Racak(ラチャク)村「虐殺報道」検証(21)

ユーゴ戦争:報道批判特集 / コソボ Racak検証

NHK&東大教授が陥ったKLA売り込み映像の罠

1999.8.27

 1999.8.24.mail再録・改訂増補。

 先に、「NHKユーゴ「虐殺」録画求む!」の題でmailを送信した件で、1999.8.23.NHK経営広報部から、本年2月3日放映、NHK衛星第1夜10:00~11:00BS22「報告:コソボ憎しみと対立の構図」を、同部内の試写室で見せる旨の電話回答を得ました。

 それ以前に、同番組に出演していた柴宜弘(東京大学大学院教授)さんにも、FAXで関係資料と質問を送り、電話をしてほしいと頼んだのですが、この方は、同人がユーゴ訪問を直後に控えた時期でもあったためか、何等の応答もないままです。

 そこで当面、このように、「NHK&東大教授が陥った(?)KLA売り込み映像の罠」の仮題で、わがホ-ムページに、途中経過を入力することにしました。

 柴さんは、本年4月28日に開かれた「世界の自主・平和をめざすつどい-NATOのユーゴ空爆即時停止!」で、演題「武力によって民族問題は解決されない」の講師を努めました。参加者の報告によれば、そこで柴さんは、NATOの行為を国際法違反としながらも、「やむを得ない」との理解も示し、集会の主催者も参加者も困惑してしまったというのです。ところが、その一方で、同時期に執筆したと推定される『中央公論』(1999.6)掲載記事「ミロシェビッチの素顔」では、ラチャク村「虐殺」に関して、つぎのように慎重に記していました。

 99年1月、欧州安保協力機構(OSCE)の停戦合意検証団がコソボ南部のラチャク村で、アルバニア人45人の遺体を確認した。このニュースは「コソボ虐殺」として、世界中に大きな衝撃を与える。遺体はコソボ解放軍兵士なのか村民なのか事実解明が進む前に、セルビア治安部隊による住民虐殺都の政治的判断が一人歩きした。セルビアによる「民族浄化」といった表現が多用されるようになっていく。クロアチア内戦とボスニア内戦以来、国際社会には「セルビア悪玉論」や「ミロシェビッチ悪玉論」が根強く残っており、アルバニア人保護という人道的な立場からNATOによるユーゴ空爆やむなしという国際世論が強まっていく

 この記事を見る限りでは、柴さんは、本誌特集で紹介したフランスの各紙による「疑惑報道」の存在を感知していないと思われます。しかし、その一方で、上記のNHK衛星放送番組に出演した際、日本人が撮影したラチャク村の遺体のヴィデオ映像を見ているのです。問題は、そのヴィデオ映像が、柴さんに及ぼした影響如何にあります。

 その番組の内容や制作過程については、実物を見てから詳しく論評する予定です。ヴィデオ映像撮影者の木村元彦さん自身は、別の集会でも「虐殺だと思った」と語ったという報告があり、私に対しても直接、その発言の事実を認めました。その際、私が、別途HP資料の共同通信配信記事、死体の検死結果、簡単に言うと、40の内37遺体から銃撃をした証拠となる化学物質を検出、を話したところ、絶句[注]してしまったのです。

[注]1999.9.24.追加。「絶句」は私の実感に基づく表現ですが、1999.9.13.木村元彦さんから電話があり、その話し合いの結果、本誌39号に収録のmailに、彼の主張を要約紹介しました。合わせて御検討下さい。

 私は、この件で、「それまでに死体を見たこともない素人が、検死結果も見ずに虐殺と判定できるようなら、コロンボ刑事は失業する」と記しました。そんな当たり前のことが、素人の若者ならいざ知らず、天下のNHKや大学教授に分からないはずはありません。少なくとも、視聴者は、漠然とにせよ、そう感じているでしょう。ところが、ところが、なのです。

 私は、NHK経営広報部の調査結果として、木村元彦が1999.2.5.号の『フライデー』に執筆しているとも聞いたのですが、この号の発売日は、上記番組の放映以前です。当然、番組制作過程と密接な関係を関わっている可能性が高いのです。そこで、その実物を、わがHP読者の友人の積極的な申し出による協力を得て、図書館から取り寄せてみると、つぎのような内容でした。


『フライデー』(1999.2.5.p.72-73)

“狂気の共和国”で焼かれ、目をくり抜かれ……
ユーゴ発:コソボ自治州「虐殺遺体」が語るもの

[無署名記事]

[写真説明]:

1. 内戦で破壊された街・デジャン('98年11月)

2. 顔面の損傷が激しい、55歳男性の遺体

3. 州内のドレニッツァで撮影('98年9月)

4. ドレニッツァでは5人が虐殺。生きたまま舌を抜かれたり、焼かれたりしていた

5. 戦闘で死んだコソボ解放軍兵士の葬儀。彼を“英雄”と称え、敵側のセルビア共和国に復讐を誓う

6. やはりドレニッツァで殺害され、目をくり抜かれていたアルバニア系住民の遺体。3人は兄弟だった。

[以下、本文]

