ようこそ、「日本の子どもたち」のホームページへ。

「日本の子どもたちの抱える問題」を中心テーマに取りあげていきたいと思っています。
ただし、不本意ながら、方向音痴と呼ばれています。興味の赴くまま歩き回っているうちに、とんでもなく寄り道したり、違うところに出ちゃったりすることもあるかも・・・。
とくに、「わたしの雑記帳」では、あまり枠組みにとらわれずに、誤解や批判を恐れずに書いていきたいと思っています。なんてったって、“わたしの”ページですから・・・。

「日本の子どもたち」は
私が所属する世界子ども通信「プラッサ」のサイト(http://www.jca.apc.org/praca/index.html) のなかで
武田さち子が作成・運営させてもらっている個人サイトです。私の思っていることや伝えたいことを表現する私のための場所です(「日本の子どもたち」というネーミングは、ただ単に、このサイトで扱っている内容を表すためのタイトルです。公的な立場でつくっているサイトではありません)。
従って、そのことを充分考慮に入れて、偏った見方であるかもしれないことを承知のうえで読んでいただくようお願いします。 

なお、当サイトはいかなる政治・宗教組織・営利を目的とした団体にも、属していません。
一市民による自発的な活動です。

 
 S.TAKEDA

  

オアハカ(メキシコ)の夕日  Photo by S.Takeda



                       



2008/9/19 当事者と親の知る権利」「「自殺、事件、事故後の調査書」のフォーマット案」に対する文科省の回答。

※以下はあくまで個人の見解です。

2008年9月16日、「NPO法人ジェントルハートプロジェクト並びに学校事故・事件当事者と遺族有志」が提出した「当事者と親の知る権利」の要望やジェントルハートプロジェクトが提案した「自殺、事件、事故後の調査書」のフォーマット案の回答をいただけるとのことで、文部科学省に行ってきた。
まるで、判決を聞きに行く気分で、せめて、「一部認容」を勝ち取りたいと願っていた。

2008年5月、NPO法人ジェントルハートプロジェクトが「当事者と親の知る権利」を実現するひとつの具体的な方法として、渡海文部科学大臣秘書あてに、「自殺、事件、事故後の調査書」と「注意事項」の案を郵送した。
実はこのとき、新しく文部科学大臣になられた渡海大臣に、学校事故事件の当事者や遺族とともに、直接お会いして、私たちの要望や提案をお渡ししたいとお願いしたところ、どういう内容を渡すのか事前に知らせてもらわないと、会わせる、会わせないの判断もできないと秘書の方に言われて郵送したところ、「文部科学省で内容について検討します。回答やその理由説明は事務方から直接します」と返事をいただいた。
結局、大臣に会えるか会えないかの話は立ち消えみたいなかたちになってしまった。(ちょっとすかされた気分)

それが改組で、文部科学大臣が新しく変わられて、再び、会わせてくださいと要望したところ、担当者から、「自殺、事件、事故後の調査書」だけでなく、2007年5月25日に「NPO法人ジェントルハートプロジェクト並びに学校事故・事件当事者と遺族有志」として提出した要望書に対しても、再度、お返事をいただけるということになった。(この要望書に関してはすでに、法務省と文部科学省初等中等教育局児童生徒課長から、返事ともとれるようなとれないような回答をいただいている)

自民党が再び改組となり、選挙戦も射程距離に入ったこの時期に、文部科学省の審議官と生徒指導室長というたいへん力のある方たちが直接会って、要望書に対する回答を伝えてくれるとの話に、少しでもよい話がきけるのではないか、全部は無理でも、一つふたつは検討の対象にしてもらえるのではないかと期待した。

日程が急に決まったこともあり、ジェントルハートプロジェクトのメンバーを中心に6人のみで、2008年9月16日(水)に回答を聞きに、文部科学省まで出向いた。
その際、いざというときにまたサポートしていただくべく、ジェントルハートプロジェクトの活動には2003年の設立当初から、そして「当事者と親の知る権利」については、ずっと陰で各大臣との面談を交渉・セッティングしてくださるなど支えていただいた民主党の千葉景子議員にも同席していただいた。また、報道各社にも取材をお願いした。

最初に、担当者との対面場面の撮影だけを許可して、そのあとは報道関係者はすべて部屋から出されてしまった。
私たちとしては、すべてのやりとりを報道の方たちにも見聞きしていていただきたかったのだが。
(あとになってなおさら、そう強く思った)

最初に審議官のほうから、2006年のいじめ自殺を例示して、早期発見、早期解決、すみやかな対応の大切さ、事実を隠すことなく、家庭地域と連携をはかっていかなければならないと思っていることなど話された。
文科省としては具体的に
・子ども・保護者の丁寧な情報把握に務めていること
・有識者を集めて様々な対応を話し合い、マニュアルをつくったり、提言を発表していること
・自殺に結びつく子どものサインを見極めるために自殺予防の研究会を開いていること
などの取組について説明された。

なお、私たちの具体的な提案については
2007年5月25日付けの要望書のなかの、
事件・事故が発生する前に
・事件でも事故でも、子どもの心や体を傷つけるできごとが発生した場合、あるいは、予兆となるできごとが発生した場合、即刻、教師間や保護者と情報を共有し、連携して対応してください。
・学校・教師はどのようなときに保護者と情報を共有するべきかのガイドラインを作成して、周知徹底をお願いします。


事件・事故が発生した時は
・学校に係わる場所や人間関係のなかで、不幸にして、自殺や事件・事故が発生したときは、徹底した事実調査をお願いします。
・事実調査の方法については、学校の調査だけでなく、被害者や遺族の意見を重視してください。
・最初から、遺族に公開することを前提として、子どもたちに事実調査をしてください。
・事実調査の経過や結果を第一に被害者や遺族、加害者として名前のあがった本人や保護者など、当事者に報告してください。
・被害を被った当事者が自ら動かなくてもすむように、学校・教育委員会は率先して情報を提供してください。
・事故報告書には必ず、遺族を含めた当事者の意見を併記するよう、新たな事故報告書のフォーマットを作成してください。
・得られた情報の公開にあたっては、どこまでを公開するのかを学校と被害者や遺族が協議して決めてください。
・国、文部科学省、教育委員会、学校は、二度と同じ事件・事故が起こらないように、プライバシーに配慮したうえで情報の周知徹底をはかってください。
・原因分析をもとに、責任の所在を明らかにし、適切な処分を行ってください。
・事件・事故を起こしてしまったこと以上に、事実を隠ぺいしたり、虚偽の報告をしたことに高いペナルティを科すようにすれば、より真実が出てきやすくなると思われます。
・関係者の処分については、被害者や遺族の要望を入れるようにしてください。
・正しい情報が収集されるよう、目標数値の設定をやめてください。


という具体的な内容と
最初から被害者や遺族に開示することを明記したアンケート調査のフォーマットの提案には、主旨には賛同すると言われたものの、一切、具体的に触れられることはなかった。


また、生徒指導室長からは、
・正確に情報収集するかはやり方が色々ある。作文やアンケートなど。
・ケースは一件一件違い、学校の環境も違うので難しいので、道を探っている。
・有識者から、自殺予防の知恵は拝借し、地方の取り組みも参考にして探している。
・このやり方が正しいかどうかの研究を確認してからでなければ、文科省として提案することはできない。
という話があった。

生徒指導室長は、なぜか、自殺予防の専門家会議の中間報告の報告書を手に持ち、何度も何度も今、文科省が自殺予防にいかに真剣に取り組んでいるかの話をしようとする。

まるで、議論が噛み合わないなかで、私たちは「当事者と親の知る権利」を求めて要望しているのであって、子どもの自殺予防をお願いしにきているわけではないことを話した。
しかし、ものごとには優先順位があり、「自殺予防が先でしょう」と強い口調で言われるので、私たちは即座に「違います。正しい情報の共有が先です」と、言い合いのような形になってしまった。

私たちは何も、自殺後の対応ばかりを言っているわけではない。いじめのことだけを言っているわけでもない。
いじめにしろ、教師のしっ責にしろ、正しく情報が学校と保護者に共有されなければ、子どもに自殺の予兆があったとしても、親が気づくことは難しい。自殺予防でいえば、その部分のみ重なる。正しい情報共有が、目の前の子どもの自殺防止には欠かせない。
そして、不幸にして子どもが亡くなってしまったとして、なぜ子どもたちは死ななければならなかったのか、正しい現実把握をしなければ、正しい対策など望むことはできないと言っているのだが、どうも話が通じない。

以前に同じ要望書を提出したときに、要望書の内容とはまるで関係なく、「私たちは日々、このような努力をしています」と自分たちがやっていることのアピールばかりがされていたのと全く同じ対応だった。

再度、私たちがいつ、どのようにこの要望内容を具体的に検討してもらえるのか、その結果はいつ聞かせてもらえるのか尋ねても、いろいろ審議しなければならないことがある、有識者や専門家に意見を聞かなければならない、これからデータを集めて検討しなければならないなど、あいまいな答えしか返ってこない。

私は思わず、キレてしまった。「いじめ問題が始まって30年ですよ。その間に、どれだけの子どもたちが死んだと思っているんですか! 今まで何をしてきたんですか! 何を今さら、これから検討するなどと言っているんですか! 鹿川裕史くんのときにも、大河内清輝くんのときにも、文部省は同じことを言ってきたじゃないですか。それでだめだったから、子どもたちが死に続けているんじゃないですか! 報道こそ下火になったけれど、今も子どもたちは死に続けているんでよ!」
まるで人ごとで、あまりの温度差に、その場にいた遺族を差し置いて、私のほうがすっかり熱くなってしまった。

せっかく文科省に足を運んで、実権のあるひとたちと話をしても何の進展もないなかで、千葉景子議員が、「よいご意見をありがとうございましたで終わらせようとしないでくださいね。この提案は具体的で、とてもシンプルでよい内容だと思います。きちんとどこに問題があって実行できないのか、どう改善すれば実現の可能性があるのか、具体的な回答を出してください」と最後に審議官にお願いして下さった。
期限はいつまで?と迫っても返事がないので、「1カ月くらいしたらまたいつ、お返事がいただけるか連絡します。」とダメ押しをしてきた。
結局は「棄却判決」気分。そして、即日控訴気分。

今回、文科省の責任あるひとたちと話をして、
・文科省が組織した有識者・専門家の意見中心で、それ以外の意見には耳を傾けたくないと思っていること。
・「親にも知る権利をください」といった要望に対しては「はい。はい。私たちもできるだけのことはしているんですが」という感じだが、具体的な要望内容を出されると困ること。
・いじめ問題を「自殺問題」すなわち、「個々人の心のの問題」にすり替え、国や学校の責任から切り離して、「個人と家庭」、心理士が対応すべき問題にもっていきたいのではないかという意志を感じた。
・自分たちが推進しようとしていることには、ちょっとしたきっかけがあれば即日動く(たったひとりの校長の自殺をきっかけに、あっという間に国家国旗法までつくってしまった!)のに、自分たちにとってマイナスになるようなやりたくないことについては、何十人、何百人子どもが死のうが、ずうっと検討中ですませてしまう。


これを突破するには、マスコミを含めた世間の関心しかないと改めて思う。
そして、議員の力添えがなければ、私たちはきっと要望書を出しても、内容を見たかどうかの返事さえもらえないまま放置されたのだろうと思う。千葉議員は、民主党でということにこだわらず、超党派でこの問題に取り組んでもらえるよう動きなさいと、最初からアドバイスをして下さっていて、実際にそのためにいろんな方を紹介しても下さった。
選挙のあるなしにかかわらず、世間の注目のあるなしにかかわらず、ずっと私たちを支えてくださっていることに、本当に感謝している。たくさんの議員さんとお会いするなかでも、それがどれだけ稀有なことなのかを実感する。


なお、今回、ある程度、文科省の言うであろうことを想定して資料も用意していた。
いつもの文科省の主な言い訳は2つ。
1.自分たちには、やりたくても権限がない。
2.個人情報の問題で、いかんともしがたい。


珍しく、そのどちらも今回は出てこなかった。
1に関しては、もしかすると、農水省が「自分たちの責任ではない」と開き直ってマスコミから総攻撃をくらったばかりだからかもしれない。(結局、担当者は辞任?)
相撲界の問題でも、文科省は「権限がない」と言っている。
しかし、文科省に責任がなくて、日本の教育全体の責任を誰がとるというのだろう。
グループ会社の一社員が起こした不祥事を、グループ会社本社の社長が、「私には、その社員をクビにする権限がないので、どうしようもない」と言っているようなものだ。

