ようこそ、「日本の子どもたち」のホームページへ。

「日本の子どもたちの抱える問題」を中心テーマに取りあげていきたいと思っています。
ただし、不本意ながら、方向音痴と呼ばれています。興味の赴くまま歩き回っているうちに、とんでもなく寄り道したり、違うところに出ちゃったりすることもあるかも・・・。
とくに、「わたしの雑記帳」では、あまり枠組みにとらわれずに、誤解や批判を恐れずに書いていきたいと思っています。なんてったって、“わたしの”ページですから・・・。

「日本の子どもたち」は
私が所属する世界子ども通信「プラッサ」のサイト(http://www.jca.apc.org/praca/index.html) のなかで
武田さち子が作成・運営させてもらっている個人サイトです。私の思っていることや伝えたいことを表現する私のための場所です(「日本の子どもたち」というネーミングは、ただ単に、このサイトで扱っている内容を表すためのタイトルです。公的な立場でつくっているサイトではありません)。
従って、そのことを充分考慮に入れて、偏った見方であるかもしれないことを承知のうえで読んでいただくようお願いします。 

なお、当サイトはいかなる政治・宗教組織・営利を目的とした団体にも、属していません。
一市民による自発的な活動です。

 
 S.TAKEDA



光 る 海             Photo by S.Takeda  



2012/5/19 認可外保育所での死亡事故

 2012年5月18日付けの東京新聞・夕刊に、2011年4月7日、正午頃、埼玉県川口市の認可外保育所「なかよし保育園」(事故後、閉園)で1歳5か月の女児が窒息死した件で、元園長の女(36)と、アルバイトの女2人(24・21)を業務上過失致死容疑で、書類送検したと、載っていた。

 同施設の保育環境は劣悪だった。
 複数の園児を、保育者から見えない押入れの内で寝かせて戸を閉め、見回りを怠った。45分後に見に行ったときには、別の男児が女児の胸に覆いかぶさっており、ぐったりしていたという。女児の死因は窒息死。

 拙著 「保育事故を繰り返さないために ~かけがえのない幼い命のためにすべきこと~」武田さち子著 赤ちゃんの急死を考える会 企画・監修 (http://isa.sub.jp/ あけび書房)の12ページで、事例としてあげた「ちびっこ園」の事故に似ている。
 「ちびっこ園」は、全国にチェーン展開する認可外保育施設で、低料金や24時間保育、年中無休を基本に、月預かりや短時間の一時預かり、夜間保育も行うなどで、人気だった。
 しかし、2001年3月に、東京都豊島区のベビーホテル「ちびっこ園池袋店」で、ベビーベッドに寝ていた北條涼介ちゃん(生後4か月)の顔に、横に寝ていた乳児(8か月)が覆いかぶさっている状態で発見され、病院に運ばれたが、翌日未明に亡くなった。司法解剖の結果、窒息死の疑いがあることがわかった。
 同園では、乳児が寝かされていた部屋の、3つのベットに2人ずつ、6つのベッドに1人ずつの計12人が寝かされていたが、保育者はついていなかったという。
 事故の時間帯には39人の乳幼児が預けられていたが、保育者は3人しかいなかった。

 そして、この事故をきっかけに各自治体が、系列保育所を立ち入り調査したところ、全国66の施設のうち57か所で、保育者数や施設・設備に問題があることが判明した。
 また、系列施設では1979年から約22年間に計21件の死亡事故が起きていることがわかった。このうち、警察が立件したのはわずか4件。ほかは「乳幼児突然死症候群(SIDS)」などの病死と判断されてた。
 つまり、乳幼児の死亡原因をきちんと追究せず、安易に病死と判断したことが、ずさんな保育体制を見逃し、21人もの乳幼児が死亡した。

 その「ちびっこ園」の教訓はどこへいったのか?
 前掲東京新聞によると、「厚生労働省によると、昨年は全国の認可外保育施設で12件の死亡事故が発生。1施設当たりの死亡事故の発生割合は、認可施設の約19倍だった。
 同省の『認可外保育施設指導監督基準』では、保育士か看護師の配置などを定めている。だが2010年に612施設を対象に行った立ち入り調査では。約25%に当たる163施設で違反があった。
 この理由を、埼玉県内にある認可外保育施設の延長は『経営を考えると難しい』と説明。認可外保育施設は、年間1千万円以上の補助金が支給される認可施設と比べ、経営に余裕のないケースが多い。園長は『職員は薄給で多くの仕事と責任を求められる。離職率が高く、ベテランが育ちにくい』と漏らす。」とある。

 
***********************

 厚生労働省のホームページから、保育施設関連の数字を拾ってみた。
 私の探し方が悪いのか。データの公表自体、詳細が明らかでないなど、不十分な点が多く感じられる。これで本当に事故防止に役立つのだろうか。


●保育施設における死亡事故統計(厚生労働省 雇用均等・児童家庭局保育課)

表1 年 齢 0才 1才 2才 3才 4才 5才 6才 合 計 備    考
H16-21
(約6年間)
 認可
4 4 4 2 2 1 2 19 死亡の52人中37人が、午睡中に死亡
 認可外 19 9 1 1 1 2 0 33
 合 計 23 13 5 3 3 3 2 52
 
H22  認可                 5 死亡の12人中3件がSIDS、2件がSIDSの疑い
 認可外               7
 合 計 6 5 0 0 0 1 0 12
 
H23  認可               2 死亡事例は、いずれも睡眠中に異常を発見し、その後、搬送先の病院で確認された
 認可外               12
 合 計 7 5 2 0 0 0 0 14

※平成23年度統計は、被災した岩手、福島、宮城を除く


●保育施設における事故報告集計 (厚生労働省 雇用均等・児童家庭局保育課)

表2   死亡 (死亡内訳) 骨折 (骨折内訳) 火傷  その他 意識
不明
合計
SIDS SIDS
の疑い
その他 転倒 転落 交通
事故
不明
H22 認可 5 1 1 3 28 14 10 1 3 2 3 0 38
認可外 7 2 1 4 3 0 2 0 1 0 0 2 12
12  3 2  7 31 14 12 1 4 2 3 2 50
 
H23 認可 2       57             1 8 1 69
認可外 12       4             1 3 0 20
14 1 1    61             2 11 1 89

※保育施設において発生した「死亡事故や治療に要する期間が30日以上の負傷や疾病を伴う重篤な事故等」で、報告があったもの。
※H22,年 骨折のうち3件は、鼓膜が破れる等の他の複合症状あり。不明は、施設において事故発生時の状況が確認できなかったもの。その他は、刺し傷や目に傷害を負ったもの。意識不明は平成221228日現在。


死亡・負傷場所

表3     園内
(室内)
園内
(室外)
園外
H16-H21
(約6年間)
死亡事例 認可 13 2 4 19
認可外 28 0 2 30
41 2 6 49
 
H22 死亡事例   12 0 0 12
負傷等   17 11 10 38
  29 11 10 50
 
H23 死亡事例   14 0 0 14
負傷等   47 22 6 75
  61 22 6 89


認可外保育施設の現況取りまとめ

表4 施設数
(届出対象
施設)
入所児童数 0才
(人)
1才
(人)
2才
(人)
3才
(人)
4才
(人)
学童
(人)
不明
(人)
新設・
新規
(か所)
廃止・
休止

(か所)
認可へ
移行
(か所)
H20 ベビー
ホテル
1,756施設
(1,641か所)
32,013人 3,029 6.721 7,191 5,655 7,408 1,862 147 183 174 1
その他の
認可外
5,528施設
(5,172か所)
144,408人 12,377 26,699 29,799 25,934 43,313 6,140 146 475 511 29
7,284施設
(6,813か所)
176,421人 15,406 33,420 36,990 31,589 50,721 8,002 293 658 685 30
認可外施設
事業者内含む
(H20年3月)
10,965か所 228,439人      
認可施設
(H21年4月)
22,925か所 2,040,974人      
  
H21 ベビー
ホテル
1,695施設
(1,564か所)
30,712人 3,045 6,633 6,821 5,335 7,201 1,626 51 163 213 2
その他の
認可外
5,705施設
(5,346か所)
148,964人 13,336 28,530 31,664 26,409 41,941 6,960 124 536 344 11
7,400施設
(6,910か所)
179676人 16,381 35,163 38,485 31,744 49,142 8,586 175 699 557 13
認可外施設
事業者内含む
11,153か所 232,765人      
認可施設 22,960か所 2,195,806      
  
H22 ベビー
ホテル
1,709施設
(1,579か所)
30,768人 3,091 6,566 6,979 5,495 6,832 1,767 38 198 159 2
その他の
認可外
5,870施設
(5,488か所)
155,339人 14,722 30,734 33,784 27,718 41,957 6,388 36 560 364 37
7,579施設
(7,067か所)
186,107人 17,813 37,300 40,763 33,213 48,789 8,155 74 758 523 39
認可外施設
事業者内含む
7,400か所 238,000人      
認可施設 22,389か所 2.173.948人      

※「認可外保育施設」とは、児童福祉法に基づく都道府県知事などの認可を受けていない保育施設のことで、このうち、
①夜8時以降の保育、②宿泊を伴う保育、③一時預かりの子どもが利用児童の半数以上、のいずれかを常時運営している
施設については、「ベビーホテル」と言う。

※平成22年度統計は、東日本大震災の影響により岩手県、宮城県、福島県の8市町を除く。


認可外施設への立ち入り検査

表5 施設数
(届出対象
施設)
立ち入
り調査
指導監督
基準
不適合
口頭指導 文書指導 改善勧告 公  表 業務停止
命令
施設閉鎖
命令
H20 ベビー
ホテル
1,641 1,387
(85%)
868
(63%)
186 678 2 2 - -
その他の
認可外
5,172 3,806
(74%)
1,841
(48%)
468 1,372 - - - -
6,813 5,193
(76%)
2,709
(52%)
654 2050 2 2 0 0
H21 ベビー
ホテル
1,564 1,307
(84%)
752
(58%)
201 551 - - - -
その他の
認可外
5,346 4,011
(75%)
1,831
(46%)
509 1,321 1 - - -
6,910 5,318
(77%)
2,583
(49%)
710 1,872 1 0 0 0
H22 ベビー
ホテル
1,579 1,292
(82%)
757
(59%)
193 564 - - - -
その他の
認可外
5,488 3,961
(72%)
1,825
(46%)
541 1,279 1 - - -
7,067 5,253
(74%)
2,582
(49%)
734 1,843 1 0 0 0

立ち入り検査は、少数の子どもを保育する施設など、都道府県知事に届出が義務付けられていない施設を含む、すべての認可外保育施設が対象。原則として年1回以上行う。なお、やむを得ずに対象を絞る場合でも、ベビーホテルについては必ず年1回、実施することになっている。


************

 ●高い認可外施設での死亡率
 表4を見れば、認可外施設は認可施設の半分程度しかない。預かっている子どもの数も、10分の1を少し超える程度の人数でしかない。
 にも関わらず、死亡事故(表1)は認可外施設のほうが圧倒的に多い。認可外施設での死亡事故発生率は、認可施設の19倍から20倍ある。

 死亡年齢は、0歳から1歳が圧倒的に多い。
 私がざっと調べた限りでは、認可外施設の年令別人数は出ていたが、認可施設の年令別人数がわからない。(表4)
 地域によっては、乳幼児を預かってくれる公立の保育施設や、認可施設が一切ないところもあると聞いたことがある。
 認可外施設での死亡事故が、認可施設に比べて多い背景には、乳幼児を預かってくれる公立や認可施設の圧倒的不足があると思われる。
 国は、幼稚園と保育園の一体化(子ども園)を進めようとしているが、まず行うべきは、乳幼児を安心して預けられる場所の確保ではないだろうか。死亡事故が多い0歳児から1歳児こそ、各自治体が責任をもって保育施設を作るべきだと思う。
 あるいは、認可外施設を認可施設に移行できるような支援をするべきだと思うが、表4を見るかぎり、認可施設に移行できる施設の割合は多くない。そして、新しくできる施設もあるが、同じくらい廃止・休止する施設も多い。
 ただ施設をつくるだけでなく、なぜ廃止に追い込まれたのか、どのような支援があれば、廃止・休止せずにすむのか、理由を調査するべきだろう。
 また、事故防止の面からしても、廃止・休止に追い込まれる状態の施設が、劣悪な保育環境に陥りやすいことは目に見えている。

 ●認可施設でも増加する重大事故
 公立施設の民営化も各地で進められている。各地で反対運動が繰り広げられたが、国も、地方自治体も、財政面ばかりを優先して、子どもの命にかかわることに金も労力も使おうとはしない。
 
 負傷事故は、認可外施設より認可施設のほうが多い。しかも増加している。
 考えようによっては、認可施設の方が多いから当然といえるかもしれない。しかし、赤ちゃんの急死を考える会・副会長の小山義夫さんは、2001年の規制緩和以来、公立や認可施設でも、以前はみられなかったような種類の事故や重大事故が増えていると話していた。 
 事故は室内が圧倒的に多い(表3)。他国と比べても貧弱な最低基準、1人あたりの保育面積や保育者数をさらに、規制を緩やかにしたことが、影響しているのではないだろうか。
 「子どもの健全な育成に必要な基準」ではなく、財政ありきで規制緩和された結果、認可保育施設が増えても、安全・安心な施設が増えたことにはならない。むしろ、収容人数ばかり増えて、安全ではない施設が増えているのではないだろうか。

 ●不適合施設に対する行政の甘い対応
 認可外施設への立ち入り検査の結果、毎年、半分前後もの施設が、指導監督基準で「不適合」とされている。(表5)
 しかも、年に1回全部の施設を立ち入り検査、ベビーホテルは100%の実施とうたいながら、70%、80%台に留まっている。
 その立ち入り検査も、過去の例からすれば、事前に予告しての立ち入り検査で、その場しのぎで乗り切ることができるようになっている。本当は、抜き打ちで行わなければ、実態を把握することはできない。
 また、「不適合」とされた施設への行政の対応を見れば、とても事故防止に努めているとは思えない。
 これだけの割合で「不適合」の施設が毎年あるということは、何年にもわたって「不適合」施設が放置されつづけているということだろう。
 「口頭指導」や「文書指導」が効果ないことは明らかであるにもかかわらず、毎年、同じことを続けている。
 その結果が、乳幼児の死亡事故につながることは、過去の例でも明らかだ。
 保育施設だけでなく、虐待にしても、強制立ち入りの権限が法的に認められても、児童相談所は行使しようとしない。その結果、何人もの子どもたちが亡くなっている。
 飲食店で、ホテルで、繰り返し指導を受けたところが、火事を出して、大勢が亡くなっている。

 せめて、「公表」されれば、保護者はわが子を預けることを考えるし、施設側も改善の努力をすると思われるが、権限がありながら、ほとんど公表さえされない。多くの場合、死亡事例が出てはじめて、保護者は自分の子どもを預けていた施設が、最低基準さえ守らず、行政指導のムシを繰り返してきたと知る。

 公的支援は大切だ。しかし、認可施設であれ、認可外施設であれ、民間施設であれば、営利を追求する。
 前掲「ちびっこ園」は、人手を削り、狭い空間にたくさんの園児を詰め込むことで、利潤をあげ、全国にチェーン展開していた。
 資金援助だけでは、子どもの安全は担保されない。
 行政の立ち入り調査は欠かせない。安全が確認されるまでは営業を再開させるべきではない。
 待機児童数だけがとかく問題になりがちだが、安全ではない保育施設なら、ないほうがマシだ。しかし現状では、待機児童数を減らすために、認可外施設にさえ、行政が強く出られないというようにしか、見えない。
 予算の都合で公務員も減らすというが、本当に必要なもの、命にかかわることを疎かにしないでほしい。

 ●再発防止のための情報不足
 事故集計(表2)は、各施設が提出する事故報告書に基づいている。しかし、チェック体制がないなかで、どのくらいの施設が事故報告書を提出しているかあやしい
学校事故でも主張していることだが、施設側の言い分だけでなく、被害者の親の言い分も併記させるべきだと思う。
 事故情報はただ集めるのではなく、再発防止に必要な情報を集め、分析したうえで、フィードバックしてほしい。それができるのは行政だけだ。行政が熱心でなければ、せっかくの事故報告制度も形骸化してしまう。

 また、確かに認可外施設に死亡事故は多く、調査結果の公表は大切だ。しかし、認可施設についても同じように、情報開示すべきだろう。
  同じ認可施設といっても、公立と民営委託の施設の割合や、事故の増減と関係しているかどうかの詳細なデータも、本来は厚生労働省が出すべきではないだろうか。
 こうしたデータを、国の施策が正しい方向に行っているかどうかのチェックに使うべきだろう。
 現状、大きな事故でも起きて、メディアをはじめ社会が注目しなければ、個々の事故は再発防止の教訓として生かされない。子どもが大勢亡くなってからでは遅い。

 待機児童の数だけでなく、子どもたちにとって安全・安心な育ちが約束されているか、関心をもってほしい。


2012/5/18 小野寺勇治くん柔道事故(S730522)の記録「わが子に言葉なく」(三浦孝啓著)を読んで

 学校事故に関する新しいNPO立ち上げ準備会の勉強会で、三浦孝啓氏のお話を聞く機会があった。
 その三浦氏が、岩手県国立一関工業高等専門学校の小野寺勇治くんが、課外活動の柔道で教官に投げられた後意識不明となり、急性硬膜下血腫で植物状態になった事故について、本を書かれていたことを知った。
 「わが子に言葉なく ある学校事故の記録」 三浦孝啓著 総合労働研究所1978年9月30日発行
 古い本で絶版になっており、インターネットで中古を取り寄せた。

 事故が起きたのは、1973年5月22日。小野寺勇治くんは当時、高校1年生。
 当時、高校生の男の子として、「勇治くん」と私は表記しているが、勇治くんは昭和32年5月9日生まれとあった。今更ながらに、私よりひとつ上だと知る。
 そして、その当時、提起された様々な深刻な問題が、事故から40年近くたって、今なお、その多くは解決されていない。
 柔道で、遷延性意識障害(植物状態)になり、今なお、施設や自宅で介護を受けている、斉野平いずみさん(事故当時 高1・16)(S020731)、須賀川市立中学校の女子生徒(同 中1)(031018)、松本市の柔道クラブで指導者から投げられた澤田武蔵くん(同 小6)、大阪の金光大阪高校の男子生徒(同 高1)、横浜商科大学高校の北村大輔くん(同 高1)ら、全国柔道事故被害者の会(http://judojiko.net/)の家族らの姿と重なる。

  同書に登場する人物は、おそらく全員、あるいはほぼ全員が実名ではないかと思う。にも関わらず、よくここまで書けたものだと感心する。三浦氏の勇気もさることながら、今ほど、書いた側が「名誉棄損」などと逆襲される時代ではなかったことも、影響しているかもしれない。
 私自身、同じような内容を学校事故・事件の被災者や遺族から幾度となく聞いた。どれも事実であると信じている。しかし、客観的に証拠立てることはできないことから、いつも、どこまで書いても大丈夫か考えあぐねている。
 勇治くんの両親の経験に、他の学校事故事件の実態と絡めて、考えてみたいと思う。


変わる証言

(1)事件直後
 いじめ・学校事故など、多くは時間とともに、原因が変化していく。保身にかられ、人々の証言が変化するからだ。
 事故直後、救急搬送された病院の医師は、「5、3分前の衝撃でなったもので、多分柔道のためだ」と、教官や保護者に話した。
 課外活動顧問のO教官は、「私が2回続けて投げた後、勇治君は意識を失いました」「生徒同士が稽古をしまして、投げはこうやるんだと内股と大内股で2回私が勇治を投げた後、再び勇治が前の生徒と組んだとたん、頭が、と言って崩れ落ち・・・・・・」と説明。「本当に、すみませんでした」と謝罪し、涙を流していた。

(2)教官の証言
 それがわずか3日後。教官の言葉や態度が一変する。
 医師が「5、3分前の衝撃」と言ったことを逆手にとって、「私は38分にある生徒とかわり、勇治を2回投げ、またもとの生徒とかわったら、手をかけただけで、頭が痛いと言って崩れるように倒れて意識を失ったのが40分。この間2分ですね。5、3分ということだと私の時ではありません」と、自らの責任を回避し、生徒に責任を転嫁した。
 名前を挙げられた生徒は、「自分が原因かもしれない」と言って悩んだという。しかも、狭い地域。その部員は小野寺家の親せきだった。親せき関係さえぎくしゃくする。
 さらに教官は、「10年余り柔道教師をしているが、私が怪我をしたことはあっても、生徒に怪我をさせたことはない。私の指導に誤りがあったとは思えません」と開き直った。
 2回投げたと話していたことも、2度目は大内刈りで尻餅をつかせただけで投げていないと、変化した。

(3)医師の証言
  けがの原因を「たぶん柔道のため」と言っていた医師は、「偉い人たちと親交がある」という校長と面談したあと、態度を変えた。「今回は衝撃でこうなりましたが、もともと血管が弱くて、今回ならなくともいつかなったかもしれません」と発言。
 学校が、学校安全会に給付金申請のため提出する「災害報告書」の「医師の所見」欄には、「事故の発生原因は目下のところ、検査未了のため不明である」と書かれ、その後、父親の抗議や学校関係者の口添えもあり、二度目の所見で「多分、柔道のためだと推定される」と直された。

(4)その他の証言や噂 
  勇治くんは、それまでの健康診断等で一切、問題を指摘されたことがなかったが、学校は「学校には責任はない」「事故の直接の原因は不明だが、教官の投げで起きたんじゃない。病気ではなかったか」「前の学生と組んだときになった」と言いだす。
 交渉に出向いた学校で、父親が部屋を出たあと、「運命だと思って、あきらめればいいのに」と教官たちが話しているのを聞く。
 
 事故直後、手術のために勇治くんの頭を剃った病院内にある床屋は、当初、右側頭部の頭頂に近いところを指して、「黒血があった」と話していた。しかし、裁判のために証明を書いてほしいと頼むと、「直径2センチ大の、薄い内出血を見ました」と、内容が変化した。
 父親が見た鼻血は、誰も見なかった。救急車内で嘔吐したことも、記録に書いていないのだから、なかったと言われる。
 地域では、勇治くんは元々血圧が高かったなどと根拠のない噂が立つ。
 
 事故直後は、気持ちが動転している。しまったという後悔の念、申し訳ないという謝罪の気持ちが強い関係者も、早い場合にはその日のうち、多くは3日程度で冷静になり、周囲の説得もあって、保身のほうが強くなる。
 責任を認めていた学校や加害者が、前言を撤回し、自分には責任がないという。被害者の資質や持病、他の人間のせいにする。
 学校事故・事件で被害にあった子ども、関わった子ども、その親たちの多くは、その後の人生のなかで、強い人間不信に苦しむ。


被害者家族の精神的、肉体的、経済的負担

  柔道事故はとくに、頭を打って脳を損傷したり、頸椎を損傷したりすることから、重大事故になりやすい。
 死亡だけでなく、遷延性意識障害、すなわち植物状態になったり、記憶が長くもたない高次機能障害、半身・全身麻痺など、重い障がいを負うことも少なくない。
 それまでと同じ生活が続けられなくなる。将来の夢が断たれる。進学・就職・結婚というごく当たり前の生活さえ奪われる。一生、誰かに介護してもらわなければ生活できなくなることもある。

 学校で傷害を負わされたのだから、当然、学校が医療費ほかすべてを面倒みてくれるだろう、と私たちは思う。
 しかし、実際には、日本スポーツ振興センターの見舞金で、一部が補填されるだけ。
 小野寺家の場合、事故前から、農家だけではやっていけず、父親が出稼ぎに出ていた。当時の年収は160万円程度。そんな家庭に突然、降ってわいた手術代や治療費、入院代、介護費用、病院に通うための交通費、等々。
 父親は、出稼ぎどころではなく、農作業もままならない。子どもの事件・事故後に収入が激減する家庭はめずらしくない。
 結局、学校からもし、親せきからも借金をした。


