やじうま日誌 2023年9月

【9月1日】
秋篠宮、紀子◆約10万5千人の死者、行方不明者を出した関東大震災の発生から100年を迎え、東京都墨田区の都立横網町公園にある慰霊堂で行われた都慰霊協会主催の大法要に参列。
佳子ペルー訪問◆ペルーのヘルバシ外相が、東京港に停泊中のペルー海軍練習帆船内で林芳正外相と会談した後の共同記者発表で、11月下旬に予定される佳子のペルー公式訪問について「大変光栄に思う」。
【9月2日】
「献上梨」◆全国有数の梨の産地鳥取県が、皇室に「献上」する県産二十世紀梨の選果を同県琴浦町のJA鳥取中央で行う。JA役員らが、3回の選別を経て色形の良い84玉30キロを選んだと報道。宮内庁を通じて5日に天皇一家と明仁、美智子、秋篠宮一家に届ける。県は、生産者の意欲向上を目指して1964年から毎年、県内の産地持ち回りで「献上梨」を選んでいる。
【9月3日】
カタール◆1971年の当日、中東のカタールが英国から独立。英国がスエズ運河以東から軍事撤退を表明したため、カタールを含むペルシャ湾岸首長国による連邦結成が検討されたが、カタールは最終的に単独独立を選択し、英国と友好条約を結んだと報道。
【9月5日】
徳仁、雅子、愛子◆栃木県那須町の那須御用邸付属邸での静養を終え、新幹線で帰京。
【9月6日】
悠仁◆17歳の誕生日を迎え、徳仁、雅子にあいさつ。半蔵門から皇居に車で入る。明仁、美智子へのあいさつで東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪問。宮内庁によると、新型コロナウイルス禍の影響などで、悠仁が誕生日に際して徳仁、雅子や明仁、美智子にあいさつに訪れるのは2019年以来と報道。
サウジ皇太子◆ロシア大統領府が、プーチン大統領とサウジアラビアのムハンマド皇太子が電話会談し「世界のエネルギー市場を安定させる」との認識で一致したと発表。
皇室「献上」品◆宮内庁関係者を名乗り、皇室への「献上」名目で農家からモモをだまし取ったとして、福島地検が、詐欺と偽造有印公文書行使などの罪で農業園芸コンサルタントの男性を起訴。起訴状によると、前年6月30日ごろ、「献上」品を選定する権限がないのに、福島市の男性に、「宮内」の印を押した宮内庁管理部大膳課名義の偽の「献上依頼書」を渡し、同8月1日にモモ4箱(1万6500円相当)をだまし取ったほか、当年5月29日ごろ、同様の手口でこの男性からモモを詐取しようとしたが、うそと見破られて未遂になったとされると報道。
【9月7日】
悠仁◆悠仁が17歳を迎え、成人まで残り1年となったと、共同通信が報道。「秋篠宮さまの方針の下、日本各地の文化に触れ、人々との交流を通じて視野を広げようと努める。一方で大学受験を念頭に、来秋の成年式は『勉学に大変お忙しい時期』(側近)として高校卒業後に先送りされた。学業を優先させつつ、成年皇族への準備が進む」。
美智子◆宮内庁が、「皇室会議」の予備議員に7日の投票で選ばれた美智子が、当選を辞退したと発表。会議に出席した場合、明仁の意思を反映しているとの誤解を避けるためとしていると報道。
皇室会議◆皇位継承順位の変更や皇族の結婚など皇室の「重要事項」を審議する「皇室会議」の議員10人のうち、皇族議員2人を互選する成年皇族の投票が皇居・宮殿であり、秋篠宮と常陸宮の妻華子が選ばれる。任期は4年。愛子が初めて立会人を務める。予備議員は紀子と美智子が当選したが、美智子は辞退する。宮内庁によると、皇室会議に出席した場合、明仁の意思を反映しているとの誤解を避けるためとしており、美智子は投票もしていないという。辞退者が出たのは初めてで、美智子の次点は、故三笠宮の妻百合子だったが、100歳の高齢を理由に辞退し、その次点に3人が同じ得票数で並んでいたため、規定に基づき、後日くじで決めると報道。
