本サイトでも賛同や参加を呼びかけていた、8.15 反「靖国」行動実行委員会主催の集会とデモが2日に分かれて行われた。
まず7月30日に、8.15前の前段集会として講演集会「『国のための死』を検証する」が行われた。講師は李泳采(イ・ヨンチェ)さん。国のために死ぬこと、国によって殺されること、そしてその死を国が追悼・顕彰することについて語られた。
そして8月15日当日は例年の反「靖国」デモ。いつものことではあるが、今年も右翼の妨害と警察のひどい規制のなかで行われた。
デモ前の簡単な集会では以下6人の方からアピール。
日韓民衆連帯全国ネットワークの方から9月の集会への呼びかけ、右翼による6.4反戦集会へのデモ襲撃についてその集会主催者から報告、戦時下の現在を考える講座から8.20つくば集会と育樹祭問題について呼びかけがなされ、ノーハプサ高裁判決と今後について弁護団弁護士から報告。そして監視社会・マイナンバー問題について共通番号いらないネットのメンバーからの報告と、日韓米首脳会談反対!8.17官邸前行動への参加がその主催者から呼びかけられた。
このデモ前の短い集会の間にも、妨害者たちは参加者のすぐ近くで騒いだり、集会場のど真ん中に立ちはだかったり、図々しいとしか言いようのない体当たり的な介入者として登場した。6月4日の反戦集会の主催メンバーにひどいケガを負わせた右翼と同じメンバーであることも確認された。実行委と参加者は、その数人の妨害者たちをすぐさま集会の場から追い出し、集会は予定通りのアピールを交換しながらデモ出発時間を迎えた。
デモでは、右翼の街宣車は警察によって完全に止められていたようだが、デモと一緒に歩道を歩く右翼妨害者は、歩道から威嚇・挑発・妨害を繰り返した。
警察はそういった妨害行動については、襲いかかろうとする動きが見えると大騒ぎをしながら止めはするが、止めるだけで、妨害者たちは野放し状態にしか見えなかった。だから常に同じ妨害者がデモ行進と並列して歩いているし、同じ人物たちが暴力的な介入や、威嚇・暴言を繰り返した。
一方、警察のデモ参加者に対する規制はひどかった。デモ参加者をグルリと取り囲み異常としかいえない形式と執拗さ、強引さ、無礼さで威圧し、混乱を作り出していた。常に大声で、前を向いて歩けだの、人との間隔をあけるなと急かす。すぐ耳元でがなりたてるようなその大きな声は、実行委のスピーカーからの声をかき消し、自分たちのシュプレヒコールも聞こえないような状況を作り出すのだった。そして二重三重に居並ぶ警察や警察の指揮官車は、実行委が用意した横断幕やプラカード等の目隠しとなっている。デモの主張が街頭を歩く人たちに届くとは思えない状況であり、思想・信条の自由や表現の自由の行使としてあるデモの権利が尊重されているとは、到底いえない社会なのだ。
デモが靖国神社の大鳥居前を右折してまもなく、このような警察の横暴に抗議した参加者一人が逮捕された。「殺せ殺せ」「日本から出て行け」などと叫び、襲いかかろうとする右翼妨害者は野放し状態で、デモ参加者が過剰な規制に抗議すると公務執行妨害で逮捕。本当に許し難い事態である。しかも、この抗議した人は暴力など伴っていないが、メディアは「警察官に暴力」と警察発表を垂れ流した。暴力を振るったのは、間違いなく逮捕時の警察の方であった。
実行委と集会参加者有志で救援会がすぐに結成され、翌16日、「抗議声明」が出された。また、同日夕方には被逮捕者が勾留されている麹町署への抗議と被勾留者への激励行動が呼びかけられ、45名が集まった。被勾留者は18日に釈放。
警察の横暴で過剰な警備に抗議しただけで3泊4日も勾留される。こういった警察による不当な弾圧は、実行委や参加者、あるいはこのような報告を読む人たちを疲弊させ、気持ちを暗くさせ、ともすればモチベーションの喪失感を与える。それが弾圧の大きな目的なのだろう。また、天皇制に反対する者は許さないという権力側の意思表明でもある。
こんなことが許されていいはずがない。反「靖国」の運動は、反天皇制の運動であり反戦運動である。あるいは日本の歴史を問い直す運動であり、それを隠蔽する勢力とのたたかいでもある。声を上げることに躊躇するような事態になってはこまるし、警察が大きな顔をして私たちの前に立ちはだかる社会は本当にゴメンである。多くの人の手で押し返していきたい。 大子