ユーゴ空爆の背景 利権と歴史と謀略と侵略とメディアの嘘と(33)

ユーゴ戦争:報道批判特集

バルカン半島を破滅に導くアメリカの誤算

1999.7.9 WEB雑誌『憎まれ愚痴』29号掲載

 先に、新潮社発行の『フォーサイト』(1999.6)記事「KLAの『怪しき正体』/麻薬密売組織やイスラム原理主義組織との関連も指摘され」の存在をmailし、その記事の紹介を予定していたのですが、これもやはり「怪しき」『週刊新潮』発売元の発行だけに、案の定、まるで出典の明らかでない薄味記事でした。

 ところが、ある友人が、当方と同じく、いわゆる「独立系」と思われる無料ホームページから、下記の記事を転送してくれました。なかなか良くまとまった記事なので、あえて論評を加えずに送りますので、よろしく、ご参照下さい。

 以下、[MSN Journal コソボの誤算] の転載。


MSNジャーナル 田中 宇の国際ニュース解説 1999年7月8日
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MSNジャーナルは、ウエブサイトにも大量な記事があります。
http://journal.jp.msn.com/default.asp
(2018.8.28追記:「msn.com」の内容は変わっています。以下同)

★バルカン半島を破滅に導くアメリカの誤算

田中 宇

 今年2月、パリにある在フランスのアメリカ大使公邸で、30歳代の男が2人、昼食のテーブルを囲んでいた。

 一人は、アメリカ政府のジェームズ・ルービン(James Rubin)、39歳。オルブライト国務長官の「秘蔵っ子」といわれ、ユーゴスラビア問題の担当をつとめている人物だ。

 そしてもう一人は、31歳のハシム・タチ(Hashim Thaci)。ユーゴのコソボ州で、独立を目指して戦っているゲリラ軍「コソボ解放軍」(KLA)の最高司令官である。

 2人は、直接理解し合える共通言語を持っていなかったので、通訳を介しての懇談だった。後に、この日の会談を報じたウォールストリート・ジャーナルの記事(有料版、6月29日付け)

 How James Rubin Shaped Pact With Hashim Thaci of the KLA
 http://interactive.wsj.com/articles/SB93061314533384762.htm

によると、この日のメインディッシュは、子羊の骨付きステーキであったという。

 ルービンがタチを昼食に誘ったのは、コソボ州で人々の支持を高めつつあったKLAに、ユーゴからの独立を目指すことをやめて、目標をユーゴ内の「自治」にとどめてもらえれば、アメリカが支援を惜しまない、という提案をするためだった。

 談笑する中で、タチがアメリカ映画のファンであることを知ったルービンは、「ハリウッドの友人に話をして、映画のキャストとして出演できるよう、取り計らってあげよう」と言った。タチが「私の役は、正義の味方ですか、それとも悪役?」と尋ねると、ルービンは、KLAが「独立」の目標を下ろしたら良い役をあげよう、という意味を込めて「まだ、分からないな」と、冗談めかして答えたという。

▼「テロリスト」を味方につけたアメリカ

 ルービンは、しばらく前まで、タチと食卓を囲むことになるとは、想像もしていなかっただろう。ルービンはかつてKLAを「テロリスト」と呼んでいたからである。

 アメリカは昨年初めから、コソボ紛争を解決しようと動いていたが、最初はユーゴのミロシェビッチ大統領を説得して、コソボの自治を認めさせる方法を考えていた。そしてルービンは、ミロシェビッチとの会談で、KLAを「テロリストだ」と断定する発言をした

 ところがミロシェビッチは、この発言を利用して、KLAの弾圧に乗り出した。コソボには、KLAを支持する人が多かったが、セルビア軍はKLA支持者とおぼしき人々も含めて攻撃したため、多くの死者が出ることになり、アメリカは急速にミロシェビッチを敵視するようになった。

 今年2月、パリ郊外のランブイエで、セルビア側とコソボ側の双方への、アメリカなどからの「最後の提案」がなされた。セルビアは、コソボの自治を認め、国連の平和維持軍がコソボに入る、という提案で、タチを含む双方の代表が出席した。だが、ミロシェビッチが提案に同意しなかったため、交渉は決裂し、3月25日からのNATO軍の空爆となった。

 このランブイエ会議で、ミロシェビッチがアメリカの提案に従わなかったことが、ルービンとタチとの距離を、急速に縮めることになった。一時は「テロリスト」と呼んだゲリラ軍を、自分たちの地上軍として使うことで、空爆の効果を高めようとしたのだった。