 介護の人手を雇う経済的ゆとりがないため、母親がつきっきりとなった。手術直後は5分おきの痰吸引を24時間。体位を何度も何度も変えなければならない。それでも、骨が見えてしまうほどの褥瘡(じょくそう=床ずれ)がすぐできてしまう。
 幼い妹の世話や家事、農業まで、勇治くんの年老いた祖母が支えたという。元気に働ける祖母がいなかったら、どうなっていただろう。親せきの援助がなかったら、どうなっていただろう。
 どこからも支援を受けられない家庭は、どうなるのだろう。

 当時すでに、安全会(その後、日本スポーツ振興会に移行)の給付金制度があったが、僅かな金額しか出ず、5年で打ち切られた。
 それさえ、学校が「学校管理下の事故」と認めて、災害報告書を書き、申請を出さなければ、もらえない。国や自治体だけでなく、親も掛金を払っているにもかかわらず、手続きもできない。小野寺さんの場合、結果的には給付を受けることができたが、それはすんなりと降りたわけではなかった。

 子どもが亡くなった場合、親が訴訟を起こす大きな理由として、①わが子な何があったか知りたい、②加害者あるいは責任者に反省を促し、謝罪してほしい、③事件事故を隠ぺいせず、再発防止の教訓として生かしてほしい、ということが多い。
 しかし、子どもが生きて、後遺症を負った場合には、将来にわたってその子が安心して生きていけるよう、きょうだいの経済的、労力的な負担が少しでも減るよう、金銭的な補償を求めて提訴することも少なくない。


民事裁判の課題

 学校でけがをしたことが明らかであっても、学校側に不法行為や過失がなければ、損害賠償は1円だって、受けられない。
 しかも、民事裁判では、訴えた側が、相手の不法行為や過失を立証しなければならない。
 学校で起きた事故を、現場を見ていない家族に立証しろと言っても、困難だ。
 学校や教育委員会は自分たちにとって都合の悪い情報は、持っていても出さない。それが通る仕組みになっている。
 現場を見ていた生徒たちは、学校から見舞いに行くことを止められる。へたに関わって学校から目をつけられ、不利益を被ることが怖くて、口をづくむ。被災者に同情的な教師は、職場でいじめにあったり、遠くに飛ばされて、見せしめとされる。
 なんとなく伝わってくるものはあっても、裁判で使えるだけの確かな情報や証拠を集めるのは難しい。

 せっかく、裁判所が採用してくれた学校現場での検証も、その場にいた生徒たちを立ち会わせることなく、教官がこのようにやったと、模範を見せるだけだった。
 それでも、その映像をのちに、柔道の専門家に見せると、教官の技には独特のくせがあることが判明した。
 結果的に裁判では、投げた側の独特のくせと、けがとの因果関係は認められなかったが、柔道の形は単に相手に勝つことを目的としたものではなく、安全性をも考慮したものであるのであれば、上級者の独特のくせは、とくに初心者には対応しにくく、より事故につながりやすい危険性があるのではないかと思う。

 柔道事故は、受け身が未熟な初心者に多い。だから、中学1年生、高校1年生の5月頃から、本格的な練習に入る夏合宿中に増加する。
 勇治くんが事故にあったのも、1年生の5月。しかし、勇治くんの場合は初心者ではなかった。中学の3年間、クラブでやっていた。教官の投げとけがの因果関係は認められたものの、初心者ではなかったことから、教官に過失はなかったと敗訴する根拠のひとつになった。
 ただ、原告側の主張では、勇治くんの受け身には変なくせがあった。民事裁判の教官での証人尋問で、中学校時代の顧問や他の柔道部員が認識していた勇治くんの受け身の「悪いくせ」を教官が認識していたなかったことが判明した。

 教官は引き手を引いたので、勇治くんは頭を打つはずはないと主張。これらの主張は、いまだに柔道事故があると、必ずのように、柔道関係者が強調する。当時は「頭を打った」という目撃証言が得られなければ、柔道技との因果関係がなかなか認められなかった。原告敗訴の判例から、柔道関係者や学校側が学んだ結果かもしれない。
 そして、頭を打った証拠ともなる、床屋が見たという髪の毛の下の黒血、父親が事故直後に目撃した鼻血、救急車で嘔吐したという話はすべて無視された。

 医師の証人尋問も行われた。法廷に立つことが決まったあと、救急搬送された病院の医師は、「私も、どこか他で開業しますかな」と、小野寺力氏に漏らした。
一旦は、柔道と怪我の因果関係を否定するかのような発言に傾いた医師が、裁判では医師としての科学性や倫理感を守って証言した。その証言により、「勇治の怪我が外傷性のものであり、客観的に判断すれば、柔道練習中のものであるということへ、ぐんと近づけた。」

 医師だけでなく、いざ裁判となると、それまで協力的だった人たちを含めて、かかわりを恐れて証言を拒んだり、外部からの圧力に屈して約束していた証人が当日になってキャンセルしたりする。
 なんとか証言台に立ってもらえても、話していた内容が変わって、急に被告側に有利な証言をしはじめるということがある。内容があいまいになったり、すっかりトーンダウンしたりする。

 勇気と倫理感をもって、きちんと証言してくれるひとを見つけるのは、簡単なことではない。
 とくに柔道事故では、学校関係者や医療関係者だけでなく、柔道の専門家に技の解説等を求めることがある。しかし、柔道事故の被害者側が柔道家の協力を得ることは難しい。同じ柔道をやるものとしての仲間意識が働いたり、関係者からの様々な利益供与や脅しがあったりする。

 これだけ、必死に原告側が証拠をかき集めても、被害者自身が証言できない裁判では、勝つことは難しい。
 一審で負けたとき、父親は「勇治、勇治が口を利かないから負けたよ」と言って泣いたという。
 そして母親は「こんなことをしているなら、勇治殺して死んだ方がいい」と叫び、幼い娘はどうするのかと親せきから諭されたという。


 本が書かれたのは、一審の敗訴直後。控訴を決意したところまでだが、その後、高裁でも棄却されている。
 一審では認められた柔道の投げと、けがとの因果関係が、二審では、それさえ否定された。
 被告の国側はアメリカのサルを用いた実験内容まで持ち出してきた。それは今でいう、頭を打たなくとも脳損傷は起きるという加速損傷の実験だったが、なぜか当時、原告の勝訴にはつながらず、むしろ被告側に過失はなかったという立証に使われた。

 裁判に勝てたとしても、様々な費用を差し引くと、多くの場合、手元には大して残らない。裁判に負ければなおさら、介護費用にプラスして、裁判費用や弁護士費用も大きな負担となる。そして被害をきちんと認めてもらえないことに対する精神的な打撃。
 それでも、負けた裁判にも意義はある。被害者が黙っていたら、すべてがなかったことにされてしまう。何一つ教訓が社会に残らない。声をあげるひとがいて、はじめて問題の在りかが認識される。


 最初の裁判では、「これは稀なことだから、学校側は予見できなかった」とされたものが、裁判例が積み重なることで、「けっして稀なことではない」「社会的にも認知されていたのだから」「予測すべきだった」「防止義務違反があった」と変化する。
 長い間、柔道事故裁判の多くは、生徒によるリンチなど、特別なケースを除いて負け続けてきた。それが多くの犠牲のうえに、ようやく被害者側が勝つ判決が得られるようになってきた。まだまだ予断は許されないが。


学災補償制度を求める運動

 同書では、学災補償制度を求める運動について、約3分の1ものページを割いている。
 大人が職場でけがすれば、労災で、治療費から、休業補償まで、受けられる。なのに、心身ともに未成熟な子どもが学校でけがをしても、十分な補償がない。
 当時、同じような柔道事故を負った大谷立くん(S610509)、体操クラブでの事故で首から下が麻痺した今野光正くん(S680700)や小野寺さんら被害者とそれを支援する人びとが連帯して、「学校災害補償制度」を求める運動が各地で盛り上がった。

 内容は、 「国の費用と責任による学校災害補償制度補償法をすみやかに制定してください。
 その災害補償は
 ①無過失賠償責任制を基礎にすること。
 ②幼稚園、保育所から大学までのすべての学校の学校災害に適用させること。
 ③学校災害に対する補償は、その災害によって被災した子どもと青年のすべての被害と人権に見合ったものであること。
 ④子ども、青年及び保護者の請求権を制度的に保証すること。
 ⑤その制度の機構運営は、教育的配慮にもとづく民主的なものであること。


 日本教育法学会もまた、学校事故損害賠償法案と学校災害補償法要綱案を公表。
 「学校事故損害補償法案は、学校の教育活動の中で子どもが事故にあえば、その損害を償う責任が学校を設置した者にある、としていた。ここでは、学校設置者が無過失賠償責任を負うので、被災者の過失立証や、教職員個人が賠償責任を求められたり、過失責任を追及される必要はな」い、内容になっていた。

 せっかく盛り上がった運動は結局、結実しなかった。原因を同書では、以下のように書いている。
 「しかし、日本学校安全会に固執する文部省の介入が始まった。」「自民党と民社党の委員が、『安全会の改善でなんとかならないか』と、態度を一変したのである」
 結局、大蔵省との攻防のなか、「学校安全会発足時の35年に遡って、廃疾見舞金1,2,3級該当者に400万円、300万円、200万円の特別廃疾見舞金が給付されることになった」
 「わずか2年ほどで、急速に高まった世論の成果が確かにそこにはあった。しかし、39年から始まったこの運動が掲げていた『無過失責任主義』は、どこへ行ってしまったのだろうか?完全な救済措置をつくり、教育の場に矛盾を起こさず、なおかつ事故の防止へと役立てていくためには、学校事故ほ子どもの成長発達の侵害ととらえ、その損害を賠償する責務を国なり、自治体に負わせることなくしてはあり得なかった。その視座が運動の中にすわらなかったために、単に金額を増加することに留まってしまったのは、明らかだった。」
 予算的な理由や大人たちの政治的な思惑が絡んで、「子どもり最善の利益」は守られなかった。子どもの命がかかわることに、妥協を許してしまった。

 小野寺さんも、改正された額の給付を受けることができた。しかし不安はなくならなかった。
 「1500万円では、どうにもならなかった。医療給付が切れれば、毎月5万円近くも自己負担しなければならない。脳外科が発達して、勇治を治せる技術が出来た時、その費用を払えるだろうか。それに親が先に死んで、看護をする者がいなくなったとしたら・・・・・・。」

 この流れは今も変わらない。
 2010年4月に発行された「学校安全ハンドブック」(喜多明人・堀井雅道著/草土文化)にも、同じような文言がある。
 「現行の学校事故、災害救済制度の不備・不十分さの下で、被災者はやむをえず、損害賠償を提起しているのです。}
 「センター制度による災害共済給付制度だけでは、医療費が賄えなかったり、償えきれなかったりする場合もあるのです。特に、子どもに重い障害が残り、寝たきりになってしまった場合には、保護者の労力だけでは介護しきれるはずもなく膨大な介護費用が伴います。また、保護者には、自分が先に死んだらわが子はどうなるのだろうという考えから、子どものために医療費や介護費用を少しでも確保しておきたいという悲痛な思いもあるのです。」と書いている。


●私見

  本には書いていないが、父・力さんの話では、勇治くんは意識がもどらないまま、その後25年間生きた。家族にとってどれほど重く、長い日々だっただろう。家族はどんな思いで、一日、一日を過ごしたのだろう。
 

 武道必修化を決めた文部科学省は、部活動とは異なり、授業中に重篤な柔道事故がおきる可能性は低いと強調する。
 しかし、部活動での柔道事故さえ把握していなかった。これだけ問題になっても、有効な手を打てず、今だ柔道の部活動で死亡事故が続いている。
 万が一、事故が起きたときのことをどれだけ考えているだろうか。
 被害者の身体的な傷害、家族の心の傷、肉体的、経済的負担。その補償の現状。過去の事件・事故から、どれだけ学んだのだろう。
 これでまた重大な柔道事故が起きても、「想定外」と言って見たり、自分たちはやるべきことはすべてやったとして、あとは現場に責任転嫁するのだろう。
 学校現場は自分たちへの責任追及を恐れて、事故をなかったことにするため、あらゆる手段を使うだろう。

 事故が起きても、事実が伝えられない、謝罪も、補償も受けられないなかで、被害者と家族は再び傷つけられる。

 武道必修化のなかで、無理やり柔道を履修させられた子どもたちが、大きなけがをしたとしても、十分な補償は受けられない。よほど間違った教え方をしたとか、故意でやったとかでなければ、「運が悪かったね」で、けがも、費用も、被害者負担となる。
 捻挫や骨折でさえ、何年、何十年にもわたって痛みが続いたり、手術を繰り返さなければならなかったり、その後の生活が制限されたり、進路の変更を余儀なくされたりする。挫折感から生活が荒れることもある。
 重症を負えば、当事者や家族のその心的負担、肉低的負担、経済的負担は計り知れない。
 せっかく手に入れたマイホームを手放したり、学校や会社、親せきに借金をしたり、きょうだいの学費を取り崩したり、金銭的な事情や介護の時間確保のために転職をしたり、大きな犠牲を強いられる。

 
 医療は日々進歩している。生存率は飛躍的に上がっている。その分、高額医療を受けるかどうか、経済格差が生死の分かれ目であったり、障がいを負ったあとの本人や家族の生活の質を大きく左右する。金銭的な補償があれば、本人や家族が負わずにすむ負担。
 せめて、学校で事故にあったら、過失のあるなしにかかわらず、経済的、医療的な心配をこれ以上、被害者側が負うことのないようにしてほしい。
 命をとりとめたことを、被害者や家族が心から喜べるような支援を、国はしてほしい。

 そして、直前に組んでいた子どもの心の傷。
 全国柔道事故被害者の会・会長の小林泰彦氏は、シンポジウムのたびごとに言う。「あなたのお子さんが、被害者になるだけでなく、加害者にさせられるかもしれないんですよ」と。
 「学校事故から子どもを守る」ことの意味のなかには、子どもを被害者にしないだけだなく、加害者にしないことも含まれている。しかし、その体勢が今もとられているとは到底思えない。
 武道必修化で涵養されるという「日本を愛する心」以前に、政治家・官僚たちに「子どもを愛する心」、「命を愛おしむ心」はあるのだろうか。
 


2012/3/14 兵庫県神戸市立小学校でのいじめ・恐喝裁判(060300)その後。学校の嘘を追及 (2012/5/12 追記)
 
 学校に限らず、事件事故があると必ずのように、隠ぺい工作が行われる。
 被害者は、被害のうえに更に、被害を上乗せされる。二次被害、三次被害を受ける。
 そして、嘘は、嘘と知りつつ、それ追及せず、むしろ擁護するものがたくさんいるなかで、幅をきかせる。

 兵庫県神戸市の市立小学校で、2005年春から2006年にかけて発生したいじめ・恐喝事件(060300)は、最後まで認めようとしない3人の児童の保護者を相手どった裁判で、原告側の訴えが認められ、終結した。
 一方で、諸事情により訴訟の対象にはしなかったものの、当時の学校の対応、その後の教育委員会の対応のひどさの問題は何一つ解決されていない。
 学校における人間関係のなかで発生したいじめや恐喝事件が学校内で解決されず、被害者側が転校せざるを得なかった、自らの金と時間、膨大な労力と精神力を使って、民事裁判を起こさざるを得なかった。そうでなければ、被害があったことが証明されないことの理不尽さ。加害者親子に反省は生まれず、被害者家族は傷をさらに深くした。それを招いたのが、学校・教育委員会であるという自覚は全くない。

 裁判で、公に認められたいじめ・恐喝があったという事実。その結果をもって、学校・教委に反省をせまり、再発防止に努めてほしいという被害者側の思いは、今も届かない。
 学校で子どもがいじめにあうなど、たいへん辛い思いをしているときに、本来、子どもを守るべき学校の教職員が、事件が公になって、自分たちに累(るい)が及ぶのを恐れて、被害者側をよってたかってつぶしにかかる。
 再発防止は、事件の再発防止ではなく、事件発覚の再発防止策にばかり力がそそがれている。だから、いじめ問題が社会問題になって30年以上たつのに、いまだ解決の糸口さえ見つからない。

 この事件の場合、子どもが生きていることで、何があったかを話すことができたから、親は様々な事実を知ることができた。
 一方で。子どもが生きているからこそ、過去のいじめ事件による大人の対応のまずさ、子どもたちへの根本的な指導のなさ、いじめ事件に対する大人や子どもの偏見から、保護者はもちろんのこと、一度被害にあった子ども自身もまた、再被害に遭う可能性がある。
 被害者が声をあげたくても、なかなか声をあげられないことの理由はここにもある。
  全国学校事故・事件を語る会の西尾裕美さん(西尾健司くん020323 のお母さん)が、名前を出せないAさんの変わりに、神戸市議会・文教経済委員会に陳情した。
 教師の指導で自殺した自分の息子と、いじめとその後の被害者を複数の教師が責めたてる事情聴取に、指導死があってもおかしくはなかったと思えるからだと思う。

 西尾さんとAさんは何度も陳情を行っている。その理由は、教育長や教育委員会事務局指導部長の答弁、市議会議員の対応に納得がいかないからだ。子どもの命に関わることなのに、どうして通じないのだろう、どうすればわかってもらえるのだろうと、強い焦燥感がある。
 文面を変えたり、新たな資料を用意したり、一人ひとりの議員を訪ねて説明したり、努力を積み重ねてきた。そのあきらめない姿勢にはほんとうに感服する。

 それでも、学校も、教育委員会も、政治も、変わろうとはしない。
 ただ、文教経済委員会への陳情の詳細が神戸市のサイトで見ることができる。情報の公開は私たちに考える材料を提供してくれる。ただし、私自身もそうだが、日頃、自分の暮らす自治体で何が話し合われているのか、関心をもってみてこなかった。
 とくに神戸市で、選挙権をもつ人たちには、ぜひ、自分の目で各市議が何を発言したのか、確かめてほしい。選挙のときには、「子どものため」「住民のため」と連呼する人たちが、実際の活動のなかでは何をしているのか。
 政治家はおそらく、選挙のことを考えて発言している。それを正義を通すことと考えるか、組織票を得る、あるいは組織を敵に回さない方向で動くかは、政党次第だったり、そのひとによる。

 なお、ここに上がっているのは、たまたま神戸市の例だが、おそらく日本全国で同じような構造があると思われる。むしろ、そうではない自治体を探すほうが困難ではないかとさえ思う。

●経 緯(TAKEDAが個人的にまとめた内容。添付資料に経緯の詳細あり)
答弁の中身は、答弁記録のなかから抜粋して、話言葉をできるだけ簡潔にまとめたもの。

2005/春

2006/3
いじめ事件 兵庫県神戸市の市立小学校で、男子児童Aくん(小5)は、7人の同級生らから1年余りにわたって、精神的、肉体的暴力や56万円余り恐喝される等のいじめを受けて、2006年4月、Aくんと妹は転校を余儀なくされた。

当時、学校は①Aさん側には、いじめ・恐喝を認め、②加害者の親には、恐喝ではなくAくんが自らの意思で金を配っていたと報告。③Aくんに対しては、「いじめられる側にも問題がある」「言わなかったのが悪い」などと複数の教師が1時間以上説教。その後も続くいじめにも対応しなかった。
2007/9/ 民事裁判
提訴
Aくんと両親が、いじめを否定する同級生3人の保護者に損害賠償を求めて、提訴。
学校や教育委員会を訴えると裁判に時間がかかるなどの理由から、神戸市は対象にしない。
2008/2/20 調査委託書に
回答
神戸地裁からの「調査嘱託書」に神戸市教育委員会が回答。(概要)

・双方からの聞き取った結果、必ずしもいじめであると断定できない。
・必ずしも恐喝であると断定できない。
原告保護者の要望により、原告本人から直接事実関係の確認ができなかった。
・被告の一人から「子どもから事情をきかないでほしい」と申し出があり、
被告側児童の一人からは事情を聞くことができなかった。
・原告が転校し、原告から事情聴取できなかった。

以上の理由から、「原告側の主張と学校側が調査できた内容との間に齟齬があったが、その溝を埋めるところまでは調査できなかったことから、いじめ・恐喝の事実があったかなかったかは断定できない。
裁判所が、学校の報告書を開示命令 神戸地裁は、情報公開請求で非公開とされていた学校が教育委員会に提出した報告書(2006年2月末)を開示命令。

・学校が教育委員会に提出した「生活指導に関する状況報告」書には、
いじめ加害者の人数が、男子9人、女子4人。このうち恐喝をしたのが男子7人と書かれており、教育委員会が詳細を確認して赤ペンで修正したあとが残されていた。

・「発覚した内容」の記述には、加害者氏名と具体的な内容が書かれていた。個人ごとの恐喝金額や使い道も書かれていた。

・2月6日から2月27日まで約一月かけて、「くわしい事実確認を行い、(中略)いじめの問題が浮上してきた」と書かれていた。
2009/6/26 神戸地裁判決 神戸地裁は、いじめ・恐喝の事実を認め、同級生3人の親に、計約50万円の支払命令。
2009/12/8 大阪高裁判決 大阪高裁は、「対等な関係にある子供同士のふざけあいではなく、いじめと評価すべきことは明らか」として、いじめ・恐喝の事実を認定。1審の慰謝料を増額して、同級生3人の親に計約110万円の支払命令。

また判決文には、「甲33の2,甲64の2における
**教諭及び**校長の発言によっても裏付けられており,本件たかり行為の存在をも考慮すると,本件暴行行為は,対等な関係にある子供ら同士のふざけあいの類ではなく,いじめと評価すべきものであったことは明らかである。」と明言。

2010/11/30 神戸市議会
文教経済委員会での議員による質問
M党のT議員より、
教育委員会が作成した資料、①生徒指導に関する状況報告2月分,平成17年度の当該の小学校での状況報告を記録したもの。②被害に遭ったお子さんが,指定外通学を希望されて,学校長が区長あてにつくった就学関係届。③地裁から調査の嘱託があり,神戸市の教育委員会が回答した文書,について質問。

教育長と、教育委員会事務局指導部長は、
「被害を受けたと主張されている児童の保護者の方から,子供にもう直接話を聞かないでほしいという強い要望が学校の方にあったと聞いている。」
「学年集会が、被害を受けたと主張されている子供さんの保護者の主張の場となるような印象を受ける集会となった」「その後,加害とされている児童の保護者の一部から,学校での聞き取りの協力が得られなくなったために,双方の児童から聞き取りが十分に行えなかったと聞いている。」
「被害を受けたと主張されている児童の保護者が,警察に被害届を出し,加害者とされている児童に対しての事情聴取が始まり,学校としての聞き取りが非常に困難になったと聞いている。」
「以上のことから,被害を受けたと主張されている児童の保護者と,学校が調査できた内容との間にそごがあったが,その溝を埋めるところまでの調査ができなかったことから,学校も教育委員会も,いじめ,恐喝の事実があったかどうかは断定できないと,そういう判断に至った。
「学校や教育委員会が,保護者の同意なく子供に聞き取りを行う,裁判所とか警察のように,いわゆる強制力がないので,やはり当時の指導としては精いっぱいであったろうと思う。」
(指定外通学希望については)その時点では,いじめかどうか判断はできないというようなことで,学校の方は処理をし,保護者の要望に従って転校されたと思う。
と回答。

2010.11.30 : 平成22年文教経済委員会 本文
36番以降 参照

You Tube  毎日放送 http://www.youtube.com/watch?v=9rpV4sAFCXM&feature=related
       サンテレビ ニュース・シグナル http://www.youtube.com/watch?v=Gr9izA0ytzM