英王室◆英国の内外で「絶大な人気」を誇ったエリザベス女王が死去してから8日で1年になると、共同通信が報道。「王位を継承したチャールズ国王(74)は即位前の不人気が薄れ、女王が示した道を歩みながら『安定飛行』に入った。ただ君主制を廃して元首を選挙で決める共和制を望む若者は多く、王室の将来に影を落とす」。
奈良・桜井茶臼山古墳◆初期大和政権の大王墓とされる奈良県桜井市の桜井茶臼山古墳(3世紀末、前方後円墳、全長204メートル)で、出土していた385点の鏡片を3次元計測した結果、副葬された銅鏡は103枚以上に上ることが分かる。県立橿原考古学研究所が発表。他の古墳などでの出土は40枚が最多で、同研究所の岡林孝作・学芸アドバイザーは「200メートル以上の王陵は副葬品でも桁違いだ」と指摘し、初期大和政権は豪族連合のため、王権中枢は脆弱だったとする説に見直しを迫ると意義づけると報道。
【9月8日】
徳仁◆東京都内で開かれている第21回先進7カ国(G7)下院議長会議に出席する各国の下院議長らと皇居・宮殿で面会。7カ国に加え、欧州議会議長とウクライナの最高会議議長が出席し、徳仁がそれぞれと握手を交わして迎える。ロシアによる侵攻を巡り、ウクライナの議長が、避難民受け入れなど日本の支援に感謝を伝え、徳仁が「ウクライナの国民は大変困難な状況に置かれていると思います。一日も早く平和が回復されることを祈っています」と話したというと報道。
徳仁、雅子◆6月や7月の大雨などで甚大な被害を受けた茨城、和歌山、福岡、秋田の4県に「見舞金」を贈る。宮内庁の鈴木敏夫・総務課長が各自治体の東京事務所長らに渡す。
常陸宮◆宮内庁が、新型コロナウイルス感染で東京都渋谷区の日本赤十字社医療センターに入院していた常陸宮が退院したと発表。
英王室◆英国史上最長の在位を誇ったエリザベス女王が96歳で死去してから1年を迎えたと、共同通信が報道。「王室は記念の公式行事は執り行わずにそれぞれ祈りをささげた。多くの国民は愛着を失うことなく各地で『英国の母』をしのび、今も埋まらぬ『喪失感』を吐露した。/王位を引き継いだチャールズ国王はカミラ王妃と共に、女王の終焉の地、英北部スコットランドのバルモラル城で過ごし、近くの教会の礼拝に赴いた。『(女王の)長い生涯、献身的な奉仕を大いなる愛情をもって思い起こします』とのコメントを発表し、国民の支援に感謝の意を示した。(略)国王の長男ウィリアム皇太子夫妻は西部ウェールズにある王室ゆかりの大聖堂で女王をたたえる礼拝に参加。国王や皇太子との不和が目立つ次男ヘンリー王子は慈善団体のイベントに出席するため、移住先の米国から英国に一時帰国した。」
英王室◆英王室の「公務」を引退し米国に移住したヘンリー王子が英国に一時帰国。妻メーガンは同行せず。ロンドンに到着し、子どもたちを支援するチャリティー団体のイベントに出席。英PA通信によると、女王が埋葬されているロンドン郊外のウィンザー城にある聖ジョージ礼拝堂を訪れる。ドイツで開催される傷病兵らによる国際スポーツ大会「インビクタス・ゲームズ」に出席する予定で、8日は祖母エリザベス女王の一周忌だが、英メディアによると、不仲が伝えられる父チャールズ国王や兄ウィリアム皇太子と会う予定はないと報道。
9・11「追悼の日」◆バイデン米大統領が、米中枢「同時テロ」から11日で22年となるのを前に、8~10日を犠牲者に対する「祈りと追悼の日」とすると発表。「同時テロ」への対応で米国民は団結したと強調し「意見の相違があっても、一緒になれば成し遂げられないことは何もない」。
【9月9日】
サウジ皇太子◆岸田文雄首相が訪問先のインドで、サウジアラビアのムハンマド皇太子と会談。ムハンマド皇太子が原油生産に関し「サウジとして、能力の増強を含め、世界の需要に応える」。日本外務省が発表。首相「さらなる増産を含め、引き続き世界の原油市場の安定化を主導する役割を期待する」。
