仰天!武蔵野市『民主主義』周遊記(その2)

借金火達磨・巨大政治犯罪都市

武蔵野市の猿山のボス彦にボス媛

1999.1.8

 今回のこの小見出しは、逆に、「ボス媛にボス彦」の順序にしないと抗議を受けるかなと思って、ワープロで「しゆう」と打って漢字変換すると「雌雄」は一発で出てくる。

「雌雄を決する」という慣用句があるからだが、この慣用句の内容は雄優位の前提に立っている。それはともかく「雌雄」は熟語になっている。

 ところが、「男女」を逆にしてみようと思い立って、「じょだん」と打ち、漢字に変換キーを叩くと、「助段」「序断」などなど、意味不明な文字の組み合わせしか出てこない。何度「次候補」を求めても「女男」にはならない。念のために、手元の国語辞典を引くと「じょだん」の発音の単語はない。

 記憶力の強いワープロの方が、私を馬鹿にして、「冗談」の打ち間違いだと判断しているかもしれないとか、手元の国語辞典を出した岩波書店と、ワープロのメーカーの東芝を、男女差別で告発する運動が起きたら、どうするか、などなど、ついつい考えてしまうが、……

 閑話休題。

 武蔵野市のボス猿の筆頭には、これは雄の方だが、やはり市長を立てざるを得ない。他には、これぞという雌ボスも、暗黒街のボスも見当たらないからである。市長は現在、在任4期16年、土屋正忠の彦である。

 以下、公職か、それに準ずる立場のボス猿については、実名に「の彦」「の媛」を付すことにする。「の彦」「の媛」は、いずれもワープロの一発では出てこない表現だから、「新語登録」は「んの」「んひ」とする。何度も打っていると、幼児を抱えて、「うん、うん」とか、「しい、しい」とか、声を掛けて加勢した記憶が蘇る。「んひひ……」

 猿山を観察するとすれば、まず第1のフィールドは市議会であろう。

「敵もサル者、引っ掻く者」などともいうが、ここでは最初に、単なる観察者ではない私自身の立場を示すために、このボス猿社会、武蔵野市の市議会の真っ直中での、最近の顕著な勝利を報告する。

 昨年12月25日、クリスマス当日の夕刻、私は三鷹駅北口の階段を降りていた。階段の下に、赤い腕章を着けてビラを撒く日本共産党の一番若い市議、川原しゅうの彦の姿が見えた。ビラを受けとりながら、「この前、共産党の市議会報告がポストに入ってたけど、塩漬け用地問題がまったくなかったね」などと、ジャブを入れた。

 そうこうする内に、私より背の高い川原しゅうの彦が急に笑顔を見せ、身をかがめて私の耳元で、「議会の特別委員会が禁煙になりましたよ」と囁いた。ただし、「土屋さんも喜んでいるでしょう。彼も煙草が嫌いなんですよ」などと、少し皮肉を試みる。「皆が困っていたけど、誰も自分が言い出しっぺになるのは嫌だったんですよ」とも言う。

 私も、「それなら、市庁舎で、感謝のカンパの帽子を回すか」と応じた。

 この「禁煙」を決定したのは、前からダラダラ続いていた「議会改革委員会」である。昨年11月30日に、私が決算特別委員会の傍聴席から大声の「不規則発言」で、「議長、煙草を止めさせて下さい。傍聴の市民が迷惑します」と求め、その後、いささかのすったもんだがあった。その時の私の要求が、一か月を経ずして実現したのである。

 因みに、禁煙に関しては、すでに武蔵野市の中央図書館、郵便局で室内禁煙、市営プールでは着替えに必要な屋外ベンチの禁煙を、私一人の闘争で実現した

「成せば成る、成さねば成らぬ、何事も」

 大声で不規則発言して、議長から再三「傍聴席、静かに」から「静かにしないと出て頂きます」まで言わせたのだから、猿山周辺の記憶は鮮明であろう。雪だるまを坂道に転がす最後のひと押しのようなものだが、これは、やはり、私の功績として猿山の頂きの「名誉の殿堂」に明記されるべきであろう。

 なぜ、その日に私が傍聴に行ったのかというと、若手市議の山本ひとみの媛が、決算特別委員会で、これこれの質問をする予定という情報が入ったからである。情報源は当然、秘匿する。

 ともかく予定の時間に傍聴に出掛けた。議会事務局に申し込むと、事務局が議長の連絡をして、議長が特別委員会に諮る。その間、特別委員会室の前の廊下で待たされる。

 型通りの傍聴許可が決まると、事務局員が特別委員会室の扉を明けて、「どうぞ」と言う。特別委員会室は大変に狭い。傍聴者は、当局側の部課長らが座っている椅子の列の隙間を、蟹の横這いしてから、部屋の反対側の傍聴席に辿り着く仕掛けになっている。