文科省は、権限がない、権限がないと言うが、教育行政において、文科省ほど権限をもっているところはほかにない。
また、権限拡大のために、戦後ずっとたゆまぬ努力を続けてきて、着実にものにしている。でなければ、日の丸、君が代が、沖縄を含めた日本全国で、あれほど高い実施率をほこれるわけがない。あれくらいの熱心さをもって、国が取り組んでくれたなら、いじめ問題はもっと違った形になっていただろう。
文科省は「予算」「人事」「方針」を握っている。プランだけたてて、実行するのは学校現場だとしても、チェックは誰がするのか。
現在、文科省は教職員育成のプログラムに、ブラン・ドゥ・チェックのマネジメントサイクルを導入させるアイデアを募集している。
チェックの必要性、チェックを含んだプランの作成を文科省自身が学ばなければならないのではないか。

そして個人情報の強調。
なぜか、情報を出さないことばかりに使われる。個人のコントロール権や正しい情報の取得については、ほとんど触れられることがない。
また、事故情報など、国民の生命・財産の安全にかかわることは個人情報の規定外だという。
もし、事故情報が、個人のプライバシーを理由に伝えられることがなかったら、みな、自分が事故にあってしまうまでそのこと知ることができない。
企業にとっては都合のよいことかもしれない。ガス湯沸かし器、温風ヒーター。情報が伝わらなければ、個人の使い方の問題にできて、企業の責任を追及されることは少ないし、命にかかわる危険な製品でも売り続けることができる。

同じことが、学校事故・事件、いじめにも言えるのではないか。全国で同じようなことが起こり、子どもたちの心と体が傷つけられている。情報が共有されなければ、どこに真の問題があるのかわかりにくい。文科省は同じ方針を、子どもたちの死に関係なく、続けていくことができる。
学校内でのいじめ、事件・事故情報も、個人情報の適用外であって当然だと思う。

そして、私たちが今回提案したのは、最初から情報を共有することを前提にして、情報収集を行う方法。あるいは、学校の言い分だけでなく、被害者の言い分もただ紙に書くという方法。
法律を変える必要も、予算も必要ない。大した手間もかからない。事実確認の方法として「こういう方法がありますよ」と文科省が率先して例示してくれるだけでいい。(もちろん、こうしてくださいと出してくれるにこしたことはないが、第一歩として)

今までの文科省の数々の方針、教育再生会議が出してきた提案、それらがどれだけ精査されて、「間違いがない」と太鼓判を押されたものだったのか。NPOや有識者でもない人間の集まりが出した提案は、とことん精査しなければ、危なくて出せないものらしい。

今回、文科省の回答を想定して、いじめ問題を中心として、私なりの「責めどころ」というのを用意していた。
結局、それを十分にぶつける時間もなかった(一部はその場で述べさせていただいたが、きっと右耳から左耳に抜けたと思う)ので、下記に別立てで、私が現在感じている文科省のいじめ対策の問題点としてあげておきたい。
有識者でもない私の考えが、どれだけ的をいているかどうかはわからないが。
(思いつくままを並べているので、読みにくい点はあると思う)


2008/9/19 文部科学省のいじめに対する方針について、私が問題だと思うところ

● 2006/11/17 伊吹文部科学相の子どもたちに向けての「緊急メッセージ」について。

2006/11/6 文部科学相あてに自殺予告の手紙が届き、その後、同様の手紙が続いた。
それに対して、当時の伊吹文部科学相がいじめられている子どもたちに向けて、「お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友達、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。」と呼びかけている。
また当時、「いじめられている子はそのことを言いたがらないから、いじめが発見できない、自殺のサインがわからない」だから、いじめを解決することができないと、何度も繰り返ていた。

しかし現実は、2006年にいじめ自殺として取り上げられた事件の多くで、教師はいじめを知っていた。親もまた、学校に相談していた
2006年だけでなく、自殺まで至るいじめ事件では、大多数の子どもたちは切羽つまって、親や教師に相談していた。
しかし、その結果、取り合ってもらえなかったり、お前にも悪いところがあるとかえって責められたり、軽く口頭で注意するだけで、問題解決にならないどころか、チクったとしてエスカレートする。だからこそ、死に追い詰められているのだ。

自殺予告の手紙にも、そのことは書かれていた。
「親を通じて校長や教育委員にも相談したが何も変わっていない、自殺をすることでいじめた友人、何もしなかった教師、校長、教育委員についても責任を取らせて欲しい」と書いていたはずだ。

いじめ自殺は、子どもたちが言わないから手の打ちようがなかったのではなく、相談しても、教師たちにいじめ問題を解決する力がないから、絶望して死に追い詰められた
のだ。
たとえ子どもたちが言いたがらないとしても、大人に相談すれば解決できると実感できれば、話してくれるようになるだろう。
力を注ぐべきは、相談されたときにきちんといじめられた子ども側にたって話しを聞ける感受性と、具体的にいじめを解決できる問題解決力を教師たちが身につけることだと思う。
しかし、その現実を見ようとはせず、その後の文科省の対策も相変わらず、全国にいじめ相談電話を開設するなど、いじめの発見にばかり目を向けようとしている。今また、自殺の前兆を発見することを対策の中心に据えようとしている。


● 1999年から7年間、いじめ自殺ゼロの再調査について。


@ なぜ、1999年からなのか?
私たちが出した文科省への質問書(2007/10/16)に、「9.いじめ自殺の調査について」「再調査の期間を99年度以降の7年度間とした根拠をお示しください。」私どもは再調査の期間については、少なくとも86年の鹿川君自殺事件以降の再調査が必要であると考えていますが、貴職の考えをお示しください。」とある。
文科省の回答は、
「昨年11月に実施し本年1月に公表したいじめ自殺の調査は、国会審議等で指摘された、『いじめによる自殺がゼロ』とされていた平成11年度から17年度の期間における幾つかの事例について、教育委員会等における当時の把握状況や現在の認識等について検証したものであり、今後、更に遡って調査を実施することは考えておりません。個々の自殺事案の再調査については、事案の状況に応じ、各教育委員会や学校において判断すべきことであると考えます。」だった。

文科省は1999年からを調査したが実は、1998年は私が調べただけでも15件もの「自殺が原因では」と報道された事件がある(子どもに関する事件・事故 1参照)。一方で、この年のいじめ自殺と認定されたのは中学生1件のみ。
しかし、この年はXjapanのhideが自殺し、多くの若者が後追い自殺したことから、警察庁調べの19歳以下の若者の自殺が、前年度469人から一気に720人にまで膨れ上がったことも大して問題にされなかった。
(もっとも、この年から大人を中心とした日本人の年間自殺者が3万人を超えるようになったので、大人の自殺と子どもの自殺との間にも何らかの相関関係や同じ社会背景があるのではないかと思っている)
世間一般では、2006年からのいじめ自殺が、「第三のピーク」とされているが、本当のピークは1998年だった。
この時は、「いじめ自殺」という形で、マスコミが騒ぐことはなかったので、文科省は何らいじめ対策を講じていない。


A 再調査の方法と結果について
再調査は極めて短期間に行われ、当時の判断とその根拠になったもの、現時点の判断とその根拠になる考え方を各教育委員会に問うものだった。

1999年から2005年までの小学校2件、中学校25件、高等学校9件を再調査   41件
 自殺した児童生徒へのいじめがあったとされたもの   14件
    いじめが主因 3件  
    いじめが理由のひとつ 6件  
    自殺の理由とは考えられない 3件  
    不 明 2件  
 自殺した児童生徒へのいじめがなかったとされたもの   17件
 いじめがあったかなかったか、現時点でも特定できないもの   6件
 係争中のもの   2件
 再調査中のもの   1件
 自殺ではなく、警察が事故死と判断   1件

文科省は、再調査しなければならなくなったことの反省点として、「これまでの調査は、自殺の主たる理由についてであって、いじめの有無は調査していなかった。」ことをあげ、「これからは自殺した生徒へのいじめの有無を含めた状況について調査する」という。

B 再調査の結果から私が感じた問題点
しかし、本当に問題点はこれだけだろうか。

・「自殺の背景にいじめがあったのでは」と言われた40事例のうち、3件しか「いじめが主因」とは認められなかったのはなぜか。事実を調査する方法やいじめ自殺の認定基準に問題はなかったのか、検証すべきではないか。
原因分析ができるような再調査の内容でなければならなかったのではないか。

・学校が情報を出さないために裁判で敗訴している(000726)にもかかわらず、裁判で「いじめが原因の自殺と認定されなかった」ことを理由に「いじめ自殺ではない」と結論づけられる矛盾についてどう考えるのか。
また、裁判の結果、加害者が謝罪したり、いじめがあったと認定されたり、いじめが自殺の原因だと認められた場合に、文科省の統計が訂正されないのはなぜか。

個人情報保護法は、情報を出さないことばかりに使われるが、「個人がその情報を自分でコントロールできること」「正しい情報に訂正する権利」が元々の目的ではなかったか。
情報が正しくあがっているかどうかの判断材料さえ与えられず、わが子の情報を隠され、親の認識とまるで違う内容が文科省の統計という公の場に収集されながら、その情報に対するコントロール権が当事者である遺族にない。

・当時、いじめが主因と訂正されながら、文科省への報告がなされていなかった1999年10月15日の大阪府堺市の市立商業高校での女子生徒の自殺(991015参照)、事件発覚からいじめ自殺認定まで1年以上を有し、隠蔽が問題となった北海道滝川市の小学校女児の自殺、これまで原因が不明としながら、情報公開の対象にさえされなかった当時の担当者のメモをもとに、遺族にも内緒で「いじめを自殺の一因」と訂正された埼玉県蕨市の女子中学生の事件(040603参照)。これらはなぜ、認識が変わったのか。「報告を忘れていました」で片付けてよい問題ではないと思う。

・当時の調査と再調査について、遺族にどの程度の情報が開示されて、納得は得られたのか。納得が得られなかったとしたらなぜか?なぜ、自分の子どもの自殺は「いじめ自殺に当たらない」と判断されたのか、親なら当然、その全ての書類に目を通して、その判断が正しいかどうか、自分の目で確かめたいと思うだろう。

・いじめがあると認められながら、それが主因か、一因か、自殺には関係ないと判断されるかの違いはどこにあるのか。
遺書の有無なのか、報道の大きさなのか、学校と遺族との和解条件なのか。
大人でも、いじめられたら、生活全てがいじめ一色に塗りつぶされてしまう。私自身は、いじめがあって自殺をしたのであれば、格別に他の要因が考えられない限り、「いじめ自殺」と考えるほうが妥当だと思う。
まして、遺書に「いじめ」に関することが書かれているなら、被害者の受け止め方を最重視するのであれば、当然、「いじめ自殺」と認めるべきだと思う。
警察庁の自殺理由は「遺書」をかなり重視している。家族の証言も重視している。なぜ、子どもの場合、遺書や家族の証言が軽視されてしまうのだろう。

・データの元になっている事故報告書の内容は正しいのか?
私たちの質問で、「1.事故報告書について 学校が提出する事故報告書の報告事項と、被害者やその遺族の主張とが大きく食い違っている、または、報告内容そのものが捏造を疑わせるほど内容がまるで違うという事態が多く起きている」との指摘に、文科省は「その内容について保護者のお考えと一致しない場合もあることは承知しております」程度の認識でしかない。
むしろほとんとが一致していないのではないか。情報公開でとった事故報告書に、遺書の存在など大切なことが書かれていなかったり、被害者や遺族が言ってもいないことが書かれていたり、全く別の生徒が間違えて加害者として名前が挙げられていたことが、たくさんある。
だからこそ、私たちは「知る権利」の提案のなかで、「事故報告書には必ず、遺族を含めた当事者の意見を併記するよう、新たな事故報告書のフォーマットを作成してください」と入れているが、これさえ検討してもらえない

・41件の報告が正確ではなかったという調査結果が出ながら、それ以前の調査に遡って調査しようとしないのはなぜか?
年金問題でも、1つの問題発覚から、次々と明らかになった。1つ問題があるとわかったら、徹底究明していくべきではないのか。なぜ、その期間の訂正のみで終わらせてしまうのか。

・今回の再調査で、初期の調査がいかに大事か、あとから正しい情報を得ようとしても、難しいことがわかる。
今回も、当時の調査書類がすでに廃棄されているところもあった。子どもの死という重大事に関する情報が精査されたり教訓として生かされることなく、捨てられている。