2011/3/15 神戸市議会
文教経済委員会への陳情①
(陳情第369号)
教育長と、教育委員会事務局指導部長は、
「学校からの報告では,記入方法に誤りがあったことから,これを教育委員会で,本来正しい記入方法に訂正した。これが結果的に,公文書を安易に書きかえたという誤解を与えた」
「1度,被害を受けたとされる児童から,放課後,聞いた。ただ,それについて保護者からすごい反発があった。それ以降,直接聞ける状態ではなかった」
「学年集会で,やはり一方的に加害者扱いされたというふうな雰囲気になった。一部の保護者から反発があって,聞き取り調査ができなくなった」
「子供自体に聞き取り調査をすることは,保護者同意なくして,難しい」
「また,警察の取り調べが始まってからも,関係児童から事情を聞くことが非常に難しくなった」
「学校が調査を継続することが非常に困難になった」
「いじめの問題では,双方の保護者の方の言い分が違ったり,子供の言い分が違ったりすることも大いに出てくる。」
最終的に教育委員会の方でいじめがあったのかどうかについては,わからないということで,あったのかなかったのかどうかは判断はできないとなった。
「いじめの問題は,特に事実関係を正確に把握することが大事。被害を訴えている子供だけじゃなく,加害をしたと言われている児童についても正確なヒアリングをして,話が一致すればいいが,一致しない場合もある。」
「被害を受けた子供さん,学校側の報告では,直後の放課後の1回だけと報告を受けている。いまだにそういったわからないという状況」
「年数的に数年前の件。そういった中で,聞き取り等について,再調査をすることは難しい」
「我々としては最大限の努力をした中での結果」
「当時の学校長がいじめを認めてたというのは,ちょっと認識が違うのではないかと思う」
「これは当該事案についての訴訟の中ですので,教育委員会は当事者ではない。そういった意味でコメントを言う立場にはないが,私どもの回答については判断下されていない」
いじめと一たん報告された事案が,時間をかけて双方が聞き取る中で,一方的ではなく,お互いに意地悪のしあいだった,こういうふうなことで,生徒間トラブルというぐあいに問題が変わる時点がある。したがって,この時点では,まだ指導継続中ということで,教育委員会としては,数字は上がってきてますが,それが最終的に,恐喝・いじめと判断できるものでなかった
と説明。

審議の結果、民主党、自民党、公明党、自民党神戸が、審査打ち切りを表明。
日本共産党、新社会党、みんなの党が、採択を表明。
最終的に審議打ち切りを決定。


神戸市議会 サイト参照
2011.03.15 : 平成23年文教経済委員会 本文 37~39、49~119、139~155 

2011/9/4-6 議員の関与 文教委員会への陳情提出の前後3日間にわたってAさんは、I議員から陳情を取り下げるように言われる。
(I議員は、「神戸市小学校PTA連合会会長」「神戸市PTA安全教育振興会副会長」などを歴任し、「神戸市いじめ防止対策推進委員会委員」を務めた人物。)
2011/9/21 神戸市議会
文教経済委員会への陳情②
(陳情第9号)
教育長と、教育委員会事務局指導部長は、
「報告に当たっては,学校現場の状況をできるだけ正確に把握するために,指導途中のものや調査継続中の事案も報告するように口頭で学校には指導していた。特にいじめの問題は,事案によっては全容を把握するのに時間を要し,指導が継続するものがほとんど。今回の事案についても,報告がなされたのが3月の当初であることから,いじめ・恐喝の事実について調査途中,指導途中の事案としての報告と把握している。」
当時の聞き取り調査が不完全に終わり,事実関係の確認ができていない以上,教育委員会としては,いじめ・恐喝の事実がなかったのかあったのか断定できないという結論は変わらない
隠ぺいしようという事実はない
「通常なら事実確認をいろいろ当事者からやり,その報告書が上がってきて,そうであるという断定ができれば謝罪もする。それがそうでない場合もある。」
「通常の処理,プロセスがこのケースについてはとれてなかったという,その事実だけはある。その責任は校長にあるのか教育委員会にあるのかだれにあるのかということは決められない。」
あったのかなかったのかという事実の確定が今回の場合はできてないということについては,それは反省せないかんと思う。ただ,その理由がわからないし,文書も残ってないんで断定ができない。
「その事実を確定するだけの材料がない。それがないのに答えろ言うても答えようがない」
「第一報は3月の状況報告に書いてあるような内容。それ以降事実の確認が進んでいない。」
「事実の確認のために保護者の了解をとって子供たちから確認をしてくださいということは常に言っていたと思う。」
「(学校が、被害者と加害者に全く別の説明をしていたことについては、)それぞれの立場に立った聞き取りあるいはそういった対応を行っているが,結果として,聞いてほしくないあるいは聞けなかった,事実が合わなかったということの積み重ねで正反対の説明ということにつながっているんではないかと思われる。」
と説明。

審議の結果、民主党、自民党、公明党、みんなの党、自民党神戸が、審査打ち切りを表明。
日本共産党、新社会党が、採択を表明。
議会は、審査打ち切りと結論。


神戸市議会 サイト参照
協議事項・名簿 2011.09.21 : 平成23年文教経済委員会 本文 
12-14、18、80-204、268-283)
You Tube サンテレビ2011.9.21 http://www.youtube.com/watch?v=mC5VB2Ghzyc

2012/2/27 神戸市議会
文教経済委員会への陳情③
(陳情第54号)
これまで2回の陳情に対する答弁を前提に、神戸市教委の矛盾を問うものであった。
前回までの答弁を要約すると、「校長が教育委員会に、『いじめ・恐喝』と断定して報告書を提出した後に、校長自身がその報告書は間違いだったと訂正した。だが、間違いを訂正した資料は一切存在しない。校長にも直接確認していない。」とのことである。
そのため、「資料がなく、校長にも確認していないのに、なぜ、校長自身が訂正したとわかるのか?」というのが、最後の止めの質問であった。
ところが、教育長は冒頭、「答弁記録の全文を確認したが、そのような内容の答弁はしていない」と真正面から大嘘をついてきた。そして、こちらの前提条件を否定することで、今回の答弁をまたも避けた。(Aさんの報告)

今回も、審査打ち切りと結論。

※ 詳細は数か月後に、議事録が公開されますので、そちらをご確認ください。
( ①http://shikai.city.kobe.lg.jp/db-search/ を開いて、
 ②水色の表の中の、常任委員会の「文教経済」をクリックしてください。
 ③その中から、委員会の日付を探してクリックしてください。 )

以下、公開されました。
協議事項・名簿 2012.02.27 : 平成24年文教経済委員会 本文 
19-22、33-66、106-122)


****

TAKEDA私見

 不祥事の隠ぺいは掃いて捨てるほどある。しかし、当事者にはわかっていても、裁判所が認めるなど、嘘が客観的にも明らかにされる例はそう多くない。
 だからこそ、学校や教育委員会の隠ぺいをなくしていくためには、明らかになった隠ぺいの事実をもって、改革をせまるしかない。
 しかし、ここにも構造的な問題が見えてくる。
 個人の嘘はばれやすいし、責任も追及されやすい。しかし、組織がつく嘘はばれても、不問にされやすい。組織と組織との利害関係のなかで互いにかばいあうからだ。
 学校で事件事故があると、教師が嘘をつく。人間は弱いものだ。わかっていても、つい保身に走ってしまう。それを抑止するものは、嘘は許されない、嘘をつくともっととんでもないことになるという思いや、過去の事例から読み取る教訓だ。
 しかし実際には、教師の嘘は、こと組織や管理職の立場に関わることは擁護される。みんなで嘘を支えてくれる。あるいは見て見ぬふりをしてくれる。むしろ、本当のことを言ったほうが、とんでもないことになる。嘘を言うように脅される。責任を追及され、場合によっては職を失う。
 嘘をついてあとでばれると、担当した教師一人に責任がかぶせられ、切り捨てられることはあるが、それでも、最初から本当のことを言った場合よりは守られる。せいぜい、減給処分や他の学校に配置替えになる、1年程度の研修を課せられても、うまくいけばほとぼりが冷めた頃、出世コースを与えられることさえある。
 
 不祥事があってもなかったことにしたい、嘘をそのままにしたいという思いは、学校や教委に止まらない。
 見て見ぬふりをするだけならまだしも、積極的に被害者たたきをする議員までもがあらわれる。背後にどんなやりとり、利権の供与があるのか気になるところだ。
 西尾さんも陳情書のなかに書いているが、子どものいじめの構造にとても似ている。周囲は、正しいもの、困っているものにではなく、大勢の側、権力をもっている側の味方につきやすい。黙って見ているもの、積極的に関与するもの。

 なお、今回のやりとりで、行政職員の答弁の仕方というものはほんとうに共通していると感じた。
 いままで、文部科学省や教育委員会など、いくつか携わってきた交渉事のデジャヴを見ているようだ。

 行政の回答の特徴として、
質問と正面から向き合わない。わざと聞かれていることとは違うことを答える。そのために、聞いているほうも、だんだん自分が何を聞いているのかわからなくなり、焦点がずらされる。

いかに自分たち努力しているかを強調し、その報告に時間をかける。しかもこの実績部分だけは非常に具体的に数字や資料を用意して行われる。

質問が具体的なことに及ぶと、とたんに、「思います」「そう信じています」「そう理解しています」という、あいまいかつ、主観的な回答に終始する。あとで突っ込まれたとしても、「それは、私の主観を申し上げたまで」と逃れることができるし、上層部も、それは担当者が自分の主観を申し上げただけ」と責任回避できる。

責任の所在についてやたら気にする。「自分たちには権限がない」「したがって責任もない」と言う。では誰に責任があるのかと聞くと、「わからない」「決まっていない」「誰の責任ということではない」などとあいまいになる。
そして実際、決めるのはいろんな組織の手を経て(経たように装って?)決めることで、責任の所在が明確にされていないことがとても多い。あるいは、すべて現場の責任として押し付けられる。

自分たちに都合のよい資料は提供するが、都合の悪い資料は、「今、持っていない」「あるかどうかわからない」「書類として残していない」と言って出そうとはしない。実際には、行政関係者と話し合うときには必ずのように記録係がつくし、紙を介して仕事をするという日頃の習性からも、メモも、記録も、報告書もないということは考えがたいのだが。
(私たちが役所に行って、簡単なことでも、書類の1枚も書かずに、口頭だけですむなどということはまずない)

⑥「通常なら」「一般には」と、今議論されている個別の問題ではなく、一般論にすり替えてしまう。

⑦質問に対し、自分たちがもって行きたい結論を何度でも繰り返す。その時に他の説明をほとんど加えない。
質問したほうは、自分たちの質問の仕方が悪かったのだろうかと思ってみたり、あきらめ感を感じる。


 今回も、陳情者は客観的に事実確認できるものしか内容としてあげていないが、様々な情報、書類を簡単に揃えることのできる教育委員会側の回答は非常に漠然としている。その日に、何について聞かれるか、事前にわかっているはずなのに、資料も用意していない。「今は手元に資料はない」「記憶ではこうだ」「思っている」「信じている」ばかりで、具体的な裏付けがない。
 
 言っていることもおかしい。被害者本人の聞き取りを親に反対されたというが、実際には、事実の聴き取りではなく、口封じや問題が大きくなったことを子どものせいにして教師が攻め立てたのを知って、親が怒ったのだ。
 また12家族中1家族が子どもに聞かないでくれと言ったことを盾にとって、事実確認できなかったという。学校は警察ではないので、調査できないと言う。
 しかし、文科省の通知等で、学校は警察ではないので、調査してはいけないとは書いていない。


○昭和23年12月22日付け、国家地方警察本部長官・厚生省社会局・文部省学校教育局あての法務庁法務調査意見長官回答「児童懲戒権の限界について」のなかでも、
 「盗取、毀損等の行為は刑法上の犯罪にも該当し、従つて刑罰の対象となる得べき行為でもあるが、同時にまた、懲戒の対象となり得べき行為でもある。刑罰は、もちろん、私人がこれを課することはできないが、懲戒を行うことは懲戒権者の権限に属する。故に懲戒のために所問ごとき処置をとることは、懲戒権の範囲を逸脱しないかぎり、さしつかえな(い)」
 「学校内の秩序を破壊する行為があつた場合に、これをそのまま見のがすことなく、行為者を探し出してこれに適度の制裁を課することにより、本人ならびに他の学童を戒めてその道徳心の向上を期することは、それ自体、教育活動の一部であり、従つて、合理的な範囲内においては、当然、教師がこれを行う権限を有している。従つて、教師は所問のような訊問を行つてもさしつかえない。ただし,訊問にあたつて威力を用いたり、自白や供述を強制したりしてはならないことはいうまでもない。」とある。

○平成6年12月16日付け文部省の通知「いじめの問題について当面緊急に対応すべき点について」に添付された「いじめ対策緊急会議」緊急アピール」では、
 「いじめがあるのではないかとの問題意識を持って,全ての学校において,直ちに学校を挙げて総点検を行うとともに,実情を把握し,適切な対応をとること。」
 「学校・家庭・社会は,社会で許されない行為は子どもでも許されないとの強い認識に立って子どもに臨むべきであり,子どももその自覚を特つこと。」とある。

○平成7年3月13日付け文部省通知「いじめの問題の解決のために当面取るべき方策等について」には、
 「いじめの問題については、まず誰よりもいじめる側が悪いのだという認識に立ち、毅然とした態度で臨むことが必要である。いじめは卑劣な行為であり、人間として絶対に許されないという自覚を促す指導を行い、その責任の所在を明確にすることが重要である。社会で許されない行為は子どもでも許されないものであり、児童生徒に、何をしても責任を問われないという感覚を持たせることは教育上も望ましくないと考えられる。」
 「いじめであるか否かの判断は、あくまでもいじめられている子どもの認識の問題であるということを銘記し、表面的・形式的な判断で済ませることなく、子どもの立場に立って細心の注意を払い、親身の指導を行うことが不可欠である。」
 「いじめの兆候を発見しても、往々にしていじめる側といじめられる側の主張に隔たりがあったり、いじめられる児童生徒からの訴えが弱いため、問題を軽視してしまうことがある。学校は、いじめを受けている児童生徒の心理的圧迫感をしっかりと受け止めるとともに、当事者だけではなく、その友人関係等からの情報収集等を通じた事実関係の把握を迅速かつ正確に行うことが必要である。」
 「いじめを行った児童生徒に対しては、心理的な孤立感・疎外感を与えることなどがないように一定の教育的配慮の下に、いじめの非人間性に気付かせ、他人の痛みを理解できるよう教育的な指導が必要である。しかしながら、いじめの状況が一定の限度を超え、いじめられる側を守るために必要である場合には、いじめる側に対し出席停止の措置を講じたり、警察等適切な関係機関の協力を求め、厳しい対応を取ることも必要である。
 また、児童生徒がいじめについて教師に相談あるいは通報したこと等によりかえってひどいいじめを受ける、あるいは新たないじめの対象となるというケースもしばしば見受けられ、こうした場合には、児童生徒は学校に対する信頼をなくし、孤立を深めるという結果につながることが多い。したがって、教師は、そういった児童生徒をきちんと守るといった姿勢を持つとともに、そのとき限りの指導に終わることなく、いじめが完全になくなるまで注意深く継続して徹底的に指導を行っていく必要がある。」と書いている。

 これらからすると、学校は警察ではないからと言って、世間では許されないような行為の責任を問わず、放置することは、教育上好ましくないと書いている。いじめる側といじめられる側の主張は隔たることが多いが、いじめられる側の立場に立って指導しなさい、表面的・形式的な判断で済ませてはいけませんと書いている。

 陳情者は、前回の答えが納得いかないから再提出している。しかし、何時まで待っても納得がいく答えはやはりない。
 2011年9月21日の採決時に、審議打ち切りを表明した議員たちは、
 「陳情者がおっしゃっておられます『いじめをなくすために我々はやっているんだ』ということでしたけれども,そういう意味からは教育委員会の対応の仕方なり,また世論なり,社会全体がいじめに対する認識を変えておりますので,そういった意味ではそういう目的には近づいていってるんじゃないかなと思っています。」
 「今陳情については,非常に趣旨はよくわかりますし,そういった意味ではこのいじめに対しての警鐘を鳴らした陳情ではなかったかなと思います。過去いろいろと審査の中で疑問点が質問され,教育委員会も真摯にその答えを答えておったわけでございますが,あったのかなかったのかというようなあいまいな結論を出してきておりますが,そういった意味では,この陳情趣旨の世に警鐘を鳴らしたということに対しての効果はあったのではなかろうかなと思います。ただし,この委員会でこの陳情を審査していくことに対しては非常に難しく,なじまないと思います」と述べている。

 いつ、教育委員会が真摯に答えていたのか、全く疑問だし、議員や教育委員会のこの対応が、いじめをなくすことには全くつながっていない。むしろ、今、目の前に突き付けられた問題に蓋をして、「次回から」きちんと処理されるはずがない。
今回も、これだけ問題にされながら、結局は追求をかわすことができた。これからも、同じ手が通用するだろうと、教育委員会を慢心させるだけだ。

 教育長は答弁のなかで、「(神戸市のいじめの)認知件数では,平成18年度641件をピークに平成22年度には249件と減少しておりまして,発生率も全国平均と比較しまして約3分の1程度になっております。また,追跡調査を行いました平成20年度以降は毎年解消率が100%」と誇った。
 しかし、Aさんへの対応をみれば、被害者が被害を訴えても、学校・教育委員会がけっしていじめを認めようとしなければ、いくらでも数字を減らすことができる。いじめの解消率が毎年100%などということは、それこそ、100%あり得ない。しかし、その数字に一切の疑問を持たず、嬉々として文教経済委員会に報告する、そんな教育長だからこそ、学校管理職はそのような嘘の数字しか報告できないのだろう。
 子どもたちに直接アンケートをとってみれば、いじめが決して他の自治体より少ないわけではなく、年内に解決していないことも、簡単にわかるだろう。全校調査しなくとも、サンプリング調査だけで簡単にわかるはずだ。
 
 そして、このように、いじめがあってもなかったことにするような環境のなかでこそ、重大事件は起きる。
 1997年兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生による児童連続殺傷事件。少年は事件前に様々な問題行動を起こしていたという。同級生や殺害された男の子をいじめていたという報道もある。
小学校6年生の頃、同級生3人を使い走りにしたり、万引きを命じたり、殺害された土師淳くんをエアガンの標的にしたり、暴力を振るってけがをさせたり、いじめられて恐怖感から転校した同級生もいたという話も読んだ。
 私は厳罰化を言っているのではない。一つひとつの事実を疎かにせず、子どもの問題行動は、その子の発するSOSと捉えて、目をつむらずきちんと対応していくことが、被害者や加害者をも救い、結果、大きな事件を防ぐことができると言っている。
 
 それには、まずは大人たちが、反省すべきことは素直に認めて謝罪し、二度と同じ過ちを繰り返さないための具体策を講じる。そんな手本を見せるべきだと思う。この一連の答弁を子どもにもわかりやすく書き下ろして劇にしたとして、果たして、子どもたちに見せられるだろうか。
 たくさんの警鐘を無視して原発事故は起きた。それでも、大人たちは学ぼうとしない。隠していたことが次に表に出るときには、とんでもなく大きな事態に発展しているということを。

 なお、西尾さんとAさんの許可をいただいて、神戸市議会に提出した陳情書を以下に添付する。

平成23年3月9日  教育委員会の裁判所への虚偽文書作成・提出 に関する陳情  (陳情第369号)

神戸市議会議長        様 
                                                   (陳情者)
                                                      全国学校事故・事件を語る会
                                                              西 尾  裕 美

<陳情趣旨>

 私たちは、学校で起こったあらゆる事故や事件で、子どもが傷つけられたり、命を絶たれてしまった被害者や、支援する者が集まり、活動をしています。
 その中で、必ずと言って良いほど、学校のその後の調査や報告といった事後対応の不誠実さにより、それが二次被害となって苦しめ続けられています。事件・事故が起こった場合、その原因を把握していても、まず学校は開口一番「○○○は確認できない」と発表し、その後、マスコミなどの追及があると、個人情報を口実に真実を隠蔽します。まるで全国共通のマニュアルが存在するかのようにとても酷似しています。そして、その隠蔽行為も年々巧妙になってきて、単に隠すという行為に留まらず、その後の時間の経過と共に、真実が意図的に歪曲されていることも明らかになっています。
 本来なら失敗から問題点を学び、より良い教育に生かすべき事故の「報告書」が、これでは何のための報告書であるのか、教育者として、教育を司る行政の責任者として、このことについて、是非ともお考え頂きたいと願っております。

 今回取り上げる事件は、平成17年度に神戸市立小学校で起こった「いじめ・恐喝事件」です。被害者が加害者の親を提訴した訴訟において、神戸市教育委員会は裁判所に対して、虚偽文書を作成し、提出(行使)し、真実を歪曲したのです。このような行為は見逃すわけにはいきません。
 昨年11月30日の文教経済委員会での教育長・指導部長の答弁は、全く反省するどころか、その行為を正当化しています。糾弾せず、このまま放置すれば、それが彼らにとっては成功事例となり、マニュアル化され、今後も同様の事件が繰り返される懸念があります。
 従って、神戸市教育委員会に対して、このような過ちが二度と繰り返されないために、再発防止を講じるよう、神戸市会から指導いただきたく陳情させて頂きました。

 本件は一見古い事案で、今さら議会で取り上げるには相当でないと思われるかもしれませんが、裁判の過程で被害者・加害者双方から出された証拠により教育委員会の不当行為が判明したのだから、判決の結果、反省し、見直す責務があるのではないかと思います。


<陳情事項>

1. 平成17年度、神戸市立小学校において「いじめ・恐喝事件」が発生しました。教育委員会は校長より、「生徒指導に関する状況報告」(資料2、資料3)というマニュアルで詳細な記載方法が明記されている公文書で、報告を受けています。従って、いじめ・恐喝の存在を把握しています。
 にもかかわらず、被害者が加害者の親らを被告とした裁判において、いじめの存在を否定する虚偽文書(資料1)を作成し、提出(行使)して、いじめ・恐喝の存在事実を隠蔽しようとしました。
 従って、神戸市教育委員会に対して、この事実を認めさせ、過ちを正すよう指導してください。
   
2. 万一、教育委員会が1の事実を認めず、裁判所に提出した文書が正当なものだと主張するのであれば、その根拠を示し説明するよう指導ください。
 上述の裁判は、平成21年12月、大阪高裁において「いじめ・恐喝の事実」が認められ、判決が確定しています。その根拠となったのは、校長が「いじめ・恐喝」と断定して、教育委員会に提出した報告書(資料2、資料3)であります。
 なお、被害者側は、平成22年8月17日付「学校・教育委員会の不当行為について」を資料1~33の客観的な証拠を添えて、教育委員会に提出し主張しています。当然ながらそれを否定するのであれば、論理的に具体的に説明してください。当時の関係者に確認した事実を述べるのであれば、「いつ・誰が・どのように説明しているのか」責任の所在を明らかにした上での説明を求めます。正当性を主張するのであれば、公務員が公務で行なった行為について、匿名にする必要はないはずです。


<陳情の経緯・理由等>

☆ いじめ隠蔽の経緯
日 時 行為者 内   容 資料
H18.2.4 被害者保護者 いじめ発覚、担任へ連絡
H18.2.5~ 校長・教頭・
生徒指導係教諭・
担任教諭の4名を
中心に、3年・4年
の時の担任4名も動員
いじめの調査
(関係児童・保護者への聴き取り、アンケート調査、作文など)
H18.2.14 校長・教頭・
生徒指導係教諭・
担任教諭
被害者父に対して、いじめ調査の中間報告として、いじめを認める
H18.2.22 校長・教頭 被害者両親に対して、いじめ調査の結果報告として、いじめを認める 4、5
H18.3.5頃 校長 教育委員会に対して、公文書「生徒指導に関する状況報告」で、いじめ・恐喝の事実を報告 2、3
H18.3.10頃 教育委員会
指導課主事
校長に電話で確認し、「生徒指導に関する状況報告」の加害児童人数を訂正
※遅くともこの時点で、教育委員会はいじめ・恐喝の事実を把握
2、3
H20.2.20 教育長
(作成:調査課指導課)
裁判所に虚偽文書を作成・提出(行使)
H22.11.30 教育長・指導部長 文教経済委員会において、虚偽答弁 議会
議事録


