衆議院憲法調査会における「天皇」に関するこれまでの議論(衆憲資第61号)

これは、2005年に、憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(156回国会と159回における3回)や関連するこれまでの議論を、衆議院憲法調査会事務局が整理し、まとめた報告資料です(小委員会に出席している参考人以外の名前が上がっているので、これまでの関連論議も含まれているようです)。参考人による問題提起のごく一部ですが、事務局まとめのかたちで読めます。

衆議院のHP(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi061.pdf/$File/shukenshi061.pdf)で参照できます。

*敬称や敬語、年号等に、本サイトの編集方針とは異なる表記がありますが、原文のまま掲載します。

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衆憲資第61号
衆議院憲法調査会における「天皇」に関するこれまでの議論
平 成17年2月
衆議院憲法調査会事務局

この資料は、平成17年2月3日(木)の衆議院憲法調査会において、「天皇」をテーマとする委員間の自由討議を行うに当たって、委員の便宜に供するため、幹事会の協議決定に基づいて、衆議院憲法調査会事務局において作成したものです。

上記の調査テーマに関するこれまでの憲法調査会における委員の意見等の分類・整理を試みたものです。

【目 次】
1 総 論 ………………………………………………………………………………………1
2 天皇制に対する評価等 …………………………………………………………… 1
ア 天皇制をどのように評価するか ………………………………………… 1
イ 国民主権と天皇制 ……………………………………………………………  2
ウ 天皇の地位 ……………………………………………………………………… 2
エ 天皇制の今後 ……………………………………………………………………3
3 皇位継承 ………………………………………………………………………………  3
4 天皇の行為 …………………………………………………………………………… 4
ア 国事行為について …………………………………………………………… 4
イ 国事行為以外の天皇の行為について ………………………………… 5

衆議院憲法調査会における天皇に関するこれまでの議論
天皇制に関しては、主に、象徴天皇制に対する評価、皇位継承のあり方、国事行為をはじめとする天皇の行為等についての議論がなされた。

1 総 論
現行の象徴天皇制については、これを評価し、今後とも維持すべきであるとの意見が述べられた(なお、長期的な展望として制度の解消に言及する意見が存在)。同時に、国民主権の下における天皇制であるということについての議論の必要性も述べられた。

天皇の地位については、天皇を我が国の元首であると明記すべきとする意見と、その必要はないとする意見が述べられた。

皇位の継承については、皇族女子にも継承権を認めるべきであるとの意見と、これまでの伝統に照らして慎重に検討すべきであるとの意見等が述べられた。

天皇の行為については、国事行為以外の行為のうち一部を公的行為として認識すべきであるとする意見、国事行為以外はすべて私的行為として認識すべきであるとする意見等が述べられた。

2 天皇制に対する評価等
ア 天皇制をどのように評価するか
憲法 1章に規定されているように、天皇は、「主権の存する日本国民の総意に基」づき、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」として、「内閣の助言と承認により、国民のために」「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」というあり方(象徴天皇制)については、国民から支持され定着しており、歴史的に見ても本来の天皇制のあり方に適ったものであるとして、今後とも維持されるべきであるとの意見が述べられた。

また、①天皇制それ自体が我が国の伝統・文化でありアイデンティティであって、今後とも守っていかなければならないとの意見、②現在の天皇制は、あくまでも国民主権、民主主義、人権尊重等の憲法原理と共存するものとして存在しているとの意見も述べられた。

(参考人等の発言)
・日本国憲法の下では、天皇はもはや主権者ではなくなり、政教分離原則によって公的な天皇と神道との関係は断ち切られ、また、統治権の総攬者たることをやめたばかりか国政に関する権能の一切を認められないこった。

その結果、一見、天皇は政治とは関係のない存在のように見えるが、天皇は、それ自体によって、また、その行動によって国民を統合するという社会的機能を実質的に果たしており、その意味では、高度に政治的な機能を果たしてきたと言い得る。(横田耕一参考人)

・天皇が大権を有していたのはわずか 50数年間のことであって、日本の歴史の中では、天皇は無権力の文化の守り手であり、その意味で、象徴天皇制とは、実は、日本の歴史がつくってきた長い伝統のあるものである。(松本健一参考人)

イ 国民主権と天皇制
この問題に関しては、国民主権の下における象徴天皇制であるということについて議論する必要がある、あるいは、そのことを明確にする必要がある旨の意見が述べられた。