安倍「国葬」◆政府が、前年9月に執り行った安倍晋三・元首相の国葬の記録集を作成したが、事務資料を整理した一方で、実施基準や経費の妥当性など課題を検証した有識者ヒアリングの内容は含まれなかったと報道。共同通信が記録集の写しを入手し、全容が判明。
【9月11日】
徳仁、雅子◆徳仁が、モロッコ地震で、徳仁、雅子からの「お見舞い」として国王モハメド6世に電報を送ったと、宮内庁が明らかに。徳仁は皇太子時代の1991年にモロッコを「公式訪問」したほか、2005年に「国賓」として国王モハメド6世が訪日した際、歓迎の宮中晩さん会などに同席していると報道。
紀子◆57歳の誕生日。これに先立ち宮内記者会の質問に文書で回答し、発生から100年となった関東大震災に触れて「過去の出来事や経験から学び、行動することを普段から心がけることが大切」、「誰もが正しい情報を得て、声をかけ合い、支え合える優しい社会になることを願う」とつづったと報道。悠仁の進路について「自分らしく学びを深め、さまざまな経験を重ねながら、自らの関心や探究心を大切にしていってほしい」。前年秋に改修を終えた宮邸に佳子が移らず、仮住まい先だった建物に引き続き暮らしていることが6月まで公表されなかった点について「私的であり、セキュリティーに関わる事柄でもあることから、説明を控えてきた」。/徳仁、雅子にあいさつするため、皇居・御所を訪問。車で半蔵門から入る。明仁、美智子へのあいさつで、東京・元赤坂の赤坂御用地内の仙洞御所を訪問。これに先立ち、愛子が赤坂御用地にある秋篠宮邸で、紀子に「お祝い」のあいさつ。
【9月12日】
関東大震災◆1923年の当日、在日中国人の救援組織「僑日共済会」を東京東部の大島町に創設した中国人の教会代理牧師王希天が、野重砲第3旅団の中尉に斬殺されたと、共同通信が報道。「王は、中国の抗日運動『五・四運動』に呼応して東京で行われたデモの指導者として、軍や警察から危険視されていた。王は東京・神田の在日中華基督教青年会(中華YMCA)会館で震災に遭遇。9日に憲兵に拘束され、その後身柄は「亀戸事件」の舞台、警視庁亀戸署に移されていた。/摂政(後の昭和天皇)が「帝都復興に関する詔書」を公布。被災者に対する十分な救済を講じることと、遷都論を排し東京の復興を促す内容。」
【9月13日】
徳仁◆皇居内の生物学研究所脇にある田んぼで稲刈りをする。
佳子◆東京・日本橋の日本橋三越本店を訪れ、第70回日本伝統工芸展を鑑賞。日本工芸会の主催で、佳子は総裁を務めている。鑑賞後、同展の授賞式やレセプションに出席。
皇室会議◆皇室の「重要事項」を審議する皇室会議の議員のうち、皇族の予備議員1人を決めるくじ引きが皇居・宮殿であり、故高円宮の妻久子が選ばれる。
「内奏」、閣僚認証式◆岸田文雄首相が、皇居で「内奏」、閣僚認証式に出席。
岸田再改造内閣◆第2次岸田再改造内閣が、皇居・宮殿での認証式を経て発足。
高松宮記念世界文化賞◆クリントン元米大統領のファーストレディーを務めたクリントン元国務長官が、「旧邸」のホワイトハウスでの公開イベントに登壇。「高松宮殿下記念世界文化賞」の発表式典で、受賞者に決まった米国の舞台演出家ロバート・ウィルソンらに触れながら、スピーチ。クリントンは世界文化賞の国際顧問を務めている。
【9月14日】
秋篠宮、紀子、悠仁◆宮内庁が、悠仁が新型コロナウイルスに感染したと発表。秋篠宮、紀子がPCR検査を受け、陰性が確認される。宮内庁によると、秋篠宮、紀子は東京・元赤坂の赤坂御用地にある赤坂東邸でベトナム「公式訪問」を前に記者会見する予定だったが延期に。
バーレーン◆バイデン米政権が、米海軍第5艦隊が司令部を置く中東バーレーンと安全保障や経済分野での協力強化をうたう協定を締結。米軍がバーレーン防衛への関与を強める内容で、両国が対立するイランをにらんだ動きと報道。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、ホワイトハウスでバーレーンのサルマン皇太子と会談。