 アメリカは、1992年のソマリア内戦に介入した際、アメリカ兵が何人か死んだだけで、国内に派兵への拒否反応が広がり、それ以来、地域紛争に地上軍を出しにくくなっていた。KLAを、米軍の手先として使うことには、一つの問題があった。KLAがコソボの独立を目標として掲げていたことである。アメリカをはじめとするNATO諸国は、コソボをセルビア国内の一つの地域としか考えておらず、KLAが掲げる独立は認めていなかった。

 タチは、ルービンに対して、コソボ独立を求めないことをしぶしぶ了解し、アメリカとKLAの密約が交わされた。

▼空爆のポイントを教えたKLA

 コソボ国境に近いアルバニア北部の山中には、KLAの軍事訓練所が作られた。そこには、NATOの正規軍こそいなかったが、アメリカ、ヨーロッパ諸国、イスラエルから、「民間」の軍事訓練専門家たちが雇われて来ていた。KLAと同じ民族であるアルバニアの軍隊も、将校を派遣していた。

 KLAの軍事訓練や、武器調達に必要な資金は、出稼ぎなどで欧米に住んでいるアルバニア系の人々からの募金でまかなわれていた。KLAは、5000万-1億ドル(60億―120億円)もの軍資金を集めたと推定される。

 ルービンのタチに対する接近のしかたからみて、KLAが集めた金の中には、アメリカの政府筋の意志で、「民間」を装い、在米アルバニア人を経由して提供されたものが、かなり含まれていた可能性が強い。真偽のほどは不明だが、裏でジョージ・ソロスが資金援助していたとか、KLAは中央アジアからトルコ、ブルガリア、マケドニア、アルバニアを通って西欧に持ち込まれる麻薬密輸ルートに介在し、巨額の資金を作っていたとかいう情報もある。

 アルバニアは失業率が高いこともあり、巨額の資金は、多数の「志願兵」を呼び込む効果もあった。欧米在住のアルバニア系の人々も志願し、KLAは短期間に2万人の兵士を抱えるまでになった。

 KLAは、NATOの側からの非公式な軍事強化策を受けても、まだセルビア軍と互角に戦える力は持っていなかった。その代わりKLAは、セルビア軍のどの部隊が、どのように移動し、NATOの空爆から逃れるために、どこに潜んでいるか、といった状況を、アメリカに伝えてきた。そしてこれが、NATO空爆の攻撃先を決める際、役に立った。アメリカはKLA側に携帯電話をたくさん渡し、戦線の兵士が見聞きした、敵軍に関する情報を、アルバニア北部に作られたKLAの拠点に伝え、それをタチが一括してルービンに報告する、という情報ルートが作られた。

▼クリントンからの電話がご褒美

 6月上旬、ミロシェビッチはコソボからの撤退に同意し、セルビア軍の代わりに、国連軍がコソボに駐屯し、秩序回復を進めていくことになった。

 それまで、NATO軍の非公式地上軍として機能してきたKLAは、正規の国連軍のコソボ進駐とともに、役割を終えることになった。そのためアメリカはKLAに、コソボの自治を実現してやることを条件に、武装解除して解散するよう、要請した。ところがKLAは、「われわれのNATOに対する協力は、自治の回復などという小さな報酬にしか値しないものではない。コソボは自治ではなく、独立しなければならない。KLAは解散せず、独立したコソボの正規軍として認知されるべきだ」と主張した。

 NATOの担当者とKLA側との交渉は暗礁に乗り上げ、再びルービンが呼び出され、アルバニア北部のKLAの軍事拠点に向かった。ルービンはタチと会い、再び2人だけで、何時間にもわたり、話し合った。

 ルービンは、KLAが武装解除と解散に応じるなら、いったんKLAが解散し、コソボの自治政府の選挙が終わり、国連軍が撤退するときになったら、KLAをコソボ自治政府の警察隊として、再編成することに協力しよう、と提案した。その時は、アメリカが組織作りや訓練に協力する、と約束した。そして、もしKLAが武装解除と解散に応じれば、コソボにはアメリカや西欧各国から、地域再建のための資金援助が入るという条件も、ちらつかせた。

 それらの条件をもらい、タチは再び、しぶしぶアメリカの提案に従った。昨年2月のご褒美は、ハリウッド映画への出演だったが、今度のご褒美は、クリントン大統領からの、感謝の電話だった。

