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仰天!武蔵野市『民主主義』周遊記
副題:借金火達磨・巨大政治犯罪都市

(その6)8年越しスッタカモンダカ「左ギッチョンチョン」市長選

 前回、簡単に報じたように、桜井国俊の彦こと、すでに2度目の市長選立候補を宣言した「よくする会代表」は、三鷹駅北口に選挙事務所を開いた。

 事務所の位置は最高である。事務所の開設は、どこの場合も何を隠そう、「4年に1度騙される権利」を有する「有権者様」の票集めが唯一最大の目的なのだから、事務所機能と同時に、扉や窓に貼り出す看板、ポスターが、どれだけ目に入るかが、場所選びの決定的なポイントとなる。

 ううむ、と唸った自称名探偵は、すぐに武蔵野市役所に電話した。対応したのは「総務部文書課統計係」である。ことは人口13万を超える巨大都市の「統計」なのである。さぞかし詳しかろうと思いきや、駅を利用する「有権者様」どころか「市民様」の数字もない。あるのは、「鉄道事業者」のJRから「貰った数字」だけだった。つまり、都心(畏れ多くも皇居ではなくて元チビテンが間借りしている江戸城跡でも良いが)に近い方から数えて、吉祥寺、三鷹、武蔵境と、3つもある最寄り駅の「お客様は王様」の数字だけなのである。これには、当然、北の武蔵野市とは反対側の南の三鷹市や、徒歩、自転車、バス、井の頭線、新多摩川線(旧是政線)などで往復する隣接の区や市の住民も含まれる。武蔵野市民の正確な数字は出せない。

 しかし、無いものねだりをしても仕方ない。JRから「貰った数字」によると、年間平均利用客は、吉祥寺駅が約7万5千人、三鷹駅が約8万3千人、武蔵堺駅が約5万6千人だった。吉祥寺駅には井の頭線、武蔵堺駅には新多摩川線が接続している。しかし、三鷹駅からのバスも、かなり遠方まで客を運んでいる。三鷹駅の利用客の数字が一番多いとしても、三鷹駅の利用客の中での武蔵野市の「有権者様」の比率が高いとも言い切れない。

 ああ、ややこしい。分からんことばかりだが、ともかく、三鷹駅の北口で駅の階段を降りると、左手に看板が見える。「安売り王」こと城南電機が、バブル経済の末期に、『消費税反対!』の大きな垂れ幕を掲げたにもかかわらずか、それとも、そんな反体制を気取る商売の甘さゆえか、ともかく、残念ながら進出に失敗して閉店したビルの1階正面である。

 城南電機の失敗は別として、この場所は、当然、駅前 1等地である。三鷹駅北口のバスが発着するロータリーに面しているから、ここで降りる武蔵野市民にとっては、いの1番、目に入りやすい場所である。

 桜井国俊の彦が、前回の3位に終わった市長選挙の時に構えた事務所は、駅前どころか、ズ、ズーと、奥にひっ込んだ成蹊大学の側のマンションの、ほとんど車の通行だけの交差点に面した1階の角部屋だった。今度は駅前一等地に進出したのだから、かなり勢いを増している。出陣宣言も早い。

 だが、だが、私はすでに、桜井国俊の彦や、その事務局長、高木一彦の彦らについて、「アバウト」批判をした。もう一度、その「アバウト」批判の中心点を繰り返す。

 武蔵野市だけのことではないが、武蔵野市を典型とする「塩漬け用地の激増」「地方自治体の財政難」の根本原因は、政財界、特に銀行を中心とする「寄ってたかって」の地方自治体の「財政しゃぶり」にあるのである。そのことについては、すでに、テレビ朝日、日本テレビ、NHK、日経新聞などが、ここでは遠慮して小声で言うが、「商業メディア」がですぞ、批判的な報道をしているのである。もちろん、私の目から見れば、まるで不十分だが、少なくとも「バブルのしわよせ」という認識で報道している。

