マイナンバーカードの保険証利用 このままはじめていいのか

 8月7日、厚生労働省は医療機関に対し、マイナンバーカードの保険証利用に使われる顔認証付きカードリーダーの申込み受付を始めた。またマイナポータルを使った健康保険証利用の事前登録のPRも開始した。
 利用登録は7月1日のマイナポイントの申込みの受け付け開始に併せて、一緒に行うことができるようにしている。マイナポイントと保険証利用を目玉に、マイナンバーカードの普及を進めるのが政府の思惑だ。
 しかしマイナンバーカードは10万円の特別定額給付金のオンライン申請で交付申請に押し寄せても、8月1日時点で交付は約2324万枚、普及率は18.2%だ。昨年9月3日のデジタルガバメント閣僚会議で示した交付想定(7月末に3000~4000万枚)には、はるかに及ばない。

●マイナンバーカードを使わなくても受診可能

 マイナンバーカードの保険証利用とは、医療機関等を受診するときに、窓口に健康保険証(被保険者証)の代わりにマイナンバーカードを示せば保険資格確認ができる、という「オンライン資格確認」制度だ。来年3月から運用開始予定だが、マイナンバーカードがなくても従来どおり健康保険証でも受診できるので、心配ない。
 2019年5月の健康保険法等改正により導入が決まった。共通番号いらないネットは、健康保険法等改正の提案に対し「マイナンバーカードの保険証利用に反対する声明」を出している。

 マイナンバーカードを利用する場合は、下図のように事前にマイナポータルを使って「初期設定」をしておく必要がある。そうすると受診の際に医療機関が、保険資格情報等を社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会が共同で管理する「オンライン資格確認等システム」に問い合わせる仕組みだ。

マイナンバー 社会保障・税番号制度概要資料令和2年5月版43頁)

●10万円給付金申請を混乱させた電子証明書を利用

  オンライン資格確認等システムへの問合せにはマイナンバーは使わず、マイナンバーカードに内蔵の「公的個人認証サービス」の電子証明書を使う。
 この電子証明書の有効期間は5年間(5回目の誕生日まで)だ。マイナンバーカード交付開始は2016年1月からで、ちょうど今年が5年目だ。そのため一律10万円の特別定額給付金では、オンライン申請しようとして期限切れに気づいたり、 住所・氏名・性別の変更で無効になっていたため、更新手続きで市町村の窓口に押し寄せる騒ぎになった。

  医療機関の窓口でも、初期設定を知らずにマイナンバーカードを持参して、トラブルが起きそうだ。そのため医療機関窓口でも初期設定を可能にする想定だが、 無効になっている電子証明書は市区町村窓口に行かなければ手続きできない。サイトで説明されているような面倒な手続きを、医療機関窓口でどこまで説明できるだろうか。

●マイナンバーカードで必ず受診はできない

 オンライン資格確認は来年(2021年)3月から利用開始予定で、政府は2023年度中に「概ね全ての医療機関等での導入」を目指しているが、医療機関等では導入しなくてもよい。利用するかどうかは医療機関の判断次第だ。導入していない医療機関に受診するときは、従来の健康保険証が必要だ。

 オンライン資格確認を利用するために医療機関は、
  (1)オンライン資格確認に使う端末等の導入
  (2)ネットワーク環境の整備
  (3)レセプトコンピュータ等の既存システムの改修
  (4)セキュリティ対策
を講じる必要がある。収束の見えない新型コロナで疲弊している医療機関等に、余計な負担をかけることになる。開業医からは不安の声があがっている。
 大阪府保険医協会が昨年医療現場を調査した結果でも、窓口でのマイナンバー漏洩やカード紛失のリスク、個人情報が一元把握されていくことへの不安、 保険証にQRコードをつけて読み取れるようにすればいい、などの意見が寄せられている。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)15頁