(参考人等の発言)
・象徴天皇制は、近代憲法の普遍的原理としての国民主権と調和させる形で現行憲法に残されたものである。(小林武参考人)

・国民とともに、国民の幸福を願い、憲法を遵守することが象徴天皇としてのあるべきかたちであり、これが象徴天皇の第一の要件ではないか。(髙橋紘参考人)

ウ 天皇の地位
天皇の地位に関し、まず、天皇を元首とみなすべきかについては、①憲法上の権能に照らせば、元首とみなすことは難しいのではないかという意見と、②現に外国の大使等の接受を天皇が行っていること等を捉え、元首と認識してもよいのではないかという意見とが述べられた。また、③前文で「国政…の権威は国民に由来し、その権力は国民の代表がこれを行使」するとあるのを捉え、英国流に、「権威」と「権力」を「天皇」と「内閣」とに分けて考えることもできるのではないかとの意見も述べられた。

上記のうち、②の立場からは、さらに、天皇が元首である旨を明記すべきとの意見も出されたが、これに対しては、その必要はないとする意見も述べられた。

なお、この件に関しては、「元首」の定義が曖昧なまま議論されているのではないかとの意見も述べられている。

(参考人等の発言)
・日本国憲法の下で誰が元首であるかについては、学界でも意見が分かれているが、法律学的な観点からは、何らかの国家機関が元首であるということから、当然にそれに何らかの権限を与えなくてはならないということにはならず、あまり実益のない議論である。(長谷部恭男参考人)

・天皇は、象徴という立場の中で、外国に対する代表として、あるいは国内に対するヘッド・オブ・ステートとして活動するという理解が必要であり、象徴をやめて元首にしてしまうことには抵抗を感じる。ただし、元首である側面があることは否定しない。(園部逸夫参考人)

・大日本帝国憲法が 1 条で「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」としながら 4 条では「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」というかたちで天皇の権限に縛りをかけているように、元首という言葉を明治、大正、昭和の人たちが使ったときは、基本的に、いわば天皇の独走や軍部の独走を抑えるためであった。その言葉を今持ってきて、何らか天皇の権限を今よりも強くするというのは、少なくとも、戦前の人たちが元首という言葉に込めたものとは、方向が反対ではないか。(坂野潤治参考人)

エ 天皇制の今後
天皇制の存廃を当面の憲法問題とする意見はなかった。ただし、天皇制は国民主権の原則と矛盾するものであり、将来的には解消されていくべきではないかとの意見があった。

(参考人等の発言)
・日本国憲法における天皇の地位の根拠とは、主権者である国民の総意である。したがって、天皇に現在以上の権能を付与することも、また、天皇制を政治的に廃止することも、国民の総意があれば、憲法改正によって可能である。もっとも、現在の国民の8割以上は現在の天皇制に満足しており、その意味では、現在の象徴天皇制は、最も安定している天皇制であると言ってよい。(横田耕一参考人)

3 皇位継承
憲法 2条の皇位継承についての主たる議論は、女性による皇位継承を認めるべきか否かに関するものであった。この問題についての第一の意見は、皇族女子に対しても皇位継承権を認めるべきであるとするものであった。

その理由としては、①憲法が皇位継承権を皇族男子に限定していないこと、②皇位継承権を皇族男子のみに限定したままでは皇統が途絶える危険があること、③女性の天皇を容認する国民世論の動向、④男女平等や男女共同参画社会の形成という現在の潮流にも適うものであること、⑤過去に女性の天皇が存在していたことがあること、⑥摂政については現在でも皇族女子の就任を認めていること、⑦王室を有する欧州各国では女子による王位継承を認めていること等が挙げられた。

これに対し、第二の意見として、これまで皇位継承は男系男子によってのみ行われてきたという伝統を重視すべきであるとして、皇族女子による皇位継承を認めることについては、慎重に検討されるべきであるとの意見も述べられた。

皇族女子による皇位継承を認めるべきであるとする前記第一の意見は、さらに、皇位継承権を与える皇族女子の範囲について、①皇族男子に適当な皇位継承者がない場合に限り、例外的に男系の女子に対して皇位継承権を認めるべきであるとする意見と、②皇位継承権者の範囲を男系女子にまで拡大したところでそれは一時の摂位に過ぎず、天皇制の継続を考えれば、女系女子にまで皇位継承権を認める必要があるとする意見とに分かれた。また、この問題と関連して、女性による宮家の設立に伴う皇室財政への影響、女性の天皇の配偶者の取扱い等が検討課題として挙げられた。

