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『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』第2章10

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦

(第2章10) 双分氏族

 アフリカ人は、早くから、双分氏族制をきずいていた。

 「双分」というのは、ふたつの分族があって、それがワンペアになっていることである。単に氏族制社会とか、原始共同体とか、原始共産制とかいう表現をしている学者も多い。しかし、この「双分」の関係こそが、最大のポイントである。そして、このワンペアが基礎単位になっている。

 従来の研究はおおむね、ふたつの分族同志の婚姻関係に焦点を当ててきた。しかしわたしは、婚姻関係をひとつの手段と考える。

 たとえば、フランス人のマカリウス夫妻の『族外婚とトーテミズムの起源』では、双分民族制の発生の原因を、狩猟文化に求めている。彼らは、現存の狩猟民のデータをあげ、2つの狩猟民の集団が、狩猟地のなわばり争いをやめ、協力関係を結ぶための手段として、婚姻関係を結んだのだと主張している。わたしも、基本的に、この考え方に賛成である。「基本的に」とことわったのは、もしかすると、大型化した集団が、2つにわかれたのちも、協力関係を維持したという可能性が残っているからである。そして、この方式が、新しい別の集団と協力する場合に、生かされていったとも考えられる。

 いずれにしても、2集団の協力によって、大型獣の狩猟も容易になった。狩猟用具の製作、家事、育児の分業は発展した。この生産力の増大、そして、人口の増加こそが、双分民族制の発展を保障したことは、うたがう余地のない事実であろう。

 さて、双分氏族制の発生を、約3万年前とする学者もいる。紀元前1万年の異常乾燥期に直面したアフリカ人が、この段階にあったのは当然である。むしろ、アフリカ大陸こそが、双分氏族制の出発点であったと考えるべきであろう。このことは、マカリウス夫妻も、ほかの学著も、全くふれていないのだが、最も重要なポイントである。

 というのは、このポイントなしには、双分氏族制発生の必然性がはっきりしない。つまり、狩猟文化が発展して、狩猟人口がふえなくては、なわばりの衝突は起きない。それが最も早く起きたのは、アフリカ大陸に他ならない。そして、双分氏族制により、集団の力が強まって、道具製作の分業が生れなければ、新しい狩猟用具の開発はむずかしい。

 アフリカ大陸で、何種類もの飛び道具が発明されたのは、決して偶然ではない。それは、当時のアフリカ大陸における社会組織の発展を証明するものである。

 さて、このような狩猟(採集)文化と、社会組織とをもつアフリカの諸民族が、いままでよりはるかにせまい地帯に押しこまれた。当然、新しいなわばり争いがくりかえされたであろう。

 『アフリカ創世記/殺戮と闘争の人類史』の著者、アードレイは、動物の習性学[エソロジー]にもとづいて、オーストラロピテクスの自然淘汰と進化、最初の武器の発達を論じている。それによると、なわばり争いは、小鳥にさえみられる大変に強い本能になっているらしい。もちろん、双分氏族制度をもった人類集団には、新しい解決方法、つまり、一族としての縁結びという方法があった。だが、如何にせん、狩猟地・採集地は、従来よりも、はるかにせまくならざるをえなかった。当然、食料は不足してくる。

 戦争か、平和か。おそらく男たちは、新しい一族との縁結びを軍事力の強化と認め、つぎの戦争を開始し、狩猟地をひろげようとしたであろう。しかし、狩猟文化のかげにかくれていた採集者の女たちは、平和な解決方法を探し求めた。ただし、女たちの方が思想的にすぐれていて、平和を願ったという意味ではない。女たちは、いやおうなしに、出産と育児に結びつけられていたし、食物採集という作業も、戦争技術とは無縁のものであった。

 では、新しい文化、つまり、せまいなわばりの中でも生産性の高い農耕文化のにない手となるアフリカの女たちは、どういう道具をもっていたであろうか。

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