John Dugardさんの弁論

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(日本語仮訳PDF)
(裁判長: ヌガイトービさん、ありがとうございます。次にジョン・デュガート教授に発言を求めます。教授、ご発言ください。)
(デュガート [John Dugard] 氏、登壇)
(管轄権)
1. 裁判長閣下、列席判事各位、本日こうして南アフリカを代表し発言できることは光栄です。私からは管轄権の問題についてご説明します。
2. 南アフリカの人々にもイスラエルの人々にも、苦難に晒された歴史があります。両国とも苦難をなくす決意を持ってジェノサイド条約に加盟しました。その精神に従って、いずれの国家もジェノサイド条約の第9条を留保しておりません。
3. 南アフリカは人類を苦難から救うためのジェノサイド条約に基づいて、本件争議を国際法廷へ提訴したものです。
4. ジェノサイドの禁止は絶対的規範です。ジェノサイド条約での責務はerga omnes、すなわち国際社会全体が負う責務とされています。さらにジェノサイド条約の締約国はジェノサイド行為をやめる責務だけでなく、防止する責務も負っています。締約国がジェノサイド行為を防止する責務を負うとことがジェノサイド条約の根幹であるとする認識は、条約の第1条にそれが規定されていることから明白です。
5. ジェノサイド条約第9条は各締約国が条約の保護者であることを明示しています。人権擁護に関する他の条約(133)とは異なり、ジェノサイド条約では国際法廷への提起に先立つ国家間での交渉を義務付けていません。条約では国家間の相互合意をもってはジェノサイド行為の終結として扱わないのです。そうではなく、ある締約国が、国際社会全体を代行して、ジェノサイド防止の緊急事案として国際法廷の管轄権に訴えるという状況が想定されているのです。
6. 南アフリカはイスラエルとの間で長きにわたり緊密な関係を築いています。したがって、この争議をただちに国際法廷へ提起したのではありません。南アフリカでは2023年10月7日に実行されたイスラエルの人びとに対するおぞましい蛮行に応えてイスラエルがガザへの攻撃を行い、その結果無辜のパレスチナ民間人が、ほとんどは女性と子どもが、無差別に殺害されている事態を恐怖をもって受け止めています。
7. これまで南アフリカ政府はイスラエルの反撃行為がジェノサイドにつながる懸念を、安全保障理事会で(134)、あるいは公式声明として(135)、繰り返し述べてきました。11月10日には、ハマースの行為を非難すると同時にイスラエルの指導者たちによるジェノサイドを含む国際犯罪として国際刑事裁判所(ICC)による捜査を求める意志を、正式な外交手段によりイスラエルに通知しました(136)。国際法廷もご存知のように、国際刑事裁判所に関するローマ規定でのジェノサイド犯罪はジェノサイド条約での定義を継承しています(137)。
8. 11月17日に南アフリカはは、イスラエルによるジェノサイド犯罪の疑いをICCに告発し、“厳格な捜査” を行うように求めました(138)。[南アフリカの]ラマポーザ大統領はこの告発を決定した際の声明で“たった今、強制収容所と化したガザで、ジェノサイドが起こっている”(139)と嫌悪を表現しました。ジェノサイド行為を行っている国家をこのように強い表現で非難することは、締約国の大きな責務の一つなのです。この段階で南アフリカとイスラエルとの間には重大な争議の存在が明白であり、その争議はイスラエルがジェノサイド行為をやめることでのみ解決されるのです。
9. 南アフリカはジェノサイド行為を非難する声明を、2023年11月21日のBRICS会合と(140)、2023年12月12日の国連総会・緊急特別会合(141)でも発表しました。その後、イスラエルからの応答はありませんが、応答は不要でした。争議は法律論に集約されていたためです。このことは、イスラエルが2023年12月6日にガザでのジェノサイド行為を公式かつ全面的に否定したために確認されました(142)。
10. しかし、イスラエルへの礼節として本件請求の送付前である2023年12月21日にイスラエルのガザにおけるジェノサイド行為が“ジェノサイド”と判断されるとの南アフリカの見解を重ねて示す口上書をイスラエル大使館へ送りました。この口上書は、ジェノサイド条約の締約国としてジェノサイドが実行されることを防止する責務があることから送付されたものです(143)。イスラエルは口上書によって回答(144)を示しましたが、南アフリカの口上書で指摘した課題には対応せず、争議の存在を肯定も否定もしませんでした。イスラエルからの口上書はEメールで2023年12月27日の遅い時間に発信され、それが南アフリカの担当者に到着したの2023年12月27日であり、そのときにはすでに南アフリカは本請求を送達していました(145)。