●顔認証など2種類のカードリーダー

 医療機関や薬局がオンライン資格確認につかう端末のマイナンバーカードの読み取りリーダーは、2種類ある。

(1)顔認証付きカードリーダー
 マイナンバーカードのICチップに記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔を資格確認端末で照合・認証するか、職員が券面の顔写真を目視で確認する。4桁の暗証番号を入力して利用することも可能。
(2)汎用カードリーダー
 マイナンバーカードをかざして本人が4桁の暗証番号を入力。職員の目視確認も可能。

 なおマイナンバーカードではなく健康保険証を提示して、医療機関が健康保険証の記号番号を入力してオンライン資格確認等システムから資格情報を確認することもできる。
 もちろん医療機関は、オンライン資格確認等システムを使わず、従来どおり健康保険証を見て確認してもいい。

●顔認証で本人確認できるように法改正

 オンライン資格確認の実施に向けて、2019年5月のデジタル手続き一括法の中で、利用者証明用電子証明書の4桁の暗証番号入力の代わりに顔認証の利用を可能にする公的個人認証法の改正(「電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律」38条2)が行われた。

 顔認証はマイナンバーカードの券面やICチップに表示・記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔とを照合する方法が予定されているが、方法は総務省令で定めることになっており、将来は顔写真データベースとの照合なども行われる可能性もある。
 またマイナンバーカードの民間も含めた利用拡大を政府は推進しており、顔認証の利用も医療機関等でのオンライン資格確認だけでなく、総務大臣の認可で拡大していくことが予想される。

デジタル手続法案について」(2019年3月内閣官房IT総合戦略室)6頁

●消費税を使って顔認証付き端末を無償配布

 政府は1台約10万円する顔認証付きカードリーダーを医療機関や薬局に無償提供し、その他の端末費用も上限を決めて補助することにしている。
 そのためオンライン資格確認の導入を決めた2019年5月の健康保険法等改正に合わせて、「医療情報化支援基金」の創設を決めた。オンライン資格確認と電子カルテの普及のための基金に2019年度300億円、2020年度768億円の予算を組んでいるが、その財源は消費税だ。
 さらに 社会保険支払基金で顔認証付きカードリーダーを一括購入して医療機関等に配布するため、今年の通常国会で地域共生社会の実現のための社会福祉法等の改正をするなど手厚い普及策を行っている。

オンライン資格確認導入の手引き」令和2年8月厚労省保険局11頁

●なぜ熱心に顔認証を利用させようとするのか

 なぜこんなに顔認証の普及に力をいれるのか。医療機関等の窓口で暗証番号を忘れるトラブルを避け、円滑にオンライン資格確認を実施したいということはあるだろう。しかしオンライン資格確認を突破口に、マイナンバーカードや顔認証の利用を拡大する意図もあるのではないか。

 顔認証技術の急速な進歩で、世界中で監視カメラ等の映像と顔写真データベースを照合する監視システムが拡大している。顔認証大国である中国の圧力に抗する香港の若者が、コロナ禍の前から皆マスクをして抗議行動をしていたことは印象的だった。
 顔認証など生体認証は、パスワードやカードなど他の個人識別手段と異なり変更ができないという特徴があり、プライバシー侵害へのいっそうの配慮が必要だ。。
 先日監視カメラ大国イギリスで、警察が捜査のために防犯カメラに「顔認証」の仕組みを導入したのはプライバシー侵害で違法とする判決が出たことが報じられたアメリカでも顔認証データの利用を法律で規制する動きが強まっているが、日本では規制の動きは鈍いまま利用が拡大している。

●レセプト・オンラインシステムの整備も必要

 医療機関等で必要な準備は、カードリーダーなど端末だけではない。オンライン資格確認等システムに照会する際は、診療報酬の請求につかうレセプト(明細書)のオンライン請求ネットワークを活用することになっている。
 しかしレセプトのオンライン請求システムの普及率は昨年1月時点でも約60%で、診療所や歯科医院(普及率17%)では利用していないところも多く、オンライン資格確認のためには新たにネットワーク環境を整備しなくてはならない。
 すでにレセプトのオンライン請求をしている医療機関等も、オンライン資格確認のためには既存システムの改修も必要で、診察時間中は常時インターネットに接続が必要でセキュリティー対策などの負担もかかる。開業医にとって整備の負担は小さくない。