1.いじめ・恐喝の存在と学校の認識(裁判所の判断)

 まず、いじめ・恐喝の存在と学校の認識について、裁判所の判断を説明します。
 神戸地裁は平成21年6月26日、いじめ・恐喝の事実を認定しました。さらに二審でも大阪高裁は平成21年12月18日、「甲33の2、甲64の2における今木教諭及び片寄校長の発言によっても裏付けられており、・・・いじめと評価すべきものであったことは明らかである」と判決文で述べ、いじめ・恐喝の事実を認定しています。
 つまり、裁判所は「担任教諭及び校長が、いじめの事実を認識していた」と明確に断定しているのであります。
 甲33の2は、資料6です。甲64の2は、資料5です。
 ※資料5、資料6は、裁判所がいじめを認定した重要な証拠です。必ずお読みください。

 さらに、判決文では、小学校による神戸市教育委員会への報告として、「校長は,神戸市教育委員会に対し,平成18年2月分の生徒指導に関する状況報告書において,恐喝件数1件(加害児童は,男子1人),いじめ1件(加害児童は,男子1人)として報告した。後に,同教育委員会において,上記報告書について,恐喝の加害児童が男子7人,いじめの加害児童が男子9人,女子4人との訂正がされた。」と事実認定されています。つまり、校長の報告書がいじめ・恐喝の事実を決定付ける重要な証拠となっているのです。


2.学校の調査と報告

 当時小学5年だった被害児童は、平成17年春ごろより1年あまりにわたって、言葉による精神的な嫌がらせや肉体的暴力などのいじめに遭ったうえ、56万円余の恐喝被害を受けました。学校は平成18年2月のいじめ発覚後、直ちに被害者・加害者ら関係児童の聴き取り調査や、5年生全員(61名)にアンケート調査を行なっています。その結果、片寄校長は「いじめ・恐喝の事実が存在した」と判断したのです。
 その判断結果を、資料5の通り、平成18年2月22日、校長と教頭は被害者両親に説明しました。
 さらに、平成18年3月5日頃、校長は教育委員会に公文書「生徒指導に関する状況報告」(資料2、資料3)で、いじめ・恐喝の件数を、その補足説明資料で、調査結果を詳細に報告したのです。

 資料4は、校長が調査結果をまとめた資料で、2月22日の説明の時に、被害者両親に手渡しています。
 資料5は、2月22日の校長・教頭の説明内容を録音したもので、その説明内容の反訳書です。
 資料2は、校長が教育委員会へ報告した報告書「生徒指導に関する状況報告」です。
 資料3は、資料2の補足説明資料です。情報公開請求では教育委員会が非公開としたため、裁判所が調査嘱託を行ない、公開されたものです。


3.教育委員会のいじめ・恐喝の認識

 平成18年3月10日頃、教育委員会指導課主事Mは、校長の報告書(資料2、資料3)について、電話で校長に詳細を確認しました。裁判所が事実認定している通り、その結果、M主事が「恐喝の加害児童が男子7人,いじめの加害児童が男子9人,女子4人」と赤で同報告書を訂正しています。
 つまり、遅くともこの段階で、教育委員会は「いじめ・恐喝の存在」を認識していることになります。
 なお、M主事が同報告書を訂正したことは、平成20年2月1日、同委員会指導課Y主事がその旨説明しており、裁判所が事実認定しています。
 また、校長は、平成18年2月4日のいじめ発覚直後より退職後の現在に至るまで、教育委員会に報告し相談して、逐一指示を仰いでいると述べています。


4.虚偽文書作成の事実

 上述の通り、教育委員会は校長より詳細な報告を受けていたのであるから、本件いじめ・恐喝の存在は十分認識していました。にもかかわらず、平成20年2月20日、裁判所からの調査嘱託に対し、次の虚偽内容を裁判所に回答しました。
 加害児童の親を被告とした裁判において、「被害者の当人から聞き取りができなかった」などと明らかな虚偽の理由を列挙し、「『いじめ・恐喝の事実があったかなかったかは判断できない』という判断にいたった。」と結論付けているのです。明らかに虚偽文書作成です。
 しかも聞き取りができなかった原因を、「被害者の保護者の要望により被害児童本人からは直接事実関係の確認ができず・・・」と事実無根の理由を書き、被害者の保護者に責任転嫁まで行なっています。
 教育委員会は片寄校長より、逐一報告・相談を受けており、単に誤って列挙してしまったというものではなく、意識的に事実に反したことを記載したと言うべきであります。


5.虚偽文書作成の証明

A.校長の教育委員会への報告書
 平成18年3月5日頃、校長は教育委員会に対し、「生徒指導に関する状況報告」(資料2)により、恐喝・いじめの事実を正式に報告し、「補足説明Ⅰ」(資料3)でその加害生徒らの氏名を明記し、指導経過も報告しています。
 そしてその後、教育委員会指導課 M主事が、校長に確認の上、同報告書について「恐喝の加害児童が男子7人、いじめの加害児童が男子9人,女子4人」と訂正しています。
 なお、上述の通り、裁判所も校長が教育委員会に正式に報告し、教育委員会によって訂正がなされた事実を明確に認定しています。(判決文 19頁下から11~6行目 )

 <教育委員会の弁明に対する反論>
 ところで校長や教育委員会は「生徒指導に関する状況報告」(資料2、資料3)の「恐喝」「いじめ」の報告について、単に「訴え」があったものを記載すると主張しているのです。要するに同報告書は、学校や教育委員会がいじめの存在を覚知したことを意味しないと言い逃れています。

 ところが、「生徒指導に関する状況報告」の報告の仕方については詳細なマニュアルが作成されています。それが教育委員会指導課長名の文書です。そのマニュアルにより、校長や教育委員会の弁明が明らかに大嘘であることが証明できます。
 同マニュアルによると、
 「被害のみや情報のみの事例については人数・件数をカウントしない」(6頁1⑨項)
 「『加害者が特定できない場合で、明らかに(加害者が)在校生』の時は『人数0、件数1』と記載する」(6頁1⑫項)
 同いじめ報告書は、被害の訴えや被害の通報だけでは報告書に人数や件数を記入しません。仮に、被害の訴えがあったとしても、加害者が特定できなければ、人数は0と記載するように定められています。ところが、同報告書では、恐喝は小学校高学年男子7名、いじめは小学校高学年男子9名、女子4名と記載されています。このことは本件いじめ、恐喝が単に被害の訴えがあっただけでなく、調査の結果、具体的に加害者が特定されたことになります。

 また、「補足説明Ⅰ」(資料3)については、マニュアル 7頁4②に、「該当(加害)児童生徒氏名、学年・性別、日時・場所を必ず記入し、問題行動の概要を記述する。」とあります。
 加害児童の氏名が明確に記入されていることは、明らかに特定されていることを意味するのです。
 さらに「補足説明Ⅰ」(資料3)の記述内容は、誰が見ても単なる「訴え」を書いているとは読めません。学校が行なった調査結果が明確に記載されているのです。

 以上のことから、校長の報告書(資料2、資料3)は被害の「訴え」を報告したものではなく、「特定された事実」を報告していることがわかります。

 校長は教頭、校長を何年も歴任したベテラン校長で、マニュアルの内容を読んでいなかったということはありえません。しかし、万一そうであったとしても、「生徒指導に関する状況報告」の取りまとめを主な業務としているM主事は、マニュアルを熟知しているはずです。
 校長や教育委員会の弁解が虚偽であることはもはや明白で、同人らの弁明は誤って回答してしまったというものではなく、意識的に虚偽を述べ、真実を隠蔽しているのであります。

B.各事項の虚偽内容
  裁判所への回答書(資料1)の各事項について、具体的に証拠を挙げて説明すると以下の通りです。
  
 (1)「事実発覚直後から、原告保護者の要望により原告本人からは直接事実関係の確認ができず、原告が話したとされる内容を原告の両親から間接的に聞くにとどまった」について、そのような事実は全くありません。
  「いじめ」の事実関係については誤解のないように、原則として被害児童本人が直接学校側に幾度も説明しています。

 [証拠1]
 「生徒指導に関する状況報告 補足説明Ⅰ」(資料3)は、校長が教育委員会に提出した報告書である。同報告書下から9行目から7行目によると、「2/7 恐喝の事実確認を行っている途中、○○○(被害児童氏名)から下記のいじめについて話が出た。・・・」とあり、直接被害児童から事実確認を行なっていることが明確に書かれている。

 [証拠2]
  「調査報告一覧(校長作成)」(資料4)と「面談記録S 校長・教頭と被害者両親との面談内容 反訳書」(資料5)から明らかである。

 「調査報告一覧(校長作成)」の2/5(日)欄に「9:00~ A宅にて話を伺う」、2/6(月)~9(木)欄に「9日 15:40~16:45 Aさんに話を聞く(いじめの内容)」と校長が自ら作成した資料に明記されている。
 同様に、B~Fの加害児童にも事実確認を行なっていることが明記されている。

 校長は説明(資料5)の中で、「調査報告一覧(校長作成)」のAは被害児童、B~Fは加害児童と、具体的に名前を挙げて説明している。(資料5 2頁下から11~10行目)

 [証拠3]
 面談記録B(資料7)は、2006年3月6日(月)、神戸市立小学校に於いて、校長・教頭・教諭(担任)と被害児童・父・母の6名で話し合った録音記録である。直接被害児童に会って話をしていることが明白である。
 さらに、その会話で2月9日([証拠2]の記載内容)に、H・I両教諭と被害児童の3名で1時間5分、話し合ったことも明確に記録されている。

 ※他にも証拠は山ほどあるが、この3点で十分かと思います。教育委員会が納得しなのであれば、納得がいくまでいくらでも出すことは可能です。

 (2)「また、2月中旬以降、被告の一人から『子どもから事情をきかないでほしい。』といった趣旨の申し出があったことで、被告側の児童の一人からは事情を聞くことが困難となった。」については、真実かどうか疑わしい。

 「調査報告一覧(校長作成)」(資料4)によれば、平成18年2月20日から同月24日まで、12家族に事情を聞いています。
      
 ※加害児童は13名であるが、そのうち女子児童2名が双子の姉妹のため、加害児童家族は12家族となります。

 (3)「さらに、2月末に原告が被害届を出して警察の取り調べが始まってからは、被告側の児童を含めた関係児童から事情を聞くことが困難となった。」についても、事実と矛盾しています。

 資料8「面談記録F」によれば、H教諭は平成18年3月7日に関係児童を集め、風評被害の調査を実施しています。同資料2頁15行目以下「3月7日のことなんですけど・・・」と実際に聞き取り調査をした状況を説明しています。
 また、同資料3頁9行目「いえ、これは5月30日の(時に調査したことです)。」とあり、教頭が再度、平成18年5月30日に関係児童を呼んで再調査を行っています。
 そして、これらのことを教育委員会は、平成22年10月6日付「質問状に対する回答について」で、「学校は、うわさをした児童に対して指導を行っています」と、関係児童に事情を聞き、指導したことを正式に認めています。(資料9 下から5行目)

 さらに、平成19年1月9日に被害児童が加害児童らに「きしょい、あほ、へぼい」などとからかわれたことを申し入れたところ(資料11 2頁1~3行目)、校長は、加害児童らに直接確認し、担任から指導した旨、文書で回答しています。(資料13 1頁下から8行目~2頁4行目)

 このように警察の取り調べ後も、1年にわたり継続的に、加害児童らを指導していて、「関係児童から事情を聞くことが困難となった。」という表現は事実と異なっています。


 (4)「4月には、原告本人が指定外通学を申請し転校することになり、原告からの事実の確認ができない状態が続いた。」については、これも事実とは全く異なります。
 被害者は、加害者らの反省を促すことを目的に、一貫して学校側に事実関係を関係者に明らかにすることを主張しています。 
 転校後も現在に至るまで、被害者側は何度も学校に行き、調査を要望しています。

 資料8は被害者両親が学校に行った時の反訳書であり、資料10、資料11は学校への申入書であり、資料12、資料13は学校からの回答書です。いずれも被害者が平成18年4月に転校した以後のものであります。
 しかも、それら回答書には「教育委員会の関係課と協議の上」と明記されていることから、教育委員会も承知していることがわかります。(資料12 1頁下から21~20行目、 資料13 1頁下から18行目)

 以上のことから、これら資料が示す事実からも、裁判所への回答書(資料1)の「3 調査続行の困難」が全く事実でないことが容易にわかります。
 しかも校長は、常に教育委員会の指導課 M主事に相談や報告をしており、同委員会が知らないわけがありません。加えて、仮に「退職や人事異動などにより、裁判所への回答書(資料1)作成時に正確な情報が伝えられていなかった」等の言い訳を行なっても通用しません。なぜならば、資料14の通り、指導課主事 Mは本件発生当時より平成19年3月まで同委員会指導課に席を置き、上司である指導課長Hは平成18年4月より責任者として本件の対応に当たっています。つまり、情報は教育委員会の指導課内部で、両名によって正確に把握されていたのです。

 従って、教育委員会は裁判所に対し、意識的に虚偽の回答書を作成したことになります。この行為は、保身のため、いじめを隠蔽するためには、いかなる手段も選ばない身勝手な悪質な行為であります。ましてや裁判所に対して、平然と虚偽の公文書を作成するということは、善なる市民、守られるべき子どもに対しての犯罪行為であるとさえ思え、とうてい許せることではありません。


6.教育委員会の議会での虚偽説明

 この悪質な行為は、昨年11月30日の文教経済委員会において、教育長、指導部長の答弁でも繰り返されています。議事録には、指導部長は「被害を受けたと主張されている児童の保護者の方から、子供にもう直接話を聞かないでほしいという強い要望が学校の方にあったと聞いております。」と答弁したと記載されています。
 誰が、いつ、誰からそのように聞いたと言うのでしょうか。指導部長が議会で答弁するからには、当然確証があってのことでしょう。であれば、それを詳しく説明するのが責任者の責務ではないでしょうか。


 上述の通り、被害者側が提示した証拠資料では、明らかに学校は被害者・加害者双方の児童に、直接聴き取り調査を行なっています。せっかく行なった聴き取り調査で判明した事実を、そのまま議会で説明し、検討し、間違った報告がされていたのなら、それを改める作業をすることで、今後の検討課題となります。それこそが文教経済委員会で述べる答弁だと考えます。
 そして、これを機会に再発防止策を講じていただければ、苦しみ続けた子どもたちが救われることに繋がっていくと思います。どうか教育者として心ある答弁をお願い致します。
 そうしてくださることで、本来なら楽しいはずの教育現場で、辛い思いをする子どもや最悪、尊い命を絶ってしまうという悲劇を食い止めることに、繋がるはずだと確信しています。

                                                                 以  上

平成24年2月17日  教育委員会の裁判所への虚偽文書作成・提出、及び 陳情取下げを迫る言動 等に関する陳情 (陳情第54号)

神戸市会議長        様 

                                                      (陳情者)
                                                      全国学校事故・事件を語る会
                                                               西 尾  裕 美


 Ⅰ.陳情趣旨  
 
 当陳情は、以下の行為について問うものです。
 ①平成20年2月20日、教育委員会が第三者(裁判所)に対して、虚偽文書を作成し提出(行使)した行為
 ②平成23年9月21日、平成23年3月15日、及び平成22年11月30日、教育委員会が文教経済委員会において、虚偽答弁や不適切答弁等を行なった行為
 ③陳情取下げを迫る言動  等

 私たちは、平成23年3月15日、及び同年9月21日の文教経済委員会において、本件に関する陳情を行なってきました。ところが、教育委員会は事実に反した答弁や、不適切な答弁を繰り返しました。そのため、多数の議員が間違った方向に誘導されて、誤った判断がなされ、審査打ち切りの結果となりました。
 特に、平成23年9月21日の陳情(以下、「前回陳情」とする)では、答弁者である指導部長、彼こそが当時の指導課長であり、実際に裁判所への文書を作成した担当責任者であるにもかかわらず、まるで第三者であるかのように「わからない」という答弁を繰り返されました。
 さらに、「退職した校長に現時点で調査ということだと思いますけれども,当時の実態で判断してございますので,あえて今回は外部の者に対してどうこうという連絡は一切とってございません。」というH部長の答弁には閉口しました。これでは、泥棒をした警察官が、自ら捜査員となり、証拠を隠滅して、窃盗事件があったかどうかはわからないと言っているようなものだと思います。
 なお、被害者の方が直接当時のK校長に確認したところ、校長は「今は退職して公務員ではないが、説明を求められれば、いつでも応じます」と述べています。

 以上のことから、神戸市教育委員会に対して、このような過ちが二度と繰り返されないために、再発防止を講じるよう、神戸市会からご指導いただきたく陳情させていただきます。過去の事件を正しく記録して、問題点を改善し、子どもたちのより良い教育現場にすることこそが教育行政に求められると考えます。

 最後に、私どもはこれまで3回の文教経済委員会を傍聴してきました。その時の感想を述べますと、まるで学校での子どもたちの「いじめ」と全く同じです。いじめは「加害者」と「被害者」の2者間の関係だけで成り立つのでなく、「囃し立てたり、面白がって見ている子」「見て見ぬふりをする子」が加わり、この四重構造で成立していることは周知の通りです。
 教育委員会の説明は不十分で、陳情の訴えが事実か否かわからないので、審査打ち切りとする。この行為はいじめを「見て見ぬふりをする子」と全く同じではないでしょうか。大人がこのような態度を取る限り、子どもたちのいじめは永久になくなることはないでしょう。子どもたちのお手本となる審議を強く望みます。


 Ⅱ.陳情事項 

 前回陳情において、陳情事項2、陳情事項3の合計7つの質問に対して、個々に根拠を示して回答するように求めていましたが、答弁の中には回答が一切ありません。また、「わからない」「わからない」と回答を避ける行為に対して、K先生やK2先生から後日書面での提出を求められていますが、未だ提出された形跡もみられません。従って、再度陳情事項とし、新たに陳情4~9を加えます。

 <陳情事項1>
 前々回(平成23年9月15日)陳情3頁以降、<陳情の経緯・理由等>を参照してください。平成17年度、神戸市立小学校において「いじめ・恐喝事件」が発生しました。教育委員会は校長より、「生徒指導に関する状況報告」(資料2、資料3)というマニュアル(資料22)で詳細な記載方法が明記されている公文書で、報告を受けています。従って、いじめ・恐喝の存在を把握しています。にもかかわらず、被害者が加害者の親らを被告とした裁判において、いじめの存在を否定する虚偽文書(資料1)を作成し、提出(行使)して、いじめ・恐喝の存在事実を隠蔽しようとしました。従って、神戸市教育委員会に対して、この事実を認めさせ、過ちを正すよう指導してください。


 <陳情事項2>
 万一、教育委員会が1の事実を認めず、裁判所に提出した文書が正当なものだと主張するのであれば、裁判所への回答書(資料1)の「3 調査続行の困難」の記載内容について、以下の4つの質問に対しその根拠を示し説明するよう指導してください。

 <質問1>
 「事実発覚直後から、原告保護者の要望により原告本人からは直接事実関係の確認ができず、原告が話したとされる内容を原告の両親から間接的に聞くにとどまった」について、少なくとも以下の①~⑤の事実があります。これらの事実は学校が被害児童本人に直接聞いて確認しているものです。にもかかわらず、なぜ、「被害児童本人から直接事実関係が確認できない」と記載したのか。明確な根拠を示して説明してください。
 なお、被害者への聞き取りは、児童単独でなければならないかのような答弁が繰り返され、論点がすり替えられています。裁判所への回答書(資料1)には、「単独での聞き取りができなかった」などと一言も書かれていません。当該文書を問題にしているのであるから、児童単独か否かは問題ではありません。

 ① 教育長の答弁(会議録39 最後から3段落目)で、「学校が,放課後,被害を受けたとされる当該児童本人に1度聞き取りを行いましたが,・・・」とあり、少なくとも1回は被害児童本人から聞き取りをした事実が、教育委員会でも認知されています。
 ここで指摘しているのは、「事実発覚直後から、原告保護者の要望により原告本人からは直接事実関係の確認ができず、原告が話したとされる内容を原告の両親から間接的に聞くにとどまった」という表現であります。ゼロ回ではなく、1回以上あるのであれば、「原告本人からは直接事実関係の確認ができず」という表現は明らかに事実と異なります。

 ② 「生徒指導に関する状況報告 補足説明Ⅰ」(資料3)は、校長が教育委員会に提出した報告書です。同報告書下から9行目から7行目によると、「2/7 恐喝の事実確認を行っている途中、●●●(被害児童氏名)から下記のいじめについて話が出た。・・・」とあり、直接被害児童から事実確認を行なっていることが明確に書かれています。

 ③ 「調査報告一覧(校長作成)」(資料4)と「面談記録S 校長・教頭と被害者両親との面談内容 反訳書」(資料5)から明らかです。
  「調査報告一覧(校長作成)」の2/5(日)欄に「9:00~ A宅にて話を伺う」、2/6(月)~9(木)欄に「9日 15:40~16:45 Aさんに話を聞く(いじめの内容)」、と校長が自ら作成した資料に明記されています。
  同様に、B~Fの加害児童にも事実確認を行なっていることが明記されています。
  校長は説明(資料5)の中で、「調査報告一覧(校長作成)」のAは被害児童、B~Fは加害児童と、具体的に名前を挙げて説明しているのです。(資料5 2頁下から11~10行目)

 ④ 面談記録B(資料7)は、平成18年3月6日(月)、学校に於いて、校長・教頭・教諭(担任)と被害児童・父・母の6名で話し合った録音記録です。直接、被害児童に会って話をしていることが明白であります。
 さらに、その会話で2月9日(②の記載内容)に、H・I両教諭と被害児童の3名で1時間5分、話し合ったことも明確に記録されています。

 ⑤ 面談記録G(資料18)は、平成18年3月15日、校長、教頭、I(担任教諭)の3名立会いで行われた、被害児童と加害児童Kの話し合い(両親同席)の録音記録です。当資料は、加害児童が3名の教師の前で、いじめを認めていることを証明するものであったため、便宜上、教師が被害児童に聞き取る場面は省略しています。しかし、状況から学校側が被害児童に直接聞くことができたことは証明できます。
(なお、教師が被害児童に直接聞いている箇所を確認したいのであれば、その部分の録音を提出することは可能です。)

 <質問2>
 「また、2月中旬以降、被告の一人から『子どもから事情をきかないでほしい。』といった趣旨の申し出があったことで、被告側の児童の一人からは事情を聞くことが困難となった。」については、以下①の事実と矛盾しています。
 なぜ、2月中旬以降困難になったのに、学校は平成18年2月20日から同月24日までに、加害児童とその家族全員から事情を聞くことができたのですか。明確な根拠を示して説明してください。

 ① 「調査報告一覧(校長作成)」(資料4)によれば、平成18年2月20日から同月24日まで、12家族に事情を聞いています。
なお、加害児童は13名ですが、そのうち女子児童2名が双子の姉妹のため、加害児童家族は全部で12家族となります。
      
 <質問3>
 「さらに、2月末に原告が被害届を出して垂水警察の取り調べが始まってからは、被告側の児童を含めた関係児童から事情を聞くことが困難となった。」についても、以下①~⑤の事実と矛盾しています。
 ①~⑤の通り、警察の取り調べ後も、学校は1年にわたり継続的に、加害児童らの聞き取りを行ない、指導しています。なぜ、「関係児童から事情を聞くことが困難となった。」と記載しておきながら、学校は1年間も継続的に聞き取り・指導ができたのですか。明確な根拠を示して説明してください。

 ① <質問1> ⑤で述べた資料18は、同様に、平成18年3月15日、加害児童にも直接学校が聞き取りをしていることが証明できます。

 ② 資料8「面談記録F」によれば、春名教諭は平成18年3月7日に関係児童を集め、風評被害の調査を実施しています。同資料2頁15行目以下「3月7日のことなんですけど・・・」と実際に聞き取り調査をした状況を説明しています。