【9月15日】
徳仁◆宮内庁が、リビアで発生した洪水被害を受け、徳仁が14日に同国首脳評議会議長に見舞いの電報を送ったと発表。
秋篠宮、紀子◆20日からのベトナム「公式訪問」を前に、東京・元赤坂の赤坂御用地にある赤坂東邸で記者会見。日本とベトナムの外交関係樹立50周年に当たり、秋篠宮「両国の関係は緊密になっている。友好親善関係の促進に役に立ち、寄与できることがあれば、うれしい」。
裕仁◆1923年の当日、摂政裕仁(後の昭和天皇)が、震災後初めて東京の被災地を視察したと、共同通信が報道。「午前6時、愛馬『山吹』に乗り、仮住まいの赤坂離宮を出発。皇居周辺などを経て1時間余りで上野公園に。西郷隆盛像がある高台から焼け野原を望んだ。戒厳司令部にも立ち寄り、午前8時45分に赤坂離宮に戻った。当初予定の8日から1週間遅れの視察だった。/震災発生時は明治宮殿(1945年戦災で焼失)にいた。『轟音とともに正殿は動揺』したが『前庭に避難』。住まいの東宮仮御所は居住不能になった。大正天皇と貞明皇后は日光の御用邸に滞在中で無事だった。」
「内奏」、副大臣認証式◆岸田文雄首相が、皇居で「内奏」、副大臣認証式に出席。
ダイアナ◆競売大手サザビーズが、英国の故ダイアナ元皇太子妃がチャールズ皇太子(現国王)との婚約時代に愛用していたセーターが、114万3千ドル(約1億6900万円)で落札されたと発表。5万~8万ドルとした予定落札額の10倍以上となったと報道。
【9月16日】
徳仁、雅子◆第42回全国豊かな海づくり大会の式典出席などのため、羽田発の特別機で北海道を訪問。釧路市の釧路空港に到着した後、午後から釧路湿原野生生物保護センターを視察。宿泊先のホテルに移り、漁業関係者らと懇談。
スウェーデン国王◆スウェーデンのカール16世グスタフ国王が在位50年を迎え、首都ストックホルムで祝賀行事が開かれる。国王が演説で「半世紀にわたり国家元首である喜びと栄誉を享受してきた。今後も国への奉仕を続ける」。地元メディアによると、最近の世論調査で62%が君主制を支持したと報道。
【9月17日】
徳仁、雅子◆北海道厚岸町の厚岸漁港で開かれた第42回全国豊かな海づくり大会の式典に出席。徳仁があいさつで「豊かな海の環境を保全するとともに、水産資源を適切に保護・管理し、次世代に引き継いでいくことは、私たちに課せられた大切な使命です」。漁港内にあるカキ人工種苗生産施設を訪れる。休憩で保育園に立ち寄る。特別機で帰京。
【9月18日】
裕仁◆1923年の当日、摂政裕仁が、2度目の被災地視察を行ったと、共同通信が報道。自動車で出発して上野で愛馬に乗り換え、最大の焼死者を出した被服廠跡の脇も通過している。
【9月19日】
悠仁◆宮内庁が、新型コロナウイルスに感染していた悠仁の体調が回復し、在籍する筑波大付属高への登校を再開したと発表。
裕仁◆1923年の当日、震災後の混乱の中、無政府主義者大杉栄が憲兵らに殺害されたことについて、内相の後藤新平が警察情報を基に閣議で報告した、と共同通信が報道。首相山本権兵衛の指示による陸軍省の調査で、大杉ら3人の殺害が確認され、同省が軍法会議の開催を決定、大杉を殺害した憲兵大尉甘粕正彦を拘束して予審が開始されており、首相の山本、陸相の田中義一が、摂政裕仁(後の昭和天皇)に「甘粕事件」を説明。秋に予定された摂政と皇族久邇宮邦彦の長女良子との結婚式を、24年1月下旬から2月上旬に延期することが発表される。
サッカー天皇杯◆サッカーの天皇杯全日本選手権で浦和サポーターが暴力行為などに及んだ問題で、日本サッカー協会の規律委員会が、観客や選手らの安全確保のために適切な措置を講じなかったとして、浦和に対して翌年度の天皇杯の参加資格剝奪とけん責の厳罰を科すと発表。
【9月20日】