大河内清輝くんの自殺を受けて、1995年12月当時、文部科学省の特殊法人・国立教育会館のいじめ問題対策情報センター (http://www.nier.go.jp/homepage/jouhou/jouhou.htm ここと同じかは不明)が、全国のいじめデータベースを蓄積することになった。しかし、教育委員会や相談機関のみ接続可能で一般は非公開。
ここに、どれだけの予算が注がれているかわからないが、いじめのなかでも、もっとも重要案件であるはずの、いじめが原因と思われる自殺について、どれだけの情報が蓄積されているのか。
1998年の15件、そしてその後、毎年のようにいじめが原因と報道されながら、「いじめ自殺」の統計にあがってこないことについて、文部科学省管轄のこの機関はどのうな報告または提言をしてきたのか。
天下りがもっとも多いという指摘のあった文科省の、まさか天下り先としてのみ予算がつけられた団体ではないと信じたいが。


2006年度の反省と新たな対策について

文科省は、 「いじめ・自殺問題への取組について」のなかで、
http://211.120.54.153/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/shiryo2/07102502/001.pdf
北海道滝川市の自殺、福岡県筑前町の自殺について例示して、
・いじめの早期・発見・早期対応に課題があった
自殺後の教育委員会等の対応が不適切だった
・教職員において不適切な言動があった
と反省点をあげている。
しかし、今後の「いじめ対応」のなかで、自殺後の対応を是正するための具体策については何ら触れられていない。

また、「いじめや自殺等の問題行動につき、実態を適切に把握できていないという指摘」は、大河内清輝くんの自殺が問題になった翌年の1995年12月15日付けの毎日新聞夕刊(月刊「子ども論」1996年2月号/クレヨンハウス)
「いじめの定義を変え、『実態により近づいた』と文部省は自賛するが、刑事事件になるなど明白な裏づけがないといじめ自殺にカウントされにくい、統計上の矛盾が浮き彫りになった」「文部科学省の加茂川幸夫中学校課長は今回『(自殺の)主たる理由を一つ』と限定したことについて、『調査方法を見直す余地もあるかもしれない』と話している。」と書いている。

さらに「また、各都道府県私立学校担当部局、国立大学付属学校も対象に広げ、教育委員会や学校の取り組み内容を総点検して同省に提出するよう求めた」

いじめ解消状況にも問題がある。いじめ自殺が後を絶たない中学校で、前年度より倍増した約2万6千8百件のいじめに関し、「解消した」との回答が90.3%と、前年度の87.1%より数字の上ではアップした」

「いじめ解消が『緊急課題』なら、各都道府県教委で集計したデータを一刻も早く生かすよう促すべきだろう。文部省には調査が現場に負担をかけるだけに終わらせない姿勢と、現場教職員に児童・生徒と触れ合う時間を増やす施策の実行を期待したい」

(社会部・城島徹)とある。

10年前にすでに指摘されたことが、その間、なんら有効な手立てをうたれることなく、ずるずるやってきた。
この10年、国は何をしていたのだろう。
2007年になってようやく、主たる原因が一つに限定されなくなり、国立、私立も統計に組み込まれることになった。

しかし、いじめ解消状況を高確率で「解決した」と書かなければ減点される仕組みやせっかくの調査データが生かされるような仕組みは今だない。
今また、報道が下火になると、指摘された問題点はいつの間にかあやふやにされ、当時と同じようになし崩しにされようとしている。
文部省は、10前、子どもたちの死から、何も真摯に学ぼうとしなかった。その姿勢は今も変わらない。


● 教育再生会議の緊急提言の問題

2006/11/29 首相直属の「教育再生会議」が「いじめ問題への緊急提言」をまとめた。
・見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底指導
・問題を起こす子どもへの指導・懲戒基準を明確化し、毅然と対応
いじめに関与、放置・助長した教員に懲戒処分適用
・学校はいじめを隠さず学校評議員などに報告など
とあげている。

とくに今回、福岡筑前町のいじめに教師の言動が大きく影響していたことを受けて、「いじめに関与、放置・助長した教員に懲戒処分適用」とあるが、すでに1986年の鹿川裕史くんの事件のときに、何人もの教師が葬式ごっこの色紙にサインしていたことが問題になった。

しかも、「いじめに関与、放置・助長した教員に懲戒処分適用」としながら、滝川で問題になったような、学校・教育委員会の隠蔽に対しては、2006/10/19に、各都道府県・指定都市教育委員会の担当者を集め、問題を隠すことなく迅速に対応するよう、取組の徹底を求めただけで、具体的なペナルティは課せられない。
「隠すな」「隠すな」と言いつつ、隠したものに実害はなく、いじめに関与、放置・助長した教員にのみ、処分が適用される。
当然、教師はこれまで以上に、必死にいじめを隠すようになるだろう。


いじめはどこにでもある。だから私たちが求めているのは、いじめが起きたことや解決できなかったことにペナルティを課すのでなく、むしろ、隠すことにいちばん大きなペナルティを課して欲しいということだ。

また、「学校はいじめを隠さず」とありながら、その報告先に「学校評議員」しか具体的にあがっていないのはなぜだろうか。「学校評議員」以前に、当事者である被害者の親や加害者の親、その他の保護者に情報を開示するべきではないか。


● 2007/1/18 教育再生会議の7つの提言について。

・「ゆとり教育」見直し(公立学校の授業時間を10%増)
・いじめや暴力を繰り返す子どもに出席停止制度を活用
・体罰の範囲」を見直す
・教員免許更新制導入
・第三者機関による学校、教育委員会の外部評価実施
・市町村教委に教職員人事権を移譲。小規模市町村の教委を原則統廃合
・民間人の教員登用。社会人経験者など採用教員の多様化・高校で奉仕活動を必修化

5つの緊急対応
・「ゆとり教育」の見直し
・教員免許更新制導入
・学校の責任体制の確立等
・反社会的行動をとる子供に対する毅然たる指導のための法令、通知等の見直し

いじめ問題とは関係なく、それまでの「ゆとり」を見直し、学力中心主義に持って生きたい思惑が見え見えだ。
教師や児童生徒に対して、管理強化ばかりが目立つ。
大河内清輝くんの自殺後の反省、「現場教職員に児童・生徒と触れ合う時間を増やす施策」とはまるで逆行している。
児童生徒や教職員を追い込むことで、いじめを助長したり、教師がいじめに向き合う時間がますます減らされることを懸念する。
子どもたちにとって、安心・安全な環境でなければ、学力など身に付くはずもないと思うのだが。

厳罰化の危険性
学校はいじめた児童生徒の指導ができない・していないにもかかわらず、やれることをまだやってもいないうちからいきなり、体罰の範囲を見直したり、出席停止制度を活用、反社会的行動をとる子供に対する毅然たる指導のための法令、通知等の見直しをしようという。

学校・教師がいじめの事実をきちんと確認するノウハウも持たないなかで、公平性や客観性がはたして担保されるだろうか。
また、私が調べた限り、いじめの加害者はなんらかの暴力の被害者であることが多い。
親からのネグレクトを含めた虐待、過度の期待、部活動での顧問や先輩からの暴力。
暴力に傷ついて、その空白部分を暴力で埋めようとしている子どもたちに、別の形の暴力を加えて、はたして真の反省は生まれるだろうか。

いじめの加害者の現実を調査分析することなく、海外で行っている「ゼロ・トレランス(寛容ゼロ)」をモデルにしようとしている。
(後述するいしめ問題に対する取組事例集http://www.nier.go.jp/shido/centerhp/ijime-07/index00.htm でも、ゼロ・トレランスを実践している学校の事例をあげている)
(私は個人的に、アメリカでもこのゼロ・トレランスがうまく機能しているとは思えない。本当に効力があるのであれば、処分を受ける子どもたちは年々減っていくはずだが、やればやるほど増えている。銃による復讐もあとを絶たない。学校を追い出された子どもたちが更生しているとも思えない。むしろ将来の希望を絶たれて自暴自棄になる。逆効果ではないかと思っている)

正しい現実把握なしに、間違った対策をとることで、より問題を深刻化させてしまうのではないかと危機感を覚える。


● 2006(平成18)年度のいじめ調査から見えてくる問題点

1995/12/15 「いじめの問題への取組の徹底等について」の文部省初等中等教育局長通知のなかで、
「いじめの問題を学校のみで解決しようとせず、いじめを発見した場合は、速やかにいじめている児童生徒、いじめられている児童生徒双方の家庭にいじめの実態や経緯等について連絡し、双方の家庭の協力を求めるとともに、適宜、PTA等にもいじめの状況や学校としての取組状況について報告し協力を求めるなど、家庭との十分な連携を図ること」と書いている。

1996年の調査研究協力者会議等の提言のなかでも、保護者への情報提供はうたわれ、「いじめの問題の解決に当たって,家庭の果たす役割は極めて重要である」と書かれている。

にもかかわらず現状は、2006(平成18)年度のいじめ調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/11/07110710/001/002.pdf では、
(2−7)いじめる児童生徒への対応
(2−8) いじめられた児童生徒への対応
(2−9)個々のいじめへの対応
を見ると、

学級担任や他の教職員がいじめられている児童生徒に状況を聞くは公立学校で90.4%あり、
学級担任や他の教職員がいじめている児童生徒に状況を聞くは公立学校で85.2%。
しかし、いじめた児童生徒の保護者への報告は公立学校で49.5%と半分にしかすぎず、
いじめられた児童生徒の保護者への報告は複数回答にもかかわらず、項目さえ挙げられていない。

このことは、いじめられた児童生徒の保護者への報告は100%当たり前と信じられているのか、その他にしか入らない程度のパーセンテージなのか、いじめられている児童生徒の保護者への報告が重要視されていないことの表れではないだろうか。

そして、いじめた児童生徒に、いじめられた児童生徒やその保護者に対する謝罪の指導は37.0%しかない。
形ばかり謝罪ならしないほうがよいと考えるひともいるだろうが、たとえ形ばかりの謝罪であっても加害者のいじめ抑止や反省に効果があったという研究結果もある。(今すぐには、何で読んだか出てこないが)
大人になって企業や政治家が不祥事を起こしても、まともに謝ることさえできないのは、日本の教育の賜物かもしれまない。

そして、個々のいじめへの対応になると、ほとんどの項目で40%を割り込む。
すなわち、いじめの訴えがあったとき、それぞれの生徒の言い分は一応きくものの、関わった児童生徒の保護者に報告したり、学校全体にいじめ事件を報告したり、個別、全体に指導することがほとんどない。
にも関わらず、いじめが80%は解消していることになっている。

いじめの定義を変えたり、統計も発生件数から認知件数に改めたからなのか、それまでの2005(平成17)年度のいじめ調査と比較すると

  解 決 発見のきっかけ 学校変更
公立の平均 担 任  本人 保護者 小学校 中学校
平成16年度 89.1% 20.4% 33.5% 24.8% 99人 248人
平成17年度 90.6% 20.0% 32.3% 25.9% 125人 253人
平成18年度 80.9% 21.4% 23.4% 16.4% 252人 505人

平成17年度までは毎年のように発生したいじめのうち90%前後が年度内に解消しているたのが、平成18年度70%にいきなり落ちた。
それ以外にも、それまでの調査と大きく変わったり、文言が変わったことで、それまでとは比較対照できなくなった項目もたくさんあった。より、実態把握に努めているということならよいが。


 「いじめ対策Q&A」や「解決事例集」で、具体的に触れられない自殺後の対応と情報共有の方法

初等中等教育局長通知「いじめの問題への取組の徹底について」のなかでも、「今回のような事件を二度と繰り返さないためにも、学校教育に携わるすべての関係者一人ひとりが、改めてこの問題の重大性を認識し、いじめの兆候をいち早く把握して、迅速に対応する必要があります。また、いじめの問題が生じたときは、その問題を隠さず、学校・教育委員会と家庭・地域が連携して、対処していくべきものと考えます」と書いている。

しかし、学校・教育委員会は、どのように調査し、当事者(被害者・加害者・その保護者)と情報を共有すべきか、明確にされていない。

文部科学省 いじめ対策Q&A
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/toushin/07030123/001.pdf)
では、生きている子どもに関しては、様々な事例とともに、被害者や保護者の声に耳を傾けること、事実確認の作業をすることの大切さを盛んに言ってい書いている。

P5 「いじめの初期対応」の確認ポイントで、
最初の対応が不適切であると、子どもが大人への不信感を増したり、話さなくなったり、追い詰められたり、いじめがより深刻になったり、潜伏したりする危険性があります。“適切な対応とは何か”について、絶えず意識し、タイミングを逃さず対応できるように体制を整えておきましょう。