 ③ 資料8「面談記録F」3頁9行目「いえ、これは5月30日の(時に調査したことです)。」とあり、教頭が再度、平成18年5月30日に関係児童を呼んで再調査を行っています。

 ④ ②③について、これらのことを教育委員会は、平成22年10月6日付「質問状に対する回答について」で、「学校は、うわさをした児童に対して指導を行っています」と、関係児童に事情を聞き、指導したことを正式に認めています。(資料9 下から5行目)

 ⑤ 平成19年1月9日に被害児童が加害児童らに「きしょい、あほ、へぼい」などとからかわれたことを申し入れたところ(資料11 2頁1~3行目)、片寄校長は、加害児童らに直接確認し、担任から指導した旨、文書で回答しています。(資料13 1頁下から8行目~2頁4行目)
    
 <質問4>
 「4月には、原告本人が指定外通学を申請し転校することになり、原告からの事実の確認ができない状態が続いた。」については、これも事実とは全く異なります。
 被害者は、加害者らの反省を促すことを目的に、一貫して学校側に事実関係を関係者に明らかにすることを主張しています。 
 以下の①~③の事実から、転校後1年にわたり継続的に、被害者側は何度も学校に行き、調査を要望しています。
 なのに、なぜ、「原告(被害者)からの事実の確認ができない状態が続いた。」などと記載したのですか。明確な根拠を示して説明してください。

 ① 資料19は、加害児童Tがいじめ・恐喝を認め、被害者に謝罪した際の和解書です。和解書別紙には、具体的ないじめ・恐喝の事実が詳細に記載されています。被害者はこのコピーを校長に手渡し、同席した教頭・教諭を含め3名の教師に報告しています。従って、転校後も学校は事実確認を行なっていることが証明できます。さらに、加害者Uと加害者Nの和解書コピーも、片寄校長は受け取っており、被害者からの報告を受けているのです。

 ② 資料8は、平成18年6月1日、被害者両親が学校に行った時の反訳書であり、転校後も学校に足を運んで、話し合いを行なっています。

 ③ 資料10、資料11は学校への申入書であり、資料12、資料13は学校からの回答書です。発信は平成18年12月4日~平成19年2月1日であり、いずれも被害者が平成18年4月に転校した以後のものです。しかも、それら回答書には「教育委員会の関係課と協議の上」と明記されていることから、教育委員会も承知していることがわかります。(資料12 1頁下から21~20行目、 資料13 1頁下から18行目)


 <陳情事項3>
 陳情第369号(平成23年3月15日文教経済委員会)では、教育委員会は虚偽の答弁を繰り返し、すでに論理破綻をしています。教育委員会の答弁は、その場凌ぎの子どもの幼稚なウソと同じです。嘘をついた子どもが、その嘘を隠すために次の嘘をつく。さらに2度目の嘘を隠すために、3度目の嘘をつく。このように次々とウソをついているのです。学校・教育委員会の関係者はウソがばれていないと思い、平気でウソを繰り返しているのでしょうが、周りからはウソが丸見えなのです。
 教育長や指導部長の虚偽答弁を挙げると切りがないので、以下3点のみ質問します。虚偽を認めないのであれば、以下の質問に対しその根拠を示し説明するよう指導してください。

 <質問1>
 陳情第369号での答弁を要約すると、「平成18年2月末時点の校長の判断は『いじめ・恐喝』である(会議録91 指導部長答弁より)。しかし、その後の調査で、校長の判断が誤りであったことがわかり、平成20年2月20日、裁判所へ資料1の回答書を作成して提出した」とのことです。
 ところが一方、陳情で問題にしている裁判所への回答書(資料1)や、陳情第369号、平成22年11月30日の文教経済委員会の答弁でも、一貫して、「いじめ発覚後、被害者・加害者保護者からの調査しないで欲しいという要望で、十分な調査ができなかった」と述べています。
 なぜ、十分な調査ができない状況で、2月末の校長の判断を覆すだけの調査ができたのか、全く理解不能です。
 2月末に校長が「いじめ・恐喝」と断定し報告した後も、学校は調査と加害者らの指導を行なっています。3月15日に加害者Kが、校長をはじめ教師3名の前で、いじめを認めています(資料18)。そして、その2日後には加害者Nが同様に、教師3名の前でいじめを認めています。さらに、加害者TやU、Nの和解書のコピー(資料19)や加害児童が被害児童に書いた謝罪の手紙(資料17)を校長は受け取って、多数の加害児童がいじめ・恐喝を認めた事実を正確に把握しているのです。
このように、2月末の判断が真実であると裏づけられる調査を、実際に学校は行っている事実がある中で、校長の判断を覆すだけの教育委員会の調査とはいったいどのようなものなのか。明確な根拠を示して説明してください。

 <質問2>
 平成22年11月30日文教経済委員会の指導部長の答弁では、「被害を受けたと主張されている児童の保護者の方から、子供にもう直接話を聞かないでほしいという強い要望が学校の方にあったと聞いております。」とあります。
 また、裁判所への回答書(資料1)でも、「事実発覚直後から、原告保護者の要望により原告本人からは直接事実関係の確認ができず、原告が話したとされる内容を原告の両親から間接的に聞くにとどまった」とあります。
 これらの答弁や記載は、事実無根であります。そのことは、前述5~6頁の<質問1> ①~⑤の事実から証明できます。
 学校・教育委員会は事件発覚後、いじめを隠蔽することに終始してきました。その不正行為を揉み消すためか、被害者保護者に責任転嫁を図るという極めて卑劣な行為を取っています
 いったい、「誰が」、「いつ」、「誰から」そのように聞いて、このような答弁や記載をしたのか説明してください。教育長名で公文書を発行し、指導部長が議会で答弁するからには、当然確証があってのことでしょう。であれば、それを詳しく説明するのが行政の責務です。正当性を主張するのであれば、公務員が公務で行なった行為について、匿名にする必要はないはずです。

 <質問3>
 陳情第369号での答弁で、教育長は「学校側で事実関係を正確に把握できてない状況の中で,被害を受けたとされる当該保護者からの要望で,学年集会が開催されております。学年集会の中で,当該保護者から関係児童を一方的に加害者とされまして,そのために加害者とされた保護者の一部が態度を硬化させて,聞き取り調査の協力が得られなくなったというようなことでございます。」(会議録62)と述べています。これも被害者側に責任転嫁を図る、極めて卑劣な虚偽答弁です。
 そもそも被害者側は、学年集会の開催を一切要望していません。学年集会の開催に当たっては、平成18年2月8日、教諭(担任)、教諭(生徒指導係)の両名が被害者宅を訪れ、「本日、加害児童全員がいじめを認めたので、2日後の2月10日に学年集会を開きたい。了承してほしい。」と、学校側が企画をして、被害者両親に実施の了承を得に来たのです。そして、進行内容は以下の通りです。

  学年集会の進行内容(*学校が企画)
   1.校長- 開催趣旨といじめ・恐喝事件の概要説明
   2.担任教諭- いじめ・恐喝事件の詳細説明と生徒への指導
             (内容はすべて録音されており、資料20の通り)
   3.被害者母- 被害者の手紙朗読(資料21)

 担任の説明と指導内容(資料20)を読めば、担任がいじめ・恐喝の事実を小学生にわかる言葉で説明していることがわかり、一目瞭然で教育長の答弁が虚偽であることがわかります。いじめ・恐喝の存在事実を、担任が説明しておきながら、それを隠して被害者側に責任転嫁しているのです。
 なお、誤解がないように申し添えると、被害者の手紙朗読は、2日前の2月8日にI・H両教諭が了承しています。当日、母親は被害者の手紙を朗読したのみで、それ以外は一切説明をしていません。
 もし仮に、教育長の答弁に誤りがないとすれば、学校が事実関係を正確に把握していないのに、被害者の要望だけで、I担任教諭は、資料20の説明と指導をしたことになります。それこそ、重大な問題ではないでしょうか。

 いったい、「誰が」、「いつ」、「誰から」そのように聞いて、このような答弁をしたのか説明してください。教育長が議会で答弁するからには、当然確証があってのことでしょう。であれば、それを詳しく説明するのが行政の責務です。正当性を主張するのであれば、公務員が公務で行なった行為について、匿名にする必要はないはずです。

 【補足説明】
 教育委員会の虚偽答弁を挙げれば切がないため、質問は3点に留めますが、以下の虚偽答弁は、審議を左右する可能性がありますので、事実を説明します。

 ① 会議録39 教育長「・・・児童館で金銭の授受があった・・・」
 資料19からわかるように、児童館で金銭の授受を行なっていません。金銭授受の大半は学校や登下校中です。学校とは関係ないと印象付けようとしているのであろうが、いずれにせよ、文科省のいじめの定義では「起こった場所は学校の内外を問わない」と明記されています。

 ② 会議録39 教育長「・・・警察署は被害届を受理しておりません。」
 警察は被害届を受理したから、加害児童らの取り調べを行ない、彼らに「訓戒指導」を与えているのです。この時、校長・教頭・教諭(生徒指導係)の3名も、警察の取り調べを受けており、詳細を承知しています。警察は受理をせず、自発的に捜査をしたと言いたいのであろうか。このような答弁を行なう真意が不明です。

 ③ 会議録39 教育長「・・・報告に当たっては,指導途中のもの,あるいは調査継続中の事案も報告するように口頭で学校には指導しております。したがいまして,生徒指導に関する状況報告は,すべての事実関係が確定したものではございません。
 報告の仕方については、指導課長名で発行されたマニュアル(資料22)があり、口頭ではありません。マニュアルには、調査継続中の事案はカウントせず、特定できた事案のみを報告することと明記されています。

 ④ 会議録71 教育長「・・・報告書につきましては,事実が確定したものだけではなくて,当該の学校で,今,調査継続中のものであるとか,そういったものを含めて報告させておりますので,すべてが,例えば,いじめに限っては,いじめが確定した事案じゃないということがございます。・・・」
 ③で述べた通り、報告書の記載マニュアル(資料22)では、事実が確定した案件のみを報告するようになっています。「被害のみや情報のみの事例については人数・件数をカウントしない」(6頁1⑨項)「『加害者が特定できない場合で、明らかに(加害者が)在校生』の時は『人数0、件数1』と記載する」(6頁1⑫項)と書かれているのです。
 調査中のもので事実が確定していないものは、この報告書には記載せず、別の方法で報告することになっています。

 ⑤ 会議録73 教育長「・・・加害者とされる可能性のある者を延べ人数を報告するようにと。」
 ③④で述べた通り、「可能性のある人数」ではなく、記載マニュアル(資料22)には、可能性があっても特定できないものはカウントしないと明確に書かれています。

 ⑥ 会議録104 指導部長「マニュアルのことなんですけども,紙1枚だけで十分に各学校の方に周知ができるのかどうかというようなことは,・・・」
 マニュアル(資料22)は紙1枚ではありません。A4サイズで17頁もあり、そのうち、いじめに関しては7頁も割いています。
さらに周知徹底を図るために、毎年年度初めに、各校より代表者を集め、マニュアル(資料22)を配布し、記載方法の研修会まで行っています。


 <陳情事項4>

 <陳情事項3 質問1>にも関連しています。
 前回陳情に対する答弁を要約すると、「校長が教育委員会に、『いじめ・恐喝』と断定して報告書を提出した後に、校長自身がその報告書は間違いだったと訂正した。だが、間違いを訂正した資料は一切存在しない。校長にも直接確認していない。」とのことです。
 では、資料がなく、校長にも確認していないのに、なぜ、校長自身が訂正したとわかるのですか? 根拠を示して、明確に回答するように求めてください。


 <陳情事項5>
 前回までの答弁では、「校長が教育委員会に、『いじめ・恐喝』と断定して報告書を提出した後に、校長自身がその報告書は間違いだったと訂正した。だから、現在は『いじめとは断定できない』」とのことです。では、そのような事実があったとするならば、なぜ、そのことを裁判所への回答書に書かなかったのでしょうか。教育委員会の答弁が事実であるとするならば、当方の主張とは別の角度から、虚偽文書ということにもなります。
 すみやかに事実に反した文書を訂正するように、教育委員会に求めてください。


 <陳情事項6>
 前回までの答弁の通り、「校長が教育委員会に、『いじめ・恐喝』と断定して報告書を提出した後に、校長自身がその報告書は間違いだったと訂正した。だから、現在は『いじめとは断定できない』」とのことであれば、裁判所は重大な過ちを犯したことになります。校長が訂正する前の報告書を根拠に、裁判所はいじめを認定しているのですから。つまり、裁判で加害者とされた子どもたちは、冤罪(疑わしきは罰せず)ということになります。
 冤罪になった子どもたちが、民事裁判で再審請求できるように、教育委員会にしかるべき措置を講じるよう求めてください。
 私どもの活動は、子どもの人権を守り、救済していくことですから、その観点からも強く要望いたします。
 なお、教育委員会は、これまで判決内容に対して、「どうこうと言える立場ではない」と答弁してきました。しかし、そのような問題ではなく、冤罪の子どもたちを救済するのが第一義であり、教育委員会の責務です。今一度、そのことを肝に銘じて対応する必要があります。

 <陳情事項7>
 これまでの陳情で訴えてきた教育委員会の行為について、文部科学省も問題があるのでないかと、昨年11月より調査を開始しています。文科省が説明を求め、指導課 T主事が上京したとのことですが、根拠のある説明が一切なされず、遺憾であると述べています。
 さらに、H指導部長の次の答弁は、いじめの定義に反し、文科省からのこれまでの通達にも従っていないことになります。
 文科省や市会において、真実を隠さず、嘘をつかず、このような行為を正当化しないよう求めてください。

(H指導部長の答弁)
 「これも何度も申し上げますけれども,全員の方から話が一致するような努力をしなさいということで学校には言っておりますが,担任,それから生徒指導,校長あたりが中心になっていろいろ動いたと思いますけれども,何人かの方から事情が聞けなかったというのは事実でございます。ですから,話が一致するというところまでなかなか行き着かなかった時期でございます。」

 このような学校への指示であれば、全員がいじめを認めない限り、いじめは存在しないことになります。平成17年度当時の文科省のいじめの定義は、以下の通りです。「いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」と明確に書かれています。

<平成17年度当時の定義>
 「いじめ」とは、「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とする。
 なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

 なお、当時の校長は、平成17年度当時の定義に基づき、「いじめがあった」と断定しています。これまで、教育委員会は何度も、平成18年度から定義が大きく変わったことをもって、自分たちの正当性を主張していますが、それは全くの筋違いであることを申し添えます。


 <陳情事項8>
 教育長は次の答弁を行なっていました。
 「決して虚偽の報告をしたということは断じてないというふうに私自身は信じておりますし,そんな教育委員会ではないというふうに思っておりますので,答弁になっているかどうかわかりませんけれども,以上でございます。」
 個人であれば何を信じ、何を思おうと自由です。が、教育長がこのような答弁を行ない、調査を行なわないことは、不作為の行為であります。横に当時の指導課長(現、H指導部長)が座っており、当時の関係者とも常時連絡が取れる状況下です。容易に調査ができるにもかかわらず、なぜ調査を行なわないのですか。
 個人の感想は答弁には不要です。教育長の責務を果たし、根拠を示して、真実の答弁を行なうよう求めてください。
 

 <陳情事項9>
 前回の陳情において、M党 I議員(文教経済委員会委員)より、被害者保護者に対して、「陳情を取下げるように」と3日連続で発言がありました。
 発言内容の概要は次の通りです。

 〔I議員の発言〕
 ①平成23年9月4日(陳情書を議会事務局へ提出する前日)、I議員の事務所に、被害者父が陳情趣旨と概要の説明に訪れたところ、以下の発言があった。
  「私は議員バッジをはずしてお話しします。」
    ※バッジをはずしていても、議員にはかわりはない。被害者父はあらかじめ電話でアポイントを取り、I議員の事務所の中で会っている。
 「陳情をするのを止めれば、私は教育委員会が謝罪するように取り計います。」
    ※交換条件を付けて、取り下げを迫る行為ではないか。
 「こんな陳情などしていたら、あなたの息子さんはいつまでも苦しい思いをすることになる」
    ※脅しにより、取り下げさせる行為ではないか。

  被害者父は、教育委員会の形式的な謝罪が陳情の目的ではなく、翌日予定通り、陳情書を議会事務局に提出する旨を話して、事務所を去った。

 ②翌9月5日(陳情書を議会事務局へ提出した日)、I議員より、被害者父へ電話があり、以下の発言があった。
 「私は今、教育委員会のしかるべき人物と会って話をしている。・・・あなた方が今日、議会事務局に出した陳情書がここにあるので、私は困っている。・・・陳情を取下げる用紙を、陳情者の方にFAXするので、住所と署名と印鑑を押すだけいいようにしておくので、陳情者の方に連絡してください。・・・その用紙が事務局に届いたら、私は教育委員会の人に、謝罪するように言います。・・・」

 被害者父は、陳情の趣旨はそのようなことではないので、陳情は取下げない旨説明した。

 ③さらにその翌9月6日(文教経済委員会委員の視察先から)、I議員より、被害者父へ電話があり、以下の発言があった。
  「今私は、文教の委員と視察に来ています。皆、あなた方の陳情を取下げるべきだと言っています。・・・だから、陳情者の方に連絡して陳情を取下げるように連絡しなさい。・・・」

  被害者父が、要求を断わり、取下げない旨を話すと、I議員は近くにいた女性に、小声で話しかけていた。
  「やっぱり取下げないと言うてるわ」と話し、その女性の返事が聞こえてきた。


 さて、I議員のこのような発言は、「国民の議会に陳情をする権利」の侵害に当たると考えます。I議員は、「神戸市小学校PTA連合会会長」「神戸市PTA安全教育振興会副会長」などを歴任し、「神戸市いじめ防止対策推進委員会委員」を務めた方です。特に「神戸市いじめ防止対策推進委員会」は、H指導部長が指導課長当時に立ち上げられた委員会です。
 なぜ、I議員は陳情取下げの言動を、執拗に被害者父に行ったのか。教育委員会からの依頼があったのではないかと推測しています。9月5日、教育委員会の「しかるべき人物」と会っている席で、陳情取下げの電話を行なっているのですから。
 さらに、9月6日に取下げの電話をした際に、近くにいた女性は誰でしょうか。I議員は「文教の委員と視察に来ています。皆、」と言っています。多数の議員と申し合わせて、電話をしてきたのでしょうか。もし、それが事実であったら大問題です。

 ①教育委員会は、I議員に陳情取下げを依頼したのか。
 ②I議員が9月5日に会っていた、教育委員会の「しかるべき人物」とは誰なのか。
 ③I議員以外の議員にも同様の依頼をしたのか。そして、その一人が、9月6日にI議員が電話をした際に、近くにいた女性なのか。

 事実調査を行ない、もし教育委員会が「国民の議会に陳情をする権利」の侵害行為を行っていたのなら、適切な措置を求めます。
 なお、万一、I議員が上述の発言を否定するのであれば、3日間の会話録音を提出いたします。


2012/2/19 子どもへの安全教育

原子力教育
 原子力についての教育が始まると聞いて、3.11東日本大震災における原子力発電の安全神話崩壊についての緊急改訂措置だと思い込んでいた。しかし実際には、3.11以前に作られた内容を、一部手直ししただけで、そのまま踏襲するという。

 2011年3月2日付け(皮肉なことに、この文書から10日もたたずに、内容を訂正せざるを得ない事態=原発事故が発生)で、文部科学省の副読本の目的(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/03/1291143.htm参照 )には、「現在、エネルギー問題及び地球温暖化問題への対応が重要な課題の一つとなっております。このような状況においては、国民一人一人が原子力やエネルギーについての理解を深めることが社会生活上重要であり、小・中学校段階から、子どもたちの発達に応じ、原子力やエネルギーについて学び、自ら考え、判断する力を育成することが大切であると考えます。」とある。
(現在、文科省のサイトからはリンクが外され、細かい内容が見られなくなっているが、京都女子大学 現代社会学部の小波秀雄氏のサイトで内容を見ることができる http://ruby.kyoto-wu.ac.jp/Files/Dokuhon2010/)。

 2011年4月には、高木文科相が、原子力発電所に関する副読本記載の「もし地震が起きたとしても、放射性物質がもれないよう、がんじょうに作り、守られています」、「大きな津波がおそってきたとしても、発電所の機能がそこなわれないよう設計しています」などの文言について、「事実を受け止めて、見直すべきものは見直さなくてはいけない」と述べ、一部を見直す方針を明らかにした。
 
 しかし、原発事故を受けて内容を見直すことになったものの結局は、東日本大震災直前の3月9日に落札した電力会社とつながりの深い「日本原子力文化振興財団」に、事業費を約2100万円から約3700万円に増額したうえで、再び作成させた。
 結果、「新しい副読本に原発関連の記述はなく、放射線の人体への影響を示す『シーベルト』などの単位の説明や、自然界にある放射線などを説明している。人体への影響については「一度に100ミリ・シーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません』(小学生向け)と記述したが、被曝(ひばく)量はできるだけ少なくすべきだと指摘している。」(2011年10月14日付け読売新聞)

 横浜市立小中学校では、文科省が公表した「放射線等に関する副読本」を要約。その中には、次のような記述があるという。(朝日新聞 神奈川版)
・放射線は、太陽や蛍光灯から出ている光のようなものです。
・目に見えていなくても、私たちは、今も昔も放射線がある中で暮らしています。
・放射線の利用が広まる中、たくさんの放射線を受けてやけどを負うなどの事故が起きています。
・自然界にある放射線や病院のエックス線撮影などによって受ける放射線の量で健康的な暮らしができなくなるようなことを心配する必要はありません。
・一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な根拠はありません。しかし、(中略)放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です。
・事故が収まってくれば、それまでの対策をとり続けなくてもよくなります。

 「小・中学校段階から、子どもたちの発達に応じ、原子力やエネルギーについて学び、自ら考え、判断する力を育成することが大切であると考え」るのであれば、今回の事故こそ、最大の教訓だと思う。
 なぜ安全神話は作られたのか、そして、なぜ崩壊したのか、そこから私たちが学ぶべき教訓は何なのか。考えるための材料は豊富にある。
 そして、放射線の影響は、気にする必要がないものがあると教えるのであれば、地球規模で生物を滅ぼしかねないものまであること、原爆では直接被ばくした人たちだけでなく、孫の代までも重大な健康被害が出る場合もあることなども、明言すべきだろう。
 それらを一切、記載せず、むしろ蓋をするような記述は、教育の目的を阻害するものでしかない。
 このような教育を受けた子どもたちが大人になれば、原子力発電のリスクには目が行かず、便利さにだけ反応して、原子力発電賛成の気持ちを強くもつであろうことは想像に難くない。

 畑村洋太郎氏の「図解雑学 失敗学」(ナツメ社)には、「失敗情報は時間が経つと減衰する」「失敗情報は歪曲化される」とある。
 津波の教訓については風化しないよう、文部科学省は積極的に教育に採り入れようとしているにも関わらず、原発事故では、風化を防ぐどころか、積極的に目を向けないような教育を施している。子どもに安全教育するどころか、利害のある大人たちがこぞって、失敗情報を歪曲化、隠ぺいし、検証作業をきちんとしないまま、自分たちに都合の悪いことを覆い隠そうとしている。

 結局、政治が絡むと、教育は利権に左右されて、歪められる。
大阪市長の橋下徹氏(「大阪維新の会」代表)は、「教育目標は首長が決める」という内容の「教育基本条例」を推し進めようとしている。
 しかし、これだけ政治家の不祥事が多いなかで、首長に好き勝手にしたら、日本の将来も、子どもたちの将来もめちゃめちゃにされてしまう。また、教育は長い眼でみて計画すべきだと思うが、自分たちの任期に合わせて、コロコロと方針を変えられたら、そうでなくとも、予算も、人数も、時間も足りない教育現場は混乱する。


