「より良い医療」を理由に
マイナ保険証を強要できるか

<目次>
●健康保険証廃止の前提条件を検討
●メリットを感じないマイナ保険証
●「より良い医療」のためなら選択制を
●広がる医療・健診・介護情報の共有
●DV等対象者や機微な診療情報の取扱い
●自己情報コントロールの保障がない

 2月17日(2023年)、「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会」は「中間とりまとめ」を公表した。これを受けて、マイナカードを持たない人への無料の「資格確認書」の発行や「特急発行・交付」の仕組み、1歳未満への顔写真がないカードの交付、対面での本人確認が難しい場合の代理人への交付などが報じられている。またそれ以外にマイナンバーカードから住所、性別、マイナンバーの記載を削除する方向で検討という、マイナカードのあり方も変える報道もある。

●健康保険証廃止の前提条件を検討

 昨年10月13日に河野デジタル大臣が2024年秋に健康保険証を廃止すると記者会見したが、廃止には前提条件があることを当ブログで指摘してきた。この検討会はその条件に対応するためにデジタル大臣、総務大臣、厚労大臣を構成員とし、昨年12月6日に第1回が行われ検討課題(案)を示したあと専門家WGで検討してきた。
 専門家WGの議事概要も2月17日に公表されているが、デジタル庁統括官を座長に総務省・厚労省の担当局長、医師会、歯科医師会、薬剤師会、健保連、国保中央会を構成員に、昨年12月22日23日に高齢者、障害者などの関係団体からヒアリングを行っていた。
 「中間とりまとめで具体化に至らなかった事項については、最終とりまとめに反映できるよう検討する」と記されているように、ヒアリングでは多くの課題が指摘され、その解決策を国は示すこともできなかったにもかかわらず、わずか2回(2月7日、16日)のWGで拙速にもまとめを公表したことに政府の焦りが感じられる。

●メリットを感じないマイナ保険証

 「中間とりまとめ」は冒頭、マイナンバーカードと健康保険証一体化の意義として、マイナ保険証のメリットを並べている。しかしメリットが感じられていないことは、政府の調査でも明らかになっている。
 昨年12月2日~12日の調査では、マイナンバーカードの健康保険証利用を申し込んだ理由の実に89.1%は「マイナポイントがもらえるから」であり、「利用できるから」14.3%、「メリットを感じたから」11.6%を大きく上回っている。昨年8月26日~9月2日の調査結果も同様だが、マイナ保険証を利用できる医療機関は増えているのにメリットを感じる人はさらに減っている。政府のメリット論の破綻は明らかだ。
 実際、マイナ保険証のメリットと言われていることに対しては、さまざまな疑問がある一方で、危険性も指摘されている(当ブログ「やっぱり負担増になるマイナカード保険証」参照)。

  2023年1月15日スペースエフ緊急学習会資料より

●「より良い医療」のためなら選択制を

 メリット論の説得力のなさを悟ったのか、最近政府は「データに基づいたより良い医療を受けるため」ということを強調している。マイナ保険証を利用することで、薬剤服用歴や特定健診(俗に言うメタボ健診)のデータ、さらに昨年9月からは受診した医療機関で他の医療機関の診療情報も見ることができるようになったことを、より良い医療を受けられると言っている(厚労省資料参照)。
 医療機関での閲覧は本人同意が必要となっているが、医師から閲覧を求められて患者が拒めるか、カードリーダーで「同意」を押すときに仕組みをどこまで患者が理解しているか、疑問だ。
 診療情報等を医師に提供することにメリットを感じる場合もあるだろうが、知られたくない情報が伝わるデメリットを感じる場合もあるだろう。閲覧を希望しない患者にまでマイナ保険証の利用を押しつけるのは、人権侵害ではないか。医療機関側はより多くの情報を欲するだろうが、そのために患者が受診をためらうようになっては元も子もない。少なくともマイナ保険証の利用は選択制にして、望まない患者には保険証を交付すべきだ。

 実際、オンライン資格確認の本格運用が始まった2021年10月から2022年12月までで、マイナンバーカードを使って資格確認した件数は4,941,102件だが、患者が医療機関の閲覧に同意したのは特定健診等情報が818,606件、薬剤情報が2,168,971件となっている(社会保障審議会医療保険部会2023年1月16日第162回資料1より)。閲覧は特定健診等が約16%、薬剤情報でも約44%しかなく、閲覧を望まない患者が少なくないことが推測できる。
 ちなみに同時期にオンライン資格確認は約7億件利用されているが、マイナカードによるものは約495万件、保険証によるもの約6億件、一括照会によるもの約9,200万件となっている。マイナカードを使わなければ健診情報等は閲覧できないが、閲覧できない場合でもオンライン資格確認を導入している医療機関で受診すると支払い(加算、下表参照)が増える。大部分の閲覧していない患者から、「より良い医療」を理由に加算を取るのはボッタクリだ。