徳仁、雅子◆宮内庁が、徳仁、雅子が10月、国体の総合開会式出席のため鹿児島県、第38回国民文化祭と第23回全国障害者芸術・文化祭の開会式出席で石川県をそれぞれ訪問すると発表。鹿児島訪問は10月7~8日の日程で、7日に羽田発の特別機で入り、鹿児島市で総合開会式に出席。8日はフェンシング競技の観戦のほか、サツマイモの栽培・加工会社を視察。移動にはフェリーの利用も計画されている。石川訪問は10月15~16日で、15日に特別機で入り、金沢市で開会式に出席。16日は県立音楽堂で傘にデザインを施すワークショップを見学し、県立図書館の取り組みを視察する。
徳仁、雅子、愛子◆東京都中央区の日本橋三越本店を訪れ、第70回日本伝統工芸展を鑑賞。日本工芸会の主催で、総裁を務める佳子が出迎える。
秋篠宮、紀子、佳子◆秋篠宮、紀子がベトナムを「公式訪問」するため、政府専用機で羽田空港から出発。住まいの宮邸を出る際、次女佳子が見送る。羽田空港では尾辻秀久・参院議長らが見送る。午後、首都ハノイのノイバイ国際空港に到着。ベトナム政府関係者の出迎えを受ける。日本大使公邸で在留邦人や国際協力機構(JICA)隊員ら約50人と「懇談」。
信子◆宮内庁が、故寛仁の妻信子が住まいの宮内庁分庁舎(東京都千代田区)で負傷し、左足くるぶしと腰椎を骨折したと発表。東京都新宿区の慶応大病院に入院。
元残留日本兵◆秋篠宮、紀子が21日にベトナムで面会する予定の元残留日本兵の息子が、日本の皇室がベトナム訪問のたびに対話の場を設けて、旧日本兵の家族に寄り添おうとする姿勢に感謝すると、共同通信が報道。「『忘れず気にかけてくれている』。時代に翻弄され差別も受けたが、父の国・日本との絆を次世代へ継承する決意だ。」
【9月21日】
秋篠宮、紀子◆第2次大戦で駐留した元日本兵が戦後、現地に残してきたベトナム人の家族と首都ハノイのホテルで面会。国際会議場に移り、日本とベトナムの外交関係樹立50周年記念式典に出席。秋篠宮があいさつで「このたびの訪問が相互理解と友好の絆をさらに深める一助になれば幸い」。これに先立ち、国家主席府でボー・ティ・アイン・スアン国家副主席主催の歓迎式典に臨む。ホー・チ・ミンが眠る廟を訪れて供花し、晩年を過ごした自宅を見て回る。/「公式訪問」先のベトナムで、第2次大戦で駐留した元日本兵が現地に残してきた家族と面会したと、共同通信が報道。「戦争に翻弄された人々を忘れず、苦難に寄り添う姿は、6年前にベトナムを訪れた上皇ご夫妻と重なる。戦争を経験した上皇さまから、皇室の主軸が戦後世代へ移った中、平和への思いをつなぐ取り組みが続く。」
サウジ皇太子◆サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子が米FOXニュースのインタビューで、イランが核兵器を保有した場合「中東のパワーバランスを保つため、われわれも持たねばならない」と述べ、核開発を進めると主張した内容が放送される。米国が仲介するサウジとイスラエルの国交正常化に関して「日々近づいている」。パレスチナ問題が「非常に重要であり、解決する必要がある」とも。皇太子が関与したとの指摘もある2018年のサウジ人記者カショギ殺害事件を巡り、捜査は終結したとの認識を強調。
サッカー天皇杯◆日本サッカー協会が、天皇杯全日本選手権でJ1浦和のサポーターが暴徒化した問題で、新たにサポーター4人に国内全試合での無期限入場禁止処分を科す。協会による浦和サポーターへの同処分は計21人となり、今後も増える可能性があると報道。
【9月22日】
秋篠宮、紀子◆ベトナムの首都ハノイの国家主席府でボー・バン・トゥオン国家主席主催の昼食会に出席。秋篠宮があいさつで、外交関係樹立50周年に際して招待されたことを「大変うれしく思う」とし「若い世代の人々において両国の友好関係がますます発展することを期待する」。ハノイにある日本人学校で小中学生と「交流」し、日本が政府開発援助(ODA)で支援する日越大学を訪れる。宿泊先のホテルで、留学生や技能実習生として日本で暮らした経験があるベトナム人や、両国間で活躍する若者ら約50人と「懇談」。夜、オペラハウスを訪れ、外交関係樹立50周年を記念して作られたオペラ「アニオー姫」を鑑賞。