さいたま市の小学校での死亡事故の教訓
  「さいたま市内では2011年9月、市立小学校で6年生の女児が長距離走の後に倒れ、死亡する事故があった。女児は校内で心肺停止状態に陥ったが、学校側は把握できず、備え付けのAEDも使わずに心肺蘇生処置をしていなかった。」
 この対応が問題視され、「突然の心肺停止時に自動体外式除細動器(AED)をきちんと使えるようにしようと、さいたま市が新年度、市立の全中学校の授業に、胸骨圧迫も含めた心肺蘇生処置の実習を採り入れる。昨秋に市内の小学生が急死した事故を教訓にする。政令指定都市では初の試みという。」(2012年2月8日付け 朝日新聞を再構成)

 この事故で、「備え付けのAEDも使わずに心肺蘇生処置をしていなかった」のは、生徒ではなく、教師である。なのになぜ、子どもたちにAED教育をするのか、まるで責任転嫁であるようにも感じる。
 まずは、教員にAEDや心肺蘇生処置を含めた安全教育を徹底させるべきだと思う。体育的行事の際の安全計画について、学校管理職に徹底させるべきだと思う。
 とはいえ、あてにならない教師に児童生徒の安全を託すより、数が多い児童生徒に安全指導を徹底するほうが、実効性があると感じる。
 
 文部科学省は教師に対し、あるいは養成段階、とくに体育教師を多く輩出する体育大学に対し、もっと安全教育に力を注がせるべきだと、私は常々思っているが、児童生徒が安全知識を持つことの大切さも感じている。
 兵庫県川西市の市立川西中学校で、ラグビー部の夏休み早朝練習中に、宮脇健斗くん(中1・13)が熱中症で死亡したケース(S990727)でも、健斗くんの異常な状態を顧問は、なまけや演技であると判断した。むしろ部員のほうが早くから気づいて、顧問に進言している。もし、子どもたちに確かな知識の裏付けがあれば、たとえ顧問に逆らってでも、他の教諭に連絡するなどの行動を自信をもってとることができたかもしれない。(もちろん、子どもたちには全く責任があるとは思わない)


柔道事故の教訓
 全国柔道事故被害者のメンバーで、2005年7月16日、田中康平くん(高1)が、柔道の部活動のあと、ひとり武道場の更衣室に残り、翌朝になって死亡しているのが発見されたケースでは、死因は頭部外傷による硬膜下血腫による脳腫脹だった。
 もし本人や周囲の部員が、頭を打ったと予見される場合の危険な状態についての知識があれば、本人が自己申告できたかもしれない。他の部員たちも、本人が具合が悪いので少し休んでから帰ると言ったとしても、ひとりにしなかった、教師に連絡するなどの対応が取られたかもしれない。

 とくに部活動では、子どもたちは「弱音を吐くな」「甘えるな」「根性を見せろ」「頑張れ」と言われ続けている。なかなか体調不良を言いだせない雰囲気がある。そして実際、訴えたとしても、「よくあること」「みんなそれを乗り越えている」「俺も乗り越えてきた」と言われ、取り合ってもらえなかったり、不調を訴えたことでかえって叱責されたりしている。
 そして、民事裁判になると、顧問は聞いていなかった、中学、高校生にもなって自分の体調不良を申告できるのにしなかったとして、生徒の過失にされてしまう。

 たとえば、柔道におけるセカンドインパクトシンドロームを防ぐためには、脳震盪についての正しい知識を持つことが大切だと、スポーツドクターで脳神経外科の野地雅人氏は提唱している。
 脳震盪の症状はさまざまある。2012年2月7日、衆議院会館で行われた柔道事故の勉強会で使用した野地先生の資料では、次のように書かれている。

脳震盪の症状          ※意識消失があれば、重症
認知機能 自覚症状 他覚症状
意識消失
・記憶消失
・錯乱
・興奮
・頭痛
・頭重感
・平衡感覚障害
・めまい
・吐き気
・ぼーっとする
・目の症状
 (光が見える、二重に見える)
・耳鳴り
意識消失
・意識内容の変化
・協調運動や.平衡感覚の障害
・歩行の不安定性
・けいれん
・質問、指示に対する反応が遅い
・集中力、落ち着きがない
・視線が合わない
・嘔吐
・運動能力の明らかな低下


 教師はもちろんだが、子ども自身が脳震盪にはこのような症状があること、自覚症状や他覚症状があったら、甘く考えてはいけないこと、病院を受診するなどの必要があり、時にはそれが生死を分けることを繰り返し教えるべきだと思う。
 子どもに対しての「自己責任」という言葉は、子どもにきちんとした知識を与える、自分や仲間の体調不良を口に出しやすい環境を整えるなど、大人が負うべき責任を果たしたのちに初めて言えると思う。

 大人に安全意識が欠落している現状で、大人の意識が育つまで待っていられない。大人への教育と同時並行して、子どもたちにも、自分の身を自分で守れる知恵をつけることが今、求められていると思う。
 それを実践したのが、釜石市立釜石東中学校の「津波てんでんこ」(津波がきたらばらばらに高台に逃げろの意味)教育にあるのだろう。
 不確実性の時代、大人が子どもより知識があり、正しい判断ができるとは限らない。大人も、子どもも一緒に考え、知恵を出し合っていきたい。そのために必要なのは、情報コントロールではなく、情報の開示と共有だと思う。


  
2012/2/10 全国柔道事故被害者の会、衆議院会館での勉強会と要請

 2012年2月7日(火)、第一衆議院会館の大会議室で13時から、民主党の中根康浩衆議院議員と同初鹿明博衆議院議員主催で、「第2回 学校における柔道事故に関する勉強会」が開催され、私も全国柔道事故被害者の会の会員のひとりとして、勉強会と要請行動に同行させていただいた(私は柔道事故の被害者ではないが、アドバイザーという名目で名を連ねさせていただいている)。
 当日は多くのメディアが押し寄せ、地方議員の参加も多かった。会で準備していた100部の資料では足りなくなり、追加でさらにコピーをしに走るということもあった。

 被害者の会の持ち時間は、野地先生のプレゼンテーションを含めて35分と短かったが、それだけに重要なことがコンパクトにまとまっているので、ここに概要を紹介させていただく。

   
1.神奈川県立足柄上病院 野地雅人先生(脳神経外科、スポーツドクター)の話

 私は元々、ボクシングのことをやってきた。
 脳損傷で最近、いちばん気になっているのは、ちびっこボクシング。
 小学生がボクシングをやっていて、昔はポカポカと可愛いものだったが、英才教育の影響で、すごいストレートのパンチを受けている小学生がいる。これから10年20年たって、蓄積損傷の問題が起こらないかと心配している。

 コンタクトスポーツとは、柔道、ボクシング、ラグビー、アメリカンフットボール、サッカー、相撲、など、体同士がぶつかるスポーツ。
 コンタクトスポーツではどうしても頭をぶつける。今回は時間の関係で、加速損傷とセカンドインパクトシンドロームに限定して話をする。

●加速損傷
 脳はいろんな膜で覆われ、髄液のなかに浮いている。頭蓋骨の裏についている硬膜のところに静脈道といって太い血管がある、そこと脳の表面とを橋渡しをしているのが、架橋静脈。左右5、6本ずつぐらい、だいたい存在する。
 これが加速損傷による急性硬膜下血腫といって、コンタクトスポーツにありがちな出血のパターンを起こす原因の静脈となる。
 頭をぶつけると頭蓋骨はその方向に持っていかれる。ニュートンの第一法則で、止まっているものは止まり続けようとする。動いているものは動き続けようとする。脳はぷかぷか水の中に浮いているので、静止しようとする。そこでギャップが生じる。頭蓋骨は向こうの方に動き、脳は止まっている。架橋静脈が引き伸ばされる。ある程度だったら、しなやかな静脈なので、なんでもないが、ある域値を超えると破綻して出血する。
 加速損傷により架橋静脈が破綻して急性硬膜下血腫を起こす。頭蓋骨の下、脳の外側に血腫がたまる。血腫が脳を圧迫して、脳にダメージを与える。
 急性硬膜下血腫というのは、だいたい55%から60%くらいが死亡するといわれる。

 ボクシングでは、加速損傷はフックやアッパーカットなどによって、非常に強く脳がゆさぶられ、架橋静脈が伸ばされて起こる。 通常はもちろん起こらない。いろんな回転の具合とか、選手の状況など、いろんなことが重なって起こる。当然、頭をぶつけなくても起こる。
 柔道では、今回の調査でも、大外刈り体落としが非常に加速損傷を起こしやすいことがわかった。
 スノーボードでは逆エッジ現象、エッジが急に立ってしまって、転んでしまうことによって頭への衝撃が加わる。これも加速損傷によって、急性硬膜下血腫を起こしやすい状態と考えられている。

 柔道については、体格差が非常にあるときに、事故を起こしやすいと言われている。
 また、夏に非常に事故が多い。


セカンド・インパクトシンドローム
 症例1、2について。最初に外力によって小さなダメージを受けている。この状況ではほとんど神経症状は起こさない。頭痛があったり、ふらついたり、ちょっとぼーとする程度。
 それが2回目以上の外力が加わることによって、少し治りかけていた架橋静脈の傷口が広がったり、外力によって大きな出血を伴ったりして起こるのが、セカンド・インパクトシンドローム
 たとえばボクシングの場合、何回も何回も殴られる。これはセカンド・インパクトシンドロームの蓄積としか言いようがない。
 こういうことが柔道にも起こりうる。


絞め技で落とすこと
 症例3は中学生で、1、2回絞め技で落とされた状況で投げられて、急性硬膜下血腫を起こしている。
 絞め技で落とすということは、頸動脈を圧迫して血流が低下することにより脳虚血に陥り意識消失する。あるいは、頸動脈球の圧迫刺激により迷走神経反射が起こり、意識消失すること。
 中学校では試合では禁じられているが、いろいろなホームページを見ても、「今日、私は落とされた」などと書かれており、日常的に練習で実際には行われている。

 落ちる、落とすというのは、脳虚血による意識消失発作
 中学生、高校生は血管に異常がないことが多いが、頸動脈に狭窄があったり、非常に少ないが、脳動脈奇形があったり、もやもや病という子どもの血管の病気もある。それを確かめたわけでもなく、血流を一旦閉塞させ、開通させた時に、もしこういう病気をもっていたら、出血するリスクが高くなる。
 また、虚血、一時的にも血流を遮断することによって、脳細胞はいくつかなくなってしまうと思う。そういうことを考慮しているのかという問題もある。

なぜ日本には事故が多いのか
 諸外国は非常に少なく、なぜ日本には事故が多いのか。
 ①シゴキの文化の蔓延 
 ②指導者のスポーツ医学的知識の欠落


 日本のスポーツ医学は非常に後進国。指導者がきちんと指導できていない。コーチが自分の経験のみなど、適当に指導しているのが現状。
 脳震盪の危険性をわかっている指導者がほとんどいないことは、無知の罪。
 ケアのないシゴキは虐待にすぎない。

 ある程度の年齢の人なら経験があると思う。疲れるから水は飲むなと言われた。ラグビーやアメフトなどで脳震盪により意識消失があるとヤカンの水をかける、いわゆる「魔法の水」。これは今のスポーツ医学会では厳禁。
 1986年、フローラ・ハイマン事件では、ダイエーのエースアタッカーのフローラ・ハイマンという選手が、元々心臓に疾患があったが、バレーボールの試合中に心肺停止状態になった。しかし、帯同ドクターはそっと毛布をかけただけだった。これが運悪く、衛星放送で全世界に流され、日本はなんて後進国なんだと世界中から非難を浴びた。この事件をきっかけにようやく日本のスポーツ医学会は改善してきている。
 スポーツ医学会において日本は、非常に後進国であるということを今後、打破しなければならない。


脳震盪にどこまで注意を払えるかが一番大事
 今後、柔道を含めたコンタクトスポーツにおける脳損傷を予防するために一番大事なのは、指導者がどれだけ「脳震盪」に注意を払えるか。注意を払うためには、脳震盪に対する勉強をしなければならない。

 脳震盪は、頭を打って意識を失うことだけだと思っていたら大きな間違い。
 意識消失がなくても、脳震盪にはいろいろな症状がある。ぼーとする、逆に多弁になったり、興奮したり、ちょっと性格変動が起きたり、めまいが起こったり、いろんなことが起きる。いろんな教科書に載っている。
 こういうのを指導者が理解して、生徒の変化を見てあげるということが大事。それが今まで疎かになっていた。

 脳震盪には、いろいろグレードがある。意識消失にまでなってしまうと、これはグレード3(重症)、一番悪いグレードにに該当する。その前のグレード1、2でも、脳震盪は心配しなければいけない。それが今のいろんなスポーツ界には欠けている。
 脳震盪のグレードによって、復帰の目安表がすでにできている。アメリカンフットボールやラグビーではわりと進んでいる。
 当日復帰というのはまずあり得ない。こういうのをきちんと指導していないと、思わぬ事故が発生する。
 意識消失が1回でもあれば、病院での診察を受けなければいけないことは、だいたいのスポーツでは決まっている。
 こういうことをきちんとやることが、柔道事故の撲滅につながる。

脳震盪の重症度分類 受傷回数による競技復帰時期の目安
※復帰する時には無症状であることが最低条件
重症度  意識消失  症状(失見当識など) 1回目 2回目
軽  症 (Grade 1) なし 15分未満 無症状になったら 1週間後
中等症 (Grade 2) なし 15分以上 1週間後 2週間後
重  症 (Grade 3) あり  意識消失 病院での診察 専門医の判断
数秒 2週間後 1ケ月以降
長い 1ケ月後
(当日資料より、再構成)


 アメリカンフットボールでも、死亡事故が多かった。しかし、急性硬膜下血腫がなぜ起こりやすいかということで、脳震盪に着目して、脳震盪が発生しやすい状況をいろんな研究で減らしてきた。結果、死亡事故はほとんどゼロになった。
どういうことを具体的にやったかというと、
 ①フルコンタクトの練習(回数)を減らす
 ②初心者のフルコンタクトの練習には、特別な配慮をする
 ③フルコンタクトの練習は、疲労が少ない状況で行う
 ④水分は充分にとる
 ⑤脳震盪を起こしたらすぐに競技を中止にする
 ⑥脳震盪発生率をチーム内で認識し、評価、対策を講じる

 (※柔道の場合、フルコンタクトを「乱取り」と置き換えるとよい)


今後の柔道の安全対策について

 ①脳震盪を甘くみない体制づくり  
 ②指導者への医学的知識の啓蒙と認定(ライセンス)制度
 ③全柔連への脳神経外科の介入(技の見直し)
 ④脳震盪時における復帰のガイドラインの作成(実行済み)
 ⑤マウスガードの導入


 ①については、選手に対する最大限のケアをすること。ケアのない「しごき」は虐待にすぎない。
 ②については、全柔連がすでにライセンス制度に対して動き始めている。
 ③については、すでに徳島大学の脳神経外科の永廣先生が介入してくれていろいろ話を進めてくれているが、もっと介入していかなければならない。
 ④については、2011年度改訂の新しい全柔連の指導書には非常に詳しく丁寧なガイドラインが載っている。
 ⑤これは個人的な意見。


 中学生、高校生は非常にか弱く未熟なので、大人が守っていかないと、未来がない。
2.全国柔道事故被害者の会メンバーの話

2010年6月27日、静岡県の中学校の部活動中に受傷して、7月6日に死亡した小川礼於(れお)くん(中1・12歳)の場合

 部活を柔道にすると決めた礼於は、部員の友だちに勧められて、5月に地域の道場に見学に行った。2日目で大外刈りをかけられて、急性硬膜下血腫となり14日間入院をした。
 幸い軽く済んだが、セカンド・インパクトのおそれの話などを主治医から聞き、その後、1ケ月の部活見学。主治医からゴーサインが出ても、部活の顧問に、初心者の礼於には別メニューでお願いしますなどと主治医からの話を伝えながらお願いをし、さらに部員の子どもたちにも、礼於が暴走しないようにと話した。私は念には念を入れて、みなさんにお願いをしたうえで、数日後、部活を再開した。
 そのわずか半月後の6月27日に、投げ技の受け身の練習をしていたときに事故が起こった。「気持ち悪い」と最後の言葉を遺して礼於は倒れた。病院にすぐに運ばれ、急性硬膜下血腫と診断され、その後3度の開頭手術を受けたが、10日後に息を引き取った。解剖の結果、脳挫傷と診断された。
 1年半がたち、先月、やっと顧問が書類送検され、やっと第一歩となったが、つらく苦しい日々が続いている。
 この4月から礼於の弟が中学校に入学する。今のままでは、次男までもが殺されてしまうと思ってしまう毎日。


2011年6月15日、名古屋の高校の部活動中、2年生との乱取りで大外刈りをかけられ後頭部を打って救急搬送。7月23日に死亡した倉田総嗣(そうし)くん(高1)の場合

 昨年、次男・総嗣が高校に入学し柔道部に入部して2カ月半目乱取りで大外刈りをかけられた際、受け身がとれず、後頭部を打ち意識を失い、病院に救急搬送された。
 急性硬膜下血腫という診断で、緊急手術が行われた。その後も意識は戻らないまま、昇圧剤等により生命を維持をしていた。薬の副作用で体中がむくみ、腎機能の著しい低下をきたし、多臓器不全の状態になったが、最後までがんばり、事故から38日目の7月23日に亡くなった。
 息子は事故の3週間ほど前、部活動中に頭を打ってからずっと頭痛がとれないと訴え、病院で検査を受けたが、CT検査でも異常なしということだった。しかし、その後もまだ頭痛が続くというので、市立大学病院の脳神経外科を受診した。丁寧な問診のあと、様子をみましょうということになった。その後、症状は一旦改善されたものの、また部活動中に頭を打ってから頭が痛いというので、再び脳神経外科を受診。頭痛以外の症状がないため、鎮痛剤が処方されたが、次の日に事故が起きた。
 いじめもしごきもない普通の部活動。顧問も安全指導に留意しており、家でも体の異常を訴えるたびに総合病院を受診していたのに、なぜ死に至る事故が起きてしまったのか。


2008年5月27日、長野県松本市の社会人教育団体の柔道教室で、澤田武蔵くん(小6)が指導者と大外刈りから背負い投げの練習をしていたとき、いきなり片襟体落としで強く投げられ、急性硬膜下血腫を発症。一週間生死をさまよい、一命はとりとめるが、遷延性意識障害(植物状態)となる。

 息子・武蔵が事故にあってから、もうすぐ4年になる。現在、息子は中学校3年になる。
 当時、小学校6年生の息子は、松本市梓川体育協会主催の柔道教室で、 35歳の指導者に片襟の体落としいう技で投げられた。片襟の体落としというのは本来、子どもにかけるのは危険だと柔道家がいう技。
 柔道4段の指導者の得意技で投げられた息子は、急性硬膜下血腫で緊急手術となり、一命はとりとめたが、現在も意識はなく、全介助の状態で生活している。 この先、スポーツをすることも、結婚をすることもない。
 28年間で114人。年間3、4人の柔道での子どもの死亡事故。この子どもの数のなかには、私の息子のような町道場での事故も、重い障害を負った子どもの数も含まれていない。
 中学校という義務教育の場での必修化。教えられる側の子どもたちも、教える側の先生方も習う教科を選ぶことができない。事故が起こった時、傷つくのは子どもの心と体。当事者はもちろん、その兄弟姉妹も心に深い傷を負ってしまう。防げる事故は防いでほしい。今一度、さらなる安全な柔道について考えてほしい。


*****

 最初に話した小川礼於くんの母親は、話し終わった直後に気を失って倒れ、会議室扉裏のロビーで、野地先生の手当を受けた。しばらくしてから、会場に復帰した。

 
3.日本の柔道事故の現状について。 全国柔道事故被害者の会、会長・副会長より。

●会長・小林泰彦氏より

 2012年から、全国の中学校で、女子も含め、中学生全員に武道が必修になる。
 28年間で114人の子どもが亡くなっている、重度の障がいを負った子どもたちが300人近くもいる。これが日本の現状。
 毎年毎年、4名も、5名も、中学校と高校の生徒が亡くなっている。、一昨年も、先一昨年も、ずっと死に続けている。減らない。この数字を忘れないでほしい。去年はたぶん3人が亡くなっている。
 全柔連に去年いったいどれだけ死者が出たとか、事故があったのか、何回問い合わせても返事をもらえない。去年の数字は私たちはわからない。(全柔連資料で、2009年死者数7人、内18歳以下は6人。四肢麻痺等は5人。2010年死者数7人、内18歳以下は6人。四肢麻痺等は4人)

 柔道の死亡事故の発生率が、極端な高さを示している。野球でも、水泳でも、いろんなスポーツで亡くなるひとはいる。しかし発生確率でみると柔道はいかに危険かがわかる。
 澤田さんのところは遷延性意識障害(植物状態)。そういう重度の障がいは頭にけがを負ったときに発生する。
先ほど、頭を打たなくても回転の力だけで脳はダメージを受けてしまうという野地先生からの説明があった。これが実態。

 部活動で非常に多くの子どもが死んでいる。では、授業ではどうか。さすがに授業では死ぬ子どもの数は部活動に比べて少ない。しかし、死に至らない重症の子ども、授業で頭や頸部のけがを負う割合は非常に高いデータが出ている。
以下は、中部のスポーツ振興センターの統計、7県だと思うが、を名古屋大学准教授・内田良先生が出したもの。

負傷の部位 合計
頭部・頸部
(=危険性高)
その他の部位
(=危険性高)
保健体育 115 482 597
19.3% 80.7% 100.0%
部活動 74 858 932
7.9% 92.1% 100.0%
合計 189 1340 152 9
12.4% 87.6% 100.0%
 日本スポーツ振興センター名古屋支所 2010年度資料 / 学校リスク研究所


 日本でこんなに柔道で亡くなったり、重症を負う子どもを出している。
 同じ柔道をしている海外諸国はどうか。アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、オーストラリアなど、日本以外の国で死者はゼロ。昨年暮れのNHKの報道では、フランスの柔道連盟は2005年以降、20歳以下の子どもで死者は出ていないと言っている。

 同じ柔道をやっていながら、なぜ日本は毎年毎年死者を出しているのか。なぜ海外では死者が出ないのか。
 日本の指導者が悪いのか。指導方法が悪いのか。安全を確保するための仕組みがないのか。
 そういう観点から分析しないと対策は打てない。
 28年間で114人の子どもが亡くなっている。27年間で275人の子どもに障がいが残った。これは学校管理下だけで、澤田さんのところは町道場なので入っていない。全柔連の管理下のデータに入る。
 スポーツ振興センター、全柔連で、そしてわからないところで子どもが死んでいる。
 昨年、大阪で小学校1年生が亡くなった。町道場だったが、全柔連の管理外の町道場だったので、カウントされなかった。
 一昨年、千葉県で高校1年生が悲惨な死を遂げた。私立高校だった。報道もされず、データも残らず、忘れ去られている。
 こんなに今、マスコミが注目し、報道してくれているが、今だに子どもたちが何人死んでいるか、わからない。
 いったい日本はどうなっているのか。そういうのをみなさんに考えていただきたい。


●副会長・村川義弘氏より

 私たちは2010年3月27日に、全国柔道事故被害者の会を設立して、まだ2年たっていない。しかし、この間も子どもたちは亡くなっている。この中に、先ほど話をした小川さんの事故例も含まれている。
 学校管理下の柔道事故は何一つ検証していない。
 では、どんな対策がとられているのか。

 授業では、武道必修化によってさまざまな施策がとられつつある。
 たとえば、名古屋市では文科省のカリキュラムに拠らない、投げ技、足技を禁止した名古屋市独自のカリキュラムを作成している。
 文部科学省も、柔道指導の安全指針を通知をするということを聞いている。
 また、武道必修化にともなって、メディアの報道によって柔道事故に関する報道が増え、授業に関する柔道事故についてはさまざまな注意喚起がされていると思う。しかし、後手後手に回る対策、場当たり的な対応で、不備だらけだと感じる。
 そして、部活動で、子どもが死亡する事故が多発しているにもかかわらず、具体的な対策は全く何もとられていないのが現状。