●提供されるのは保険資格だけではない

  「オンライン資格確認【等】システム」となっているように、提供される情報は保険資格だけでなく、薬剤情報や特定健診情報も提供される。
 特定健診とはいわゆる「メタボ健診」で、40~75歳を対象に腹回りのサイズや脂質や血糖などの検査をして、生活習慣病の発症リスクが高いと判断されると特定保健指導を受けることを求められる健診だ。
 保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村等)が身体測定や血液検査の結果や喫煙・飲酒・運動などの生活習慣といった健診情報を管理するが、2015年の番号利用拡大法によりマイナンバーで情報管理し保険者が代わった場合はそのデータを引き継ぐことになった。

 さらにオンライン資格確認導入に合わせて、保険者がオンライン資格等確認システムを管理する社会保険支払基金・国保中央会に健診データを委託し、本人の同意があれば医療機関等にそのデータを提供するとともに、マイナポータルで本人が閲覧できるようにして生活習慣を「行動変容」させようとしている(下図参照)。
 オンライン資格等確認システムは単なる保険資格だけでなく、健診や服薬内容など健康情報も管理するデータベースになっていく 。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)28頁

●どんないいことがあるのか

 マイナンバーカードの保険証利用について、厚生労働省のチラシでは「どんないいことがあるの?」として5点のメリットをあげている。しかしどれも私たちが受診するときに大して便利にならないばかりか、プライバシーが医療機関等に伝わる不安につながる。

「就職・転職・引越をしても健康保険証としてずっと使える!」というが、「医療保険者への加入の届出は引き続き必要」の注釈付きで、新しい保険証が届くまでの時間が若干短縮する程度だ。マイナンバーカードは10年、電子証明書は5年の有効期間がくると市区町村の窓口に行って更新手続きが必要だ。保険証代わりにマイナンバーカードを使うだけなら、かえって手間だ。

 その他のメリットとして、「限度額適用認定証がなくても高額療養費制度における限度額以上の支払が免除される」がメリットとされている。
 「限度額適用認定証」とは、収入に応じて窓口で支払う自己負担額の上限をランク付けているものだ。自己負担が高額になる入院などの際に手続きをして医療機関に提示することが多いが、マイナンバーカードで通院すると近所のかかりつけ医にも収入レベルが伝わることになる。将来的には自己負担額に関わる障害や難病、精神科通院等の公費負担情報や生活保護(医療扶助)の情報の提供も予定されている。

 また「あなたが同意をすれば、初めての医療機関等でも、今までに使った正確な薬の情報が医師等と共有できる」とあるが、伝えたくないと思う病歴や健診の情報なども伝わることになる。
 同意が前提とされているが、患者の立場では医療機関に同意を求められれば断りにくい。

 医療機関にとっても、負担に見合うメリットがあるか疑問視されている。厚労省が強調しているメリットは、退職などで失効した保険証を提示されたためにレセプト請求しても返戻されて未収金が発生するリスクが減少するということだが、 無資格による返戻件数は厚労省の研究報告書でもわずか0.27%と言われている( 大阪府保険医協会サイトより)。
 患者の薬剤情報や健診情報を見ることができるというメリットも、総務省の実証事業調査では救急時に処置と並行して見ることの困難さや、初診の患者に不信感が生じる心配も医療機関の意見としてあがっていた(第2回健康・医療・介護情報利活用検討会 参考資料7より「ネットワークを活用した医療機関・保険者間連携に関する調査 概要(未定稿)」)。

