ノルテ裁判官による宣言書(Declaration of Judge)

ノルテ裁判官による宣言書

原文: https://icj-cij.org/sites/default/files/case-related/192/192-20240126-o…

1. 本件の状況は痛ましい。2023年10月7日にハマースのメンバーはガザ地区を拠点にイスラエルを攻撃した。メンバーらは攻撃の間に1000人以上のイスラエル人を殺害し200人以上を捕虜にするという残虐行為に及んだ。イスラエルに向けたロケット砲の発射が続いている。イスラエルはガザ地区内での軍事行動で応戦し、その結果として、数千人のパレスチナ民間人が殺害または負傷、ガザ地区内に住むパレスチナ人の大多数は退去、200万人ほどの人口を抱える街の大多数の建物が破壊された(決定パラ13を参照)(1)。この悲劇的状況の背後には非常に複雑な政治的・歴史的文脈がある。誰の責任なのか、紛争の全体像はいかようであるのか、解決には何が必要なのか、世界の人々は互いに大きく異なる意見を持っている。

2. この段階の手続で当裁判所が貢献できる事項は限られている。南アフリカはイスラエルに対してジェノサイド条約のみを根拠に申立てを行った。つまり、本事件は、第1にジェノサイド条約違反のみが争われる、第2にイスラエルによる違反のみが争われる。したがって本事件では戦争犯罪など他の国際法への違反の有無は問われず、ハマースのメンバーによるジェノサイド条約違反の有無も問われない。このような制約は不満足であるが、当裁判所はその制約に服す。しかし私は、ハマースのメンバーが行ったと見なされるジェノサイド行為にハマースのメンバーは責任があることを指摘したい。加えて、イスラエルもハマースのメンバーも、それらが国際人道法を含めた他の国際法に違反していれば法的責任があることも指摘したい。そのような責任は他の手続によって決定されうるし、決定されるべきである。

3. 1948年ジェノサイド条約は一段と特異なものである。ナチス・ドイツがヨーロッパにいたユダヤ人たちに対して行ったホロコーストの余波を受けて1948年に決定したものだ。条約の前文は「ジェノサイドは国際連合の精神と目的とに反し、文明世界によつて罪悪と認められた国際法上の犯罪である」と宣言し、「人類をこのいまわしい苦悩から解放する」との人類の決意を示した。この目的にそって条約の第2条ではジェノサイド罪を「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた」行為であると法的に規定している。しかるに、ユダヤ人たちをさらなるジェノサイドからも保護する祖国として1948年に建国されたイスラエル[政府?]が今はジェノサイド条約に違反したとの申立てを受け、それを強く否定していることを私は理解できる。

4. しかしこの根拠によって当裁判所は南アフリカの申立てを却下することはできない。ジェノサイド条約第9条の「この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は、ジェノサイド又は他の第3条に列挙された行為のいずれかに対する国の責任に関するものを含め」国際司法裁判所に付託するとの規定に従ってイスラエルは当裁判所の管轄権を承認した。

5. なお、南アフリカの申立てが十分な根拠に基づいているか否かを、手続のこの段階で判断することが当裁判所に求められているのではない。この段階ではすでに裁判所へ提出されている情報から本事件の状況を精査し、ジェノサイド条約によって保護される権利が本案の決定以前に侵害される危険に晒されており仮保全措置の命令(「提示」)による擁護が妥当であるかを判断できるのみである。この精査において裁判所は多くの知られている、あるいは、対立している疑問、例えば自己防衛の権利、民衆の自己決定権、領土の地位、について言及しなくてもよいのである。ジェノサイド条約が武力紛争なるものへの関与を想定したものではないこと、確かに武力紛争が過剰な武力行使が大量殺戮を引き起こしているものではあるが、条約の意図を当裁判所は常に認識するべきである。

6. 手続のこの段階では権限*が限定[limited scope]されているために、当事者らによる大幅に異なる訴えの一部について裁判所は概要の評価ができるのみである。口頭弁論において両当事者は互いに主張のみを列挙したことは残念である。南アフリカは2023年10月7日の攻撃とその後の殺戮にほとんど言及していないし、イスラエルはガザ地区における人道状況に関する国連の報告にほとんど触れなかった。南アフリカはイスラエルが武力衝突地域から民間人を避難させようとする努力をほとんど言及しなかったし、イスラエルは軍人を含む高官らの非常に問題ある言論について十分な対応をしていない。

7. 両極にあるとさえいえる[widely divergent]両当事者の主張に対して当裁判所は現存の法的規準を適用しなければならない。本事件は加盟国がジェノサイド条約に基づいて当裁判所に仮保全措置の決定を求めた初めての例ではない。当裁判所はすでに、2020年のガンビアとミャンマーの事件を含めて、一度ならず措置を決定している。本事件が特異なものであったとしても当裁判所はそれを取り扱う能力、すなわち判例をもっている。本決定は判例から導かれる法的規準が適用されたものであるが、しかし、本件と当裁判所の判例となった他の事件との考慮すべき相違を指摘することなく、特定の事項を相対的重要性に照らして指摘もしていない。そこで、私が本決定に賛成した理由について説明しておきたい。

II.