P8 「保護者からいじめの訴えがあったとき」
「保護者は学校以外の場面での子どもの状態を把握しています。教員は学校で接している子どもの様子に惑わされないように聴きます。」「保護者と学校で情報をすりあわせ、事実の確認作業をすることが大切です

「情報収集」
子どもたちに事実関係の確認を行います。具体的には、教師やSCが分担して個別に聞き取りを行ったり、必要があれば、全体に無記名のアンケートを行ったりします

P12 いじめた子どもへの対応
「どうしてそんなことをしたくなったのか」「振り返ってみて、何が起こったのか語れるかどうか」、問いかけてみましょう。まずは、本人の言い分を充分に聴き取ることが第一です。そして、その子どもたちの気持ちや背景を充分理解した上で、「理由はどうあれ、その行為自体は許されないことである」こと、その行為の結果に「どう責任を取れば良いかを一緒に考える」よう促しましょう。
行為自体をなかなか認めない場合は、「残念ながら事実を積み重ねるとあなたが加害側であると判断せざるを得ない」「被害者の言い分や周囲の客観的な情報とあなたの認識が食い違っているのはなぜだろう?」などと問いかけながら、事実に迫っていきましょう。
この時、保護者も否認したい気持ちになっていたり、他の保護者との関係で孤立感を深めていることがあります。子どもに対する場合と同様に、加害の事実を認める苦しさを理解し、他の保護者にも理解を求めて皆で子どもたちの育ちを支えていくことを提案しましょう。
加害者側の子どもが複数いる場合には、事実確認のための聴き取りは複数の教員で分担して迅速に行うことが必要です。

P15 自殺未遂が起きた場合
「その子どもや保護者と相談して、子どもが傷つかない方法できちんと説明をしましょう。曖昧なままで放置すると、噂はますます広がります。

どれも、もっともだと思われることが書いてある。
一方で、既遂者が出た場合になると途端に、被害者の保護者の声に耳を傾けることの危険性や、まるで自殺した子どもが加害者であるかのごとく、他の人たちも傷ついていることを強調、情報を限定的にすることを盛んに言うようになり、事実確認の大切さや情報を共有することの大切さ、加害者に指導することの必要性が言われなくなる。

P16 実際に既遂者が出てしまった場合
「あまりにも衝撃的な出来事があると、人は事実として受け入れることができず、否認・否定しようとしたり、誰かや何かに責任を全て押しつけて気持ちを安定させようとする傾向にあります。このことに気づいていないと、二次的被害を生むことになりますので注意しましょう。

二次被害を予防しましょう。子どもだけでなく、保護者や教師も動揺しています。関係者全てが大きく傷ついていることを自覚し、緊急対応の体制を取りましょう。

(緊急保護者会では)
@はっきりわかっている事実で、子どものプライバシーに配慮して公にできるものに限定します。
A不明確なことやプライバシー及び人権保護上の問題が含まれるものに関しては話せないことを明言します。

D間違った噂が広からないように協力を求めます。

(マスコミ対策は)
二次被害の危険が大きい時は、子どもの安全確保のために報道を自粛してもらうよう依頼することも必要です。

まるで手のひらを返したように、加害者や他の子どものプライバシーや二次被害が最優先事項になり、加害者や傍観していた児童生徒を寛容をもって保護し、やったことを曖昧にしてしてもよいようなニュアンスを与える。
被害者が生きているときと、亡くなったときと、基本的には学校・教育委員会がとるべき方法は同じではないのだろうか。
どうして、こんなにも方向性が違ってしまうのかと思う。


いしめ問題に対する取組事例集
http://www.nier.go.jp/shido/centerhp/ijime-07/index00.htm
においても同様で、

P31
アンケート取組について
「いじめ問題の緊急アンケートは一定以上の効果があったと思われる。公表・実施しなければ表面化しなかった問題や学校の姿勢により申し出を決断した件も多かった」と評価している。

P93
「寛容の名のもとに曖昧な指導を行わない」「当たり前に行うべきことを当たり前として徹底して教えていく」とある。

一方で、子どもが自殺した場合のとるべき具体的な方法については、どこの学校でも起こりえる重大案件であるにもかかわらず、触れられていない。
そういう最も対応が難しい事例こそ、例示しなければならないことではないかと思うのだが、わざとあいまいにされているように思う。


● 2006年以降のいじめ自殺について

私は今回報道されいじめ自殺事件のなかで、
2006/11/12 大坂府富田林(とんだばやし)市の市立第一中学校の大川理恵さん(中1・12)が自殺事件での、事件発覚後の学校の対応は多少、評価できるかなと感じている。(まだ隠されている部分が多いかもしれないが、現時点で)
2007/11/15 「いじめ調査」で、「いじめ自殺」と判断。
2007/11/18 市教委と学校は、同学年154人全員を対象にしたアンケートと作文の内容を公表。
1年生を対象に無記名のアンケートでは、体形のことなどでからかわれていたのを知っていたとの答えが、半数近い65人に上った。作文では、「通せんぼをした」が5人、「大声をかけた」が4人、「バレーボールをぶつけた」3人、「きつい言葉を言った」3人の延べ15人が自ら加わったことを認めたという。そして、初七日の夜には、教師が引率して、同級生ら約30人が弔問に訪れたという。

文科省発表 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/11/07110710/001/006.pdf によれば、
2006年度に自殺した児童生徒のうち、いじめの問題があったとされるのは(複数回答)6人。
内訳は、中学校5人、高等学校1人。


複数回答が可能になったことで、一見、いじめが原因と認められやすくなったかのように思える。
しかし、本当にそうだろうか。2006年度の自殺でなぜ、いじめだと認められたかは、学校・教育委員会の努力というよりむしろ、マスコミが関心をもったことで、様々な事実が出てきやすかっただけではないか。
データ不足のものもあると思われるが、2007年12月を境に、また2006年以前と同じ、いじめを認めようとしない状況に戻りつつあるように思う。文科省・教育委員会・学校は世間の関心が薄れるのを待っている。
 
年月日 いじめが原因と思われる自殺 学校・教育委員会の判断
2006/1/ 中2女子 
(武田のデータベースになく、詳細不明)
調査(No.37)で、いじめは「無」
2006/3/ 中1男子
(武田のデータベースになく、詳細不明)
調査(No.38)で、「警察の判断により事故死と判断」と記載。
2006/4/5 宮崎県小林市の市立東方中学校の男子生徒(中2・13)が新学期の始業式のあと自殺。
4/4 男子生徒は家族に「(剣道部の)練習が厳しい。やめたい」と泣きながら訴えていた。部活の人間関係の悩みも話していたという。
遺書には学校での悩みやいじめについて書かれていなかったが、家族は「いじめがあった」と学校に連絡。
調査(No.39)で、いじめは「無」。
「いじめが自殺理由の一つとして考えられない」。
2006/8/17 愛媛県今治市島しょ部の市立中学校の堀本弘士くん(中1・12)が、自殺。『クラスでは「貧乏」や「泥棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。それがもう3年間も続いていて、もうあきれています』などと書いた遺書が見つかった。 調査(No.40)で、いじめは「有」
「いじめを自殺の主たる原因」と判断。
2006/8/25 愛知県名古屋市千種区の国立名古屋大学教育学部付属高校の女子生徒(高1・17)が自殺。いじめが原因で不登校になっていた。 調査(No.41)で、いじめは「有」
「いじめ自殺」と判断。
2006/10/11 福岡県筑前町の町立三輪中学校の森啓祐くん(中2・13)が、自殺。
「いじめられてもう生きていけない」「いじめが原因です。さようなら」などと書いた遺書があった。
2007/1/19 「いじめを自殺の一因」と判断。
2006/10/23 岐阜県瑞浪(みずなみ)市の市立瑞浪中学校の女子生徒(中2・14)が、自宅で首吊り自殺。遺書に4人の生徒の名前があげられていた。「うざい」「きもい」などの暴言や、意図的に強いボールを投げつけてとれなかったら集団で笑うなどのいじめをおこなっていたという。 2006/10/31 校長は「これまで発言が二転、三転してきたが、女子生徒の立場に立つと、言葉によるいじめがあったと認めざるを得ない」と述べた。
2007/11/15 「いじめ調査」で、「いじめ自殺」と判断。
2006/11/9 福岡県北九州市小倉北区の南小倉中学校の校舎から、卒業生の無職・少女(17)が飛び降り自殺。
「私はイジメにあっています」「学校で自殺します。気づいてくれない先生がにくい」などと自殺を予告する手紙が学校に届いていた。
 
2006/11/12 埼玉県本庄市で、市立本庄東中学校の男子生徒(中3・14)が自殺。
11/6 男子生徒は友人3人と県教委が学校に派遣している相談員に、「今月に入ってから別のクラスの生徒ら『500円を返せ』『利子がつくので2万円返せ』と要求されている」「2年生の時も金をとられた」と相談していた。
2007/1/26 本庄市教育委員会は、「金銭要求はいじめにあたるが、自殺との因果関係は不明」とする最終報告書をまとめた。
2007/11/15 「いじめ調査」で、「いじめ自殺」と判断。
2006/11/12 大坂府富田林(とんだばやし)市の市立第一中学校の大川理恵さん(中1・12)が自殺。 2007/11/15 「いじめ調査」で、「いじめ自殺」と判断。
2006/11/14 新潟県神林村の村立平林中学校の男子生徒(中2・14)が、自殺。 ズボンを脱がした点については、日常的なからかいだったとし、いじめを否定。一方、「小中学生の自殺報道が盛んにされていたことの影響」も指摘。
2006/11/22 山形県高畠町の県立高畠高校で、渋谷美穂さん(高2・16)が、自殺。 2007/3/ 県教委は、「『臭い』などの言葉はあったが、いじめは確認できなかった」との調査結果を発表。
2006/12/13 福島県浪江町の町立中学校の男子生徒(中2・14)が行方不明になる。12/18 自殺しているのが見つかる。
12/3 男子生徒は親類の中学生(中1・13)の携帯電話に、「以前入っていたクラブの部員に殴られて、小屋に閉じこめられた」と連絡していた。
10/ いじめアンケートの「一部の人に無視される」「通りすがりに嫌なことを言われる」にマルをつけていた。
 
2007/2/1 千葉県松戸市の市立中学校の男子生徒(中2・14)が自殺。
男子生徒は2年生の1学期頃から部活内で「疎外感を感じる」と顧問に訴えていた。
1/31 同学年の他の生徒7人とともに、1人の生徒を殴ったり、足をかけたりして肩の骨を折るけがを負わせた。8人は学校の指導を受け、被害生徒に謝罪していた。
市教委と学校は、亡くなる前日のトラブルや部活動で疎外感を感じていたことなどと、飛び降りたことの因果関係は「わかりません」と話す。
2007/7/3 兵庫県神戸市須磨区の私立滝川高校で、男子生徒(高3・18)が、校舎から飛び降り自殺。
ズボンのポケットに「金を要求されたが払えない。成績も下がり、死ぬしかない」などと記したメモが残っていた。
2007/9/17 学校側は、同級生が恐喝未遂で逮捕されたあとも、「いじめや嫌がらせがあったとは認識していない」と発表。
9/21 「いじめがあった」と認める調査結果を公表。
2007/7/3 大阪府大東市の市立中学の男子生徒(中2・13)が、自殺。
遺書はなかった。
男子生徒は昨年5月と今年4月の2回、同級生の男子から「きしょい」「あっちに行け」などと言われ、担任に「友達から悪口を言われた」と泣きながら訴えた。
校長は「継続的に圧迫されていたわけではなく、いじめには当たらないと認識している」と述べ、自殺との関連性は否定。
大東市教育委員会学校教育部の指導官も同様の見解。
2007/7/12 滋賀県長浜市弓削町の市立びわ中学校で、女子生徒(中2・13)が校舎3階の音楽室から飛び降り自殺。
2006/9/ 女子生徒はほとんど登校しなくなった。
最近は週2回程度登校し、保健室で養護教諭やスクールカウンセラーと話をしたり勉強をしたりしていた。
校長は記者会見で、「友達付き合いで悩んでいたのは把握していた。いじめがあったとは思っていない」と話した。
2007/10/31 岡山県岡山市の女子生徒(中3・14)が自殺。
9月中旬、インターネットの掲示板に、「それこそ嫌われ物間違いなしね もう既に嫌われ物かッ」などの内容が書き込まれていた。
12/ 母親がサイトの書き込みを発見し、容疑者不詳のまま告訴。
 
