『読売新聞・歴史検証』(0-34)

「特高の親玉」正力松太郎が読売に乗り込む背景には、王希天虐殺事件が潜んでいた!?
四分の三世紀を経て解明される驚愕のドラマの真相!!

電網木村書店 Web無料公開 2003.12.1

序章:「独裁」「押し売り」「世界一」 4

ピストル密輸のテキ屋「拡販団長」の身元を隠す大手紙報道

「“ヤクザ拡張販売”とは失礼な!」とおおせられるかも知れないので、巻末資料リストに「ヤクザ拡張販売関係」の項を設けた。

 とりあえず一言すると、産経の拡張販売員が客の自宅に上がりこみ、購読を断わられてか、殺人事件を起こしたことさえもある。朝日の拡張販売団員同士の殺し合いもあった。

 この種の事件は週刊誌種とはなるが、なかなか大手紙の紙面には登場しない。ただし、十数年前には、極めつきの大型事件が表面化したため、その事件自体が大手紙に報道されたことがある。だが、その報道の仕方に、『週刊文春』(81・9・10)が噛みつき、つぎのような題の特集記事をのせた。

「なぜ新聞に一行も出ないのか/読売新聞拡販団長が/ピストル二〇〇丁密輸事件で逮捕」

 ただし、この特集記事の題の付け方や内容には若干の誇張があった。「新聞に一行も出ない」わけではなかった。数字にも誇張があった。

 たとえば朝日(81・9・2)の報道があったのだが、それによると、広域暴力団の住吉連合がアメリカからピストルを密輸した事件の第二次摘発が行われ、逮捕者は合計で二八名、押収したピストルは四三丁に達した。担当の警視庁捜査四課では、密輸されたピストルの総数について「百丁は越す」と見ているらしかった。

 ところが、この朝日記事では、たった一か所だが肝心要の点に、ボカシが掛かっていた。「新たに捕った」被疑者の肩書きのすべてが、たとえば「組長」とか「ポルノ雑誌販売」などのように具体的なのに、たった一人だけが、なぜか、ただの「会社役員矢野公久」となっていたのだ。

『週刊文春』の特集記事によると、この矢野は、「武蔵野総合企画社長」であり、この「会社」の実態は、読売の「城西地区」(杉並、中野、渋谷)を担当エリアとする「拡張販売団」だったのである。同人は同時に、テキ屋の池田会宮崎組でもナンバー・ツーだったという。逮捕の容疑は、「銃刀法・火薬取締法違反」であり、「自動式拳銃四丁と実弾二百発」を所持していたらしい。

 この件では、わたし自身も当時、関係者から追加取材をし、拙著『読売グループ新総帥《小林与三次》研究』(鷹書房)の末尾に書いた。ここでは結論だけをいうと、警視庁は一応、「会社役員」の身元を発表したのだが、警視庁詰め記者クラブの談合で、以上のような新聞発表の申し合わせになった。それに不満な記者が『週刊文春』に情報を流したのであろう。

 こういう大手紙間のしきたりについては、「マスコミ仁義」という表現もある。報知新聞の現場記者から常務取締役、相談役になった漆崎賢二は、『読売王国の新聞争議/報知10年戦争と読売人事の抗争』(日本ジャーナル出版)と題する著書のなかで、つぎのように指摘している。

「新聞というのは、同業の内部の問題になるべく触れないという仁義めいたものがある」

 報知では、一九六〇年代の後半から労資紛争が激化し、戦後の読売争議を上回る大争議が続いた。ところが、漆崎の表現によれば、「週刊誌もこれを取り上げたが、肝心の日刊紙は一切黙殺した」のである。


(0-3-5)「出刃包丁の刃を相手に向けて刺せ」と指導したベテラン販売員