(参考人等の発言)
・現行皇室典範では、男子に皇位を継承するとしているが、現に若年の皇族には女子しかおらず、この部分が一つの問題である。また、この問題は、皇位ばかりでなく、各宮家の継承についても同様であり、こうしたことにかんがみれば、現在の皇室典範の改正は必要ではないか。(髙橋紘参考人)

・男系男子による皇位継承の伝統にこだわり、かつ、皇統断絶の危険を回避するには、①1947 年に皇族から離脱した旧皇族を皇族として復帰させること又は②旧憲法下と同様に非嫡出子に対する皇位継承権を認めることが考えられるが、①旧皇族の復帰は、皇籍離脱以来50年以上を経た今日では難しくなっている上に、国民感情からも同意が得られないであろうし、また、②非嫡出子による皇位継承を認めるような社会状況も、今日では失われているであろう。

したがって、天皇制断絶のリスクを回避するためには、伝統を捨て、男系女子のみならず、女系男子や女系女子に対しても皇位継承権を認めていくより方策はなく、それが伝統に反するといっても、どうにもしようがない。(横田耕一参考人)

4 天皇の行為
ア 国事行為について
天皇の国事行為が「内閣の助言と承認」に基づいて行われる受動的かつ儀礼的なものであることを前提として、現在の国事行為のあり方等に関しては、①国事行為の数をこれ以上増やすべきではないとする意見、②国事行為の実際の運用について見直しを指摘する意見、③現在は私的行為として扱われている宮中祭祀のうち少なくとも大嘗祭については、国事行為とすべきではないかとする意見等が述べられた。

(参考人等の発言)
・現行憲法上の天皇の権能は、象徴天皇制の採用及び権力の正統性を付与する権能を天皇が有していた歴史的背景を理由として、国民から、天皇に「権威付けの機能」を委ねたものと解するべきである。(園部逸夫参考人)

・現在の国事行為を増やすべきだとも減らすべきだとも感じない。ただし、事実上、何か非常に不便に感じることが皇室の関係であれば、議論することはよいのではないか。また、現在の国事行為のうち、儀式の範囲については、解釈論として更に議論を詰めていかなければならないと考える。(園部逸夫参考人)

イ 国事行為以外の天皇の行為について
天皇の行為については、①憲法に規定されている国事行為とそれ以外の行為とに区分し(二分説)、国事行為以外の行為については象徴性を有しないものとして考えるべきであるとする意見と、②国事行為、公的行為及びそれ以外の行為とに区分し(三分説)、公的行為を準国事行為又は国事行為を補完する行為として憲法上に位置付けるべきであるとする意見が述べられた。

なお、天皇の行為の分類に関しては、このような議論の背景には、天皇も一人の人間であることから、国事行為以外の活動も行っており、そうした活動と天皇の象徴性とが密接に関係していることがあることを指摘する意見が出された。

(参考人等の発言)
・公的行為についてその意義にふさわしい制度上の位置付けが必要であるが、そのためには慎重な配慮が必要であり、具体的に法律によって限定列挙することはなじまないと考える。(園部逸夫参考人)

・天皇は、国事行為のみならず、公的行為により、その象徴性を発揮することが大切である。ただし、その執行については、内閣が責任を負うべきである。(園部逸夫参考人)

・天皇の公的行為については、これを容認する立場から、①準国事行為説、②象徴としての行為説及び③公人としての行為説が唱えられているが、いずれの説を採用しても、天皇の行為が無限定に広がっていくおそれがある。

また、これらの説は、国事行為以外の天皇の行為についても内閣の統制の下に置こうとする意図から出ているが、現在では、天皇が独走する危険性よりも、内閣が天皇を政治的に利用する危険性の方が高い。(横田耕一参考人)

・象徴天皇制も 50年を経て、その基本的なかたちが本来のものから歪められているものも散見される。天皇の行為は、憲法上に国事行為として定められており、それ以外の行為は私的行為及び公的行為とされているが、それらのうち、皇室外交については問題がある。

天皇の外国訪問自体は政府の判断であり、それ自体に政治的な色彩があることは否めないが、随員の選定等においては、できる限り政治色を払拭すべきである。(髙橋紘参考人)

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