2007/11/16 岡山県岡山市の公立中学校出身の私立高校の男子生徒(高1・16)が自殺。遺書にいじめに関する記述はなかったが、ほぼ全身に多数のあざがあった。  
2007/12/1 群馬県西毛地区の県立高校の男子生徒(高2・17)が、修学旅行から帰宅直後に自殺。
男子生徒は修学旅行中に担任教師に泣きながら「別の生徒から悪口を言われた」と相談してい。また、「人の顔を見るなり、『キモイ』『ウザイ』などを言っているのを、毎日のように聞いているような感じがする」と、書かれた作文を残していた。
学校側は「いじめの有無は確認できず、自殺の兆候は分からなかった」としている。
2008/2/6 北海道芽室町の私立白樺学園高校の男子トイレで、男子生徒(高1・17)が自殺。
男子生徒は2006/5/頃から2年生3人に殴られるなど暴行を受け、教師らが指導した。
 
2008/3/14 秋田県潟上市天王の市立天王南中学校のトイレで、女子生徒(中1・13)が首吊り自殺。スケッチブックに自分を責めるメモ書きがあった。
3/13 部活動の入退部について、同学年の女子生徒を傷つけるメールを送っていた。
3/14 メールを受け取った生徒の父親が学校に相談。担任が女子生徒に確認すると。気落ちした様子で反省していたという。
 
2008/5/29 福岡県北九州市小倉北区の市立女子高校の女子生徒(高1・16)が、自殺。
「ホームページのブログに『死ね』と書き込みをされていた」「『みんなに嫌われてるよ』などと何度も書かれた」「もう疲れました。我慢する意味が分かりません」などと書いた遺書を残していた。
学校からは2回、「いじめはなかった」などと報告を受けた。
遺族は「納得していない。背景にいじめがあったと思う」と不信感をあらわにした。

※「調査No.」とあるものは2006年12月の調査対象になった41件。


一方、「いじめがあった」と認められたとしても、北海道滝川の事件で、山口県下関の事件(050413)で、福岡県筑前町の事件で、では、具体的に誰が何をしたのかは、今だ遺族に明らかにされない。他の事件でも大なり小なり同じだと思う。
死ななければならなかった、他人の行為によって死に追い詰められた被害者の親の、わが子に具体的に何があったか知りたいという切実な思いより、いじめ行為をした児童生徒の、それを知っていて何もしなかった教師のプライバシーが優先される。
学校も、教育委員会も、法務局も知っていて、遺族だけが知らされない。誰が加害者なのか知らされず、謝罪さえ受けられない。いじめがあった。自殺の要因になった。そこまでたどり着くことが容易でなく、やっとスタート時点に立てたと思った途端、「あなたか知ることができるのはここまで」と終止符がうたれてしまう。
加害者たちがその後、どのように指導を受け、反省しているのかさえわからない。

事件が大きく報じられたときは、遺族宅に足を運んだ政治家たちも、その後の遺族の「知りたい」という思いに対しては、報道が下火になったからなのか、法律的にそれほど難しいことなのか、大して重要なことだと思っていないのか、進むべき方向を指し示してくれるひともない。



● いじめ問題から自殺問題へのすり替えの懸念

児童生徒の自殺予防に向けた取組に対する調査研究 
http://www.mext.go.jp/a_menu/hyouka/kekka/06091508/032.pdf
の対象に、連鎖的な自殺の発生やネット自殺の問題が取り上げられながら、1980年代から問題になっている「いじめ」については一言もない。

そして、2007年以降、もっばらこの自殺の連鎖が言われ、いじめ報道自粛の要請された。
2006年11月14日の新潟市神林村の中2生徒の自殺も、いじめが原因の自殺ではなく、「衝動的」で、自殺報道の影響を示唆する指摘が「自殺の原因などを調べる第三者委員会」から指摘されている。

自殺の原因を、学校・教育委員会・国の教育政策の責任問題ともなるいじめ問題に結びつけることを意図的に避け、うつ病など心の問題にしようとしていると思える。
しかし、思春期の子どもたちにとって、友人関係はとても大きな問題だ。うつ病が子どもたちを殺すのではなく、いじめが子どもたちをうつ状態にさせて殺すのだと思う。
心の問題を引き起こしている現実・心の外の問題に目を向けずに、内面の問題だけをとりあげても、自殺そのものも、やはりなくならないと思う。

いじめの影響は自殺ばかりではなく、いじめの加害者に対する、あるいは社会に対する報復殺人も起きている。
今、世間の目をいじめ問題からそらさせることができたとしても、必ずそのツケは、もっと大きな問題となって返ってくると思う。


2008/9/14 千葉県浦安市養護学級わいせつ裁判 結審

2008年9月10日(水)、13時15分から千葉地裁405号法廷で、(仮庁舎4階)千葉県浦安市養護学級わいせつ裁判が結審した。裁判長は三代川三千代氏、高橋彩氏、飯塚素直氏。

もしかすると、傍聴券が出るかもしれないと思い、開廷予定の40分ほど前に着いたが、今回は傍聴券の抽選はなかった。
しかし、法廷前に行列ができて、36席はすべて埋まり、廊下にはまだ30人前後が入れずにいた。
今回は報道席も用意されていなかったため、報道関係者もほとんど入れなかったようだ。
ただ、くじ運の悪い私としては、先に並んでいて入れたので、かえってラッキーだったかもしれない。
いくつか、書類の確認を行ったあと、原告であるA子さん父の陳述書が読み上げられた。(意見陳述参照)
5分の約束をかなりオーバーしていたので、ヒヤヒヤしたが、裁判官は何も言わなかった。
お父さんが思いを込めて、陳述書を読み上げる間、K元教師は、うなだれるでもなく、被告席の前面で、睨むように見つめていた。

そして、民事裁判第1審(me060717)と同様、被告のK教師が陳述した。
これは事実無根の冤罪であると、冤罪によって、刑事事件では自分も家族も心身ともに筆舌に尽くしがたいほど傷つけられた、誹謗中傷に多大な被害を被った。まだこれからも長期にわたって受け続けなければならないのか、公正な裁判によって冤罪の苦しみからお救いいただけますよう、お願い申し上げますと言った。

判決は、2008年12月24日(水)、13時10分から、同じ法廷で。
刑事裁判では、まさかの無罪判決が出て、Aさん一家はとても絶望した。今度は、よいクリスマスを迎えられるような判決がほしい。

********

裁判後、向かいの弁護士会館で報告集会が行われた。

今回、Aさんの親戚の方も傍聴にかけてつけていた。「千葉県は障がい者にやさしいところだからと移り住んだというのに、こんな目におうなんて」と涙ぐまれていた。

A子さんの母が言う。A子さんが友だちに嫌なことをされたと言うのを聞いて、「やめて!」って言ってみたらと話したところ、「だって、きっと『やってない』って言われる」と言ったそうだ。直接的な被害に加えて、訴えを信じてもらえなかったA子さんの二次被害としての心の傷もまた深い。Kに対しては「うそ言わないで。本当のことを言って!」と言っていたという。


なお、これまでの裁判等の経緯は
 意見陳述  me060717 me061011 me070307 me070429 me070630 me080421 me080511 me080526 にて。


2008/8/17 北海道立稚内商工高校の男子生徒(高2・16)の教師しっ責後の自殺について

また、教師の指導直後に生徒が自殺する事件が起きた。
2008年8月4日、北海道立稚内商工高校の男子生徒(高2・16)が、携帯電話の掲示板にほかの生徒の中傷を書き込んだとして、教師らから事情を聞かれ、停学処分の連絡を受けた後、自殺を図り、死亡したという。

簡単な時系列でみると、
7/19、男子生徒は携帯電話の掲示板に、複数の生徒をイニシャルを用いて「死ね」などと中傷する内容を書いた。
7/20、掲示板の内容が学校内で話題になっており、サイトを利用している生徒から通報を受け、生徒指導の教諭6人(? )から2人ずつ交代で約3時間近く(?)にわたって「事情聴取」を受けた。
男子生徒は「軽い気持ちで安易に書き込んでしまった」と認め、反省していたという。
生徒は約3時間後、迎えに来た母親と帰宅。その後、学校から電話で「停学」を申し渡すため、翌日、親と一緒に登校するよう連絡があった。その日の夜、自宅2階で首をつって自殺を図る。
8/4、意識不明のまま死亡。

生徒は自殺を図る前に、新しいノートに心境や事情を聞かれた際の状況を3ページにわたって書いていた。
「償いについて自分は死ぬべきだと思う」と書き出し、「自分は殺す。死ね。と軽々しく書いたので(中略)ケジメをつけるために死のうと思う」「おれって先生たちにも信用なかったんだね」「お前の罪は重いと。死ねと。他の先生からは、お前はバカか?と言われました」「罪が重すぎて自分には耐えられない」。ページの下には「僕に停学は重すぎる」などと大きな文字で記していた。

校長は「(遺書に)書いてあるような言葉を言ったことは一切ない。事情を聴く中で大きな声を出したことは2、3回あるかもしれないが、事情聴取が本人を追い詰めたとは考えられない」と否定。事情聴取が3時間に及んだことについて「いじめの有無なども調べたので時間がかかった」としている。


讀賣新聞、毎日新聞、北海道新聞のサイトニュースから事件の概要を集めた。
いくつか情報が錯綜している。
私がテレビで見たものでは、指導にあたった教師は6人となっていたように思う。新聞では4人と6人があった。単なる伝達ミスなのか。
所沢高校井田将紀くん・自殺事件では、当初、学校の説明では教師4人が事情聴取したということだったが、テレビの取材で再現してみせたとき、将紀くんを囲んだ教師が5人いたことから、教師は4人ではなく、5人であったことが偶然発覚した。
また、聴取時間についても、2時間とあるところと、2時間50分、約3時間。
新聞では、「停学処分」とあるが、テレビではたしか「無期停学処分」とあったと思う。

私はニュースをみて正直いって、「またか!」と思った。素直に自分の罪を認めている生徒に対する、複数の教師による、執拗な長時間にわたる事情聴取。その結果、生徒が自殺しても、自分たちの指導に問題はなかったと言い切る、自殺の原因はわからないと言う学校。
そして、評論家たちの、世間一般の、亡くなった生徒側に問題があって指導を受けて自殺したのだから、悪いのは、問題行動を起こした生徒側であり、たかが指導くらいで死んでしまった生徒の精神面が弱すぎる。親が学校教師をうらむのは筋違い。騒ぎ立てる親のほうが問題というもの。
何件も同様の事件を見てきて、自殺した生徒は、けっして特別な子ではなかった。ふつうの子が死に追い詰められるような指導があった。

●複数の教師による長時間にわたる指導について
今までの繰り返しになるが、聞き取りは1対1、せいぜいが2対1であるべきだと思う。
それも、たとえば刑事ドラマにあるように、1人が責めたら、もう1人はかばったりなだめたりする役割であるべきだと思う。
それは家庭でも言える。父親が頭ごなしに怒るときには、母親がかばう。2人でガンガンに攻め立てれば、子どもは反省よりむしろ反発するだろう。

教師が一致団結して複数であたらなければいけないのは、日ごろ、教師に暴力を振るうなどの問題行動が多く、単数で指導するには、教師側が身の危険を感じる場合に限るべきだと思う。
しかし、現実には、そういう“怖い”生徒に対しては、多くの教師が報復を恐れて関与したがらない。必然的に、担任教師や腕力に自身のある生活指導担当の教師が、2名くらいで指導にあたる。

一方、今回のように、日ごろ、さして問題行動がなく、生徒も自分のしたことを反省していて、言い返したり、暴力に訴えたりしないケースに、複数の教師が関与することが多いように思う。
これはあくまで私の考えでしかないが、反省している生徒をしかりつける教師たちは、楽しかったのではないか。自分の力が誇示できる。ストレス解消になったのではないか。
指導の計画性や詳細な打ち合わせもなく、たとえ一度に参加した人数が2人だとしても、とっかえひっかえ現れては、同じことを繰り返されたら、大人だってたまらない。リンチに等しい。
少年事件で、一人がリンチにあっているのを聞きつけて、全く関係のない子どもたちが、面白半分にリンチに参加する。そんな構図を感じてしまう。

2時間、3時間という時間をどう考えるだろう。最初から自分のやったことを素直に認めて反省している生徒にとって、どれだけ長い時間だったことか。
家庭で子どもを叱るとき、どれだけの時間を使っているか。考えてみてほしい。子どもに反省がなく、言い合いになったとしても、せいぜい30分、長くて1時間ではないか。あとは大抵、これ以上話しても進展はないとして、冷却期間をおく。