紀子訪越◆ベトナム訪問中の紀子が23日に面会する勝恵美とレ・ティ・トゥ・ヒエンは、子ども向け絵本をベトナムで広める活動に取り組んでいると、共同通信が報道。「100作品超を出版し、ベトナム人作家の育成にも尽力。2017年に在位中だった上皇后美智子さまに続く皇室との交流は『心の支え』(勝さん)と話す。」
信子◆宮内庁が、故寛仁の妻信子が入院中の慶応大病院(東京都新宿区)で、骨折した左足くるぶしの手術を受けたと発表。
琉球王家◆琉球王家の子孫という沖縄県民らが、「昭和」初期に旧京都帝国大(京都大)の研究者によって沖縄県の古墳「百按司墓」から研究目的で持ち去られた遺骨の返還を大学に求めた訴訟の控訴審判決が大阪高裁であり、大島真一・裁判長が請求を退けた一審京都地裁判決を支持し、原告側の控訴を棄却。「遺骨はふるさとに返すべきだ」と付言。
継体天皇◆継体天皇(531年没)の生誕地とされる滋賀県高島市の南畑古墳群で発掘調査をしている市教育委員会と京都橘大が、三つの円墳が天皇没後の6世紀半ばから末にかけて相次いで築造されていたことが分かったと発表。京都橘大の中久保辰夫・准教授によると、継体朝以降の物資流通では、福井などを経由する日本海ルートや淀川ルートも重視されたため、継体没後もこの地域の勢力が維持され、古墳を造営し続けていたと考えられるというと報道。
クウェート皇太子◆中国の習近平・国家主席とシリアのアサド大統領が浙江省杭州で会談し、両国の「戦略パートナーシップ関係」を構築すると表明。国営中央テレビが伝える。習主席は、クウェートのミシャル皇太子や国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とも会談。
【9月23日】
秋篠宮◆ベトナム・首都ハノイの自然科学大学生物学博物館を視察。
紀子◆ベトナム・首都ハノイで、障害者雇用に力を入れている企業を訪問。宿泊先のホテルで、日本の絵本をベトナム語に翻訳し出版しているグループと「懇談」。ベトナムで活動している勝恵美が同席。
秋篠宮、紀子◆ベトナムの首都ハノイから政府専用機で中部ダナンに移り、世界遺産に登録されているホイアン旧市街を巡る。
佳子◆第10回全国高校生手話パフォーマンス甲子園出席などのため鳥取県入り。工芸作家を積極的に受け入れている鳥取市西郷地区の「いなば西郷工芸の郷」を視察。地元の小学生が自分で名前を彫った給食の茶わんを見学し、「説明役」の5~6年生の児童3人に話しかける。鳥取市のホテルで手話パフォーマンス甲子園関係者の「交流会」に出席し、高校生らと「懇談」。
「帰国の記帳」◆岸田文雄首相が、皇居で「帰国の記帳」。
「秋季皇霊祭・神殿祭」◆岸田文雄首相が、皇居で「秋季皇霊祭・神殿祭の儀」に参列。
アジア大会◆中国の習近平・国家主席が、浙江省杭州で杭州アジア大会の開会式に出席。習主席は23日までに、東ティモールのグスマン首相と会談して、両国関係を「全面的戦略パートナーシップ関係」に格上げすることで一致し、シリアのアサド大統領との会談では両国の「戦略パートナーシップ関係」を構築すると表明したほか、カンボジアのシハモニ国王、クウェートのミシャル皇太子らとも会談したと報道。
【9月24日】
秋篠宮、紀子◆ベトナム中部ダナン郊外にある世界遺産・ミーソン遺跡を見学。ダナン中心部にあるホテルでグエン・バン・クアン市党委員会書記と面会し、昼食会に出席。「ダナンがん病院」で働くベトナム人の医師11人と面会。ベトナムで日本語教育に携わる在留邦人らと「懇談」。
佳子◆宮内庁が、佳子が新型コロナウイルスに感染したと発表。鳥取市で予定していた全国高校生手話パフォーマンス甲子園への出席を取りやめる。28日まで滞在先の鳥取市のホテルで療養するというと報道。大会開会式で、佳子のあいさつが代読され「皆さまに会うことがかなわず、本当に残念です」。
