ユーゴ空爆の背景 利権と歴史と謀略と侵略とメディアの嘘と(15)

ユーゴ戦争:報道批判特集

ユーゴ「戦争」の用語表現に関する雑談

1999.5.28 WEB雑誌『憎まれ愚痴』22号掲載

いくつかのmailのやりとりの増補。記載の一部を省略。

「空爆」か「航空戦争」か、はたまた、……


[aml 12353] air war?
Received: 1999.5.26 9:13 AM
From: Ernesto,

 エルネストです。

 木村愛二さんは、「ユ-ゴ空爆、もしくは航空戦争(air war)」という表現が気に入られているようですが、これは結果的に、NATOのプロパガンダになっていませんか?

 地上戦(land war)ではないのだ、湾岸時のnintendo war と同じなのだ、と。


以下は、私の御礼、釈明、追加。


[aml 12360] Re:air war?
Sent: 1999.5.26 10:05 AM

 木村愛二です。

 [aml 12353]エルンストさんの、air warはNATO宣伝になりかねないとの御注意、有難うございました。air warという表現には、「アメリカの一部メディア表現による」とでも注釈を加えるべきところでした。

 確か、すでに私は、この表現を米軍放送で聞いたとmailしたはずです。日本のメディアが横並びで使う「空爆」だけだと「戦争」が入っていないので、少なくともアメリカ人は「戦争」と理解してますよ、という意味を軽く込めたつもりだったのですが、逆に理解されることもあるでしょうね。

 また、KLAをだしに使う「地上戦」も作戦計画の中に潜んでいたのだという意味のmailを送っており、それ以前にも、米軍放送には「モニカ戦争」という表現があったことを送りました。空爆という表現については、ロフトプラスワンで、軍事評論家の宇垣さんが、軍事用語としては「航空爆撃」であると言っていました。その後、アジア記者クラブの例会で、現地にも詳しい千田さんから、アメリカの政界では、「オルブライト戦争」と言っていると聞きました。ここらで「誤爆戦争」とでもしましょうか。

 アメリカ版「鉄の女」オルブライトには、クリちゃんの教育ママの要素もあり、チェコ生まれのユダヤ人という東欧ロビーにもシオニスト・ロビーにもつながる与論操作パワーの恐ろしい背景を感じています。元国連大使として、国際政治に通じています。この点も、いずれまとめる予定です。

 なお、私の頭の隅には、御存じモニカ、鉄の鞭を振るうオルブライト、鞭打たれる度にwarと吠えるクリントン、その尻尾にミソッカスのミツグ君の小淵君を配したSM風刺漫画がちらついているのですが、絵は下手だし、しかも、これは発禁ものなので、公安筋の介入を招く心配もあり、文字でも表現せず自主規制し、皆様のご想像に任せます。

 以上。


先に送った「増え過ぎ説」に関して。

 以下では「長い反論」そのものも、発信者の名前も、省略します。「反論」の中心点は、私なりに要約すると、「一見科学的な俗論」に迷わされるなということなのですが、私は、意外にも、これが、最も重要な潜在的動機なのではないかとさえ考えているのです。若干、増補します。


[union 541] Re: ユーゴ空爆の基本構造
Sent: 1999.5.25 10:48 AM

 木村愛二です。

 人類増え過ぎを空爆の潜在的要因の1つとする説について、長い反論がありました。

 放談の相棒として岩田昌征(まさゆき。千葉大学教授)さんの名前を出したことに責任を感じますが、御本人は、著書に漢詩(ただし、日本式の読み下しを添えていない点を私は編集者の責任も含めて批判)を載せたりする幅広い方ですから、別に怒りはしないでしょう。

 反発も、ごもっともなことで、『資本論』などからの論理的飛躍を誤解されたのだと思います。私自身の議論の場は、1箇所だけではありませんでした。mailは切り縮めたものです。

