ユーゴ戦争:報道批判特集
ユーゴ人道介入の口実「虐殺」デッチ上げ (その10)

(その10) 東チモールでもアメリカの本音は石油確保

1999.7~2000.5《特別緊急連載》

 前回の「(その9)アルバニアがコソボ併合:米予測21世紀地図」に続いて、「アメリカの本音は石油確保と見抜け」を予定していたところ、「東チモール」内戦が勃発した。軍事科学でも両面作戦を戒めているので、そちらの最新情報収集は諦め、その代わりに急ぎ、ユーゴ戦争と共通する石油資源が、インドネシアと東チモールの命運を握る旨の注意だけを、mailで流した。

 ところが、この件では、直ちに、まさに「アメリカの本音」の最新版が、しかも、東チモールとユーゴを結び付ける形のインターネット情報として伝わってきた。以下、まずは、そのmailの内から、私が名付ける神髄のみを要約紹介する。

発信者:青木雅彦

[aml 13886]

国防長官、東チモールとコソボの違い

Received: 99.9.10 9:27 AM

[前略]「それを聞いちゃぁおしめぇよ」発言が昨日の国防総省での長官記者会見で出されました。[中略]ある記者が遂に「本丸」へ。

「コソボには介入したのに東チモールにしないのはなぜ?」

「国防長官としてどういう線引きをしているのか?」

[中略]

コーエン国防長官:[中略]アメリカは世界の警察官ではない。我々が介入するのは、我々の国益にかなう場合だけだ。[中略]

[Secretary Cohen: As I've indicated before, the United States cannot be and should not be viewed as the policeman of the world. We act where it's in our national interest to act.][中略]

 この長官の記者会見

Media Availability at Tilt-rotor

Day with Secretary of Defense William S. Cohen

Wednesday, September 8, 1999

 全文は、http://www.defenselink.mil/news/#BRIEFINGSからたどれます。

 またこの前日に行われたベーコン報道官の会見

DoD News Briefing Tuesday, September 7, 1999 - 1:45 p.m.

Mr. Kenneth H. Bacon, ASD PA

 の方が、情報量があり(9割方東チモール問題)、軍事介入に対するアメリカの態度がよく分かります。これも上記URLからたどることができます。

 アメリカはいつになく、当事者政府と国際社会や国連を「立てて」いて(「とてもとてもアメリカの出る幕じゃありません」)ずるいのですが、一方で介入するとなるとこれはもう「周辺事態」になってしまい、施行間もない「事態法」により日本人も「協力」を強制されるわけで、これはこれで大変なことです。いずれにしても日本がアメリカを差し置いて行動する可能性は皆無なので、日本がどうするか見極めるには、まず国防総省や国務省の高官の発言を注意深く追う必要があります。[後略]

 以上の「アメリカの本音」:「我々が介入するのは、我々の国益にかなう場合だけだ」に関しては、少なくとも、25年前、つまり、4半世紀前の1974年、アメリカ大統領の口からも、声高らかに宣言されていたのである。

拙著『湾岸報道に偽りあり』(汐文社、1992.5.28.p.220-222)

第9章/報道されざる10年間の戦争準備

「イラク処分」への1本道は10数年前から敷かれていた

[中略]いかにも象徴的ながら、「石油」ではなく「水」の確保を「戦争」の歴史的目的の筆頭に掲げるアメリカ支配層の中東戦略思想は、すでに湾岸危機の十数年も前から声高らかに表明されていた。克明な公式文書の数々も一般公開されていたのだった。それらがなぜ今回の湾岸危機に際して、大手メディアで報道されなかったのか。「平和のペン」の武器として活用されなかったのか。これもまた重要かつ決定的な反省点なのである。

 1973年に勃発した第3次中東戦争と、それに起因するオイル・ショック以来のアメリカの対中東戦略に関しては、すでに紹介ずみだが、湾岸戦争後(1991.8.20)に出版された『石油資源の支配と抗争/オイル・ショックから湾岸戦争』の分析が、最も鋭い。著者は外資系石油会社に勤めた経験を持つ宮嶋信夫(本名は白石忠夫)であり、主にアメリカ当局側の資料とアメリカ国内の報道を綿密にほり起こして活用しているために、不気味なほどの説得力を発揮している。