皇位継承問題◆「皇位継承問題の議論が進まない。天皇陛下より若い継承資格者は、皇嗣秋篠宮さまと、秋篠宮家の長男悠仁さまの2人だけだ。皇室は先細る一方でこのままでは近い将来、天皇のなり手がいなくなる。どう考えたらいいのか」とリードで書く対論企画を共同通信が配信。記事は「女性・女系天皇にも道開け/立憲主義の危機、認識を」の見出しで国学院大講師・高森明勅と、「男系継承、伝統の重み/旧宮家の子孫を養子に」とのタイトルで国士舘大客員教授・百地章のインタビューなどで構成。
甘粕正彦◆陸軍省が1923年の当日、憲兵大尉の甘粕正彦が9月16日夜に、社会主義者から無政府主義者に転じた大杉栄ら3人を殺害した、と初めて公表。甘粕は軍法会議で懲役10年の判決を受け、服役するが、摂政裕仁(後の昭和天皇)の結婚に伴う恩赦で減刑され、仮出所も認められると報道。
【9月25日】
秋篠宮、紀子◆ベトナム「公式訪問」の一連の日程を終え、政府専用機で中部ダナンのダナン国際空港から出発し、帰国の途に就く。
【9月26日】
徳仁、雅子◆派遣先から帰国した青年海外協力隊員ら8人と皇居・御所で「懇談」。
秋篠宮、紀子◆ベトナム「公式訪問」を終え、徳仁、雅子にあいさつするため、皇居・御所を訪ねる。
神聖同盟◆1815年の当日、ロシア、オーストリア、プロイセンの3カ国の君主がパリで神聖同盟を結成。キリスト教の「友愛」で欧州の「平和維持」を目指した君主間の盟約で、実効性はなかったが、後に英国王、ローマ教皇、オスマン帝国皇帝を除く欧州各国君主も参加したと報道。
【9月27日】
西隆寺◆奈良時代に称徳天皇が創建したとされる尼寺・西隆寺跡(奈良市)で、建物跡の中心から、粘土や瓦片を埋めて固めた土坑(穴)が見つかり、奈良市埋蔵文化財調査センターが発表。
【9月29日】
徳仁、雅子◆6月のインドネシア「公式訪問」を終えたことを報告するため、東京都八王子市にある昭和天皇の武蔵野陵と香淳皇后の武蔵野東陵を参拝。
徳仁◆「関東大震災100年特集」の企画記事で共同通信が「水に関する問題をライフワークとする天皇陛下は、防災に強い関心を示されている。洪水や津波といった水害に関わる視察や国際会議での講演を通じ、国内外に災害への備えと対策の重要性を発信している」と配信。
徳仁即位5年・結婚30年「記念」特別展示◆皇居・東御苑の「三の丸尚蔵館」が、徳仁の即位5年と徳仁、雅子の結婚30年を記念し、ゆかりの品々を紹介する特別展示を11月3日から12月24日まで開催すると報道。
明仁、美智子◆「関東大震災100年特集」の企画記事で共同通信が「災害が相次いだ平成の時代、在位中の上皇さまは上皇后美智子さまと共に被災地に足を運び続け、困難にある人々に心を寄せられた」。訪問は「国民と苦楽を共にする」皇室を体現し、『象徴の務め』の一つとして確立されていった」と配信。
秋篠宮、紀子◆ベトナム「公式訪問」を終えた感想を、宮内庁を通じて文書で公表。「日本とゆかりのある場所を視察し、さまざまな立場で両国関係に尽力をしている方たちとも交流することができ、私たちにとって有意義な旅になりました」。
佳子◆11月1~10日の日程で、ペルーを「公式訪問」することが閣議で了解される。日本とペルーの外交関係樹立150周年に当たり、「友好親善」を図ると報道。宮内庁によると、11月1日に羽田発の民間機で出発し、米国を経由してペルーの首都リマに到着。滞在中、150周年の記念式典や大統領主催の昼食会などに出席し、日系人とも交流する。クスコに移り、世界遺産マチュピチュ遺跡の視察を予定している。/新型コロナウイルス感染での療養を終え、鳥取発の民間機で帰京。