 中間項として、以下の状況認識を加えます。

 国際法蹂躙、諸国家連合(国際連合は曲訳)無視のご都合主義。

 ユダヤ教徒を差別しながら、すぐにユダヤの部族信仰の聖書を持ち出す非科学性。

 民族(nationは国家でも国民でも部族でもあるデタラメ語。語源のラテン語、natioは「生まれ」)という言葉の歪んだ扇動的利用法。

 なお、現在、コゾボ州のアルバニア系住民を英語では、ethnic Albanianと呼んでいますが、ethnicはnatioとは、まるで違う意味の言葉だったのです。ethnicの語源はギリシャ語で、英語ではcharacter(性格)の意味です。英語ではethos([特定の民族・社会・時代・文化などの]気風、精神、思潮、特質)が一番、原意に近いのです。

 ラテン語のethica(倫理学、道徳学)が英語ではethicsとなり、ラテン語のethicus(外教の、異教徒の、異教徒)が、英語で「民族」にも転用されるようになったもので、いかに「いい加減な用法」であるかは、明白この上もありません。

 さらに、欧米では東方教会をキリスト教とは考えていないとか。

 ゲルマン系やラテン系は、ユーゴ人をアジアチック(野蛮人)と思っているとか。

 だから、そっちの方が増えるのがNATOの中心勢力として我慢ならないのだとか。

「民主主義」を旗印とする欧米の野蛮さ、独善、それに追随して、すぐに「理解」してしまう首相を頂く国の不勉強な借り物文化人(岩波書店等の著名大手出版社が崇める権威)、支配層の卑屈さ、怪しさとか。

 などなど、ありとあらゆる要因を、私は、何人かと、何箇所かで、一緒に数え上げては罵倒し続け、いわば連続議論の末の話として、その政治的、軍事的、経済的動機と、その理屈抜きの蛮行のエスカレートの底辺に、深く潜む地上最悪の動物、裸の猿の本性の議論を位置付けたのです。

 なお、この種の罵倒型議論を展開すると、どうしても、組織や個人の名前が出て来るのですが、その際、「味方の意見の相違を言い立てる」とか、「団結を疎外する」とか言って、上品ぶって、たしなめたり、偉そうに威張って怒ったりする人がいます。私は、むしろ、そういう重要かつ核心的な議論をしないで、避け続けて、自分自身の脳味噌を鍛えず、常に怪し気な権威に頼り、肝心の時には沽券を振りかざしては自己中心の分裂を正当化したり、言葉の議論が満足にできずにゲバ棒を振り回すようなヤカラのこそが、最も野蛮極まりない退化動物だと思っています。

 私の考えでは、戦後型「教育ママ」の最大の弊害は、肉体的にも精神的にも喧嘩の経験を持たない、つまりは、一番大事な世間教育の機会を逸した、世にも不思議な「文化」的退化動物を大量生産してしまったことなのです。

 皆さんにお薦めしたい自己省察、ひいては裸の猿研究の一助は、私が学生時代に友人の心理学の卒論の実験動物になって教わり、それ以来、時折試みている一種の「逆探知連想ゲーム」です。散歩などの際、ぼんやりと何かを考え、次々と連想が広がりますが、それを辿り直すと、必ず、直接の外部からの入力に行き着きます。このメカニズムは、原始細胞の発生以来、同じだと思います。

 私は、自然科学に対しては、懐疑を抱くどころか、むしろ、いわゆる文化人類学は、私の、または数多の先輩たちの人生経験による知恵を追い掛けて、遅れて付いてくるものとさえ位置付けています。大先輩のよすが、チンパンジーに関しては、つい最近、身体の調子が悪いと虫下しの葉っぱを噛まずに、つまり、虫のいる小腸まで有効成分が届くように飲み込むという習性観察の記事(日経1999.5.23.「森のナゾ」11」)を切り抜いたばかりです。

 また大いに議論しましょう。呵々。


 以上。


(16)一方的な報道(『ボスニア戦記』)による悪魔化
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