●広がる医療・健診・介護情報の共有

 政府は医療DXとしてオンライン資格確認等システムを拡充して「全国医療情報プラットフォーム」をつくり、特定健診や服薬情報だけでなく電子カルテや自治体の健診、介護情報など医療・健康・介護情報全般を医療機関が閲覧できるようにしようとしている(「骨太の方針2022」32頁)。

「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム第1回2022年9月22日資料1より
2022年11月17日院内集会 神奈川県保険医協会藤田理事資料より

 共有情報が広がると、閲覧に同意するとどのような情報が医師に伝わるかわからなくなり、医師と患者の信頼関係を損なうことも出てくるだろう。医療情報の利活用によって産業振興につながることを期待してこのような共有を進めることは、医療者の職業倫理にも反する。

●DV等対象者や機微な診療情報の取扱い

 オンライン資格確認等システムの導入に向けて厚労省が検討した資料では、DV対象者の情報や機微な診療情報の取扱いをどうするかが検討課題となっていた。

オンライン資格確認等システムに関する運用等の整理案(概要)(令和元年6月版)104頁

 DV被害者等のマイナ保険証利用にあたっては、オンライン資格確認等システムの開始によりDVや虐待等の被害者の情報が加害者に閲覧されると身体・生命の危険につながるため、本人が「自己情報提供不可フラグ」の設定をすることを自治体は呼びかけている(たとえば船橋市和光市京都市いわき市瀬戸市浜松市松前町羽村市港区等)。
 機微な診療情報(精神科、婦人科等)については、受診履歴が第三者に知られることが心理的負荷やストレスにつながるため、現在は医療費の通知に記載しない扱いになっていることをふまえて、本人の申請により保険者が「自己情報提供不可フラグ」を設定するとなっている。

オンライン資格確認等システムに関する運用等の整理案(概要)(令和元年6月版)106頁

●自己情報コントロールの保障がない

 しかしフラグを設定すると「機微な診療情報項目だけではなく、情報全体を閲覧不可とする」扱いになる。健診・服薬・診療情報を医療機関が閲覧できるのがマイナ保険証のメリットだとすると、DV等被害者や機微な診療を受けている人は、マイナ保険証のメリットを享受できないという差別的扱いを受けることになる。また医療機関等に対しては、フラグを付けていることによって、DV等被害者や機微な診療を受けているということのカミングアウトを強いられる。
 誰もが、個々の診療内容毎に、誰に対して、どんな情報を提供するか、さらにはどんな情報をシステムに記録するか、決められる仕組みになっていれば防げる問題だ。マイナ保険証(オンライン資格確認等システム)も、マイナンバー制度も、このような自己情報コントロール権を保障する仕組みになっていない。
 マイナンバー制度の開始時には「医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する」ことになっていた(「社会保障・税番号大綱」55頁)。そして「社会保障・税番号大綱」では、マイナンバー制度によって実現すべき社会として「国民の権利を守り、国民が自己情報をコントロールできる社会」もあげていた(5頁)。
 マイナ保険証や医療DXを進める前に、まず自己情報コントロール権を保障する法整備をすべきだ。

マイナ保険証はいらない!
マイナカードは義務ではない

 河野デジタル大臣が2022年10月13日の記者会見で突然、2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目ざすと表明して以降、「マイナカード、事実上の義務化」などと報じられていることの影響で「マイナンバーカードを申請しなければいけないのだろうか」という疑問が寄せられている。
 2022年11月9日の当ブログでも書いたように、マイナンバーカードの所持は義務ではない。健康保険証廃止でもそのことは変わらないと政府も明言しており、あわててマイナンバーカードを申請する必要はまったくない。マイナカードの普及率は6割程度だ。これからも健康保険証を使おう。