 タチは、昨年のランブイエ会議の時、コソボにいるKLAの他の幹部たちと電話で相談するたびに、自分の意見が変わってしまうという、リーダーとしては優柔不断な姿を、欧米の外交官たちに見られている。そんな関係で、ルービンは、31歳という若さのタチを、政治経験の浅い若造だと思い、この程度の「ご褒美」で舞い上がると思ったのかもしれない。

▼おそまつな武装解除

 こうして、国連軍が進駐したあと、KLAの武装解除が始まった。6月末から90日間に、KLAの兵士が持っているすべての武器を、回収することになった。

 ところが、KLAの武器が全部でどのくらいあるか、それが把握できていない。しかも、KLAの各部隊のリーダーの中には、欧米の報道機関の取材に対してさえ「武器は一部しか提出しない。残りは隠しておく」「男性は全員、1丁ずつの銃を保持する、というのが、われわれアルバニア人の伝統であり、その分は、武装解除の対象とはならない」などと述べている人がおり、KLAが完全に武装解除される可能性は、とても低い

 しかも、そんなお粗末な状況であるにもかかわらず、国連軍の司令官は「KLAの武装解除は、順調に進んでいる」と発表している。まるで、KLAが武装解除する気がないのを知りながら、見て見ぬふりをしているかのようだ。

 そして、武装解除の進展がうやむやにされていく中で、KLAはコソボにおける事実上の行政権を持ち始めている。KLAは「コソボ暫定政府」という、今後のコソボの自治政府となる組織を設立したが、タチはその「首相」に自らを任命し、自分の腹心たちを、各種の「大臣」や、コソボ内の主要都市の「市長」に任命した。

 国連としては、これらの役職に就く人を、国連の監視のもとで選挙を行って決定しようと考えており、タチの「首相就任」を認めていない。

 そんな中、7月5日に国連は、フランスの保健大臣を、国連がコソボに派遣する行政の最高責任者として任命した。するとこれを受けて、タチは「誰がコソボを統治するか、という問題は、まだ結論が出ていない」との主張を発表した。これはつまり、国連側の出方によっては、KLAが国連の行政権を認めず、KLA自身の行政権を主張することだってありうる、という発言である。

 また、国連がコソボの独立を認めないなら、KLAはコソボにおける国連の存在を認めず、自分たちこそが政府であると主張するぞ、ということだ。そして、始まったばかりの武装解除も、最後まで進めるとは限らず、KLAが再び武装して山の中にこもることだってできる、と述べた。

▼大アルバニア、大セルビア、大ブルガリア・・・

 アメリカ、NATO、国連はいずれも、コソボをセルビアから独立させるわけにはいかない、と考えている。もしコソボが独立したら、同じ民族である隣国アルバニアと統一しようとするだろう。(だからこそアルバニアは、国を挙げてKLAを支援してきた)

 そうなると、大きくなったアルバニアは、アルバニア系住民が住むもう一つの隣接地域である、マケドニアの西部の人々を焚き付けて、マケドニア本体から分離させ、大アルバニアに併合しようとするだろう。これは、マケドニアで殺し合いが始まることを意味している。

 アルバニアにとって、こうした「大アルバニア」の実現は、歴史的な悲願である。だが、バルカン半島の長い民族紛争の中で、現在より広い領土をかつて持っていた国は、アルバニアだけではない。かつて「大アルバニア」が存在していたように、「大ブルガリア」「大セルビア」「大マケドニア」などの悲願も、それぞれの国の民族的な記憶の中に、存在している。

 マケドニアの人々は、西半分の領土を奪われまいとして、アルバニア人と血みどろの戦いを始めるだろう。それは、南側のギリシャ北部に住むマケドニア人を、刺激することになる。そして、東隣のブルガリアは、この機に乗じて、東マケドニアは大ブルガリアの一部であるという、歴史的な主張を再発させるかもしれない・・・。

 これが、バルカン半島の悪夢といわれる、最悪のシナリオである。こうした悪夢を誘発せぬよう、アメリカや国連は、この地域の紛争に対して、「現状維持」が最善の状況であると決め、コソボの独立も認めないという方針を採っている。