8. 他の犯罪様式、例えば人道に対する罪や戦争犯罪と異なり「ジェノサイドに必須の性質」として「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図(2)」の存在に留意することが重要である。当裁判所は本案審理においてジェノサイドの意図を明示するうえで厳しい基準を判例として確立している。「この結果をもたらす総論的計画」が存在しないときには「保護された集団の全部又は一部を破壊する意図」は「行動のパターン」のみに基いてそこから「唯一合理的に導かれる結論」によって推認されうる(3)。

9. 本手続のこの段階で南アフリカがジェノサイド条約によって保護を求めている権利の侵害について当裁判所は確定的に決定することを求められていないが、そのような権利が「一応確か」な存否と、本裁判所による本案の決定前に「回復不能な損害のリスクと緊急性」の存否についての判断が求められている(4)。

10. 当裁判所の判例では「一応確か」の範囲が十分には明確に示されていない(5)。近時の判例によれば仮保全措置の提示申立てではある水準の証拠(6)を、必須の心理的事項を含めて(7)示す必要があると示唆されている。本決定で当裁判所はジェノサイドの特定の意図を示す必要性に留意したが、要請されることとなる一応の確かさについては指定しなかった(パラ44、パラ78を参照)。

11. ジェノサイド条約で保護される権利については、またジェノサイド行為とその他の犯罪行為との判別のためには、ジェノサイドの意図が決定的であるため、一応の確かさのある心理的事項がジェノサイドに対する申立てにおける手続の仮保全措置段階では不可欠であると私は信ずる。当裁判所のガンビア対ミャンマー事件2020年1月23日決定はこの意見を裏付けている。その決定のパラ56で当裁判所は次のように述べている。
「仮保全措置の機能は最終判断までの期間中どちらかの当事者の権利を保護するものであることから、当裁判所は、ミャンマーが主張したように疑われる違反[allegations]の特段の重大性[gravity]がジェノサイドの意図の存在の根拠として手続のこの段階での確定要因となる、との見解はもたない。当裁判所は上記の(パラ53から55を参照)事実すべてと状況すべてが当該権利の「一応確か」を示すうえで十分であるとの見解を有する。」

12. しかしこれは、かかる状況下でかような意図が一応の確かさをもつことを示す義務を除外するものではない。当該決定の上記パラ56は、その決定はそのパラグラフ以前に示されている事実と状況に基づいたものとして読むべきであることを明確に述べている。すなわち、裁判所はミャンマー独立国際事実確認調査団による詳細報告を考慮している(8)。その報告では随所でジェノサイド意図の存在を詳細に精査し、結果としてその一応の確かさを宣言している(9)。上記決定のパラ55で裁判所は報告書が「合理的基礎に立って...ジェノサイドの意図が推認される要素が存在する」との結論を示したことに留意した。ジェノサイドの意図に関して裁判所はこの結論部分をもとにジェノサイド条約が保護する権利が一応の確かさであると判断した。このように、2020年1月23日の決定は、ジェノサイド条約による仮保全措置の提示にはジェノサイドの意図の存在が一応の確かさである必要性を確定させた。

13. これらの考察をふまえると、イスラエルの軍事行動がジェノサイドの意図を持って遂行されているとの南アフリカの主張は、これまでのところ、一応の確かさを示すには至らないと私は考える。南アフリカが示したイスラエルによる軍事行動の証拠は、2016年と2017年に行われたいわゆる「掃討作戦」について国連事実確認調査団が報告し、裁判所がガンビア対ミャンマー事件で発行した2020年1月23日の決定につながった内容とは根本的に異なるものである。その報告ではロヒンギャ集団に対して行われた残虐行為に軍部と武力集団[security forces]が関与していたとの詳細な記載がある(10)。手元の情報を基に異なる推論の可能性を検討し、特に軍事的事項[security considerations]に注意を払い(11)、結果として報告は「ロヒンギャに対する攻撃を統率した者たちの行為は(ジェノサイドの意図を示す)疑いのないチェックリストと見られる」と述べ、「合理的基礎に立ってジェノサイドの意図の推認につながる要素が存在する」との結論に達している(12)。この情報をもって裁判所は、当該状況下で、侵害されているとガンビアが申立てた、ジェノサイド条約の第2条(a)から(d)が保護するロヒンギャ集団の権利が一応確かに存在することを認めたのである。