●マイナカードの所持は義務にならない

 番号法第16条の二で、個人番号カード(マイナンバーカード)は「政令で定めるところにより、住民基本台帳に記録されている者の申請に基づき」発行されることになっている。申請するかしないかは、個人の自由だ。
 総務省は「取得を義務付けるべきではないか」の問いに「マイナンバーカードは、本人の協力のもと、対面での厳格な本人確認を経て発行される必要があるが、カード取得を義務付ければ、この本人の協力を強要することとなり、手法として適当でない。」と答え(経済財政諮問会議の国と地方のシステムワーキング・グループ(2019年3月15日第17回)その考えは今も変わらないとしている。
 公務員へのカード取得強要が社会問題になったときにも、総務省は取得は義務なのかの問いに「マイナンバーカードは、本人の意思で申請するものであり、(公務員に限らず)取得義務は課されておらず、取得を強制するものではない」(総務省自治行政局公務員部福利課の令和元年9月20日付「地方公務員等のマイナンバーカードの一斉取得の推進に関するQ&A」)と説明していた。

●健康保険証廃止=マイナカード義務化ではない

 マイナ保険証を審議した第210回国会でも、政府は繰り返し「マイナンバーカードの取得は義務ではない」と明言し、健康保険証が廃止されてもそれは変わらないと答弁している。
 2022年10月20日参議院予算委では河野デジタル大臣が、マイナンバーカードを保険証として利用しても「以前と同様、申請に応じて、求めに応じてマイナンバーカードを交付する、その状況には変わりはございません」と述べ、そうはいっても保険証を廃止するということはほぼ義務化に近いので本来は法改正すべきではないかとの質問に、「法改正は必要ございません」と答えている。
 10月27日の衆議院総務委では、デジタル庁審議官が「マイナンバーカードはマイナンバー法におきまして、国民の申請に基づき交付されるものであるというふうに書いてございます。この点を今回変更しようとするものではございません。」と説明し、厚生労働省大臣官房審議官は「マイナンバーカードは国民の申請に基づき交付されるものでございまして、今回のマイナンバーカードと健康保険証の一体化、これはこの点を変更するものではないと承知しております。したがいまして、今回の取組によりまして、マイナンバーカードの保有が義務づけられるものではございません。」と説明している
 2022年10月28日の衆議院内閣委では、次のようなやりとりがされている。

○委員
 河野大臣が今般、マイナンバーカード保険証の実質義務化を前倒し実施する方針を示されたその意図
○河野国務大臣
 マイナンバーカードは、申請に応じて交付をするというところは変わっておりませんので、義務化ではございません。
○委員
 今、義務ではないとおっしゃいましたが、実質的には義務のように感じてしまう国民も多いかと思うんですね。反対される方の中で多いのが、マイナンバーカード取得は任意ではないのかということですね。マイナンバーカードの取得自体が、そもそもが任意であるのか義務であるのか、政府としての明確な御答弁を
○村上政府参考人(デジタル庁統括官)
 マイナンバーカードは、対面に加え、オンラインでも確実な本人確認ができる最高位の身分証であり、安全、安心なデジタル社会のパスポートということではございますが、先ほど大臣からも御答弁申し上げたとおり、その取得は本人の意思で申請するものであり、国民の皆様に取得義務は課されておらず、取得を強制するものではないということでございます。
○委員
 であれば、国民皆保険の我が国で、現行の保険証を廃止し、マイナ保険証に一本化するということは、実質のマイナンバーカード取得義務化となり、法の趣旨に反することにはならないか
○村上政府参考人 
 マイナンバーカードは、趣旨、繰り返しになりますが、国民の申請に基づき交付されるものでございます。この点につきましては、マイナンバーカードと健康保険証の一体化に当たっても変更することはございません。したがって、マイナンバーカード保有を義務づけるということを申し上げているものではないということでございます。

●健康保険証廃止には前提条件がある

 「2024年秋に健康保険証廃止」だけがクローズアップされ、あたかも決定した既定方針であるかのように思われているが、10月13日の記者会見の内容をよく見る必要がある。
 記者会見で河野大臣は、岸田首相の指示で9月29日から河野大臣が議長の関係省庁の連絡会議で検討し首相に報告した内容を発表している。つまり河野大臣の「独走」ではなく岸田首相の指示によること、閣議決定を経ていない関係省庁の会議の結果、ということだ。
 そこで「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に向けた取組」について、以前の閣議決定を前倒しして、
①訪問診療、あんま、鍼灸などにおいてマイナンバーカードに対応するための補正予算の要求
②マイナンバーカードの取得の徹底
③カードの手続き・様式の見直し

