」と非公式に伝えたという。自衛隊の海外「派遣」と「派兵」を使い分けることで、派遣を認める余地を残したとみられると報道。
「北方領土」◆中国共産党の江沢民・総書記が1992年1月に訪中した渡辺美智雄外相と会談した際、「北方領土」問題について日本寄りから中立に立場を変更したと受け取れる発言をしたことが、外務省が公開した外交文書で分かる。日本を支持する立場の確認を求めた渡辺外相に対し、江総書記は「2国間で解決を図る方が問題を難しくしない」と語ったと報道。
丸の内警察署◆皇居やJR東京駅などを管轄する警視庁丸の内署の新庁舎が完成し、報道陣に公開される。老朽化した旧庁舎を取り壊し、皇居外苑や帝国劇場近くの同じ場所に建て替えたと報道。
【12月21日】
徳仁、雅子◆皇居・御所で、保健衛生の向上に貢献したとして団体や個人に贈られる厚生労働大臣表彰の保健文化賞の受賞者13人と面会。宮内庁によると、徳仁があいさつで「長年にわたって保健衛生の仕事に携わり、今回受賞されたことを心からお祝いします」。
明仁◆90歳の誕生日を前に、共同通信が「平和願い、国民と共に」と掲げた特集記事を配信。リードで「上皇さまは23日に卒寿の90歳を迎えられる。その半生は、憲法に定めのない象徴天皇の在り方を考え続け、自らの行動によって提示する道のりだった。平和を願い、国民と共にあること。結実した思いは、現在の皇室へ引き継がれている」。/「苦悩、熟考、そして実践 歴史忘れず、交流重ね」と題した特集記事の本記で「上皇さまは、先の大戦の惨禍と向き合い苦悩し、新憲法下での天皇の在り方を熟考し、自らの考えを実践されてきた。歴史を忘れず、国内外へ慰霊に赴いた。国民との触れ合いを大切にし、上皇后美智子さまと共に日本各地で交流を重ねた」。/「ハゼ研究に没頭」と題したサイド記事を配信。「ハゼの研究に長年関心を寄せる上皇さまは退位後、自由な時間ができ、月・金曜は皇居の生物学研究所で約3時間半、水曜は住まいの仙洞御所で約1時間半、研究に没頭される。周囲に質問して納得するまで調べる姿に、上皇職御用掛の林公義さん(76)=神奈川県横須賀市=は『一番充実しているように見えます』と話している」。/「昭和の時代を継ぐ重み」と題した元侍従次長手塚英臣の談話記事を配信。「上皇さまは、皇太子、天皇、上皇としてずっと、先の大戦を顧み、平和を願ってこられている。終戦の時は11歳で、戦争に直接関わったわけではない。だが、昭和天皇を引き継いで皇位につかれ、過去の歴史の重み、心の痛みを常に携えられているのだと思う」。
皇位継承策◆公明党の北側一雄・副代表が記者会見で、安定的な皇位継承策に関する党見解を年明けにまとめる考えを示す。「非常に大事な課題だ。年明け早々にも、しっかりと党としての考え方をまとめたい」。北側副代表は党の「皇室典範改正検討委員会」委員長を務めている。
【12月22日】
秋篠宮◆東京都江東区の日本科学未来館を訪れ、中高生を対象とした「第67回日本学生科学賞」の表彰式に出席。内閣総理大臣賞の生徒らと「懇談」。
愛子◆宮内庁が、学習院大4年の愛子が卒業論文を提出したと明らかに。側近によると、中世の和歌をテーマに、締め切りの20日に提出したと報道。
近衛三原則◆1938年の当日、首相の近衛文麿が中国と和平を達成する基本方針として「善隣友好、共同防共、経済提携」をうたう「近衛三原則」を発表。これを評価した中国国民党幹部の汪兆銘らが和平を提唱したが、中国での支持は広がらなかったと報道。
【12月23日】