 以下、同書の記述を、まず新聞報道関係にしぼって要約してみよう。

 1974年、フォード大統領は世界エネルギー会議の席上、石油価格上昇に関して、「各国民は歴史上、水や食糧、陸上・海上の交通路を求めて戦争に訴えてきた」と警告を発し、それを受けてアラブ諸国の新聞は「アメリカ、アラブに宣戦布告」などと論評した。2ヵ月後、アメリカはペルシャ湾で空母をふくむ8隻の艦隊による演習を、2週間にわたって繰り広げた。

 さらに、「1975年1月、フォード大統領にキッシンジャー国務長官は『OAPEC(アラブ石油輸出国機構)諸国が石油禁輸を行ない、自由世界、先進工業国の息の根が止められる場合には米国は中東で武力行使することを否定しない』と記者会見で明言した。その準備行動として、米国の中東砂漠に似た砂漠地帯で海兵隊の演習を行なう、と世界に向けて報道した」のである。このような対中東戦略は、1979年のホメイニ革命に対抗するカーター・ドクトリンに明文化され、「緊急展開軍」創設から「英雄」シュワルツコフの「中央軍」へと発展強化されていった。

 宮嶋は、「カーター・ドクトリンでは湾岸地域での脅威がソ連軍であるかのようなあいまいな部分があったが……」と、アメリカ当局のかくれみの作戦を指摘しつつ、「国防報告」などによって「敵は石油にあり」の本音を容赦なく暴いている。[後略]

 この部分を、今また読み返すと、「1973年に勃発した第3次中東戦争と、それに起因するオイル・ショック以来のアメリカ」という歴史的位置付けが、世界中の石油産出量の4分の1を消費するアメリカにとって、いかに必死の致命的な問題であったかが、さらに深く、鋭く、身に泌みてくる。現在、カスピ海の南側を領海とするイランでは、「アメリカに死を!」を主要スローガンとする街頭デモが、政府の主導で展開されている。イラン人の中心は、古代ペルシャ帝国の末裔なのである。彼らの歴史的視野から見ると、欧米人は、中国人にとっての日本人と同様に、むくつけき辺境の野蛮人でしかないのである。

 なお、上記の『石油資源の支配と抗争/オイル・ショックから湾岸戦争』の記述の原資料は、拙著『湾岸報道に偽りあり』の末尾(p.286)に記したアメリカの議事録である。

『U.S. SECURITY INTERESTS AND POLICIES IN SOUTHWEST ASIA……HEARINGS BEFORE THE COMMITTEE OF FOREIGN RELATIONS U.S. SENATE AND ITS SUBCOM-MITTEE ON NEAR EASTERN AND SOUTH ASIAN AFFAIRS, 96TH CONGRESS ON U.S. SECURITY REQUIRMENTS IN THE NEAR EAST AND SOUTH ASIA』(Feb. 6,7,20,27; Mar. 4,18, 1980, Appendices p.327.「RAPID DEPLOYMENT FORCES 」:p.336.「PETROLEUM IMPORTS FROM THE PERSIAN GULF: USE OF U.S. ARMED FORCE TO ENSURE SUPPLIES」)CISマイクロフィッシュ No.S 381-39.

 このアメリカの議事録は、日本の国会図書館に入荷し、カードが存在するのに、なぜか行方不明となっている。私は、浜松町のアメリカン・センターでマイクロフィッシュからコピーした。同センターの事務局に依頼して、アメリカ本国に問い合わせて貰ったところ、絶版となっていた。そこで、マイクロフィッシュからのコピーを版下にして、副題だけを日本語で、『《復刻版》南西アジアにおける合衆国の安全保障上の関心と政策』とし、裏表紙に若干の資料説明を加え、1992年6月ごろ、3000部を作成、希望者に頒布した。

 日本語訳の相談は何度もしたが未完成である。公文書だから版権は問題ない。本文368頁。訳出希望者を募る。残部は僅少だが、私宛てにmailで申し込まれれば、販価3000円(郵送料込み)で、お分けする。ともかく、日本におけるアメリカの本音の研究は、ほとんど皆無と考えて置けば間違いはない。「生兵法は大怪我のもと」である。

 以上で(その10)終り。次回に続く。

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