 拷問の名残だろうか、眼球をくり抜かれ肉片が飛び出した顔。さらには舌を引き抜かれながら絶命したと思われる遺体も……、これらの凄惨な写真は、内戦に明けくれるユーゴスラビア連邦セルビア共和国内のコソボ自治州で撮影され、セルビア当局の厳しい検閲の目をかいくぐつて日本に持ち込まれたものだ。

 恐るべきことに、このような残虐行為が、コソボでは半ば日常化している。1月16日、同州南部のラチヤク村で、虐殺されたとみられるアルバニア系住民45人の遺体が発見されたが、それは「氷山の一角」にすぎないのが現実だという。

 同州では、人口の約9割が、本国のセルビアよりも隣国アルバニアとの絆が強いアルバニア系住民で占められている。そのため同地域では、ユーゴ連邦からの独立を目指す親アルバニア系武装組織のKLA(コソボ解放軍)と、セルビア治安部隊の間で内戦が絶えず、その残虐非道の刃が、時には女性や子供を含んだ非戦闘員にまで及んでいる。写真は、虐殺されたアルバニア系住民。彼らの無念さがそのまま伝わってくるようだ。ユーゴスラビアで取材活動を続けているジヤーナリストの木村元彦氏が次のように語る

「昨年の暮れに、州内のマレイチヤボという街で、私は知り合いの女子学生から、頭蓋骨を破壊された男性の惨殺写真を見せられたことがあります。その時の説明では、家に押し入ってきたセルビア兵が、妻の目の前で男性を殺害、その後妻を強姦し、さらに彼の頭部を破壊して、その脳味噴を妻に食べさせた、という恐ろしいものでした。私は、コソボの街でそういう酷い写真を何点も見せられました」

 昨年10月にセルビアとコソボの両者は、停戦合意にこぎつけている。だが、今回のラチヤク村の虐殺事件で、コソボ情勢は急速に悪化、状況次第では、過去最大規模の内戦さえ起こりかねない。前出の木村氏によれば、こうした「虐殺遺体」の写真がコソボ州内に出回ることで、両者の憎悪に一層拍車がかかっているのだという。

「コソボで取材するジヤーナリストは、必ずと言っていいほどこのような虐殺された遺体の写真を見せられ、詳細な説明を受ける。一方、州内少数派のセルビア人も、『アルパニア系住民に報復を受けた』として同様の残酷な写真を我々に見せる。こうして互いに憎しみあう感情が増幅されていくのです」

 国際社会がいかなる方法で介入しようとも「バルカンの新たな火薬庫」は確実に“大爆発”への秒読みを開始している。そしておそらくは、さらに多くの貴い命が失われていくことになるのだ。

 ここでは単に「ジヤーナリストの木村元彦氏」となっていますが、木村元彦さんは、もともとはスポーツ専門のライターで、日本で活躍していたセルビア人のサッカー選手、ストイコヴィッチを追う内に、ユーゴスラヴィアにも出入りするようになったという経過だそうです。政治・経済・軍事などの複雑な問題を含む国際紛争についての専門家ではありません。その木村元彦さんが、上記の記事からも十分にうかがえるKLAの「虐殺」売り込みの罠に陥ったのは、むしろ当然の成り行きだったでしょう。しかし、その木村元彦さんの「思い込み」映像を「買った」NHKと、その番組に「ユーゴスラヴィア専門家」として登場した大学教授と立場は、「当然の成り行き」として見過ごすわけにはいかないのです。大いに社会的責任があります。

 私は、『湾岸報道に偽りあり』(汐文社、1992.p.57)で、「歪め屋」(twister)による意識的な報道操作の状況に関して、つぎのように指摘しました。

 注意しておきたいのは、メディア関係者の位置である。多くの場合、「歪め屋」が放つ弾丸の最初の犠牲者は、いわゆるジャーナリストである。彼らは脳天を射ち抜かれるのだが、痛みを感じることもなく、自分が射たれたことに気づきもせず、見事に「歪め屋」の仲間にされてしまうのだ。かくして「歪め屋」の弾丸は増幅され、大量にばらまかれる結果となるのである。[一部省略]

 なお、この文章の前(p.55)には、つぎの部分もありました。

「黒い水鳥はガセネタ」のスクープを放ったのは、日頃は悪評の高い写真週刊誌の『フォーカス』(91.2.8)だった。大手新聞もテレヴィも、内々トチリに気付きながら、訂正をサボっていたのが実情なのだから、病状は重い。

 ところが、今度の場合、写真週刊誌『フライデー』のオドロオドロのNATO寄り記事を見たNHK担当者が、その影響を受けて番組を作ったという可能性が高いのであり、それに出演した大学教授が、揺れに揺れたのです。最早、写真週刊誌の「ゲリラ」をも、期待し得ないような絶望的かつ末期的なメディア状況に、立ち至っているのでしょうか。

1999.8.26.追記。NHKでの録画検分の報告は次回。

以上。


(22):待望の紙ゲリラ反撃はワシントン取材
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