
(その6)妹が生まれて、和代―平和な時代、という名がつけられた
二月になると母が入院したので、ドブ川の氷を横目で見ながら、反対側にある病院に通うのが僕の日課になった。湯タンポを運ぶのだ。夕方に熱湯を入れて、朝は途中で冷えた中身をぶちまけながら持ち帰るのだ。新しく生れてくる弟か妹を期待して僕は責任感から急に大人になったようだった。その上、僕等は男手だけで食事の用意をした。隣の小母さんも時々手伝ってくれたが、貧しくまちまちな材料のために、一緒に料理することは出来なかった。チカラさんはカレーライスが得意だった。僕は大騒ぎして手伝いながら、誇らしく張り切っていた。
この充実した時は、まもなく頂点を極めることになった。僕の妹が生れたのだ。真赤な湯気の立つ顔をしかめて泣きわめく小さな妹だった。チカラさんは僕のことを、これからお兄さんとよぶことにしよう、と言った。
「兵隊さんがみんな負けちゃったのに、中隊長が一人だけ残ってちゃおかしいからな。」
僕は中隊長と呼ばれるのも、威勢が良くて悪い気はしなかったのだが、妹が出来たのだから、お兄さんは満足だった。
「うん、いいよ。」
と僕は答えた。すると看護婦が、
「お兄ちゃん、おいくつ。」
なんて気取った口をきいたので、急に面白くなくなった。しかし、妹を抱いてあやしている看護婦を怒るわけにはいかなかった。
小さい妹には、和代、という名がつけられた。平和な時代になったから、と父は説明してくれた。戦争が終ったら平和になるのだ。戦争は国と国との喧嘩だから、平和になると、国と国は仲良しになるのだろうと思った。