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『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』第2章9

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦

(第2章9) 狩猟者たち

 果たして、アフリカの当時の住民は、農耕を発明するだけの主体的な条件、つまり、技術や社会組織をもっていたであろうか。この条件も満たされなければ、白然環境の変化に対応した飛躍はむずかしい。そして、この点は、ほとんどの学者によって、ぼんやりとしか語られていない。

 ところが、アフリカ人こそが、当時の世界で、もっとも進歩的な文化をもっていたのである。

 たとえば、オリエント起源説の権化のようなイギリス人の考古学者、ホィラーでさえ、旧石器時代におけるアフリカ大陸の先進性を認めている。この場合、紀元前1万年に近い時期を考えると、単に旧石器文化というよりも、狩猟文化の全盛時代とした方がよい。そして、全世界から発見される狩猟用の飛び道具のすべてが、アフリカ大陸で発明された可能性が、ほぼ決定的なのである。

 学者は、弓矢が、紀元前1万2000年頃、サハラで発明されたと認めている。それより古いものには投槍器がある。これはヤリを溝のついた棒にひっかけて飛ばすものであり、ニュージーランドやオーストラリアでは、現在も、主要な狩猟用具として使われている。オーストラリアといえば、ブーメランが有名だが、これもアフリカにあった。東南アジアやアメリカで使われている吹矢も、アフリカにあった。一番面白いのは、インカ帝国の軍隊で主力武器となっていたボーラである。これは数個の丸石を皮でつつみ、それを皮のひもでつなぎあわせたものである。頭上で振りまわして勢いをつけたのち、動物(人間も不幸な仲間であった)に投げつける。数個の弾丸が一緒に飛ぶわけだから、命中率も高いし、首や足元にからみついたりもする。かなり効率のいい武器である。

 しかも、ボーラについては、当時の社会組織を照らしだす重要な遺跡さえ発見された。ケニア高原から、ボーラ用に仕上げた大量の丸石を貯蔵した倉庫が、発掘されたのである。そして、その他住居跡の状況からみても、すでに、ボーラづくりに分業が成立していたと主張されている。

 以上のような考古学的発見によって、旧石器時代のアフリカ大陸が狩猟文化の繁栄期にあり、当時の世界の人類社会の中心地であったことは、だれしも認めざるをえなくなってきた。ということは、当然、当時のアフリカ大陸の人口密度が世界最高だったという推論をもみちびきだす。文化的繁栄が人口増大につながることは明らかである。残念ながら、当時のアフリカ大陸の人口推計は発見できなかった。しかし、わたしのこの考え方は、だれしも否定できないだろう。

 では、それだけの狩猟文化を発展させたアフリカ人は、どんな社会組織をもっていたのだろうか。

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