 もっとはっきり言えば、日本全国の地方自治体は、「あの」バブル経済こと、「あの」国際的バクチで空前絶後の大失敗をした「あの」大手銀行の「あの」「巨大仰天!」損失の穴埋めに、後先考えず「しゃぶり尽くされた」のである。

 ああ、それなのに、それなのに、「あの」黄色い口先を開けば、すぐに、「自民党」の、「土屋市政」の、「ゼネコン行政」の、などと勝手に言い散らしてきた癖に、「この」「アバウト」連ときたら、「木村さんの言うことは正しいが、武蔵野市では、そこまで言わなくても良いのではないでしょうか」などと、なぜ「良い」のか、その根拠をまるで示さないで平気の平座の「言語明瞭、意味不明瞭」という、歴代日本国首相並の、実に程度の低い返事で、この世間をば、ごまかし通せると思っているらしいのである。

 だが、日本国の議会なら、この程度の「言語明瞭、意味不明瞭」に気付かず、見逃すかもしれないが、私は、絶対に許さない。これは決して感情の問題ではない。わがホームページの「シリーズ3」は『21世紀デカメロンの城』となっている。伊達ではない。冒頭を見て頂ければ、お分かり頂けると思うが、これは、風俗文学の問題でもない。『デカメロン』に象徴されている問題は、中世から近世への社会革命における「クソ坊主」の位置付けである。その「クソ坊主」たちが、権力の胡麻すり坊主として働き続け、庶民の意識を混濁させ続けてきたのである。だから、中世から近世への社会革命においては、「クソ坊主」の化けの皮を剥がすことが、決定的に重要な「思想革命」となったのである。

 では、現代の「クソ坊主」とは誰か?

 私は、昨今色々とセクソロジ-上の論議もある売春業とともに、人類史の発端から連綿と続いてきた拝み屋商売の宗教屋もさることながら、現代では、アカデミー業者、マスコミ業者、政治屋などの方が、それに当たると主張している。それも「左」を自称する部分に、徹底批判の重点を置いている。その重点の置き方の基本思想に最も鋭く合致するのは、次の裏表が同じ意味のアングロ・サクソン格言である。

 Worse a false friend than an open enemy.

「公然たる敵よりも偽(false)の友の方が悪い」(意訳すれば「始末が悪い」)

 Better an open enemy than a false friend.

「偽(false)の友よりも公然たる敵の方が良い」(意訳すれば「始末が良い」)

 一応の訳を付けたが、falseには、様々な日本語訳がある。

 手元の辞書には「間違った」「不正の」「誤った」「うそを言う」「偽りの」「虚偽の」「不誠実な」「不実の」「不貞の」「不信の」「誠意のない」「約束を守らない」「言行不一致の」「見せかけの」「偽造の」「人造の」「二重底」「上げ底」などが並んでいる。熟語のplay a person false は、「人をだます」「裏切る」の意味である。

「アバウト」も、falseの基本型の 1つである。甘やかすと、「裏切る」にまで進みかねない。そこで、まずは、歴史的な形成過程から観察するために、「武蔵野市をよくする会」の「アバウト」の淵源に溯る。

 私が武蔵野市に引っ越してきたのは、今から8年前である。8年と言えば、政治屋業界人ならば、すぐに条件反射を示す特徴的な年数である。「4年に1度騙される権利」の4年の倍に当たるのである。当然、その年にも地方選挙があった。しかし、その時には、まだ住民登録したばかりで地元の選挙権もなかったし、誰が出ているものやら興味もなかったので、忙しさにかまけて選挙の看板すら見もしなかった。ただし、その時に3選された現市長の土屋正忠の彦についてだけは、行きつけのスーパー「いなげや」の真ん前で演説していたので、顔と声を覚えたが、その前後の経過についてはは、また後に述べる。