●目的は医療健康情報の共有と利活用

 メリットの疑わしいマイナンバーカードを使ったオンライン資格確認システムを、政府が 何回も法改正しながら多額の費用を投じて整備しようとしているのは、それが医療情報を健康産業の育成など成長戦略に利活用する基盤になるからだ。
 国民皆保険制度の日本では個人の医療情報を管理しやすく、膨大に蓄積されるレセプト(診療報酬)等の情報を活用して健康産業を育成しようというのが政府の目論見だ。
 2013年6月閣議決定の「日本再興戦略」では、「医療情報の利活用推進と番号制度導入」として「個人一人ひとりが自分の医療・健康データを利活用できる環境を整備・促進し、適正な情報の活用により適切な健康産業の振興につなげるべく検討を進め、国民的理解を得た上で、医療情報の番号制度の導入を図る」(62頁)ことが成長戦略とされ、以後、医療分野で個人を識別管理する番号(識別子)の必要や利活用についての検討が続けられてきた。
 マイナンバー制度がスタートした2015年に厚生労働省の研究会がまとめた報告では、3ステップで医療情報を利活用していくことになっており、そのステップ2のオンライン資格確認がステップ3の医療情報連携や利活用の基盤整備とされている(下図参照)。

医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会 報告書概要/参考資料(2015年12月10日)4頁

●個人情報保護を置き去りに利活用推進

 マイナンバー制度をつくるにあたり、医療・健康情報の扱いは課題になっていた。
 マイナンバー制度構築の基になった2011年6月決定の「社会保障・税番号大綱」では、特に医療分野の情報については マイナンバー制度開始時には利用対象とせず、 そのプライバシー侵害性を考慮して特別の立法措置を整備していくことが、下記のように特記されていた。
 しかしその立法措置は講じられないまま、利活用だけが進行している。これでは「国民的理解」は得られない。

第4 情報の機微性に応じた特段の措置
 社会保障分野、特に医療分野等において取り扱われる情報には、個人の生命・身体・健康等に関わる情報をはじめ、特に機微性の高い情報が含まれていることから、個人情報保護法成立の際、特に個人情報の漏洩が深刻なプライバシー侵害につながる危険性があるとして医療分野等の個別法を検討することが衆参両院で付帯決議されている。
 今般、番号制度の導入に当たり、番号法において「番号」に係る個人情報の取扱いについて、個人情報保護法より厳格な取扱いを求めることから、医療分野等において番号制度の利便性を高め国民に安心して活用してもらうため、医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する。
 なお、法案の作成は、社会保障分野サブワーキンググループでの議論を踏まえ、内閣官房と連携しつつ、厚生労働省において行う。(「社会保障・税番号大綱」55頁)

●レセプト・健診情報の不正利用が発覚

 レセプトの情報は診療報酬の請求のための情報だ。特定健診の情報も、本人が生活習慣病予防のために使う情報だ。それを研究や産業育成のために活用していくことは目的外利用だ。
 しかしすでに政府はレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB) から、ガイドラインによって医療費適正化計画に関連する調査や分析のほか、有識者会議の審査を経て研究目的に第三者提供をしている

 今年5月1日、厚労省はこのレセプト・特定健診データの不正利用の発生を公表した。
 国立精神・神経医療研究センターの山之内芳雄氏主導で、あらかじめ申し出た利用目的以外でデータを利用する利用規約違反があり、レセプト情報等の速やかな返却、複写データの消去、中間生成物の消去及び成果物の公表の禁止、レセプト情報等の提供の無期限禁止や氏名・所属機関の公表の措置がとられた。

 毎年、多数の第三者提供が行われている。ガイドラインでは、レセプト情報等の各情報に該当する患者又は受診者個人の特定(又は推定)を試みないことや、有識者会議が特に認めた場合を除き提供されたその他の個体識別が可能となる可能性があるデータとのリンケージ(照合)を行わないことが定められているが(4~5頁)、私たちにそれを確認する術はない。
 提供先は公益的な機関とされているが、医療情報の利用はそもそも「健康産業の振興」のために推進されてきた。利用が広がれば、不正な利用も増加する。
 利活用の検討は行政・医療関係者・研究者で進められてきた。個人情報保護のための特段の立法措置の整備はもちろんだが、そもそも利活用そのものについて市民・患者の立場からの検証も必要だ。

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