我が家は子どもが小学校にあがる前から夫の両親と同居していた。私は当時、フルタイムで働いていたので、子どものことは両親にけっこうみてもらっていた。そんななかで、子どもが何か悪いことや失敗をすると、帰宅してから報告を受ける。そのときに、すでに祖父母2人に叱られたときけば、それ以上は叱らないようにしていた。
しかし、そのことに不満を感じる祖父母は自分の息子に報告し、自分たちが言っても母親が叱らないので、父親から叱ってくれという。帰宅したばかりの父親から叱られて、娘が泣いた。自分が悪いことをしたのはわかっている。でも、ほかのうちなら、1回ですむのに、なんで自分は1回したことで、おじいちゃん、おばあちゃんに叱られ、そのうえ、お父さんにまで同じことで叱られなくてはならないのかと。
子どもが反省しているときには、それ以上は叱らない。叱りすぎたなと思えば、必ず、誰かがなぐさめるなどのフォローを入れる。
当たり前のことではないだろうか。


いじめ問題で、加害者こそ問題であるのだから、加害者の指導をきちんとすべきだと私たちは主張している。
いじめの理由もきかないでくれと言っている。理由があれば、いじめてもいいことになってしまうから。
しかし、頭ごなしに怒鳴ったり、暴力を振るうことは、何の解決にもならないどころか、力に固執する子どもに、さらに、もっと自分に力があれば、教師から殴られずに済んだのにという思いを抱かせてしまうということを言ってきた。
ひして、生徒の指導は、教師が一方的に話すのではなく、気持ちを聴くことこそ大切だと思う。その子の気持ちに寄り添うことで、次に、やられた子の気持ちに寄り添うことを教える。反省に導く。
そのような指導は、とても根気がいる。楽しくない。むしろ指導をする教師側にこそ、大きなストレスがかかる。
生徒指導の目的は、やった事実を引き出し、反省を促して、二度と同じことを繰り返させないことだ。
指導後に、反省ではなく、教師たちへの不信感と怒りだけが残るようでは、大いなる失敗ではないか。
まして、最初から反省している子どもに追い討ちをかけるということは、指導とは言えない。


●教師の体質について
校長は、記者会見で、教師が「バカ」「死ね」などの言葉を生徒に言うはずがないという。しかし、現実にはこういった言葉を日常的に使う教師は多い。
稚内商工高校の平成19年度外部評価がサイトに載っていた。http://www.shoko.wakhok.ac.jp/exap/docs/exanalysis.pdf
在校生全学年に対するアンケート調査によれば、
2.中学校生活とくらべて一番の違いは、「校則が厳しくなったことである」は、「そう思う」60.7%、「ややそう思う」25.6%、合わせて86.3%の生徒が、中学校時代よりも校則が厳しくなったと感じている。昨年度より2.8%増。
10.商工高校は校則の厳しい学校だと思いますかの問いに、56.6%の生徒が「そう思う」と回答し、「やや思う」24.9%と合わせて、81.5%の生徒が、校則の厳しい学校と感じている。
11,商工高校は自由な雰囲気の学校だと思いますかの問いに、「あまり思わない」「そう思わない」と回答した生徒が77.4%で、大部分の生徒は、自由な雰囲気の学校であるとは感じていない。

かなり高い率で、生徒たちは、校則が厳しく、自由な雰囲気のない学校だと感じている。
校則が厳しくても、生徒が教師に言いたいことが言える学校であれば、自由な雰囲気は感じられるだろう。
ここから感じられるのは、教師の権力が強い、生徒が教師に自分の意見を言えないような雰囲気のある学校ではないだろうか。
生徒たちに直接アンケートをとってみればわかる。教師が「バカ」「死ね」というのを聞いたことがないという生徒がどれだけいるか。殴られるなどの体罰を受けた生徒も多いのではないか。

亡くなった生徒は、自分のしたことを素直に認めた。にもかかわらず3時間もかかった理由を校長は「いじめの有無なども調べたので時間がかかった」としている。日ごろ、まじめにすごしてきて、たった1回の間違い、それを素直に認めて反省しても、信じてもらえなかったという思い。自分の人格を全面否定された気になったのではないか。
一方、学校・教師たちは、自分たちのしたことを素直に認めていないと感じる。遺書に、あれほどまで具体的な言葉として書かれたものを、全面否定する学校。
では、密室のなかで、3時間もの時間、何をしていたというのか。
それこそ、否定する教師たちへの事情聴取はどのように行われたのかを知りたい。校長は、教師1人頭、何時間の事情聴取を行ったのだろう。
自分たちの指導に問題はなかったというのであれば、6人の教師1人1人を呼び出して、計6人の教育委員会なり、警察なりが、2人ずつ、3時間にわたって聞き取りをしてほしい。

●無期停学という処分について
自殺の直接の引き金になるものとして、強い「怒り」がある。そして、将来に対する希望のなさ。
男子生徒は生徒会役員もしており、それまで問題のない生徒だったという。であれば、いきなり、無期停学などという厳罰ではなく、様子をみて、繰り返す場合には停学処分にしてもよかったのではないか。
子どもは未熟で、結果の重大性を考えることができずにやってしまうことがある。だからこそ、少年法には保護観察処分というのがある。
高校生にとって無期停学は非常に重い。ただ単に、その期間、学校に行けないということだけでなく、周囲に何があったのかを知られてしまう。在学中ずっと、「いじめの加害者」として、全校生徒から後ろ指をさされながら、生活をしなくてはならない。日ごろ、問題行動を起こしている生徒であれば、ハクがついた、好き勝手にできる時間が増えたくらいにしか思わないかもしれないが、生徒会の活動をしていて、ほぼ全校生徒から知られている存在であったろう彼には、どれほど大きなことだったか。
また、高校生であれば、大学入試や就職活動への影響も考えてしまうだろう。内申書に書かれた「無期停学」がどれくらい響くものか。将来を断たれたと絶望的になったのではないか。

学校は、サイトに書き込みをしたら停学処分と生徒に告知していたという。しかし、程度にもよるだろう。
書き込んだ翌日には正体がばれている。常習者だったら、そんなに簡単に正体がばれるような真似はしない。
書き込みも、イニシャルではなく、また「死ね」などの単純な言葉で終わることもないだろう。
たしかに彼は軽率だった。しかし、それは「軽率な行為だったね」「不満があれば、どうすればよかったと思う?」と問いかけるだけで済んだのではないか。
厳罰すぎると生徒が思っても、一方的に決められてしまう。自分たちには意見表明権さえない。そのことに、亡くなった男子生徒は絶望感と怒りを感じたのはではないか。

私が個人的に思うには、証拠をつかみにくい「ネットのいじめ」でたまたま書き込んだ個人を特定できた。今、世間ではネットいじめが問題視されている。そんななかで、他の生徒への見せしめ的に使われたのではないかと思う。

長期間、同級生に暴力を振るって、体と心を深く傷つけても、春休みにわずか数日の停学処分ですべてが終わったとする学校もあるかと思えば、数行のネットへの書き込みで、期限の定まらない停学をわざわざ別の日に呼び出して、形式まで整えて処分しようとする学校。いずれも、もっとも中心であるべき「生徒」の意思がどこにも反映されていない。一部の教師だけで、すべてが決められてしまう。

文部科学省の児童生徒の自殺統計上、ずっと教師のしっ責による自殺はゼロが続いている。今回もまた、学校・教師が認めない限り、「その他」の自殺になってしまうのだろう。きちんと事実確認されないなかで、加害者側がいじめがなかったといえば、遺書に「いじめが原因で死ぬ」と書いてあっても、いじめ自殺にカウントされない。
教師が、指導に問題はなかった、因果関係がなかったといえば、遺書に「指導が原因で死ぬ」と書いてあっても、しっ責による自殺にカウントされない。

記録されないことは、なかったことにされる。誰も反省しないから、同じことが繰り返される。
過去の教師のしっ責後の自殺がきちんと対応されていたら、生徒指導上の「教師の問題」がきちんと議論されていたら、この自殺はなかったと思う。

2008/7/31 所沢高校井田将紀くん・自殺事件 の棄却判決。

2008年7月30日(水)、13時20分から、さいたま地裁で、所沢高校井田将紀くん(高3・17)・自殺事件の判決があった。
30分ほど前に、傍聴券が配布となった。一瞬、抽選になったらまた外れてしまいそうとドキドキする(今月も1件、傍聴しに行った裁判で抽選にもれて、すごすご帰ってきてしまったので)。なんとか、抽選には至らず、傍聴券配布後に来た支援者たちも、どうやら全員が法廷に入れたもよう。傍聴席はほぼ満席だった。
法廷には、TBSテレビのカメラが来ていた。

裁判長は岩田眞氏の裁判と同じ裁判長。裁判官は瀬戸口壮夫氏、清水亜希氏(me070915榎本侑人くんの裁判=継続審議中と同じメンバー)。判決は「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」。実にあっけなく、そっけないものだった。

井田さんと弁護団が記者会見をしたあと、さいたま弁護士会館で、報告会があった。
この日のために、わざわざ遠方から駆けつけてきた同じく教師の指導で子どもが自殺した長崎の安達雄大くんのお母さん(040310)、兵庫の西尾さん(020323)、ラグビー部の顧問にシゴキのターゲットにされ自殺した金沢昌輝くんのお母さん(020325)、井田さんと同じ埼玉で、お菓子を食べたことで指導された直後に自殺した大貫陵平くんのお父さん(000930)らも参加していた。
それ以外にも、多くの子どもを自殺で失った親たちが来ていた。そして、井田将紀くんの中学、高校の元同級生たち。

報告会に参加したのは、杉浦ひとみ弁護士、高辻庸子弁護士、山下敏雅弁護士。
この裁判の主な争点は4つ。
(1)将紀くんの死亡が自殺によるものか否か。
(2)本件事実確認に関与した教諭5人の安全配慮義務違反の有無。
(3)教諭らの安全配慮義務違反行為と将紀くんの死亡との間の因果関係の有無。
(4)原告に生じた損害額。


しかし、裁判所が判断したのは、(1)と(2)。
(1)の将紀くんの自殺については、被告の所沢高校及び埼玉県教育委員会(埼玉県)は、駐車場の2階という比較的低い場所から飛び降りたこと、将紀くんが日ごろから自殺に対して否定的な考えを持ってたことを理由に、誤って落下した事故であるととして、「一貫して自殺とは考えていない」と主張していた。
しかし、裁判所は、将紀くんが母親の携帯に「ほんとほんと迷惑ばっかかけてごめんね」とメールを送っていることなどを理由に、自殺と認定。

(2)本件事実確認に関与した教諭5人の安全配慮義務違反の有無については、「本件事実確認の対象になった将紀の非違行為の内容は決して軽度なものとはいい難いところ、本件事実確認の実施に際し、教諭らが選択した場所、時間等は適切であり、その方法においても、事実確認の開始から終了に至るまで、威圧的ないし執拗に将紀を追及するものではなく、むしろ将紀の意見を尊重しながら慎重に行われたものといえ、そのため、かえって長時間を要したとさえいえるものである。教師と生徒の間には、その立場の違いから潜在的に権力的関係が存在し、また、一般的に高校生が思春期の多感な時期にあたることを考慮すると、5人の教師が同時に立ち会ったことや、将紀に休憩を全くとらせなかったことについては、結果としてみれば、配慮すべき余地がないとはいえないものの、上記のとおり、将紀の非違行為が軽度とはいえないことからすると、自己の行為について認識し、考えることもまた、成長過程にある生徒にとって必要なことであり、本件事実確認が、教師の生徒に対する指導の一環として、合理的範囲を逸脱した違法なものということはできず、本件事実確認に関与した教諭5人に安全配慮義務違反は認めない。
したがって、争点(3)及び(4)について判断する必要はない、とした。

原告弁護団によれば、通常、死亡事案の場合、
@ なぜ、その人が亡くなったのを判断する。
A @で、学校の行為と死の因果関係を判断する。
B 最後に、学校に落ち度がなかったかどうかが判断される。
しかし今回、Aの教師らによる事情聴取がなくても将紀くんは死んだのかどうかの判断はなされなかった。

そして、5人の教師が2時間にわたって、子どもへの事情聴取をしても、違法ではないというお墨付きを与えてしまった。
何も考えずに5人の教師を呼んでいる、教師間に「将紀くんが何をしたのか」という最低限の情報の共有さえないままに行われた、試験後に食事はおろか給水やトイレの休憩時間さえ与えられず、せまい部屋のなかで行われた聴取のおかしさを、もっと総合的に判断してほしかったと話した。

