新国家安全保障戦略のねらいと天皇制との関り

池田五律

新国家安全保障戦略の策定を、岸田政権は進めている。12月中旬にも、閣議決定されそうだ。

現在の国家安全保障戦略は、1957年の「国防の基本方針」に代わるものとして策定された初の国家安全保障戦略であり、2013年12月17日に策定された。「国防の基本方針」は、「直接・間接侵略の未然防止」と「侵略の排除」を国防の目的としていた。「2013年版 国家安全保障戦略」は、「積極的平和主義」を理念に掲げ、対中国抑止を課題に挙げ、統合防衛力の整備を打ち出した。それに沿って、「2013年版 防衛大綱」に基づき「統合機動防衛力」の整備が進められ、南西諸島(琉球弧)の自衛隊増強が本格化した。「2015年版 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」で、同盟調整メカニズムが立ち上げられ、中国に対する「対抗力と抑止力」の強化が打ち出されたのを受け、「2018年版 防衛大綱」では、宇宙・サイバー・電磁波領域を含む「領域横断的作戦」を遂行するための「多次元統合防衛力」の整備が打ち出された。新国家安全保障戦略でも、宇宙・サイバー・電磁波領域の軍拡が、重視されることになろう。多数の小型衛星を連動させて超音速滑空弾を捕捉する衛星コンステレーションなど、航空宇宙産業=軍需産業は大儲けだ。

「2018年版 防衛大綱」の策定の際、「敵基地攻撃力保有」が浮上した。結局、それは明記されなかったが、護衛艦の空母化や、敵の射程外から攻撃可能な「スタンド・オフ・ミサイル」の取得などが進められた。12式地対艦ミサイルの延伸化も開始された。延伸化したそれを琉球弧に配備すれば、その射程は上海などにも及ぶ。新国家安全保障戦略の目玉とされる「反撃能力」は、こうした実質的な「敵基地攻撃力」の保有の実質的既成事実化を「反撃能力」と偽装して「公然化・公認化」するものである。しかも「反撃力行使」もあり得るとか、「指揮統制機能への攻撃もあり得る」などといった意見も飛び交っている。「敵地先制攻撃力」の保有といった方が正確であろう。トマホーク購入案も浮上している。米軍も、中距離ミサイルを沖縄に配備しようとしているとも言われている。超音速滑空弾の日米共同開発という話もある。

2013年以降、軍拡に伴い防衛費も毎年過去最高を更新。岸田政権は、2021年補正予算と2022年防衛予算を合体させた合計6兆1744億円にのぼる「防衛力増強加速化16カ月パッケージ予算」を編成した。これは、GDP比1.09%に当たる。「新国家安全保障戦略」の目玉とされる防衛費GDP2%化は、この「加速化」の必然だ。
この「敵地先制攻撃力」保有と防衛費GDP2%化は、「自衛(力)」の制約を外すものだ。「専守防衛」の文言は残っても、9条の「戦力不保持」規定を空文化する自衛隊明記改憲を先取りする実質改憲とも言える。

「統合」という点では、新国家安全保障戦略を受けて、陸海空統合司令部設置が具体的日程に上ってくると思われる。統合司令部設置のための自衛隊法改正案が、2023年通常国会には出てくるかもしれない。統合司令(朝霞駐屯地 :練馬区)、南西方面統合司令部(健軍駐屯地:熊本市)に設置し、有事の際には前線統合司令部を宮古島に置くといったことが目論まれていると思われる。

新国家安全保障戦略の新規性としては、その正当化にウクライナ戦争を利用し、ロシア脅威論が付け加えられる点があげられよう。だが、本命は対中抑止であることに変わりはない。しかもその「抑止」は、有事に際しての「対抗力」によるものだけではない。バイデン政権の「統合抑止」にも言うように、経済安保を重視することになろう。それは武器輸出の拡大も含む軍需産業の育成に限らない。半導体など戦略物資のサプライチェーンからの中国排除(台湾包摂)といったものも平素からの経済安保と位置づけられる。それは、来年通常国会に上程されるとも言われている重要技術漏えい防止を理由に、特定秘密保護法強化や入管法改悪とも連動している。

有事と平時の間の「グレーゾーン事態対処」も強調されよう。反戦デモも、その対象だ。新国家安全保障戦略では、海自、海保、米海軍、米沿岸警備隊の連携強化による海上保安能力の向上が強調されそうだ。この海上保安能力の向上は、南シナ海(南中国海)から琉球弧、そして西太平洋をにらんでのものだ。これは、平素から「一帯一路」の遮断の対中圧力を高める「海洋圧迫戦略」の一環と言えよう。

対中最前線と位置づけられた琉球弧周辺では、新国家安全保障戦略に即せば、「持続性」の名で武器弾薬の事前物資集積所建設、「強靭化」の名で「要塞化」が目論まれると予想される。11月10日から日米共同統合演習「キーンソード」が展開された。そのような「戦争のような演習」が、米海兵隊の「遠征前進基地作戦」に沿って、何時でも何処でも作戦拠点化することも含んだシナリオで、今まで以上に恒常化されよう。「国民保護」も、要注意だ。シェルター建設論も出ている。これに関しては、「強靭化」と共に軍事土建利権バラマキによる反対世論崩しといった観点からも、注意が必要だ。「国民保護のために必要」と陸自輸送艦の調達といったものが目論まれている。ただし、自衛隊の本務は戦闘。民間の港湾・空港・輸送関連の施設・労働者の徴発・徴用態勢整備が浮上するのは必至だ。島外避難、島内シェルター避難の訓練などを通して、住民の戦争協力体制への組み込みも画策されよう。「共生共死」をスローガンとした沖縄戦の再来を、「国民保護」の名で許してはならない。琉球弧自衛隊増強の先鞭を付けた与那国への沿岸監視隊配備を受けたアキヒト・ミチコ与那国訪問など、最前線化と天皇による「包摂」策動は表裏一体だ。11月の日米共同演習直前の10月のナルヒト訪沖と、「国民保護」という名の「民間防衛」への民衆動員態勢整備とを一体的にとらえておく必要があろう。

天皇制との関りで最も注意しておくべきは、少額かもしれないが、隊員の待遇改善だ。いくら無人化しても、サイバー分野などで民活しようと、兵士なしには戦争できない。予備自衛官の訓練期間を短くして管理を強化するとしても、肝心なのは本体。一部技能職は再雇用するとしても、やっぱり若い者が欲しい。女性と貧困家庭の青少年をねらうにしろ、売りが必要。自治体、民間企業への浸透策としても、就職斡旋に力を入れてはいるが、効果は、いまいち。そこでねらっているのが、給料アップ。そして栄典・礼遇の向上。つまり、等級の高い勲章を天皇からもらいたい、天皇に距離の近いエライ人として扱ってくれということ。そして、戦死傷と引き換えの「援護」。援護態勢創りが進めば、援護団体の名誉総裁などに皇族が就くという寸法だ。殉職者追悼式の「靖国化」にも注意を怠ってはなるまい。即位の礼で、天皇の訪問地で、自衛隊員が儀仗・と列し、栄誉礼を捧げる対象は天皇だ。内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮監督者だが、実質的に自衛隊は天皇を最高権威者として戴いているのだ。旧軍を指す「天皇の軍隊」に倣えば、「象徴天皇の自衛隊」。その歯止めなき軍拡を許してはならない。

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