 柔道事故問題の本質は、武道必修化にあるのではない。今この時点で、危険な環境のなかで、子どもたちが柔道をやっている現実にある。
 4月になって、武道必修化が始まるから、柔道事故問題が起きるのではない。今まさに、安全配慮意識のない指導者の元で柔道をしている子どもたちがいる。その子どもたちが、年間3人、4人亡くなっている。この指導者が何一つ減っていない。
 柔道事故の本質をけっして見失わないでほしい。

 こういう話をすると、「柔道には危険がつきものだ」というひとがいる。柔道には危険がつきものかもしれないが、しかし、それは死の危険がつきものなのか。
 フランスは、柔道人口が日本の3倍だが、未成年者の柔道事故は近年、発生していない。誰も死んでいない。
 日本では毎年、毎年、子どもが死んでいる。(学校管理下でけで年間平均4人の死亡事故。年間平均10件の重傷事故)
 ここから導き出される結論はひとつしかない。日本の柔道の在り方がおかしい。逆に言えば、日本でも指導者の意識や指導方法が変われば、死亡事故はゼロにできる。
 過去の事故を調査分析し、安全対策をたて、徹底して安全指導をする。そうすれば、日本でも柔道死亡事故はゼロにできる。

 そのための取組も始まりつつある。
 全柔連は、2013年度から公認指導者資格制度を導入することを決定した。これが導入されれば、新たに資格を取りたいひとは30時間から40時間の講習を受けなければならない。そして、試験を受けてパスしなければならない。
 ただ、先ほど言ったフランスの柔道指導者は国家資格。これをとるために、最低で380時間必要。大きな差かある。とはいえ、こういう動きが出てきたことはたいへん結構なこと。

 しかし、この指導者資格制度には大きな穴がある。
①現在の指導者は、新たに取得する場合30時間から40時間の講習と試験を通らなければもらえない資格を、3時間の講習でもらえる。
 部活動の事故、民間の道場の事故は今まで、誰が起こしているのか。今までの指導者が起こしている。その人たちにこそ、より厳格な資格制度を付与されるべきではないか。

教師への特例措置。全柔連の資格制度は学校教師には適用されない。
しかし、もっとも多くの事故が発生している現場は学校。学校の教員こそ、より厳格な安全指導のための資格制度を設けるべき。
柔道の安全を諸外国並みに確保するのではあれば、厳選されつくした制度が導入されるべき。

 日本における指導方法が抜本的に見直され、柔道の指導者の安全意識が高まらなければ、柔道による重大事故は今後も絶対になくならない。それは学校管理下でも同様。
 文部科学省は、警察OBに学校現場に指導者として入ってもらうというオファーをすると聞いている。しかし、柔道経験者は指導者ではない。警察OBは加速損傷を知っているのか。脳震盪のケアを知っているのか。
 こういった知識をもって、安全意識を持っている人が指導者。授業、部活動を問わず、こういった指導者のもとに安全に配慮された柔道が行われるべき。
 必修化のために場当たり的な安全対策を作るべきではない。作らないよりはましだが。
 授業、部活を問わずに、学校現場で柔道を指導する者に対して、従来の指導方法を根本から見直し、安全性を重視し、医学的知見に基づいた新しい指導基準を導入する必要がある。それに基づいた授業や部活のカリキュラムや指導方法を策定すれば、諸外国並みの安全が保てる。
 今、何もしなければ、今年も学校管理下で柔道事故は起こる。絶対に起こる。私たちのような家族をまたつくることになる。どうか真剣に考えてほしい。


●小林会長より
 みなさんの子どもは被害者になんかになりたくはないでしょう。もうひとつ、加害者になる可能性がある。
 私たちの子どもを被害から守るということと、加害者になるのを守るということを真剣に考えるのが、私たちが今置かれている立ち位置ではないか。

4.文部科学省スポーツ青年局 体育参事官 長登健氏

武道必修化の経緯について
 平成18年12月の教育基本法改正を踏まえ、学習指導要領の改善についてということで、大臣から中央教育審議会に審問し、平成20年1月に答申をいただいた。
 中学校1、2年生については、多くの領域の学習の機会を確保すること、伝統と文化を尊重する態度を養うこと、ということから、武道が選択から必修になった。
 その答申を踏まえて、平成20年3月に、中学校学習指導要領を改訂した。その後、移行期間、そのための条件整備ということで務めてきた。それで、来年度4月から前面実施という流れになっている。
 中学校、1、2、3年生で、これまでは、1年生、2年生については選択だったが、多くの領域を学習させるということから、すべての領域(体育理論・体つくり運動・器械運動・陸上競技・水泳・ダンス・球技・武道)を必修として2年間学んでもらう。

 全体像として、12年間(小・中・高)の学校生活を通して、大人になってからも生涯にわたってスポーツを楽しむ、体を動かすことの基盤を形成していく。
 大きく分けて、4年ごとの3つの時期で考えている。
 ①小学校1年生から4年生は、様々な動きを身に着ける時期。
 ②小学校高学年、中学校の1、2年生は、多くの運動・スポーツを体験する時期。
 ③中学校3年生以降、生涯にわたって、自分に合ったスポーツをより深めてもらうために、選択の中からいくつか選んで、より深く学習してもらうという流れになっている。


現状の取り組み
 「体育活動中の事故防止に関する調査研究協力者会議」を設置して、脳神経外科・野地先生にも協力いただいて委員に就任してもらっているが、先ほどの脳震盪を含め、そのような知見をもらっている。
 体育活動中、体育の授業、部活動で、事故事例を委員に分析してもらい、まず分けて、その中でどういうことか、共通して医学的知見として伝えていかなければいけないものを、議論してもらっている。
 先週の金曜日、第4回目を開催。柔道の安全指導を中心に議論してもらった。その時に示唆していただいたことは、例えば、これまでの学習指導要領に提示している技、例えば立ち技等を示しているが、必ず取り扱わなければならないものではないと3年間ずっと説明してきたが、徹底しきれていないところもあるのではないかという指摘もあった。
 学習指導要領の解説にある技はあくまで例示であり、必ず行うものではない。技能の程度に応じて、段階的にどの技を取り扱うか、学校、教育委員会で決めていくことが安全指導の第一である等々、議論いただいた。
 こちらからお願いしたのは、議論した中身について、できるだけわかりやすくとりまとめていただきたい。並行して、協力者会議は年度末まで続くが、安全指導についてはできるだけわかりやすくとりまとめていただきたいと、先週金曜日にお願いした。
 その他、今日指摘いただいたことも含めて、盛り込みながらまとめていただければと思っている。


5.参加者からの意見・質問等(抜粋)

●元都立墨東病院脳神経外科医長の脳神経外科の医師から(司会者から指名のうえ、発言を求められて)
 私も中2のとき部活動で、大外刈りで投げられて、手術したが片麻痺が残り、言語に障がいが残った友人がいる。自分の人生もだが、友人の人生も狂うというような事故を繰り返してほしくないと頼まれて、このことに関わっている。
 初心者に事故が多いというより、未熟なものを指導できなかった、助けることがてきなかったという観点で発想したい。

 今回でなかったが、徳島大学の脳神経外科の永廣先生が、全柔連がもっている約7年間の資料で、約30人の重症の頭部外傷で、亡くなったひとが18人いるというデータの中の、8割が中学、高校生であると言っている。中学、高校生になぜ、事故が多いのかということをみなければいけないと強く思っている。

 今回、頭部外傷のことだけ言われているが、鎖骨骨折でも、そのスポーツに戻ることはできない。捻挫や脱臼であっても、そういう統計も整形外科医が出すことができないというような、柔道事故の統計のなさも指摘されている。

 脳外科では1971年に、東大で4名の柔道事故のあと、スポーツ医学会や救命救急医、脳外科医がたくさんの報告をしているが、警告を出さなかったことを大きく反省している。
 脳外科医も、脳腫瘍や血管障がいの医者は、セカンドインパクト症候群や脳震盪の患者をきちんと診ることができない。脳神経外科医自身も専門的により診るということで活動している。とくに小児の脳神経外科をしているものたちはより自覚的で、今年1月10日に、ホームページに提言を載せた。

 墨田区では、医師会、教育委員会、現場の先生たちとで勉強会及び体育実習、私と柔道4段の整形外科医が研修を行った。結果、先ほど提示があった投げ技、足技、乱取りについては、中学の授業内ではできないのではないかということで明日、答申案を教育委員会に出す予定。
 柏市の教育委員会も、校長、教育委員会、体育の教師たちで、3月6日に大きな勉強を催す。
 やっと現場でかかわる人たち、あるいはPTAがこの問題に着目してきていると思われる。

●議員から
 鎖骨の骨折という話が出たが、私の娘も今、中学2年生。1月の後半から柔道の授業が始まり、隣のクラスの女の子が、鎖骨が飛び出るけがをした。他人ごとではないということをみなさんも、ご理解いただきたい。

●議員から(質問)
 これだけの重大な柔道事故が発生していたことを知らなかったわけでもなく、今年の4月から武道が必修化され、柔道が多く選択されるということも予測されていたなかで、この1年間、今指摘のあったような指導者の養成や指導方法の見直し、安全意識の向上ということについて、具体的にどのような取組をしてきたのか?
 先ほど報告にあったように、今議論中であるということではあまりに遅すぎる。場合によっては、今年の4月から例えば、半年間は、受け身以外はしてはいけないという明確なメッセージを各学校に通知をするとかして、絶対に加害者、被害者にならない対策を講じるべきだと思うが、どうお考えか?

●文科省(回答)
 この1年間というより、学習指導要領の改訂を3年間通して取り組んできた。
 例えば、安全喚起の文書を通知したり、会議を通じて。医学的知見についても一昨年、野地先生にも来ていただいて、各都道府県の指導主事に話をしてもらった。
 各都道府県市区町村の教育委員会が中心になってやっていることだが、国としても、指導の中心となるひとを中心に、研修の機会ということで、武道の関係団体、武道が必修化ということであって、柔道だけでなく、剣道、相撲、なきなた等あるので、そのような関係団体と連携して講習会等を開いてきた。
 地域の指導者の活用は有効。その人が指導者としてというより、教員とチームティーチングを組んで、専門的な知見を授業にどう取り入れていくかというこだと思う。また、授業に向けて研修は日々、先生方は現場で行っていると思う。
 そのような地域の実践というものをやっていただくという事業、それをまた報告書にもとめ、全国に情報提供、ホームページにも掲載している。これは今年だけではなく、3年間積み上げてきている。

●柔道事故被害者の会・会長から(質問)
 この4月に向けて、今までの文部科学省の努力の結果、日本のお父さんやお母さんに「学校管理下で、柔道で子どもは死なない。重大事故は発生しません」というような安全宣言みたいなものが出せるレベルだと考えているのか?
 長年いろいろ努力されたということは今のでわかった。しかし私たちのデータでは、毎年毎年、子どもは死に続け、重症の子どもが毎年出続けているが、この4月からはゼロとは言わないまでも、確実に減るというような安全宣言みたいなものを出してもらわないと、ここにいるお父さんも、お母さんも納得しないと思うが?

●文科省(回答)
 学校管理下における事故は柔道に限らず、体育活動中、部活動を含めて、ゼロにしていく努力は常に必要なことだと思う。
 今、柔道ということで、心配されるところは多々あるので、先ほど言ったのように、加えて、安全指導を徹底するために、もう一度、今協力者会議でとりまとめていただいている内容を、年度内に少なくとも確認していただけるようにと取り組んでいる。

●議員から(質問)
 今、協力者会議で安全対策を取りまとめをして、それを各教育委員会に徹底していくということか?

●文科省(回答)
 各教育委員会に届けるのはもちろんだが、各学校現場に確実に届くように、先生方に確実に見ていただけるように、これまでも務めてきたつもりだが、努力していきたいと考えている。

●議員から(質問)
 各地域で事故が起きているという情報、死亡事故だけでなく、どのくらいの事故かということを含めて、きちんと文科省が把握できるような形になっているのか?

●文科省(回答)
 現行制度においては、国と地方の関係を見直していることから、平成に入ってから、報告義務を廃止している。
 我々は、有識者会議で議論してもらう際にも、どのデータを使うことがいちばん有効かということから議論することからスタートして、やはり日本スポーツ振興センターの災害救済給付のデータがいちばん信頼性が高いということで、そのデータを使っていただいている。
 我々もそのデータをもとにしている。あとは新聞報道等、都道府県市区町村のほうから報告があることもある。これは全部ではないが、網羅的にではないが。

●地方議員から(意見)
 県にしても、国にしても、条例なり、法律なり、制度を作るときには、今までの事故事件を含めて、実態をしっかり把握するのは当たり前ではないか?
 学校から教育委員会への事故報告書にしても、嘘だ。実際、5か所から話を聞いても、報告なんかしていない。勝手に自分たちで、柔道のなかで起きた事故事件ではありませんとしている。そういうことを細かく把握しているのか。
そういなかでしっかりした制度をつくってほしい。一番大切なのは、子どもたちの命だ。

●地方議員から(質問)
 この勉強会の案内をもらって、埼玉県○○市の現状を調べてみた。5つの中学校があるが、今予定されているのが、男性教員が10名の内柔道初段をもっているのが4名。女性教員が7名という体勢という情報を教育委員会から得てきた。
 私は空手3段だが、柔道初段というのはわりと簡単に初段がとれる。柔道の初段者が指導者として適任かといえばけっしてそうではない。
 埼玉県では、昨年8月9日、10日に、武道、ダンス実技指導者講習会があったが、私どもの市の教員はたった1名参加しているだけ。10月に14日16日に、中学校武道授業指導校研究授業というのが、日本武道館研修センターで行われた。
 指導者がまだしっかりと育っていない段階で、こうした授業をやることの危険性は誰でもわかる。例えば、必修化を見直しするとか、あるいは指導者が育つまでもう少し先延ばしにするとか、最悪の場合、中止するとかの決断をする必要があるのではないか。
 従来、文科省が決めたことを地方に丸投げしすぎる。地方の教育委員会はたしかに一所懸命やっている。限られた授業時間のなかで、なんとか授業時間をやりくりしてやろうとする姿勢はもっている。しかし、残念ながらも指導者が育っていない。
 被害にあわれた方の声をもっと真剣に受け止めて、延期するとか、中止するとか、英断をすべき。見直しはどうなのか?

●議員から
 4月から実施するにあたって、事故の状況を一回、全国で調査をしたほうがよいのではないか。各市町村で、骨折事故はどのくらいあるのか、救急車を呼ばなければならない事故がどのくらいあったのか。それはただちに調べることはできると思うので、早急にやってほしい。

●文科省(回答)
 私個人としては、真摯に常に受け止めているつもり。前向きに努力していきたい。

●地方議員から(質問)
 こういう事故があって、今日説明があったような問題が起きているということをいつ頃から認識していたのか?それに対して、文科省として、どのような現状認識を持っているのか?
 何年にもわたって、事故が起こらないように安全指導の取り組みをしてきたということだが、それであれば、減らなかった原因はどこにあると考えているのか?
 平成20年から教員研修等を行って必修化に伴うことを支援してきたということたが、こういうなかに、安全確保のに対する取組をやってきたのか?

●文科省(回答)
 全国で痛ましい事故が発生していることは、事例として、データとして、日本振興スポーツセンターのデータ等で確認し、また、重大な事故が起きた場合には、注意喚起を全国に発信することはしてきた。
 今、体育活動中の事故防止協力者会議では、部活動、事故全般を含めて、改めて具体的な事例の中から、有識者に集まっていただいて、学校現場に届けられるものをという思いでスタートした。

●地方議員から(再質問)
 私は、いつごろ、事故等が起きて問題になっているということに気づいたのかということと、安全対策を通知等しても事故が減らなかった理由をどう考えているのか聞いている。

●文科省(回答)
 減らなかった理由は、様々な要因があると思う。我々としても注意喚起をということで、お願いを務めてきたつもりだが、よりしていかなければいけないという課題を背負っていると思っている。
 事故については毎年、柔道に限ったことではなく、毎年、日本スポーツ振興センターでは冊子として、事故事例について、各学校にも配っていると思うが、我もそれを見て、対策として何かできるのか、文書を発するだけというわけにもかないので、各都道府県の指導主事が集まっていただく機会等、事あるごとに安全指導についてということで話してきた。これで終わりということはないし、やりすぎということもないし、足りないと指摘されることのほうが多いと思う。


 質問をしたいと手を上げた参加者はまだまだいたが、3時から、被害者の会で要望書を届けに行く予定になっていたことから、この日は終了した。
6.全国柔道事故被害者の会の要望書
 (実際には、民主党高井美穂副幹事長と、文部科学省・城井(きい)崇政務官室に、届けました)
   


平成23年2月7日

幹事長  輿石 東殿 
文部科学大臣 平野 博文 殿
                                                      全国柔道事故被害者の会
                                                            会長  小林泰彦
                                要 望 書


 18歳以下の学校管理下における柔道による死亡事故は、28年間で114名に上ります。
このような状況下にありながら、本年4月より武道必修化が実施されます。

  ①国民が納得できる安全確保の仕組みの提示
  ②中立的な第三者による事故調査委員会設置の義務付け


 事故防止策を確立して下さい。


【中学校における柔道の死亡確率】 全国2000年度~2009年度(10年分)                    
    


(学校リスク研究所 http://www.geocities.jp/rischool_blind/index.html)


 フランス 柔道人口は日本の3倍
 2005年以降18歳以下の死亡事故ゼロ (フランス柔道連盟報告)


【武道必修化準備状況への危惧】   

①多数を占める急造指導教諭の専門知識不足・経験不足
②安全を確信できぬレベルのカリキュラムや指導方法
③柔道事故発生時の指導教諭の対応力不安
④事故の情報収集・分析の仕組みがない


【要望の具体的なイメージ】

①国民が納得できる安全確保の仕組みの提示

  〔文科省作成の基本的な仕組みに含まれるべき内容〕 

● 子供の安全を担保できるレベルの指導者の確保
        医学的な知識(特に脳震盪)・柔道指導経験・教育的な知識
        指導者の経験に頼らない安全指導方法の確立
        柔道事故事例の知見から学ぶ

● 授業だけでなく、部活動でのカリキュラムや練習時間の見直し
        授業では、大外刈りなど頭部打撲リスクのある技の禁止 
         ⇒頭部外傷の40.9%は大外刈り
        授業では、自由練習(乱取り)など試合形式の禁止
         ⇒重篤事故の大半は、乱取り中に発生
        絞め技の禁止(部活動を含め高3まで)
         ⇒絞め落とすことで、必ず脳はダメージを受ける

● 部活動及び授業開始前の、生徒の体調確認方法の確立
        頭痛、及び授業の1週間前までに頭を打っている場合
         ⇒部活動及び授業への参加禁止

● 部活動及び授業中における、生徒の変調の検知方法の確立
        脳震盪に要注意
         ⇒脳震盪を軽く見て、重大事故につながっている

● 事故発生直後の対応方法の確立
        たとえ数秒であっても、意識を失った場合は即救急車
       (意識を失い続けていても、救急車を呼ばないケースが多い)

● 部活動参加及び授業開始にあたり、父母への学校説明会の実施義務
        家庭で頭痛を訴えた場合、学校への通知要請
        学校で頭を打った場合、必ず家庭へ報告義務


②中立的な第三者による事故調査委員会設置の義務付け


○ 委員会の目的:
   1.事故情報の収集
   2.重大事故の個別調査の実施
   3.事故原因の分析
   4.再発防止への提言
   5.事故情報の公表

○ 設置場所:各都道府県の知事直轄組織

○ 中立的な第三者:脳神経外科医、警察、教育者、マスコミ、法医学者、法律家、一般市民、 

○ 設置の義務化:法律で設置を義務付ける
   学校長には1週間以内の報告義務を負わせる。

7.その後

要望に行った翌日、2月8日付け、各ネットニュースでは、

 「奥村展三文部科学副大臣は8日の記者会見で、4月から中学校で柔道などの武道が必修化されることに保護者らの不安が高まっている点について「2012年度からスタートすることになっており、見送りはできない。安全指導を確実にできる態勢をつくる」と述べ、事故防止に万全を期す考えを示した。
 文科省は、同省有識者会議が柔道についてまとめた「初心者に大外刈りをかけない」などの安全指針を近く都道府県教育委員会に通知するほか、安全確保の具体策について省内でさらに検討を進める方針。」
 という内容が報じられた。

武田私見

授業で柔道が行われた場合の懸念
 勉強会であげられた以外にもいくつかある。

・体育教師が異性の場合、柔道練習にかこつけてセクハラ行為が行われるのではないか。

・生徒同士でも、男女比が極端に違う場合、異性同士が組み合うことも出てくるのではないか。

・受身の授業を休んだ生徒も、他の生徒と同じように、次の段階に一律に授業に参加させられるのではないか。

・部活動でも、受け身練習中の重症事故が出ている。きちんと指導できる人間がきめ細かくみられない状況下では、受け身の練習中に事故にあうことも出てくるのではないか。

・受け身がきちんとできているかどうかを教師が判断できるのか。
(部活動事故でも、顧問は受け身は十分できていたと主張し、被害者側はできていなかったと主張することが多い)

・生徒によって、習得の早い遅いがあるが、教師は予め立てた授業計画を優先してしまうのではないか。

・柔道経験のある生徒が模範演技をさせられるなかで、ふだんの柔道部員を相手にやっていることと同じことをしてしまう。あるいは、未経験者と組んだときに、自分の実力を示すために技をかけてしまうのではないか。

・子どもたちが乱取りや試合をやりたがったら、深く考えずに実行してしまう教師がいるのではないか。特に最後の授業では総仕上げ的に試合などが行われやすいのではないか。

・いじめ・暴力が蔓延しているなかで、柔道の練習と称して、特定の生徒を練習台にしたり、プロレス技をかけたりすることが増えるのではないか。それが単なる練習中の事故として処理されてしまうのではないか。

・柔道の部活動での死亡・重症事故の多さがこれだけ社会問題になっているにもかかわらず、今だその数を減らすこともゼロにすることもできていない。すでに起きていて重大性が認識されている事故をなくすことができないのに、新たに発生するであろう授業における柔道事故を本当に防止することはできるのか。

・柔道経験のない体育教師は武道必修化にむけて、様々な努力を現在している。しかし、すでに柔道経験のある教師たちに、柔道事故防止の意識はどれだけ根付いたか疑問。

・これだけ社会的にも注目されているなかで、柔道事故が起きれば、文部科学省も、各教育委員会も、学校、教師も責められるという思いから、それぞれが事故隠しに走るのではないか。


柔道事故の責任

 今回、柔道事故がクローズアップされたきっかけは、2010年3月27日の全国柔道事故被害者の会の発足と、名古屋大学の内田氏のデータだった。
 文部科学省が武道必修化にあたり、どんなプラスとマイナスがあるのか検討するなかで、浮上してきた問題ではない。
 企業であれば、何か新しいことを始めるときには、必ず事前にリスク調査をするはずだ。まして、ひとの命にかかわると容易に想像できることに対して、事前調査は欠かせないはずだ。事業がはじまってから事故が起きれば、企業の存続さえゆるがしかねないからだ。しかし、ひとが何人死んでもつぶれることがない、国民の評価がどれだけ悪くてもつぶれることがない、国の計画性のいい加減さがうかがい知れる。

 柔道事故の情報を誰よりも簡単に入手できるのは、国であり、柔道連盟であるはずだ。
 データを集めても活用してこなかった。あるいは必要なデータを集めようとはしてこなかった国の責任は重い。
 小野寺勇治くんの事故(S730522)では、国自らが「加速損傷」の機序をアメリカの文献をもとに立証した。自分たちを守るためには、金をかけて海外の文献を取り寄せてまで立証した国が、子どもの命を守るためにはその情報を活用してこなかった。ただ、「予測できなかったのだから顧問や学校に責任はない」という結論さえ得てしまったら、満足して終わりにしてしまった。また、同じ事故が起きるかもしれないことに思いもよらなかった。柔道事故が起きたときに、結びつけて考えることさえしてこなかった。
 自治体もまた、この裁判の結果を、自分たちが責任を逃れるためにしか、活用して来なかった。事故の再発防止には活用して来なかった。