井田さんは、誰のための法律なのか、国民を守るためのものではないのかと、かなり悔しいと話した。
裁判官は、生徒の証言を採用せず、教師の言うことが正しいと判断した。こっちの言うことを理解してくれないと思った。
自分たちの意見がここまで通っていないとは思わなかった。
息子の死の選択をいいとは思わない。しかし、そこまで追いつめたものがある。
将紀くんの自殺の原因は、その前の言動からして、先生たちの指導以外には何もない。世間では、自殺する子はひ弱で、神経質な子どもという偏見があるが、将紀くんはまったく違う。他の教師の指導で自殺した子どもたちもそうだった。弱い子、繊細な子が自殺するのではなく、誰にでも起こり得るのだということ。
裁判で、こういう結果が出てしまったら、先生たちは、やはり自分たちのやり方に問題はなかったと思ってしまう。それが悔しいし、怖いと。


*********
私見

多くのひとは、この事件をどう見るだろう。
カンニングを疑われて仕方がないことをしながら、それを責められて生徒が自殺した。自業自得なのに、今度は母親が学校を訴えた。モンスターペアレントの典型だと。

裁判所は「将紀の非違行為の内容は決して軽度なものとはいい難い」と認定している。
ある程度予想はしていても、あまりに学校・教師の言い分に偏った事実認定に、これでは、再発防止は適わないと危機感さえ覚える。
将紀くんは、カンニングをしようとして1時限目の日本史テストにペーパーを持ち込んだことを素直に認めている。しかし、カンニング行為自体は否定。
将紀くんのペーパーが見つかったのは、2次限目の物理の時間。試験監督の教師は物理の公式が書いてあったように見えたと主張して追及した。しかし、将紀くんが制服のポケットから出したのは、日本史のペーパー。
物理のテストの時間に日本史のペーパーを見ていたことについて、将紀くんは物理のテストで時間が余ったので、日本史のペーパーを確認していたと話した。
しかし、監督した教師は、自分が見たと思っている物理のペーパーに固執し、将紀くんの説明には合理性がないとして、追及している。

将紀くんの死後も、どこからも物理のペーパーは見つかっていない。日本史のペーパーの文字は11ポイント。視力はよいという教師だが、将紀くんの弟が試したときには、文字を判別することはできなかった。
物理のテストの時間に見ていたのだから、物理の公式や記号が書いてあるはずだと思い込みがあったのではないか。
もし、その思い込みがなければ、1時間45分にもわたって、事情聴取されただろうか。
仮に、日本史で疑われても仕方がないことをしたのだからと、カンニングと認定されたとしても、もっと短時間で済んでいただろう。

原告は、実際には日本史のテストのときにも、将紀くんがカンニングしているところは誰も見ていないこと、物理のペーパーの物的証拠がないこと、将紀くんは元々、物理の点数はよく、このテストでも71点とっいることなどをもって、カンニングをしていないであろうことは主張しているが、争点はそこにはない。
仮に将紀くんが、カンニングをしていたとしても、私はやはり、5人もの教師から、長時間にわたって追及されるような事案ではなかったと思う。
将紀くんが、どのように話をすれば、先生方は納得したのだろうか。人間の行動など、必ずしも合理的に説明のつくことばかりではない。ましてや高校生だ。物理のテストで、日本史のペーパーを見ていたのはおかしいと言われても、これ以上、説明のしようもなかったのではないか。
しかし、教師が一旦思い込んだら、どんなふうに話しても信じてもらえない、納得してもらえないことに絶望を感じたのではないか。しかも、その原因を自分がつくってしまったことは十分に自覚しているだけに、怒りの矛先は自分に向かってしまったのではないか。
少年事件でも、大人の事件でも、思い込みの捜査から、どれほど多くの冤罪が生まれてきたことか。にもかかわらず、地裁の裁判官までが、判決のなかで、「将紀は上記のようなペーパーを見ながら、本件試験の解答を記入していたのであるから、同人は本件試験において、がカンニング行為を行ったか、少なくともその疑いが極めて濃厚と認めざるを得ない」と認定している。
将紀くんが生きて、もし、この裁判のなかで、「本当にカンニングはしていないんだ」と訴えたとしても、この裁判官は、「疑わしきは被告人の利益に」ではなく、子どもであること理由に、「クロ」と認定したのではないか。

弁護団のひとり、山下敏雅弁護士は、これが大人の自殺であれば、今はかなり企業側の責任が認められる流れになっているのにと話した。
将紀くんがもし、大人であったら、教師と対等の立場であったら、きっと5人もの人間に1時間45分にわたって、「やっていない」と本人が主張している内容について、これほど追及されることはなかっただろう。
多くの体罰事件、わいせつ事件でさえ、学校・教育委員会は、教師への聞き取りは甘い。生徒の目撃証言があってさえ、自分たちは警察ではないので、本人がやっていないといえば、それを信じるしかない、などと言う。

これがもし、誰かを傷つけてしまうなどの重大な非行行為をしたとしても、5人もの教師が、たった1人の生徒を追及してよい理由になるだろうか。会社でミスをしたとして、小さなごまかしをしてしまったとしして、もし、5人もの会社役員に狭い部屋で取り囲まれたら、大人でもどんなに追いつめられた気もちになるか。パワハラと呼ばれる行為ではないか。
テレビの刑事ドラマでもし、被疑者を5人もの刑事が取り囲んで、自白を迫っていたとしたら、どう思うだろうか。いくらなんでも、やりすぎだとは思わないだろうか。大人の犯罪者であっても、せいぜいが尋問役が2人、記録係りが1人だろう。
まして、将紀くんはそれまで、問題行動はなかった。裁判所も「将紀は、日常の学校生活においてはごく普通の真面目な生徒であったことが認められる」と認定している。

もちろん、カンニングは悪いことだ。子どもにもきちんと指導する必要はある。
しかし、その目的はなんだろう。子どもにやったことをきちんと報告させ、二度と同じことを繰り返さないよう、反省を促すことではないか。「見たはず」という思い込みを否定され、教師のコケンにかかわるとばかり、意地になってしまったのではないか。

裁判所は、「本件事実確認の実施に際し、教諭らが選択した場所、時間等は適切であり、その方法においても、事実確認の開始から終了に至るまで、威圧的ないし執拗に将紀を追及するものではなく、むしろ将紀の意見を尊重しながら慎重に行われたものといえ、そのため、かえって長時間を要したとさえいえるものである。」と認定している。

しかし、教室ですでに、担当教師は教室中に聞こえるような大きな声をあげている。
褒めるときにはみんなの前で、叱るときには周囲にひとのいないところでというのが、企業ならず、学校での指導の常識ではないだろうか。まして思春期。たとえそれが自業自得の行為であっても、他者を害するなどの緊急の場合ではないのだから、コンコンと机をたたいて、教師が気づいているぞというサインを送るだけで、あとでこっそり呼んで指導するのが、今後もそのクラスでやっていかなければならない生徒への配慮というものではないだろうか。

このように、場所やその後の将紀くんの立場や影響を考えることなく、大きな声をあげる教師が、密閉された部屋のなかだけでは急に、将紀くんの気持ちに寄り添い、やさしい言葉で、事実確認をしたなどと信じられるだろうか。
しかも、5人の教師の1時間45分の間の言動を裁判所はそのまま事実認定しているが、再現ビデオの結果からも、その会話の少なさは不自然だ。そのことは、再現ビデオを観た多くの教師が証言しているが、裁判所は、部屋や窓などの条件が違うことのみをもって、再現ビデオの印象を証拠採用できないとした。

5人の教師は情報の共有もなく、役割分担もなく、その部屋に集められた。こんなに無計画なものを指導と呼んでよいものだろうか。子どもが、集団リンチをするときに、相手に威圧感を与えるために仲間を呼ぶ。呼ばれたほうは、その人物がなぜリンチを受けているか知りもせず、ただ仲間意識やストレス発散のためにリンチに参加する。そんな図に似ている。
これがもし、1発2発でも殴られていたら、少しは教師の違法性が認められただろう。有形の暴力は認められても、精神的な暴力はまだまだ認められにくいと感じる。

1時間45分の事情聴取が行われたのは、試験の最終日。試験勉強で当然、寝不足が予想される。そんななかで、飲食なし、休憩なしで長時間行われた事情聴取。寝不足のときには、人間誰しも判断力や思考力がにぶる。肉体的疲労は、心理的にも影響を与える。将紀くんの自殺に多少なりとも影響があったのではないだろうか。

そして何より、3年生の1学期であったこと。高校3年生のこの時期、大学受験に向けて、内申書の点数を考えても、焦る気持ちがピークに達していただろう。だからこそ、カンニング用のメモまでつくってしまった。
いじめや教師のしっ責による児童生徒の自殺は文部科学省の統計上、毎年のようにゼロが続いてるなかでも、成績や進路の悩みによる自殺は毎年、何人かの数字があがっている。生徒の悩みのうち、「進路」が占める割合がいかに大きいかは、高校教師であれば、わかっていて当然だろう。
かつて、いじめの加害者が、いじめたことではなく、そのことを内申書に書かれたら、推薦を受けられなくなると絶望して自殺した事件もあった。
勉強や受験をめぐっての悩みもピークに達する中学3年生、高校3年生はの時期はなおさら、教師はその言動の生徒に与える影響について十分な配慮しなければならないと思う。

その日、将紀くんの処分について、ペーパーを持ち込むこと自体は問題とされたが、本件試験については、日本史に関する内容を記載したペーパーを持ち込んだという将紀くんの説明に従い、いずれもカンニング行為とは認定せず、試験に不必要なものを持ち込んだものとして認定。そのうえで、将紀くんの処分を生徒指導委員会の原案として、「校長注意」とするのが妥当であるとの結論に達したという。まだ、決定事項ではないとはいえ、もしそのことが、予測であってよいから、将紀くんの耳に入っていたら、死なずにすんだのではないか。
「当時は、カンニングとは認定されず、試験に不必要なものを持ち込んだものとして認定。」だったものが、裁判になるといきなり、「カンニングをしていた」と断定することの矛盾もある。


年中、いろいろな問題行動を起こしている生徒であれば、このくらいの内容であれば、このくらいの処分と予測がつくだろう。大したことにはならないだろうと腹をくくることもできる。
しかし、そのような経験のなかった将紀くんにとって、この先、自分の将来がどうなってしまうのか、見通しがまったく立たずに、絶望的になってしまったのではないか。まして今は、大学入試も内申書がものを言う。全科目0点にされたり、カンニングをしたなどと書かれてしまったら、将来の夢が断たれてしまうと思ったのではないか。
教師は、少なくとも、今後の見通しについて、話しておくべきだったと思う。

1985年3月23日、岐阜県恵那市の岐阜県立中津商業高校の竹内恵美さん(高2・17)は、期末試験で追試だったことに対し、陸上部顧問や担任教師から計4時間45分に及ぶ訓戒を受け、参加予定だった陸協主催の強化合宿にも、「お前は連れて行かん」と言われて、自殺した。(850323)
恵美さんの死後に顧問は「合宿には参加させるハラだった」と説明しているが、本人には伝えていなかった。

しっ責された子どもにとって何が一番辛いことなのか、その子の夢はなんなのか、配慮する義務が学校・教師にはあると思う。
一番辛いことをされれば、大人だって自殺したいと思う。子どもならなおさら、視野狭窄(しやきょうさく)になってもおかしくはない。


将紀くんは、母親ひとりの手で育てられていた。将紀くんの夢は、「大学に進学し、将来は公認会計士になり、母親の面倒をみること」だった。それが、将紀くんにとってどんなに切実な夢であったかは、在学して2年以上たっているのた゜から。高校教師にわからないはずがない。
ところが、ペーパーを持ち込んだだけで、カンニングを疑われ、しかも、日本史だけでなく、物理に関してもカンニングをしたと教師たちには思い込まれてしまった。場合によっては大学進学も、公認会計士になる夢も挫折してしまうかもしれない。そして何より、母親に苦労をかけたくない、苦労してきた母親に少しでも楽をさせてあげたいという夢が費えて、母親をがっかりさせ、悲しませてしまうと思ったら、いたたまれない気持ちになったのではないか。


「子どもが悪いことをしたのだから、教師の行為は当然で、文句をつけるほうが悪い!」と批判する人たちへ。
子どもというのは未熟なもので、いろいろと間違いをおかしながら成長していく。しかし、その間違いが許されなかったら、ひとつの間違いに対して、大きなペナルティを課せられるとしたら、絶望的になるだろう。
子どもだけでない、大人だって間違いもある、失敗もある。でも、やり直しがきくと思えば希望も持てる。自分で心底、バカなことをしてしまったと後悔し、落ち込んでいるときに、寄ってたかって責められたら、私だって死にたくなる。落ち込む気持ちを、「大丈夫!」と支えてくれるひとがいて初めて、人生に希望をもてるようになる。