 市庁舎全体はゼネコン行政の賜物で、無駄なくらいに広々としているのだから、設計思想の誤りが明白である。特別委員会の傍聴者を予定していなかったに違いない。これも、「仰天!武蔵野市『民主主義』」の顕著な現象の一つである。

 この蟹の横這いで、私はまず、不機嫌になる。同じ猿山でも、国会の傍聴では、こんな横這いは経験しなかった。入る時に身体検査紛いのことをされる不愉快さはあったが、特別委員会でも傍聴席は広かった。

 そこへもってきての煙草である。有毒で、しかも、臭い煙の呼吸強制である。その時に吸い始めた不作法猿は、希代のレイプ魔、政教分離の日本国憲法違反者、池田大作の子分の、そのまた子分の、末端子分の公明党市議の杉田昇の彦であった。私の不規則発言後、一度目は、かなり早めに消したのだが、二度目、三度目には、むしろ意地になってか、私の抗議を無視してスパスパ吸い続けた。

 そこで、何度も私が不規則発言。議長が再三、「傍聴席、静かに」から「静かにしないと出て頂きます」まで言う状況になったのである。最後には私も黙ってやったが、その分を後でガンガン、議会事務局などの主要な部署と議長や副議長などに電話を入れて、私の要求の正しさを認めさせた。

 特別委員会室での再三のやり取りの間、ボス猿筆頭の土屋正忠の彦は沈黙を守っていた。自分も煙草が嫌いだという事情もあるにはあったのだろうが、土屋正忠の彦は、本音はともあれ、元市議、元職員だけに、議会と市当局との関係については、一応のけじめを意識しているようだ。形式上は、議会の運営は議会がするという姿勢を守っている。

 土屋正忠の彦が、議会で質問を受けると、いきり立つ相手がいる。いわゆる新左翼系統の諸派「市民の党」所属市議で、土屋正忠の彦よりも若い雌の山本ひとみの媛である。

 世間では「まさに天敵」の取り沙汰だが、この現象を動物行動学的に観察し、分析すると、実に単純である。雄の土屋正忠の彦には、自分より若い雌に逆らわれると、すぐにカッとなる習性があるのである。この習性の由って来たるところについては、後に見解を述べる。

 ともかく、こういう動物行動学的観察を研修するには、市議会は、絶好の無料フィールドである。

 そう言えば、そうそう、『政治をするサル』という題の翻訳書があった。自宅に「あった」はずなのだが、押し入れの中か、棚の上か、ともかく背表紙が見えないので、「あった」のままとする。

 内容は、いわゆる文化人類学者、またはその内のさらに専門的な動物行動学者が、類人猿のチンパンジ-の群れを自然に近い環境の広い囲いの中で暮らさせてみて、長期間の観察を行った報告の一般向けの物語である。

「類人猿のチンパンジ-」とわざわざ書いたのには、理由がある。ある日本人の文化人類学者が、アフリカで日本人の外交官の家族を相手にチンパンジ-の話をしたところ、学歴は名門大学卒業の見るからに教養溢れる雰囲気の外交官夫人が、いとも上品な声で、「そのチンパン人は農耕をするのですか」と質問したという驚愕の実話があるのである。

 女性だから、ということではない。一般に、日本の文化人はアフリカを知らない。その点では欧米よりもひどい。

 実は、前回紹介した「きだみのる」の『記違い部落周游紀行』の最後には、イギリス人がアフリカ人をまるで馬鹿扱いする小話が、そのまま無批判に紹介されていた。一挙に興ざめしたが、フランス留学の社会学者でさえ、この程度だったのである。

 私は、武蔵野市のボス猿たちを馬鹿にしたりはしない。悪賢い動物として十二分に注意して観察することにしている

 市長の土屋正忠の彦に関しては、一応は無所属の市民クラブ出身で、今では自民党を与党にしているが、早稲田大学時代には民青系全学連の運動に参加していたとか、市職員組合の執行委員をやったこともあるとか、次々と小耳に挟んだ情報を組み立ては、表面的な観察の補いにしている。土屋正忠の彦が始めた「市長と語る会」にも、できるだけ参加し、質問をぶっつけては、それに対する反応を研究している。

 そういうわけで、土屋正忠の彦の動物行動学的観察の簡単な報告だけでも、あと2回は連載が続くことになるであろう。

以上で(その2)終り。(その3)に続く。


(その3)猿山のボス争い立候補者3彦の紹介
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