裕仁◆「関東大震災100年特集」の企画記事で共同通信が「1923年9月1日の関東大震災発生時、皇居にいた昭和天皇は激しい震動に見舞われる中、正殿横の庭に避難した。昭和天皇実録などによると、直後から内務大臣や警視総監に被災状況の聴取を開始。赤坂離宮の『広芝御茶屋』に移って執務し、余震が続く中、2日に山本権兵衛内閣の親任式に臨んだ。病気療養中の大正天皇に代わって摂政の立場にあり、震災対応を担った」と報道。「明治期以来、天皇が側近を派遣して被災地の様子を把握することはしばしばあったが、直接の視察は極めて異例だった。/実際の救援活動では、大正天皇の妃・貞明皇后の尽力が大きかった。大正天皇と共に滞在していた日光田母沢御用邸(栃木県)から、侍従を派遣して被害状況の報告を受け、食料や衣類の配布を進めた。」
貞明皇后◆震災歴史企画「再現日録 大震災の9月」で共同通信が、大正天皇の妻貞明皇后が1923年の当日、関東大震災で被災した人々の救援状況を視察するため、静養先の栃木県・日光の御用邸から帰京した、と報道。「皇后が被災地を訪れるのは震災後初めて。大正天皇は、引き続き日光に残った。/皇后は同日午前、東京・上野駅に到着すると、病院のほか上野周辺の焼け跡、被災者の避難所などを視察した。/翌30日には、東京の日本赤十字病院で、被災して治療を受ける子どもたちを慰問。赤坂離宮にも立ち寄り、摂政(後の昭和天皇)と昼食を共にしている。/震災当日の1日は、日光の御用邸も激しく揺れた。皇后は大正天皇の手を取り、屋内から庭の芝生へ避難した。/電話が不通になり、警備の近衛部隊の伝書バトで東京との連絡を図った。2日、上空に飛来した航空機が投下した通信筒によって、摂政の無事を知る。御用邸側は大きな日の丸を振って、航空機に大正天皇夫妻の無事を伝えている。/大正天皇は震災当時、発話や歩行の障害など健康問題を抱えていたため、被災各地の視察や慰問などは専ら貞明皇后が担った。大正天皇は3年後の1926年暮れに死去する。」
「被災地慰問」◆「未曽有の被害をもたらした関東大震災では、当時皇太子で摂政だった昭和天皇が自ら被災現場に赴き、状況把握に努めるなど異例の対応が取られた。現代の皇室が重きを置く被災地訪問の原型といえ、傷ついた人々に寄り添う思いが受け継がれている」とリードで書き起こす「関東大震災100年特集」の企画記事を共同通信が配信。「天皇陛下はライフワークの「水問題」の研究を通じ、過去の教訓と防災の大切さを語られている。」
臨時国会◆秋の臨時国会「召集」日が、曲折の末、10月20日に決まったと報道。「首相官邸は当初、16日を候補日としていたが、天皇陛下の開会式出席が困難と判明し、開会式のみ17日にずらす案や、13日や23日案が一時浮上した。」
三の丸尚蔵館◆国立文化財機構(東京)が、皇室ゆかりの美術工芸品などを収蔵、展示する皇居・東御苑の「三の丸尚蔵館」の新館オープンに合わせ、記念展「皇室のみやび-受け継ぐ美-」を11月3日から翌年6月23日まで開催すると発表。元寇を描いた国宝「蒙古襲来絵詞」など計約180点を4期に分けて展示すると報道。10月に管理・運営が宮内庁から国立文化財機構に移管され、名称は「皇居三の丸尚蔵館」となる。隣接する旧館も取り壊して新たな棟を建設し、2026年度の全面開館を予定している。
【9月30日】
佳子◆仙台市を訪れ、東北大の川内萩ホールで開かれた女子大生誕生110周年の記念式典に出席。あいさつで、理系を専攻する女性が少ない現状に触れ、選びにくい背景の一つに「社会の雰囲気がある」。「偏見がつくり出す社会の雰囲気や圧力は、あらゆる状況で数多く存在する。社会が個人の可能性や選択肢を制限したり、個人が自分自身の可能性や選択肢を制限したりすることにもつながっている」。式典後、中高生向けに研究の面白さを伝える活動をする大学院生らと「懇談」。
久子◆宮内庁が、日本・エジプト協会(東京都港区)が解散したため、故高円宮の妻久子が名誉総裁を退任したと発表。同日付。

 

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