 柔道連盟もまた、オリンピックで金メダルをとることだけを目標にして、元々の柔道の精神、加納治五郎の精神を、連盟自身が忘れてしまったのではないか。相撲界の堕落に似ている。
 柔道事故が起きても、自分たちの仲間の責任を回避させることだけに注力して、なぜ事故が起きたのか、どうすれば防止できるのかを考えてこなかった。(澤田さんの事故では、柔道関係者を中心に指導者を支援する嘆願書がものすごい数集まった)
 今までの柔道事故が、素人指導者による無知が原因の事故ではなく、有段者や経験者による無知・無理による事故が多発していたことの責任は重い。
 勝つための柔道には熱心でも、子どもにも安全な柔道を目ざしてこなかった。この柔道を学ぶことが、郷土を愛する心を涵養することになるのだろうか。むしろ、戦時中の軍事教練を想起させる。


文科省の施策について

 文部科学省は、いじめ問題にしても、子どもがたくさん死んでもただ通知を出すだけで、それ以上の努力を自らしようとはしない。そして、自分たちの施策についての細かい効果チェックがない。
(事件が下火になると数字は減るが、それが実態を反映しているかどうかのチェックがない)

 通知以外に、何か問題が起きると文科省がよくするのが、有識者会議だ。
 年数回、それも文科省が集めたメンバーで会議をして、どれだけ有効な手が打てるのか。また、法的拘束力がないことから、結局は提言で終わってしまう。

 さらに問題なのは、文科省自ら正しいデータを集めようとはしないことだ。
 文科省が、協力者会議でも参考にしたのは、日本スポーツ振興センターのデータだという。しかし、このデータはあくまで保険給付金の請求のために収集されたデータで、事故防止が目的ではない。かつて、その内容をめぐって裁判になったこともあり、わざわざ事故経緯の欄を小さくしたということも聞いている。
 そして、被害者側が一切、チェックすることなく、学校側が一方的に記入して提出するため、学校の責任が問われるようなことはほとんど書かれていない。多少、書かれていたとしても、背景にあるシゴキなどは一切書かれていない。「偶発的な仕方のない事故」として処理されている。そのために、事故の本当の原因はわからないようになっている。あるいは隠されている。
 どんな専門家であっても、もとになる情報が間違っていたり、不十分なものであれば、正しい結論を導くことはできない。おそらく、全柔連のデータも同じことが言えるのではないかと思う。
 唯一、救いなのは、野地先生は、被害者の会の提供したデータに触れ、被害者の声を直接聞いていることだ。だからこそ、事故多発の原因を①シゴキの文化の蔓延、②指導者のスポーツ医学的知識の欠落、とした。
 文科省の提供したデータだけを見ていたら、この結論には至らなかったかもしれない。

 原発の検討委員会のニュースに関連して、テレビでアナウンサーが、こうした調査委員会、検討委員会の悪い3法則を挙げていた。
 ①反対する人間を1人、2人メンバーに入れて、アリバイ作りにする。
 ②時間切れにして、勝手に結論を出す。
 ③はじめから結論が決まっている。

   「体育活動中の事故防止に関する調査研究協力者会議」もまさしく、①野地先生を入れることでアリバイ作り、②この4月から武道必修化が全国で始まるのに、柔道事故に関しては前回(2月)に1回会議をしただけで、検討時間も短く、その内容もすぐには反映されない、③すでにこの4月から実施するという結論は決まっている。


 柳田邦男氏の「事故調査」(1994年9月14日新潮社発行)という本に、1986年1月28日、米・スペースシャトル・チャレンジャー爆発事故に関して、次のような文章が書かれている。
  
 「固定燃料ロケットメーカーであるサイアコル社の打ち上げ現場責任者アラン・マクドナルド氏が、聴聞会で証言したところによると、打ち上げ前日、同氏は異常低温の情報に驚き、これでは安全性を保証できないとして、ユタ州ワササチにあるサイアコル社工場の技術陣に検討を要請するとともに、NASAの責任者に対しても、打ち上げ中止の申し入れをした。サイアコル社の技術陣はほぼ全員、打ち上げに反対であったが、NASAの責任者は、『四月まで(春がくるまでの意)待てというのか』とまでいって、打ち上げの同意を迫った。」

 「NASAの責任者がなぜ強引に打ち上げを決行しようとしたのか、その理由としては、(略)政治的な判断がからんでいたことが指摘されている。
 しかし、技術の論理というものは、冷酷なまでに貫徹される。技術的に安全性が保証されないとなったら、やはり保証されないのである。いくら組織の経営管理者側が『大丈夫だ』といっても、そんなものは安全のための何の支えにもならない。


 「これまでスペースシャトルが大事故を起こさなかったのは、何らかのトラブルが発見されたときに、適切に『ノーゴー』の判断がなされてきたためであったといってもよかろう。これはスペースシャトルだけの問題ではなく、どんなシステムにもあてはまることであって、システムを破局への突入から救うのは、まさに『ノーゴー』の決断なのである。
 だが、『ノーゴー』の判断は、やさしいようで難しい。とりわけ国家的要請とか会社の要請、あるいは対外的なメンツなどの事情がからむと、ひたすら『ゴー』に走りがちである。


 「チャレンジャーの発射に、NASAの責任者が『ゴー』の決定を下したのは、既述のように技術的な判断からではなく、政治的な判断であったに違いないことは、容易に想像できる。そして、そういう政治的な判断、あえていうなら不純な判断こそ、アポロ計画以来のアメリカの有人宇宙飛行の輝かしい安全の記録を、一挙に台無しにしてしまったのである。
 そういう強引な判断の背景には、スペースシャトルの打ち上げがすでに24回もうまくいったという慣れから来る慢心があったに違いない。慣れというのは、怖いものである。『ゴー・オア・ノーゴー』の適切な判断は、初心を忘れない慎重さがなければできるものではない。
 チャレンジャー爆発の参事は、安全の大原則をあらためて教えてくれたといえよう。」
(1986年4月)

 これらは、文部科学省にも、柔道連盟にも言えることだと思う。
 「そういう強引な判断の背景には、スペースシャトルの打ち上げがすでに24回もうまくいったという慣れから来る慢心があったに違いない。慣れというのは、怖いものである。」
 この部分は、「柔道指導者が、様々な故意や過失が原因で、柔道場で重大事故が起きても、うまく責任を問われずにきたという慣れから来る慢心があったに違いない」と、読み替えができる。

 そして、文科省もまた、池田小事件のように、一度にたくさんの人が死ぬと、さすがに責任を問われるが、年間4、5人といっても、日にちも、地域もバラバラに亡くなる場合、結局、個々の問題にされて、文部科学省が責任をとることはない。

 これで柔道の授業中に死亡事故が起きたりしたら、文部科学省が責任を問われるのではないかという声も耳にする。
しかし実際は、自分たちは通知を出したり、講習会を開くなど、安全対策に務めてきた。事故が起きたのは現場のせいだとして、自分たちの責任は回避するのではないか。そして、そのために、指導要領に自由裁量の余地も残している。最初から、責任をとらなくてもよい設計になっている。
 実際に今までも、いろいろ批判されることはあっても自分たちのつくった方針を推し進め、その結果に対しては、政治家も、文部科学省の人間も、誰も責任をとっていない。
 苦しむのは、被害を受けた生徒であり、その家族。そして、加害者にさせられてしまった生徒と家族。体育指導者だ。
 政治家も、文部科学省の人たちも、子どもが何人死のうが、事故で何人もの人生がめちゃめちゃになろうが、自分たちの責任が問われない限り、痛くもかゆくもない。本気で取り組む気にもならない。だからこそ、事故から何も学ぼうとはせず、同じことを今までも延々と繰り返してきたように、これからも続けて行こうとしている。
人びとの関心が薄れるのを待っている。
 数年もすれば、柔道の授業中に重大事故が起きても、当たり前になりすぎて、ニュースにさえならなくなるのではないか。今までの柔道事故がそうだったように、いじめ自殺が今、そうであるように。


※過去の全国柔道事故被害者の会のシンポジウムについては、me100617 me101020 参照。

2012/1/31 埼玉県北本市の中井佑美さん(中1・12)いじめ自殺民事裁判の傍聴報告

2012年1月30日(月)13時30分から、東京地裁103号法廷で、埼玉県北本市の中井佑美さん(中1・12)いじめ自殺民事裁判があった。
この日、裁判長が変更になっていた。このことは原告弁護団も法廷ではじめて知ったという。
前回までは志田博文裁判長だったのが、今回から館内比佐志裁判長。杉本宏之裁判官、後藤隆大裁判官は変わらない。

本当は今回で結審の予定だったが、裁判長が変わり、原告の最終書面も膨大な量になったことから、今回予定されていた原告側の陳述も次回へと延期、判決までにもう1回口頭弁論が設けられることになった。

多くの場合、裁判官は2月、3月、もしく9月に代わる。1月に代わるのは少し時期はずれ。
ましてもうすぐ判決という直前に代わるとは。ふつうであれば、結審までを旧裁判官が担当して、判決文を書き、新しい裁判官が判決文を代読するという形をとる。
急な異動があったのか、あるいは病気や他の事情があるのか。
いずれにしても、志田裁判長はあまり評判のよくない裁判長だったこともあり、変わったことで、少し望みを感じてしまう。

次回、結審は4月9日(月)、14時00分から。東京地裁103号法廷にて。それまでに書証を読み込んでくれるという。

なお、今回提出した原告側の最終準備書面には、私の「意見書」2本が含まれている。文部科学省のこれまでの施策の問題点と、佑美さんの心情について、書かせていただいた。


******************

2011年12月18日、フジテレビで放映された 「ザ・ノンフィクション」 「あなたの声を聞かせて~命の電話の物語です」に、中井さんや桐生市の上村さんのことも取り上げられました。 ネットでも見られるようになっています。

ザ・ノンフィクション1
http://www.youtube.com/watch?v=Jg8deFzMuDU

ザ・ノンフィクション2
http://www.youtube.com/watch?v=0j-3R-MN_FM

ザ・ノンフィクション3
http://www.youtube.com/watch?v=l0HSbK2R-VI

ザ・ノンフィクション4
http://www.youtube.com/watch?v=sSqy0to4KIc


2012/1/29 群馬県桐生市の上村明子さん(小6・12)いじめ自殺事件の傍聴報告

2012年1月20日(金)、午前11時00分から、前橋地裁で、群馬県桐生市立新里小学校の上村明子さん(小6・12)の民事裁判(平成22年(ワ)988号)があった。
昨年11月19日のNPO法人ジェントルハートプロジェクトの第6回「親の知る権利を求めるシンポジウム」に上村明子さんのご両親に来ていただいた縁もあって、前回2回は私と小森美登里さんの2人が傍聴したが、今回は同じく法人理事の大貫貴志さんも傍聴に駆けつけた。

この日、関東は前日から降り続く雪。ほかに人身事故などもあり、かなり早めに家を出たが、なんとか新幹線に間に合う。
しかし高崎駅で乗る予定だった電車が運休。次の電車でなんとか前橋駅へ。
傍聴整理券配布の10時30分には、裁判所に到着。
ここまで苦労してたどり着いても、傍聴券が当たらないのではないかと心配したが、悪天候の影響でいつもより人数が少なく、なんとか集まったひと全員が傍聴できた。悪天候が、アンラッキーだったのか、ラッキーだったのか・・・。


裁判長は西口元氏、裁判官は水橋巌氏、出口裕子氏。
原告代理人弁護士は小林勝氏ほか。被告代理人弁護士は高橋伸二氏ほか。

西口裁判長の場合、法廷で、それぞれの弁護人に口頭で主張させる。

原告側の主張
原告代理人の青木弁護士のほうから、前回、被告側が出してきた上村さんの家庭環境について、その主張の元になっている証拠の信憑性が疑わしいと反論。
明子さんの母親が学校でカウンセラーに悩みを話したのは事実だが、明子さんの養育に悩んでいると相談しに行ったのではなく、いじめ防止を訴えるために相談しに行ったという前提が抜けている。
学校カウンセラーの報告書は抜粋であり、大事な部分が抜けている。


また、明子さんの父親がよく明子さんを怒鳴っていたというアパートの住民の証言がある。電話帳で調べて取材したというが、この住民についてはある程度誰だか想像がついている。このひとは日頃から、原告らに対して不快感をあらわにしている人。そのような人から聴取している。

原告らが時間に不規則という主張は、原告らはいつも朝、子どもたちを起こして、送り出してから出勤していた。このような事実はない。
また、健康や衛生に無関心、無頓着という主張だが、ちゃんと子どもに朝食を食べさせていたし、掃除などきちんとしており、衛生環境は悪くなかった。校医である歯医者の報告として、明子さんの虫歯が多く、ネグレクトを疑ったほうがよいということだったが、歯科医通院して治療した記録を提出する。
給食費未納で生活に困っていたというが、すべて支払済みである。
桐生市は責任転嫁のために、原告らの家庭環境に問題があったかのように、議論をすり替えている。
カウンセラーや学校関係者に報告書を書かせているが、事実関係が正確ではない点が多い。
桐生市は教員らの教育の専門家としての責任感のなさや学校のいじめ防止管理体制の欠如を棚にあげて、どこの家庭、どの生徒にもあるようなことを巨大化させ、原告の家庭事情を丸裸にし、詮索しているにすぎない。

春山弁護士からは、損害論を展開。
損害については、明子さんの損害の相続と、原告ら固有の損害がある。
将来賃金と慰藉料。将来賃金については、交通事故の計算による男女の平均値。


桐生市の主張
桐生市代理人からは、原告らが主張する明子さんへのいじめ事実は、悪口を言われる、給食を一緒に食べてくれる児童がいない、校外学習のときに「こんな時だけ来るのか」と思いやりのない言葉を言われたというものであり、原告が主張する陰湿かつ悪質なものではない。
いじめの程度が重度であれば、いじめ防止義務、結果回避義務は高度なものになるが、本件児童に対するいじめの程度で考えると、学校は児童に注意、指導したり、教員全員で研修をおこなったり、席順の変更など様々な対応をしているので、義務違反はない。
本件児童の自殺は家庭内の問題に起因するものであり、軽度のいじめと自殺との事実的因果関係はなく、自殺の予見は全く不可能だった。

社会科見学の翌日、本件児童が無断欠席したため、心配した教頭とカウンセラーが2回訪問しているがいなかった。自殺当日も担任が電話したが出なかったので、自宅を訪問しているがいなかった。
学校は心配して3度訪問しているが、家庭は受け入れなかった。学校はできるだけのことをした。

桐生市は、複数教員が病院にかけつけ、管理職が何度も弔問に駆けつけ、全職員が葬式や通夜に出席、児童や保護者も参列した。
学校は児童の死を受け、職員会議を毎日開催し、全力で死の原因究明と対策に取り組んだ。
学校生活アンケートもとった。アンケートを基に面接もした。
本件児童の情報収集してまとめ、報告した。教職員から聞き取り、校医や近所の人にも聞きとり、第三者委員会を設置し、約3か月の調査をした後、3月28日に調査報告書を出している。
原告らに詳細かつ適切な調査をし、原告らに必要な報告を行っている。対応に問題はない。
自殺には、家庭の過失が極めて大きい。仮に市に責任があったとしても、大幅な過失相殺を認めるべき。

児童は亡くなる直前、自宅で過ごしている。このことは極めて重要。
両親の勤務内容及び労働時間、自宅に戻る時間を明らかにしてほしい。
当該児童はカーテンレールにマフラーをかけて亡くなった。母親のためにつくっていたものなら、母親への恨みではないか。
当日、きょうだい喧嘩があったというが、両親はどのように叱責したのか。それに対し、当該児童はどう答えたのか。
父親が外出したとあるが、所用とは何か。


裁判長から
裁判長のほうからも、自殺当日、きょうだい喧嘩をしたとあるが、両親はどのように叱責したのか。それに対し、当該児童はどう答えたのか、知りたい。これは自殺の直前の言動なので、結構大事。

原告側が出している人証の申請に対して、ここまでいるのかなと思う。
原告父母。校長、6年生の担任、5年生の担任、養護教諭、カウンセラー2人の8人。証明するべき事実関係が具体的に出ていないので、裁判所は採否を判断できない。

桐生市と群馬県は、意見を聞かれて、人証調べは不要と回答。

事実関係は、悪口はウエゴリー、キモイ、こんな時だけ来るのかと言われた、この3点だけで、争いはない。一人で給食を食べたということも争いがない。
4年生のときに転校してきて、男子生徒から「どけ」と荒っぽい言葉を言われた。5年生のときにも明子さんが先生に悪口を言われていると伝えている。
人証調べをしても証明すべき事実は出てこないのではないかと思う。すでに出てきたこれらの事実を議論することのほうが、審議が深まるのではないか。いろいろな裁判例も出ている。
相当因果関係があるか。
こういう発言、悪口を言えば子どもは死ぬものなのか。
自殺が予見可能なのかどうなのか議論していてただいて、予見できるとしたら、回避するにはどうすればよかったのか。
過失があったとして、因果関係はどこまでなのか。



議論
裁判長から、原告に質問。
Q:自殺後の学校の対応はけしからんということだが、加害行為は何なのか?

原告A:調査もしないうちにいじめはなかったと記者会見する学校の対応。校外学習での学校の教師の対応。

Q:自殺後の桐生市の対応で、原告側はどんな権利や法的利益を侵害されたというのか?

原告A:学校や教育委員会のいじめはなかった、いじめを認識していないという対応は、原告らに精神的苦痛を与えた。
それは、通夜や葬式に参列したからと言って治癒されるものではない。

Q:原告のほうではなんでも出せばいいというものではない。どういう事実があって、結果にどう影響しているのか。こういう事実を立証したいというのを出してほしい。

原告A:被告が出してきた書証は抜粋で、主たる目的は第三者委員会に報告するためにまとめたものと見られる。
学校が教育委員会に報告した事故報告書と準備書面のトーンや内容が違う。抜粋ということで、被告が家庭内に問題があるということへの反論として、元の調査なりを出してもらうのが適当か、証人尋問したい。

Q:証書とどこが違うのか、具体的に言ってもらえば考える。
原告A:何が違うのかと言われれば、全部違う。
わずか4ページ、5ページの主要な内容と今回だされた書証と全く別項目だったり、引用されていない。
カウンセラーの内容がすべて書いてるとは思えない。
家庭訪問は5年生時はなかった。6年生で、いじめ防止指導はしていない。校長は指導したのか、出ていない。
明子さんは保健室に何度も行っている。そこで養護教諭に相談していたのではないかと思う。

Q:カウンセラーや養護教諭の記載は残っているのか?

被告A:相談記録は残っているが、他の児童についての記載があるので、こちらは原本から忠実に抜粋している。

原告A:事実関係が違うので、尋問の必要性がある。明子さんの両親がカウンセラーに相談した内容も、肝心の部分が書いていない。
忠実に抜粋しているというが、原告側はひとつも見ていない。信用しろと言っても無理。

Q:人証で、こういう事実を証明するというのを具体的にあげてもらって、裁判所が人証を決める。

被告A:告側は不一致があるというが、こちらはそうは考えていない。不一致があるというなら、次回期日までにはっきりしてほしい。

Q:次回、人証調べをやるのか、やらないのかを議論してもらう。やるとしたらどこまでやるのか、次回決める。人証調べをやらないとなると、次回口頭弁論で、結審。やるとなったら、次回、人証調べ。
原告の証明すべき事実として、学校長の事故報告書と書証のどこが違うのか。自殺直前のやりとり。死亡当日の親子のやりとり、人証で何を証明するのか。2月末までに提出。
次回3月16日は、弁論準備(傍聴はできない)。人証の採否を決める。


****************************

約1時間の口頭弁論の内容はおよそこのようなものだった。
午後から、弁護士会館で報告会があった。その中で、支援者のひとりは言う。西口裁判長は、傍聴人を意識して法廷内で口頭でのやりとりを行っているように見せかけているが、いつものやり方。あまり書証を読んでいないのだと思う。原告、被告の代理人に口頭で説明させることによって、内容を理解しているようだと言う。
原告弁護団も、こちらはきちんと書証で主張しているのに、裁判長はきちんと読み込んでいないと言う。

だとしたらなおさら、前回と、今回、議論の中心が明子さんへのいじめがどのようなものであったのかや、担任や校長の対応はどうだったのか、自殺前は、自殺後は、という内容より、家庭の問題がどうだったのか、悪口程度のいじめで子どもは死ぬのかなど、原告側のマイナス点を探るような内容ばかりだったのが、気になる。
(私たちが傍聴する前の段階で、いじめの内容や学校の対応については、やりつくしたのかもしれないが)
桐生市代理人の女性弁護士の家庭に問題があると決めつけたきつい口調に迫力負けしている感じもある。

なお、今回、明子さんのきょうだい喧嘩が問題となり、前回は母親が明子さんの養育についてカウンセラーに相談したということが問題になっている。
しかし、学校でいじめにあっている児童が家庭でストレス発散するということはよくあること。
当時、明子さんの気持ちが荒れていたとしたら、それこそが、いじめで苦しんでいた証拠だと思う。わずか12歳。自分が受けた理不尽な行為、心の痛みをすべて引き受けるのは、難しい。大人でも、職場のイライラを家族に当たり散らしたりする。

被告弁護士は、学校は明子さんの生前も、死後も適切に対応したと言う。
クラスは学級崩壊状態だったと聞くが、それに対して、管理職はどう対応していたのか。学級が思いどおりにならない状態で、明子さんへの対応だけきちんとできたとは到底、思えない。むしろ、自分のことだけで精一杯で、明子さんがいじめられていることを知っていても放置したのではないか。

明日、結審する中井佑美さんの民事裁判。佑美さんの小学校時代のクラスも、佑美さんと学級担任のやりとりの中で、学級崩壊状態だったことがうかがえる。そんななかで、日記にいくら佑美さんがいじめのことを書いても、まともに取り合ってさえもらえなかった。そして、いじめも、いじめの相談もなかったことにされた。たまたま担任との交換日記が自宅にあって、発見されなければ、親の主張だけでは物的証拠に乏しい。まして、佑美さんが亡くなったのは中学1年生だった。
佑美さんも、明子さんも、学級崩壊の生贄にされたのではないか。誰かがいじめられている間は比較的、他の子は安全でいられる。だから、かばう人間もなく、みんながいじめに加担する。見て見ぬふりをする。その輪の中に、教師もいたのではないか。


2011年のわたしの雑記帳のパックナンバーは 2011. 1―12に移しました。



わたしの雑記帳 

最   新   版

2011.  1―12
2010. 1―12
2009. 1―12
2008. 1―12
2007. 1―12
2006. 1―12
2005. 1―12
2004. 1―12
2003. 1―12
2002. 1―12
2001. 1―12
2000.11―12
番外編 2002.メキシコ
検 索 ・ 索 引




日本のこどもたち(HOME) http://www.jca.apc.org/praca/takeda/  検索・索引
闘う人びとのために 問題解決に役立つ情報源 わたしの雑記帳
子どもに関する事件・事故 1
(いじめ・生徒間事件)
子どもに関する事件・事故 2
(教師と生徒に関する事件)
子どもに関する事件・事故 3
(学校災害ほか)
いじめ・生徒間事件に関する
裁判事例 1
教師の体罰・犯罪・その他の
裁判事例 2
学校事故・災害の
裁判事例 3
子どもの安全・安心に生かすデータ 事件・事故と心の傷について 自殺防止に役立てたい情報源
裁判情報 Diary
インフォメーション プロフィール




プラッサのトップページへ
http://www.jca.apc.org/praca/index.html
 

 
Copyright (C) 2009 S.TAKEDA All rights reserved.