天皇、皇族◆明仁が、90歳の誕生日を迎え、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所で祝賀行事に出席。美智子が同席し、徳仁、雅子や愛子、秋篠宮、紀子や佳子ら皇族から「祝い」のあいさつを受ける。徳仁、雅子と愛子は別の車で仙洞御所に入る。明仁、美智子が、岸田文雄首相ら三権の長や、側近部局の上皇職職員、宮内庁の西村泰彦長官ら幹部から「祝賀」を受ける。夜、悠仁が「祝い」のあいさつに訪れる。
明仁◆卒寿となる90歳の誕生日を迎えたと共同通信が報道。「上皇后美智子さまと共に毎日を規則正しく、穏やかに過ごしている。宮内庁によると、沖縄や、戦争と平和への思いは今も強く、東日本大震災などの被災地をいつも心にとどめている。/新聞やニュースを通じて、国内外の出来事に目を向け、国民生活の様子に心を配る。全国各地で発生した大雨被害や今夏の記録的な猛暑の影響を案じていた」。
明仁誕生日◆岸田文雄首相が、90歳の誕生日を迎えた明仁に祝意を表すコメントをX(旧ツイッター)に投稿。「国民とともに心からお祝い申し上げる。上皇、上皇后両陛下のご健康と皇室のご繁栄をお祈り申し上げる」。/岸田文雄首相が、東京・元赤坂の仙洞御所で明仁の「誕生日祝賀」に出席。
【12月25日】
歌会始◆翌年1月19日に皇居・宮殿で催される「歌会始の儀」で、歌が詠み上げられる一般の入選者10人が決まったと、宮内庁が発表。徳仁に特別に招かれて歌を披露する召人は、歴史学者の栄原永遠男が務めると報道。
「皇帝パレード」◆中国の春節(旧正月)を祝う冬の風物詩「長崎ランタンフェスティバル」の実行委員会が、翌年2月に長崎市で開かれるフェスのメインイベント「皇帝パレード」に、皇后役として長崎県出身の俳優仲里依紗が出演すると発表。皇帝役には、同市出身の歌手福山雅治の出演が既に決まっていると報道。
【12月26日】
皇居◆新年に皇居・宮殿や御所などに飾られる伝統の盆栽「春飾り」の準備が大詰めを迎え、宮内庁が、作業の様子を報道陣に公開。出来上がった春飾りは、東京・元赤坂の赤坂御用地にある明仁、美智子の住まいの仙洞御所や各宮邸、皇居の宮内庁庁舎に置かれる予定というと報道。
皇位継承策◆額賀福志郎・衆院議長が、社民党の福島瑞穂党首と議長公邸で面会し、安定的な皇位継承策に関する党内議論を進めるよう求める。福島党首が、政府の有識者会議が提起した「皇族の養子縁組を可能として旧皇族男系男子が皇族復帰する案」に反対する立場を伝える。記者団に、翌年の通常国会中に党の考えをまとめる意向を示す。
皇室「献上」品◆宮内庁関係者を名乗り、皇室への「献上」名目で農家からモモなどをだまし取ったとして、詐欺や偽造有印公文書行使などの罪に問われた被告っが、福島地裁(三浦隆昭・裁判長)の初公判で「私には献上品を推薦する権利がある。モモはだまし取っておらず、献上依頼書も偽造していない」と起訴内容を否認。検察側が冒頭陳述で、被告は宮内庁関係者ではなく、「献上品」の選定や納品に関する権限を持っていないため、宮内庁が「献上依頼書」を発行することはないと主張。被告から「献上」の事実があるかどうか宮内庁に照会したところ「該当なし」との回答があったと説明。
【12月27日】
昭和記念公園◆国営昭和記念公園が、園内の花みどり文化センターで現代アート作品を展示する「花とみどり・いのちと心展」を開いていると報道。現代造形表現作家フォーラムとの共催で当年は10回目で「ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ攻撃、政府の防衛費倍増方針などを踏まえ、人間の命や尊厳をテーマにした作品が多いのが特徴」。
【12月28日】