 その直後、それまでにも何冊か出していた評論ものではなくて、なんと、少年時代からの見果てぬ夢の長編サスペンス小説、『最高裁長官殺人事件』を出した。さらには、その本の宣伝ビラを兼ねた趣味の手作り新聞を、まさに手刷りで安く印刷するために、元千代田区労働組合協議会事務局長の私としては、勝手知ったる他人の家こと、武蔵野・三鷹地区労働組合協議会の事務所を探し当てて、最新式のリソグラフ印刷機を利用していた。ところが、機械としては確かに最新式なのだが、手入れが悪いとインクが固まってしまうので、その時も調子が出ずに結構苦労していた。その折に書記局員から紹介されたのが、上記の現「よくする会」事務局長、高木一彦の彦だったのである。

「よくする会」の前身は、「市民の会」だった。「市民の会」は最初、自民党が推薦した現市長の土屋正忠の彦から椅子を奪い返すために、それ以前の市長の与党だった社会党と共産党が中心になって作ったものである。美濃部都知事を実現した「革新勢力」型、いわゆる「社・共」共闘に、諸団体、個人を加えた典型的な組織だった。それが1回目は負けて、まず社会党が抜け、2回目は、候補者の決定がもたつくので共産党が見切り発車で独自候補を立てて、「市民の会」そのものは「見送り3振」。これが、私が引っ越してきたばかりの時の選挙だった。

 そこから始まるスッタカモンダカは、日本全体の「革新勢力」分裂抗争の 1つの典型的な縮図である。

  8年前、すなわち1991年は、湾岸戦争勃発の年でもあるが、武蔵野市の田舎選挙では、戦争どこ吹く風だった。むしろ、この田舎都市の政治屋商売、特に「左」にとっては、1970年の、いわゆる全共闘による学生運動の火の粉がふりかかってきたことの方が、大きかった。具体的には、すでに紹介済みの市議会議員で、現市長の土屋正忠の彦の「天敵」の1人、山本ひとみの媛の夫の「あつし」「君」(通常は「くん」と発音し、時には「きみ!」ともなる。これは媛が彼を呼ぶ時の発音である)こと、山本あつしの彦が「大衆党」の最初の市議会議員になったことである。しかも、「左」の老舗、日本共産党の議席の方が1つ減って、大衆党が 1議席となったのだから、これはもう、餌場が同じ生物同士の生存競争のごとくで、犬も食わない何とかとやら、恨み骨髄、以後、熾烈な争いとなる。

 実は、山本あつしの彦と、ひとみの媛は、京都大学の同窓生だった。「くん」とか「きみ!」とかは、その頃からのしきたりであろう。この夫婦は、当時の学生運動の中でも、いわゆる「パフォーマンス」が得意な、つまりは理論よりも派手な行動で仲間を集めることが得意な、ミーちゃんハーちゃん型のMPDとかの流れを汲む勢力の「革命的」分析に基づいて、いわゆる「パラシュート候補」として、身一つで派遣されてきたという実に「革命的な献身」の見本なのであった。

 その頃、光栄ある大衆党のパラシュート落下地点として特に選ばれたのは、武蔵野市だけではなかった。三鷹市、小金井市、立川市など、昔の三多摩地区に、次々と大衆党の議席が獲得され、前進基地が構築された。こうなれば、老舗の日本共産党としては足元を荒らされることになる。事実、武蔵野市議会における日本共産党の議席は、その頃からジリ貧で減り続けている。これは「地方議会の議席では最大」を誇る日本共産党にとって、大変この上ないことである。「すわ一大事」とばかりにいきり立ち、ますます、餌場争いが激化する。

「市民の会」に話を戻すと、この会でも、その頃に、スッタカモンダカの「左ギッチョンチョン」紛争が勃発したのでありました。発端は、新人の市議会議員、大衆党の山本あつしの彦の「入会申込」であります。これに対して、日本共産党が猛烈に反対し、ここにまた、新たな抗争の火蓋が切られたのでありました。ああ、この典型的な日本の「左ギッチョンチョン」紛争の経過を描くに当たりまして、思わず力が入りすぎまして、ついつい、この経過が長くなりましたので、ここらで今回は、講談の読み切りと、さ、さ、させて頂きまする。平に、ご容赦を!

 以上で(その6)終り。(その7)に続く。

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