「本人がいじめられたと思えばいじめ」。その相手が大人だったとしたら、教師だったとしたら。理論的に正しければ、何をしてもよいのか。
もし、町の本屋で万引きの疑いをかけられたら、みんなの前で大声で呼び止められ、それを近所の人たちが見ていたら。考え事をしていて、ついうっかり本を手にしたまま、売り場を出てしまっただけだとどんなに言い訳しても信じてもらえなかったとしたら、ほかにもやっただろうと疑いをかけられたら。もしかして、このまま信じてもらえず、職場や家族にまで伝わってしまうと思ったら、どれだけ絶望的な気持ちになるか。
その気持ちを思春期の子どもたちに背負わせてしまってもよいのだろうか。教師の指導に傷ついて、子どもが何人死のうが、教師は悪くないとされるなら、ますます配慮のない、心と体を傷つける言動がまかり通ってしまう。
チカン冤罪には共感的な人たちが、子どもたちに対する冤罪には、疑われるほうが悪いとばかり冷たい目でみる。
子どもたちの死を、本当に子どもたちやその親の責任にだけしてしまってよいのだろうか。また、同じことがおき続けてもよいのだろうか。少しでもわかってもらいたいと思う。


サイト内リンク 陳述書 040526 me061009 me061214  me070327 me070518
2008/7/26 柔道事故で植物状態の斉野平(さいのひら)いずみさん(事故当時高1)の裁判傍聴

2008年7月24日(木)10時30分から、東京高裁424号法廷で、2002年7月31日、高校の柔道部合宿中の事故で植物状態になった斉野平(さいのひら)いずみさん(事故当時高1・現在22歳)の埼玉県を訴えた民事裁判控訴審(平成20年(ネ)2466)の第1回目が行われた。
裁判長は渡邉等氏、裁判官は高世三郎氏、ほか。
1審は、原告らが事故後4ヶ月後に生徒から聞き取りをした録音が、裁判での証言内容と矛盾するとして、「いずみさんが頭痛を訴えていた」「練習中に泣き出した」という内容が事実認定されず、原告敗訴。
控訴審では、代理人弁護士を一新して闘う。原田敬三弁護士、岡徹哉弁護士、荒木哲郎弁護士ら3人が弁護団を組む。
20人以上入る傍聴席はほぼ満席だった。

裁判長は、柔道の受け身について、最後にI女性顧問がかけて体落としに対するとるべき受け身の種類や受け身の仕方を文書だけでなく、今まで提出されていない画像や動くDVDのような形で提出するように、原告、被告双方に求めた。
次回は9月16日(火)1時25分から、東京高裁424号法廷にて口頭弁論。高裁では7割が1回で結審すると言われるなかで、とりあえず、審議が継続されることになった。


******************

柔道は格闘技のなかでも、事故が多い。
最新のものが出ていると思うが、自宅にあったもので数字を見てみると、日本体育・学校健康センター(現・独立行政法人日本スポーツ振興センター)発行の「学校の管理下の災害―18 基本統計 (負傷・疾病の概況)」によれば、日本体育・学校健康センター学校安全部が、平成11年度に災害給付を行った給付対象になった災害発生件数は112万件、平成12年度は116万件を超えている。
下記の数字は、平成11年度(1999年度)中に医療費や見舞金を支給した学校管理下における児童生徒等の災害を対象にしている。


体育的活動中の場合別発生率では、
順 位 1位 2位 3位 4位    
活動の種類 部活動 教科体育 体育的行事 体育的クラブ 合 計
中学校 150,675人
(61.8%)
81,075人
(33.2%)
11,350人
(4.6%)
875人
(0.4%)
243,975人
(100%)
活動の種類 部活動 教科体育 体育的行事 体育的クラブ 合 計
高等学校 86,940人
(59.0%)
49,660人
(33.7%)
10,510人
7.1%)
210人
(0.2%)
147,320人
(100.0%)


体育的活動中の運動種目別の場合別発生割合は、
順 位 1位 2位 3位 4位 5位 6位          
種 目 球 技 陸上競技 武 道 器械運動 体 操 水 泳 その他 合 計
中学校 177,450人
(73.7%)
21,225人
(8.8%)
18,275人
(7.6%)
12,000人
(5.0%)
4,375人
(1.8%)
1,475人
(0.6%)
5,900人
(2.5%)
240,700人
(100.0%)
種 目 球 技 武 道 陸上競技 器械運動 体 操 水 泳 その他 合 計
高等学校 115,430人
(78.1%)
13,790人
(9.3%)
7,770人
(5.3%)
3,480人
(2.4%)
2,150人
(1.5%)
810人
(0.5%)
4,330人
(2.9%)
147,760人
(100.0%)


武道の内訳を見ると
順 位 1位 2位 3位    合 計
種 目 柔 道 剣 道 相 撲 その他 合 計
中学校 13,250人
(72.5%)
4,525人
(24.8%)
300人
(1.6%)
200人
(1.1%)
18,275人
(100.0%)
種 目 柔 道 剣 道 相 撲 その他 合 計
高等学校 9,840人
(71.4%)
1,910人
(138%)
240人
(1.7%)
1,800人
(13.1%)
13,790人
(100.0%)


武道の部位別負傷発生割合を見ると
  種 目 頭 部 顔 部 体幹部 上肢部 下肢部 合 計
中学校 柔 道 925人
(7.0%)
350人
(2.6%)
3,650人
(27.6%)
3,700人
(27.9%)
4,625人
(34.9%)
13,250人
100.0(%)
剣 道 175人
(3.9%)
425人
(9.4%)
475人
(10.5%)
1,200人
(26.5%)
2,250人
(49.7%)
4,525人
(100.0%)
相 撲 0人
(0.0%)
25人
(8.4%)
100人
(33.3%)
100人
(33.3%)
75人
(25.0%)
300人
(100.0%)
その他 25人
(12.5%)
50人
(25.0%)
0人
(0.0%)
75人
(37.5%)
50人
(25.0%)
200人
(100.0%)
総 数 1,125人
6.2(%)
850人
(4.6%)
4,225人
(23.1%)
5,075人
(27.8%)
7,000人
(38.3%)
18,275人
(100.0%)
高等学校 柔 道 580人
(5.9%
)
540人
(5.5%)
3,130人
(31.8%)
2,150人
(21.8%)
3,440人
(35.0%)
9,840人
(100.0%)
剣 道 80人
(4.2%)
160人
(8.4%)
190人
(9.9%)
500人
(26.2%)
980人
(51.3%)
1,910人
(100.0%)
相 撲 20人
(8.3%)
50人
(20.9%)
40人
(16.7%)
20人
(8.3%)
110人
(45.8%)
240人
(100.0%)
その他 70人
(3.9%)
380人
(21.1%)
200人
(11.1%)
530人
(29.5%)
620人
(34.4%)
1,800人
(100.0%)
総 数 750人
(5.4%)
1,130人
(8.2%)
3,560人
(25.8%)
3,200人
(23.2%)
5,150人
(37.4%)
13,790人
(100.0%)

つまり、学校災害の発生は、部活動のなかで発生する割合が半分以上を占めており、武道のなかでは柔道が7割以上を占めるなど、だんとつに多い。その柔道で、頭部を負傷する割合は他の種目に比べてもけっして少なくない。

なお、日本体育・学校健康センター(現・独立行政法人日本スポーツ振興センター)発行の「学校の管理下の死亡・障害」平成13年度版の、
死亡事故に対する解説では、
柔道は、投げ技、おさえ技、絞め技、関節技を用いて勝敗を競うだけに事故も多い。特に、相手に投げられたときに事故が発生しやすいが、投げられた者の受け身の未熟と相手の技が不正確で受け身がとりにくい場合に発生している。
基礎的な面に多くの時間をかけ、技術の基本を守った練習が必要である。
また、本事例のように、一般に柔道場は夏は暑く、その上柔道着は厚く、熱さがこもるため熱中症になりやすい。
そのため、生徒の健康状態を指導者は常に把握を十分しておかなければならない。
と書いてある。

同じく障がい事故に対する解説では、
「柔道は、投げ技、おさえ技、絞め技、関節技を用いて争う対人競技である。相手の柔道着を握って、自由に、力いっぱい技を競い合うため、思わぬ所で多くの障害事故が発生している。
そのため、事故事例からもわかるように、
技を掛けられ倒れ後頭部・顔・肘・膝を打つ・当てる
・技の攻防中、相手の腕・脚などが当たる
・技の攻防中に腕・脚をねじる
・技の攻防中に手をつき、そこに体重がかかり荷重がかかる
などによる事故である。
柔道の指導にあたっては、
基本的な受け身の練習をする、
易→難へ、単→複への技術段階を配慮した練習を指導する。
無理な技は行わないようにする、
学年差・技能差・体力差を考慮した練習と指導をする、
対人練習や予測される危険について安全指導を十分に行うなどが留意すべき点である。

と書いてある。


日本体育・学校健康センター(現・独立行政法人日本スポーツ振興センター)発行の「学校の管理下の死亡・障害」の平成10年度版と11年度版のなかから、柔道で頭を打つ事故を中心に掲載されている事例を拾ってみた。
(平成10年度版には平成8年度の事故が、平成11年度には平成9年度の事故が掲載されている。)
平成8年度(1996年度)は柔道による死亡事故は3件(中学1件・高校2件)、平成9年度(1997年度)は5件(高校5件)が発生していた。毎年、これだけの重要な事故が発生しているにもかかわらず、私たちはあまりにその危険性を知らされていない。

文部科学省は新学習指導要領で、平成23年度から武道を必修化するというが、柔道や剣道での事故の多さを把握したうえのことだろうか。必修化となれば、道場環境が整わなかったり、習熟した指導者がいないなどの問題がさらに噴出してくるだろう。
加えて、いじめが蔓延するなか、国は「武道の精神」を強調するが、むしろ、柔道技を面白半分にかけたり、竹刀でたたいたり突いたりという、相手を殺しかねない機会と技術を与えてしまうことにはならないだろうか。
大人たちの「精神論」で子どもたちが殺される危機感を感じる。



   日本体育・学校健康センター発行の「学校の管理下の死亡・障害」平成10年度版・11年度版から、
柔道で頭を打つ事故を中心に
掲 載
死亡 柔道部活動中、1人が6人を投げる約束練習をしていた時、3年生部員が本生徒を相手にして大内刈りをして、一度後ろへ下がった後、前へ引き出して崩れている状態を確認して背負い投げをかけた。本生徒は体勢を立て直そうとしたが頭部から投げ込み用のマットの上に落ち、一度は立って列の後ろへ戻りかけたが、崩れるように倒れた。連絡を受けた養護教諭が現場に直行し、けいれん、意識の状態をみて即座に救急車を手配し病院へ搬送後治療したが、翌日の夕方に死亡した。
(中1男、死―急性硬膜下血腫)
平成
10年度版
死亡 柔道部活動時、準備運動をし、打ち込み等の練習後2年生との元立ち練習を行った。本生徒は相手に内股技を2回と大内刈りを1回かけられたが、受け身でかわしていた。始めて1分を過ぎたこ急に頭を抱えて座り込んだので担当教諭の指示で武道場のすみへ行き正座をしたが、前に倒れ意識がはっきりしない状態になったので救急車を手配し病院へ搬送し、手術を受けたが意識は戻らず6日後に死亡した。
(高1男、死―急性硬膜下血腫)
平成
10年度版
障がい
5級
柔道部活動時、柔道場で立ち技乱取り中、相手の大外刈りが決まり腰から転倒し、そのまま後頭部を打った。
(高1男、障―精神・神経5級)
平成
10年度版
障がい
14級
入部2日目の柔道部活動時、格技場で、約30回の受け身の練習を行い、頭部から落下のため体全体に痛みを覚えた。頭部外傷後後遺症、頸肩腕症候群と診断された。
(高1男、障―精神・神経14級)
平成
10年度版
障がい
1級
柔道部活動時、練習前にふざけていて他の生徒に投げられ(バックドロップ状態)、首の付近から畳に落ち、頚椎を脱臼(だっきゅう)した。
(高2男、障―精神・神経1級)
平成
10年度版
障がい
1級
柔道部活動中、学校外体育館で県高等学校柔道大会の個人戦に出場中、1、2、3回戦と勝ち進み4回戦目、相手選手に左内股をかけたが十分な効果がなかったため続けて技をかけた際、体を前方に低く曲げ頭から畳に突っ込み、頭頂部を強打した。
(高3男、障―精神・神経1級)
平成
10年度版
障がい
1級