11. 2024年1月4日に南アフリカはイスラエルの口上書へ応答する口上書を送り(146)、その中で南アフリカが前月以前から提起してきた課題にイスラエルは解決を与えていないことを改めて強調しました。南アフリカはその2023年12月21日口上書で指摘した争議が、ガザのパレスチナ人に対するイスラエルの行為が続いている状態を鑑みて解消していないこと、また“両国の対話を通じての紛争解決がまったく不可能であること”を明示しました。それにもかかわらず南アフリカは礼節に基づいて1月5日の会談開催を提案しました。イスラエルからはこれに対して口上書をもって本事件の公聴会が終了後の“最も早い機会に会談を調整することで対話を再開する”との提案がなされました(147)。この提案に対して南アフリカから、そのような会談は意味がないであろうとの返信を送ったことは当然といえましょう(148)。裁判長閣下、これらの口上書はお手元の資料に含まれています。
12. 争議の存在は、事実を客観的に判断した上で決定されるべきことであり(149)、その事実は本請求の送達時点における存在が考慮されるものです(150)。本件では南アフリカがすでに安全保障理事会で、国連総会で、その他の公開された機会で、イスラエルがジェノサイド行為に及んでいることを告発していました。南アフリカは外交手段によってもイスラエルに、その行為がジェノサイドを構成するとの意見を伝え、警告してきました。南アフリカはICCに対しても、イスラエルがガザ地区で行っている行為はジェノサイド条約に規定される犯罪であり、中でも民間人を意図的に標的とすること、意図的に飢餓をもたらしていること、支援物資の到達を妨害していること、を告発し、厳格に捜査すべきであると要求しました。南アフリカはイスラエルの高官らが“ジェノサイドを犯す意図”を示していることを告発しました(151)。イスラエルは南アフリカによる告発をすべて否定しました(152)。
13. 南アフリカによる強い抗議にもかかわらず、イスラエルはガザの人びとに向けてジェノサイド行為を倦むことなく続けています。この争議を決着させるために、これ以上の証拠が必要でしょうか。この種の事態は国際社会全体に影響するものであることが、ジェノサイド条約が第9条で国際法廷の管轄権を発動するための条件に争議当事国間の交渉を必要としていない、まさにその理由なのです。争議の存在が明瞭となっているときに、被告国が争議の存在を否定し交渉が必要だとして国際法廷への請求を妨げることはできないのです。被告の締約国が交渉の設定を主張するのはジェノサイド行為への時間稼ぎに過ぎず、ジェノサイド条約の目的と存在理由とに反するものです。
14. 裁判長閣下、国際法廷では本案段階の予備抗弁で争議の存在が問われてきました。そこではより高い立証責任が求められます。国際法廷は争議の存否という課題について概して柔軟な姿勢を示していますが(153)、次のようにいくつもの要件も明らかにしています。
(a) “一方の主張を他方が明確に抗弁していることが示されること”(154)、
(b) “争議の存否は請求が送達された日をもって判断するが、その日以降の行為も考慮され得ること”(155)、
(c) “争議の存否は事実を客観的に審査することにより判断すべきであること”(156)、
(d) “争議は、意見の'対立が明確'であることを被告が認知していたか不認知ではありえないことが証拠に基づいて証明されたときに、存在すること”(157)。
15. これらの要件をこのたびの請求に適用すると南アフリカとイスラエルの間に争議が存在するという事実に疑いの余地はありません。南アフリカはガザでのイスラエルによる行為はジェノサイドであると固く信じていますが、イスラエルはそれを否認したうえでそのような告発は法的には誤りで事実とも異なり、さらに告発することが公序に反するとまで述べました(158)。
16. 事実からの客観的判断によれば南アフリカによる請求日に争議が存在しており、その後のイスラエルによる声明とイスラエルがガザで継続中の行為から争議の存在は確認されています。さらに、南アフリカの度重なる声明、口上書、ICCへイスラエルによるジェノサイド行為を告発したことによって、イスラエルは両国間に争議が存在することを知っていたはずです。
17. 裁判長閣下、国際法廷はすでに暫定措置請求の中では推定の管轄権を述べれば十分であるとの判断を示しています(159)。南アフリカは、南アフリカとイスラエルとの間で後者のジェノサイド条約における責務遂行に関して争議が存在することを、疑問の余地なく示しております。
18. さらに申し上げておかなくてはならないのは、ジェノサイド条約第9条の規定によるジェノサイドを防止する責務を進めるために請求する国と、ジェノサイドを行っているとして告発される国との間での争議は、その存否について特別の考慮を要するものであると指摘しております。
 裁判長閣下、私の弁論はここで終結します。列席判事各位、ご清聴ありがとうございます。次にマックス・デュプレシー教授を発言席に招き、保護を必要とする権利について、またその権利とここに請求している措置との関係について陳述する指示を請うものです。
以上です。
(裁判長: デュガート教授、ありがとうございます。次の発言に移る前に10分間の休憩を設けます。公聴会は中断します。)

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