の3点の検討を行った上で、2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目指すと発表した。
 つまり①~③という前提条件をクリアして、はじめて保険証廃止を目指すことができる。
 さらに2022年10月24日の衆議院予算委員会で岸田首相は、2024年秋の後にマイナンバーカードを取得しない人はどうすればいいのか、資格証明書(窓口でまず十割全額自己負担して後でお金が振り込まれる)のように窓口全額負担になるのか、との質問に対し、保険証に代わる保険診療を受けられる制度を用意するという第④の条件を答弁している

条件④ 岸田首相答弁
 政府としては、マイナンバーカードを普及させ、そして、令和六年秋に健康保険証の廃止を目指すことといたしておりますが、何らかの理由によって取得ができない方取得されない方、こうしたことについては、保険料を納めておられる方については、一旦全額を負担していただくようなことはなく保険診療を受けられること、これは当然のことであると思います。そのための準備を進めるよう、担当大臣が今調整を進めている次第であります。・・・保険料を納めておられる方は、その仕組み(=資格証明書)ではなくして保険診療を受けられる、こうした制度を用意しますということを申し上げています。

 この①~④の条件がクリアできないと保険証廃止はできない。②マイナンバーカードの取得の「徹底」というが、カードの取得は義務ではなく、市民がマイナンバーカードと健康保険証の一体化などにメリットを感じて自ら取得しないかぎり「徹底」はされず、保険証は廃止できない。
 さらにマイナ保険証を使うためのオンライン資格確認等確認システムが全ての医療機関で整備されなければ保険証の廃止はできないが、中医協(中央社会保険医療協議会)の2022年8月10日の答申では、現在紙レセプトでの請求が認められている保険医療機関・保険薬局については、オンライン資格確認導入の原則義務付けの例外としている。
 また12月23日の中医協では、離島・山間や建物の制約でオンライン資格確認に必要な電気通信回線(光回線)が整備されていない医療機関等は、回線が整備されるまで延期とされている。そもそもオンライン資格確認の運用を開始している医療機関等は、2023年1月29日時点でも44.7%にとどまっている(医科診療所は32.7%、歯科診療所は36.1%)。

●閣議決定を覆す記者会見の内容

 政府は2022年6月7日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」で、マイナンバーカードと健康保険証の一体化について、2024年度中の「保険証発行の選択制の導入」と保険証の「原則廃止希望すれば保険証は交付)」という方針を決めていた。

 オンライン資格確認について、保険医療機関・薬局に、2023年4月から導入を原則として義務付けるとともに、導入が進み、患者によるマイナンバーカードの保険証利用が進むよう、関連する支援等の措置を見直す(診療報酬上の加算の取扱いについては、中央社会保険医療協議会において検討)。
 2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指し、さらにオンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す(加入者から申請があれば保険証は交付される)。(「骨太の方針2022」32頁)

 河野大臣は閣議決定の前倒しだと言うが、決定と記者会見とは内容が異なる。閣議決定を4カ月でひっくり返したわけだだが、その理由は説明はされていない。6月にはじめたマイナポイントで思ったほど健康保険証利用登録が増えないため、焦って健康保険証廃止を表明したことがうかがわれる。
 なお「保険証発行の選択制の導入」とは、現在は健康保険法施行規則(省令)の47条等で、保険者(協会けんぽ、健保組合等)には被保険者証を被保険者に交付することが義務付けられているが、これを選択制にするということだ。その結果保険証の有料化や期間の短い保険証などの問題が起きる可能性があり、選択制にするなら少なくとも保険証希望者に不利益や差別が生じないようにすべきだ。

●保険証廃止を表明してから条件整備を検討

 ①~④の条件をクリアするために、デジタル大臣を議長とする「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会」が2022年12月6日から開催されている。河野デジタル大臣、松本総務大臣、加藤厚生労働大臣を構成員としているが、実質的な検討は村上デジタル庁統括官を座長とする専門家ワーキンググループで行い、第2回の検討会は専門家ワーキンググループの検討状況を踏まえて検討することになっている。廃止を表明してから課題を検討するという泥縄だ。
 この検討会の検討事項として、以下の事項をあげている。

マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会における検討事項(案)
(1)特急発行・交付の仕組みの創設等について
 ・特急発行・交付の対象者(新生児、紛失、海外からの入国など)
 ・発行・交付に要する期間のさらなる改善
(2)代理交付・申請補助等について
 ・代理交付を幅広く活用できるようにするための柔軟な対応、申請補助・代理での受取等を行う者の確保等の具体的な促進方法等
(3)市町村による申請受付・交付体制強化の対応
 ・出張申請受付等の拡大など効率的な実施方法等
(4)紛失など例外的な事情によりマイナンバーカード不所持の場合の取扱い
 ・不所持の場合の資格確認の方法
 ・子どもや要介護者等におけるマイナンバーカードの取り扱いについて
(5)保険者の資格情報入力のタイムラグ等への対応
 ・資格変更時のオンライン資格確認システムへの入力のタイムラグ
※その他、保険証廃止後のオンライン資格確認における実務上の課題
 ・発行済の保険証の取扱い
 ・災害時、システム障害時の対応
▼法律改正が想定される事項
(1)番号法
 ① 乳幼児の写真
(2)国民健康保険法等
 ① 資格の取得や喪失の事実関係、資格確認に必要な事項の証明に関する規定の整備
 ② 滞納対策の仕組み、滞納者への通知等に関する規定の整備
 ③ 保険証廃止に伴い不要となる規定の削除、これらに伴う技術的改正

●容易ではない保険証廃止の課題解決

 これら検討課題にはいずれも問題があり、果たして2024年秋までに解決するか検証しなければならない。
 (1)特急発行・交付の仕組みの創設が必要というのは、保険証であればすぐに発行できるが、マイナ保険証にするとマイナンバーカードの発行に1~2か月かかるため、紛失時・新生児・入国者等の受診に支障が出るためだ。
 寺田前総務大臣は10月27日の衆院総務委員会で「紛失等により速やかにこのカードを再発行する必要がある場合は、市町村の窓口で申請をすれば、長くても十日間程度でカードを、現実、取得をすることができる」ように取り組むと答弁しているが、その具体的方法は語っていない。紛失等がなくても、マイナカードは10年ごとに更新が必要で、その時の受診はどうするのか。
 市町村で発行していた住基カードでは即日交付も可能だったが、マイナンバーカードはJ-LIS(地方公共団体情報システム機構)で発行しているためどうやって期間短縮するのだろうか。仮に十日間程度に短縮できても保険証よりは不便だ。

 (2)代理交付・申請補助等については、マイナンバーカードは「最高位の身分証」(牧島前デジタル大臣の弁)として自治体職員が対面で本人確認して交付することになっている。それを自治体職員の対面での本人確認が困難な施設入所や寝たきりの高齢者について、高齢者施設の施設長やケアマネジャーが自治体職員に代わって本人確認することを可能にするという検討だ(2022年12月6日読売オンライン)。
 高齢者や「障害者」の代理申請をどうするかは重要な課題で、現在でも本人が病気や身体の障がい、その他やむえない理由により交付場所に来るのが難しい場合は代理人にカードの受け取りを委任できる扱いがされている。だがここで言われているのは、全住民にマイナカードを保有させるという目標達成のために、普及の支障となっている本人確認の水準を下げるという話だ。
 カードを普及させるためという理由で本人確認を緩めていけば、成りすまし取得の可能性を高め、「最高位の身分証」として信用されなくなる事態も起こりうる。

(3)市町村による申請受付・交付体制強化の対応というが、すでに昨年、マイナンバーカードの交付率によって地方交付税に差をつけるという話が出て以降、市町村は国の方針に怒りを感じながらも交付税を減らされないためにカード申請を増やそうと出張受付などで忙殺されている。これ以上、どのような強化を求めようというのだろうか。

(4)紛失など例外的な事情によるマイナンバーカード不所持の場合の取扱いについては、そもそも課題の立て方が問題だ。マイナンバーカードの申請は任意であり、保険証として登録し利用するかどうかは自由だ。それをあたかも「紛失など例外的な事情」がなければ所持しているハズだとするような課題設定しているのはおかしい。検討するのであれば岸田首相が答弁しているように、「取得ができない方取得されない方」の扱いとすべきだ。
 「例外的な事情」も紛失だけでなく、例えば自身が病気で通院できない場合に親族等他人が代わりに処方箋や薬を受け取りにいく際に、マイナ保険証を顔認証で利用することはできず暗証番号を入力する必要がある。当ブログの「またやるのかマイナポイント(3) 危険なマイナポイントとカード」などで指摘してきたように、マイナンバーカードと暗証番号がセットになれば、マイナンバーで管理している世帯・税・健康・福祉・子育て・雇用など膨大な個人情報を他人が本人に成り済まして閲覧したりすることが可能になる。マイナンバーカードと暗証番号をいっしょに持ち歩いて紛失したり他人に委ねたりすればこの危険性が増大するが、どう対策するのか。