天皇訪中◆中国当局が民主化運動を武力弾圧した天安門事件から2年半後の1991年11月、当時の橋本恕・駐中国大使が、中国は必然的に「民主化」すると分析し、翌92年の天皇訪中を目指すよう進言する極秘意見を外務省に伝えていたことが、公開された外交文書で分かったと報道。「天安門事件後も中国は民主化への歩みを続けるとの見通しに基づき、外務省が訪中計画を進めていた実情を裏付けた形だ。/中国は現在、共産党独裁体制の下で世界2位の経済大国となり、覇権主義的な動きを強める。当初の民主化予測は外れつつあると見る向きが多い。今回公開された文書は、天皇訪中の評価や成果を巡る議論に一石を投じそうだ」。
中国侵略◆20日に機密指定解除された1992年分の外交文書に、過去の日中戦争について「中国を侵略し、中国国民に筆舌に尽くし難い苦しみを与えた」と表現したものがあったと報道。「『天皇・皇后両陛下のご訪中について』と題する外務省の内部文書で、中国侵略を「いかなる言い訳も許されない厳粛な事実」と位置付け、反省の意をにじませている」。「一方で、天皇訪中を歴史問題だけに結び付けるのは双方の利益にならないと指摘。古代から続く日中関係を念頭に『悠久の歴史認識の中で捉えられてこそ意義がある』と強調している」とも。
インド国民会議◆1885年の当日、英国統治下のボンベイ(現ムンバイ)で第1回インド国民会議が開かれる。現在の「国民会議派」の起源で、当初は「知識人」が植民地政府に意見を述べる機関だったが、20世紀に反英・反帝国主義の中核組織にと報道。
【12月29日】
佳子◆29歳の誕生日。この1年、東京都外への訪問は計10回に上り、11月にペルーを公式訪問するなど多くの「公務」に携わったと報道。
皇室「献上」品◆2022年度に皇室へ「献上」された各地の特産品などが、少なくとも42品あったことが、宮内庁への情報公開請求で分かる。一覧化した「進献関連資料」や「進献簿」などの行政文書に例年贈られる29の生鮮・加工品と、13の工芸品の記載があったほか、手続きをまとめた「献上品取扱内規」も開示され、内規には献上の手続きが14条でまとめられていて、官庁や公共団体以外は知事の推薦書が必要で、売名や宣伝目的では受け付けないことなどが定められていたと報道。「進献関連資料には慣例的に届く生鮮・加工品が並ぶ。福島県のモモや福井県の越前ガニ、鳥取県のナシなど18都県1市の29品が贈られていた。東京都の「春の七草かご」や富山県砺波市のチューリップの球根といった品もあった。献上者は、いずれも自治体の長。(略)進献簿には工芸品が5品。22年度に天皇、皇后両陛下の出席行事があった栃木、滋賀、兵庫、沖縄の各県知事からの掛け軸や小物入れ、宮内庁職員らが上皇后美智子さまに米寿の祝いで贈った状差しなどだった。秋篠宮家など宮家のリストには工芸品8品が並んだ。/工芸品のうち12品の評価額は計204万2980円だった。個別の金額は不開示で、生鮮・加工品は記載なし」。
京都御所◆宮内庁京都事務所が京都御所(京都市上京区)で1月5~8日、新春の特別展示として、鶴の襖絵「群鶴松梅」8面を初公開すると報道。「1855(安政2)年に建てられた皇太子の住まい「御花御殿」の襖絵で、花鳥画の名手だった中島来章(1796~1871年)が描いた。中島は、天皇が日常生活を送った「御常御殿」にも鶴の絵を描いている」。
【12月31日】
「新年祝賀の儀」◆参院が、尾辻秀久議長が元日に皇居で行われる「新年祝賀の儀」を欠席すると発表。発熱による体調不良が理由で、大事を取ったとしていると報道。

カテゴリー: 2023年, やじうま日誌(皇室動向) パーマリンク