天皇家と英王室との絆?

イギリスでは、この6月2日から四日間にわたって、エリザベス(2世)女王の即位70周年を記念する行事「プラチナ・ジュビリー」が行われた。2日(木)3日(金)を休日とした4連休の間に、2000以上の都市でさまざまなイベントが催されたという。
エリザベスは、イギリスだけでなく、カナダやオーストラリア、そしてジャマイカなどカリブ海諸国(9ヵ国)などからなるイギリス連邦王国の君主でもあるので、今年3月には、ウイリアム王子夫妻が「女王在位70年を記念して」カリブ海諸国を歴訪している。

しかし、ジャマイカの首都キングストンでは、抗議のデモ隊によって迎えられた。

AFP通信によると「王子夫妻の到着前、英大使館前にプラカードを手にしたデモ隊が集結。英王室が関与した奴隷貿易への賠償と謝罪を要求した。ジャマイカには何十万人ものアフリカ人が奴隷として連れて来られ、非人道的な環境で酷使された。/デモ参加者のクレメント・デスランズさんは、王族が何の配慮もなく、良心の呵責もなくここに来るのは祖先への侮辱だと非難。『祖先や奴隷として死んだ人、白人による抑圧で殺害された全員を代表して私はここにいる』と訴えた」「ジャマイカでは、バルバドスに続きエリザベス女王を元首とする立憲君主制を共和制に移行することを求める声も高まっている。/王子夫妻は最初の訪問国ベリーズでも、先住民族コミュニティーからの苦情を受けて村への訪問を中止したとされる」。

チャールズ2世が王政復古直後の1660年に設立された王立アフリカ冒険商人会社を前身に持つ王立アフリカ会社(チャールズ2世の弟、後のジェームズ2世となるヨーク公が代表)が、1672年から1698年の間、「奴隷」貿易を独占していた。この間に10万人以上の「奴隷」をアフリカから北アメリカ・カリブ海植民地に「供給」している(移送中には平均で6人に1人が死亡したといわれる)。「奴隷」にはしばしば、「Duke of York(ヨーク公)」のイニシャルである「DOY」の焼き印が押された。「奴隷」の送り先のカリブ海植民地では、先住民が大量に殺戮されている。

ジャマイカでの公式晩餐会のスピーチで、ウイリアムは、「深い悲しみを表明します。奴隷制度は忌まわしいものであり、決して起きてはならないことでした」と述べたという。また「今も苦しみは深いですが、ジャマイカは決意と勇気をもって未来を切り開いています。ジャマイカの人々の強さと毅然とした態度は、国旗や国の標語に示されているように、不屈の精神の賜物です」とも。

自ら(イギリス王室)の責任に言及することなく、正式な謝罪もすることなく、人ごとのように「悲しみ」を口にして、上から目線で褒め称える。これこそ明仁の「得意技」であり常套手段だった。天皇制はイギリス王室から多くを学んでいるのだ。

イギリスの反君主制運動団体が、反「プラチナ・ジュビリー」キャンペーンで写真のような広告看板を各地で掲げた——「エリザベスを最後にしよう!」。そうだ! それとともに、Make Naruhito also the Last.

(Alleycat)

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