 アメリカやNATO諸国にとっては、コソボの平和を維持することを目標に掲げて空爆を行い、ルービンはタチを説得して「独立」を思いとどまらせようとしたはずだ。だが実際には、空爆によって、コソボに住んでいた少数派のセルビア系住民は、ほとんど全員が難民と化してセルビアに追放され、2度と戻ってこれない状況になっている。

 かつてコソボは、アルバニア系とセルビア系が共存している地域だったが、NATO空爆は、この共存を維持するどころか、元に戻せないかたちで破壊してしまった。コソボにはアルバニア系住民しかいなくなり、独立に近づいた。

 ルービンはタチに、KLAが「自治州の警察隊」となることを提案した。だが、ギリシャなど周辺国は、「警察隊」であれ何であれ、KLAが存続すると、コソボ独立をめざす武装集団になるとして、その案に強く反対しており、国連が"このアメリカ案"を認めることはなさそうだ。そして、「国際社会」がそんな論議を続けているうちに、コソボは、どんどん事実上の独立を勝ち取る方向に動いている。

 ルービンがタチに対して約束した「ハリウッド映画デビュー」の話が、まだ生きている約束なのかどうか、知らないが、タチはいつのまにか、そんな「ご褒美」より、はるかに魅力的な、「コソボ共和国」という独立国の最高指導者という地位を、獲得しようとしている。アメリカの外交政策は甘すぎた、と言わざるを得ない。

(続く可能性あり)

田中 宇(たなか・さかい)・・・筆者紹介は

 http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=sakait&vf=1

●参考にした英文記事など

Kosovo in transition
 http://channel.nytimes.com/library/world/kosovo-index.html

Jockeying for control of Kosovo
 http://www.csmonitor.com/durable/1999/07/01/text/p1s2.html

NATO Is 'Broadly Satisfied' With KLA Disarmament'
 http://www.washingtonpost.com/wp-srv/WPlate/1999-06/30/084l-063099-idx.html

KLA Leadership's Resistance To the U.N. Gains Momentum
 http://interactive.wsj.com/articles/SB931114773316883751.htm

●これまでに書いた記事

★ユーゴ戦争:アメリカ色に染まる欧州軍

 http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=990405yugo&vf=1

(4月5日) コソボ空爆はアメリカにとって、NATOに「世界の警察官」としての役割の一翼を担わせるための戦略のひとつだ。冷戦後のNATOを、欧州の自衛のための組織にしようと考える欧州諸国に対して、アメリカは「コソボの人権侵害を放置するのか」と詰め寄り、「内政干渉」という言葉を廃語にしてしまうような、新たな戦争を始めた。アメリカは日本に対しても、北朝鮮の問題をめぐって、似たような要求を突き付けている。

★ユーゴスラビア:自国への空爆を招き入れた大統領

 http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=990401yugo&vf=1

(4月1日) NATOによるユーゴスラビア爆撃は、ユーゴのミロシェビッチ大統領が権力維持のために招き入れたものではないか。彼はこれまで、危機を回避するために、より大きな危機を発生させる、という策略を続けてきた。コソボ紛争をわざと拡大し、民族団結を信奉する社会主義時代のチトー主義を崩壊させて政権を握った後、ボスニアで戦争を起こして難民をセルビア領内に流入させ、支持者を増やした。その延長に空爆がある。

★憎しみのバルカン:戦争を利用する人々

 http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=981030balkan&vf=1

(98年10月30日)豪邸を建てたギリシャのビジネスマン、アルバニアではねずみ講や前大統領、そしてイランやリビアなどのイスラム主義の国々・・・。延々と続くバルカン半島の戦争の裏で、ぼろ儲けや勢力拡大を図るさまざまな思惑が交錯している。欧米諸国はバルカンの人々に「大ヨーロッパ統合」の夢を植え付けることで平和を実現しようとしているが、各地で出てくる民族主義との綱引きに手を焼いている。

★バルカンの憎しみとコソボの悲劇

 http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=981027kosovo&vf=1

(98年10月27日)当初、コソボのアルバニア人たちは武装闘争をしなかったが、ボスニアのセルビア人は残虐な戦いに出た。その結果、セルビア人はボスニアで独立国を作ることを欧米から許されたが、コソボの独立は無視されたままだった。アルバニア人は、ガンジー以来の非暴力運動が何の尊敬も勝ち取れないことを思い知らされた。こうして翌1996年から、コソボでもゲリラ闘争が始まった・・・


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(2018.8.28追記:➡「田中宇の国際ニュース解説」

 以上で転載終り。


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