(5)保険者の資格情報入力のタイムラグ等への対応という検討課題は、これが課題にあがっていることのおかしさを感じるべきだ。
 政府はマイナンバーカードの健康保険証利用のメリットの一つとして、就職・転職・引越をしても新しい健康保険証を受け取るのを待たずにすぐ医療機関にかかれることをあげてきた。ところが保団連(全国保険医団体連合会)が昨年8月に行った実態調査では、オンライン資格確認を導入した医療機関で、登録データの不備や更新の遅れというデータ上のトラブルが多発していることが明らかになっている。そのため患者が提出した正しい保険証を無効と判断してしまうことも起きている。このタイムラグへの対応が検討課題に上がっているのは、国もこのトラブルを認識しているからだ。
 マイナ保険証を使用するためのオンライン資格確認は、下図のように保険者から資格情報を社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会が共同で設置した「オンライン資格確認等システム」に登録し、それを医療機関で読み出して確認する仕組みだ。保険者からの登録が遅れれば直近の資格情報が確認できない。

      厚生労働省のサイトより

 じつは保険者からの登録が遅れることは、以前からわかっている。市区町村では退職して国保に加入する場合、本来は情報提供ネットワークシステムで照会することで本人が健康保険資格喪失証明書などを提出しなくても手続ができることになっているが、照会対象となる情報の登録に時間がかかっているために情報連携(情報照会)が即時に行えず、必ず健康保険資格喪失証明書など届出に必要な書類を持参するように周知してきた。
 この問題が解決しないと、オンライン資格確認より保険証を受け取る方が早くなる場合も出てくる。

(6)番号法の改正事項として乳幼児の写真が上がっている。乳幼児(5歳まで?)は顔写真を不要にしたり、出生届の提出と同時にマイナンバーカードの手続きを完了させることが検討されるようだ(2022年11月1日朝日)。しかしマイナンバーカードが顔写真付きの身分証明書であることは、成りすましの防止のための本人確認手段というマイナンバー制度を成り立たせる根幹的な仕組みだ。普及のためにその前提を変えてしまっていいのだろうか。

●失敗した全住民へのマイナカード普及策

 政府は2019年6月4日、2023年3月末に「ほとんどの住民がカードを保有」を想定する「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」を決めた(下図)。「骨太の方針2021」では、それを「想定」ではなく「目指す」方針とした。
 政府はもともとマイナンバーカードの普及はめざしていたものの、マイナンバーカードの所持はマイナンバー制度において必須の要件ではなかったため、全住民に所持させることは想定していなかった。それがマイナンバーカードに内蔵されている電子証明書の発行(シリアル)番号を、法的な規制の厳しいマイナンバーの代わりに本人識別に利用して、民間も含めたさまざまなデータベースのIDと連携することを利用拡大の柱に据えたために、全住民に所持させる方針に転換した。
 しかし2023年1月末時点でもマイナンバーカードの交付率は60.1%しかない。約2兆円をかけたマイナポイント第二弾で2万円の餌で釣ったものの、9500万人分を予算化したにもかかわらず健康保険証登録は4392万人でマイナンバーカード所持者の約58%、公金振込口座登録は3750万人でカード所持者の49.8%と、予算の半分も利用されていない(デジタル庁ダッシュボード1月29日時点)。健康保険証登録も公金振込口座登録も、政府の調査で登録理由の88%は「マイナポイントがもらえるから」で、登録した人もメリットを感じていない。政府のマイナカード普及方針は失敗した。

デジタル・ガバメント閣僚会議(第6回)2019年12月20日資料1

●マイナカードの全住民所持方針の撤回を

 2022年10月13日の記者会見は、マイナンバーカードの利便性の強調やマイナポイントという利益誘導などの「アメ」ではこれ以上の普及は困難と判断し、マイナンバーカードを所持していないと生活に困るぞという「ムチ」による脅しに転換したことを意味する。その手段として、国民皆保険制度のもとで私たちの健康に不可欠な健康保険証を人質に使っている。
 岸田首相は、「マイナンバーカードはデジタル社会のパスポート」と繰り返しているが、このような脅しで所持させたカードを「パスポート」とするデジタル社会は誰一人取り残さない監視社会だ。政府は諸悪の根源である「全住民にマイナンバーカードを所持させる」方針を撤回し、失敗した最大の理由である市民のマイナンバー制度に対する不安に応えて制度を再検討すべきだ。