
街の狭い通りをトラックは走り続けた。僕が感じていたよりも街は拡がっていて、家並みが途切れたと思うと、また同じようにごみごみした石や土の姿を現わした。そのうち、学校のように大きな建物の前でトラックの群は止った。父と運転手は他の大人達と一緒に建物の中に入っていった。僕は飛び降りると運転台に駆けつけた。母はまだ眠っているように思えたが、そうではなく、
「中隊長殿、お元気ですか。」
といつもの声で言った。
「お母さんは大丈夫なの。」
「お母さんは平気よ。心配しないでいいの。」
僕は母の身体の具合が気になって急いで降りて来たのに、お元気ですか、などと逆に聞かれて、子ども扱いされるいまいましさを覚えたが、母が意外に元気な声を出したので安心もした。そこへ父が戻ってくると、「此処で昼食だ。」と言って、母を抱くようにして降ろした。ふだん見かけたことのないやり方だから、やはり母は弱っていたのだ。
昼御飯がすんでトラックに乗りこんで見ると、いつの間にか道の両側に旗を持った子供達が列をなしていた。日の丸と見覚えのない旗をみんな両手に握っているのだ。お祭りのようだったが、万国旗を張りめぐらしているのでもなかった。チカラさんにきくと、返事がなかった。むっつりしていて、無理にきいてはいけないような気がした。
チカラさんはトラックが動き出すと、旗を振る子供達に向って、手を振り始めた。僕もわけは分らなかったが、その中国の子供達に手を振った。みんなニコニコしているので、僕もつられて笑顔になっていた。だがチカラさんは笑ってはいなかった。子供達が見えなくなるまで手を振っていたが、チカラさんの横顔は怒っているように思えた。僕の方を見ようとしなかったから、泣き出しそうな顔だったのかもしれない。僕にはなんとなくそう感じられたのだ。あの日以来、僕はチカラさんが、祖父の葬式の時のように、オイオイ泣き出すのではないかと感じ続けていたのだ。