ウクライナ戦争と〈ヒロヒトラー〉

天野恵一

2月24日のロシア軍のウクライナへの全面的軍事侵攻以来、すさまじい爆撃の様子や殺戮に怯えるウクライナ住民のありさまを映し出す映像が、主にテレビニュースによって、私たちの日常生活の中に大量のもたらされた。私たちは茶の間で、野球やサッカーの試合を見るように、すさまじい殺し合いを「観戦」するというこのグロテスクな日常に、慣れだしている。

この許しがたいロシアの全面侵攻を正当化するプーチン大統領の論理は、ウクライナ(ゼレンスキー政権)の「ナチズム的性格」である。プーチンは、ロシアが大激戦地となったかつての反ファッショ戦争と今回の侵攻を同一視することで正当化しているのである。かつてロシアと組んで日独伊のファシズム三国同盟と戦った米英仏などの連合国は、大量の金と武器そして情報をウクライナに提供し(特にアメリカは桁違い)、ロシアの大国からの没落も狙う、全面的な戦争加担をしている。日本も、新兵器に転用されうる、大活躍のドローンの提供に象徴されるように、いつものようにアメリカ追随。自国が兵隊を送らないかたちで「参戦」している戦争を私たちは、「他国の悲劇」とし「観戦」しているのだ。

この状況が、私たちが特に注目すべき、ある事態を産み出した。

ウクライナ政府がツイッター投稿した動画(4月24日)では、ファシズムとナチズムを説明するために、中央のヒトラー(ドイツ)をはさんで、左側にムッソリーニ(イタリア)、右側にヒロヒト天皇(日本)を配した顔写真を掲載して、その下に、「FASCISM AND NATISM WERE DEFEATED IN 1945」(ファシズムとナチズムは1945年に敗北した)の文字を載せた。この動画に対して日本側(外務省)から抗議、ウクライナ政府は、「誤りを犯したことをこころからおわびします。友好的な日本の方々を怒らせるつもりはありませんでした」と謝罪して、当面の戦争協力国日本の歴史偽装に、平然と協力してみせた(外務省は、「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」との天皇の歌をウクライナに示し、天皇ヒロヒトは平和主義者であったと、アピールしてもいるようである)。

細かい具体的歴史を検証してみる必要はない、かつての「皇室典範」と「大日本帝国憲法」に眼をやれば一目瞭然、天皇ヒロヒトは絶対神聖の「現人神」、最高の権力者であり絶対の権威。天皇の命令と統帥なしに日本国とその「天皇の軍隊」は戦争はできなかったはずである。そして日本国民(臣民!)は天皇(国)に無条件に忠誠をささげるように、徹底的に教育され、いざという時には「天皇陛下のために死ぬ」ことこそが最高の名誉(道徳)というのがその教育の中心を支配するイデオロギーであったのだ。〈天皇制ファシズム〉国家日本、〈ファシズム三国同盟〉の戦争国家日本。これが「世界史」の常識である。

1971年の天皇ヒロヒトの欧州訪問の際には、デンマークのコペンハーゲンで、車列に「クソ爆弾」(コンドームに詰められたクソ)が投げつけられ、“ヒロヒトラー”という大きな抗議の声が浴びせられ、自身が乗っている車にも空き瓶が投げつけられてフロントガラスが破損するなどした。西ドイツでも戦犯ファシスト・ヒロヒトの声をあげる学生デモが起こり、イギリスでも天皇の軍隊による捕虜虐待に対する抗議の鋭い声が浴びせられた。

私たちも〈ヒロヒトラー〉という言葉こそ、歴史的に想起すべきなのである。この時代、「平和天皇ヒロヒト」(軍部にだまされただけで戦争責任はないヒロヒト)の神話はほぼ国内にのみ通用する、内向きの「物語」にすぎなかった。それをさらに「国際化」するチャンスとして、日本の権力者たちによって、このウクライナ戦争が活用されているのだ。

5月16日の『朝日新聞』に紹介されたオンラインイベント「〈侵略〉と〈戦争〉を考える」で、ゲストの歴史学者・加藤陽子が、ヒトラーとムッソリーニとヒロヒトが、ナチズム、ファシズムの二つの語で表現されたことに「違和感を覚えた」と発言していることが紹介されている。

そこで彼女は、以下のように主張をしている。

「『……また、個人として歴史を動かしたヒトラーやムッソリーニと、皇統を背負い、国体と切り離せない昭和天皇を並べることも不安感がある』。ただ、世界がウクライナを援助しているさなかに日本政府が撤回を求めたことには疑問を呈した」。

どんな時でも、あたりまえの歴史事実に対して撤回を求めることは不当なのだ。

ムッソリーニもヒトラーも、祖先代々の神を体現する「現人神」による国支配のシステム(「国体」)というようなウルトラな観念に支えられてはいなかった。絶対化されてはいたが、まだ、人間による支配であった。だから、この絶対神とされたヒロヒトという人物はウルトラな個人として「歴史を動かす」ことが可能であったというにすぎまい。どうして政治権力とまるっきり距離があったかのごとく論ずるのか。あたりまえの実証学者の姿勢としてはおかしかろう。

この問題をめぐる騒ぎの中で、私はかつて〈天皇制ファシズム〉との、ペンによる孤独なゲリラ戦を持続し、獄死を強いられた、戸坂潤の「天皇制ファシズム」論を思い出した。彼は、多くのコミュニストまでも支配した、天皇制=「封建的なもの」=「古くさいもの」=〈絶対主義〉、ゆえに〈ファシズムにあらず〉という認識を拒否して、ファシズムの三国同盟の「世界史的事実」を前に、常識的な認識をふまえれば、ファシズムではないとの主張は「途方もない間違いである」と1930年代に主張している。

今、〈ヒロヒトラー〉という戦後にあった常識が隠され、「途方もない間違い」が世界の表通りを闊歩しはじめようとしている。戦後、「象徴(人間=平和)」へとモデルチェンジして延命し・持続された天皇制が、結局、このような暴挙を可能にしてしまったのである。

私たちには、史実と現状をふまえなおした「戦後的常識」の鍛え直しが必要である。

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