14. 南アフリカがイスラエルの軍事行動に関して提供した情報は2020年のガンビア対ミャンマー事件で裁判所に提出された証拠に匹敵するものではない。申立人が国際的事実調査団の報告を裁判所に提供できる段階ではないが、イスラエルの軍事行動がもたらした、そしてもたらし続けている悲惨な殺戮と破壊を提示することは十分とはいえない。申立人は、軍事作戦の公式の目的すなわち「ハマースの壊滅」と捕虜の解放とに関与するだけでなく、他の明白な状況についても、たとえば民間人に対する避難の呼びかけ、兵士に対して民間人を標的としないとする公式の戦闘方針と指揮・命令、対立する武力組織による地上での交線状態、一定量の人道支援の到達の援助措置、などの事項にも関与しなければならず、後者からは指弾される「行為のパターン」を基にしてジェノサイドの意図とは異なる方向への推論の可能性が指摘される。すなわちイスラエルによるこれらの措置は確定的とはいえないまでも軍事行動がジェノサイドの意図に基づかないとの推論を少なくとも一応の確かさをもって進めることができる。南アフリカはこれらの状況を十分に検討しておらず、したがって、私の意見としては、ジェノサイド条約がら導かれるガザ地区のパレスチナ人集団の権利の一応の確かさに与える影響を十分に考慮していないと思われる。

15. 軍事行動がジェノサイドの意図をもって行われているとの一応の確かさは十分に示されていないとするものの、私は当裁判所の措置決定に賛成した。これらの措置を提示するうえで当裁判所はガザ地区のパレスチナ人集団の権利が一応の確かさであることを示す必要はない。私が措置を提示することに賛成した根拠は南アフリカがイスラエルの政府高官ら、軍部首脳部らによる声明が、ジェノサイド条約が保護するパレスチナ人集団の権利に対して回復不能な損害が生じる現実かつ差し迫ったリスクを一定の確かさで主張したことによる(命令のパラ50から52を参照)。本手続のこの段階でこれらの声明がジェノサイド条約第3条(c)に規定する意味で「直接的かつ公然にジェノサイドを扇動する」行為に相当することを示す必要はない。しかしこれらの声明はガザ地区のパレスチナ人を集団として非人間化し無差別的[? indiscriminate]な性格である点では少なくとも十分に不明瞭である。これらの声明が高位の人物から発せられ、ガザ地区での敵対行動に関与している兵士も向けられていることを考慮すると、このような声明のためにイスラエルが直接的かつ公然にジェノサイドを扇動する行為を防止も処罰しなかった可能性が高まったとする推論を一応の確かさで棄却はできないと考える。さらに、そのような声明の扇動的部分をイスラエル各軍の兵士らが脅迫のために繰り返していることは南アフリカが提出した証拠に含まれており、イスラエルもこれを否定していない(13)。したがって、このような一連の声明が「重大なリスク」を増大させる可能性があり、直接的かつ公然の扇動とはいえないジェノサイド行為を引き起こした可能性につながり、こうしてイスラエルのジェノサイドを防止する義務が喚起される(14)。[? This confirms that such statements may contribute to a “serious risk” that acts of genocide other than direct and public incitement may be committed, giving rise to Israel’s obligation to prevent genocide.]

16. ガザ地区のパレスチナ人が享受できる食糧、水、その他の人道支援の状況について、イスラエルによる主張と国連機関によるそれとは大きな乖離がある(15)。複数の国連機関は食糧その他、集団の生命維持に必須の物資は著しく欠乏していると主張する(16)。そのような主張によるとイスラエル当局が食糧やその他の必要物資のガザ全域への配送を不当に制約している、少なくとも集団のかなりの割合に向けて制約しているとの疑念が生じる(17)。このような状況と仮保全措置の段階であることとを考慮すると、ガザ地区のパレスチナ人集団の存在に関わる危機の状態を伝える国連諸機関によるそれぞれの現状評価を重視するべきであると考える。したがって、私は措置(4)に賛成票を投じた。

III.
17. 私の見解では、本手続のこの予備的段階では主張される当該権利が一応の確かさであることを南アフリカは、十全ではないが、一部を証明した(決定のパラ54を参照)。私は、本日当裁判所が提示した措置はジェノサイド条約から導かれるガザ地区のパレスチナ人の一応確かと見られる権利へのリスクに対応するためのものであり、イスラエルが条約による義務を再確認するためのものである、と見ている。

(署名) Georg Nolte
ゲオルク・ノルテ
(仮訳作成: 大熊直彦)