『煉獄のパスワード』(3-1)

電網木村書店 Web無料公開 2006.6.6

第三章 最新指定キーワード 1

 その死体を発見したのは、サバイバル・ゲームの一行であった。

 より正確に言うと、ブラック・ガン軍のクイーン役だったテロルこと近藤久美子が、死体を覆っていた毛布に足を取られて転んだのである。この偶然がなければ、その死体の発見はかなり遅れたに違いない。

 その日は、ブラック・ガン軍vsグリーン・コンバット軍、初の対戦日であった。

 それぞれのチームが十名に同行の取材記者兼カメラマンが十名、総勢三十名の一行は早朝八時に立川駅で集合し、ミニバスで出発。奥多摩町のはずれの鷹の巣山に、車が通れるぎりぎりの奥まで乗入れた。数日来、小春日和の好天気だったので、舗装が切れてからの山道も乾いていた。ぬかるむと一苦労なので、これは幸先が良いと口々に冗談を飛ばしては、賑やかに繰込んだ。そこから、一人づつしか通れない細い山道を歩くこと一時間。やっと目的地に辿り着いた。

「何と言っても、今日の対戦は歴史的だからね。世紀の決戦だよ」

 と何度も同じことを言い、しきりと興奮しているのはブラック・ガン軍の隊長でマスターこと草刈啓輔。寿司屋の主人である。月刊ガン・ファイトのファン・クラブから選抜した対戦チームの隊長に選ばれたために、数日前から頭に血が昇りっぱなし。弁当寿司の大量オーダーを他の店に回しての出血参加である。

 対するグリーン・コンバット軍は、やはり月刊コンバット・ウエポンのファン・クラブからの選抜チーム。隊長はテクニシャンこと建築技師の井口辰雄である。冷静なスナイパー。射撃大会での得点が高いが、ゲームで指揮を取るのは初めての経験である。緊張をほぐそうと冗談を飛ばすが、足が貧乏揺すりを止めないので困っていた。

 双方の雑誌編集部からは、五名づつの取材記者兼カメラマンが参加していた。

〈世紀の決戦〉とマスターが興奮するだけのことはあった。

 この種のサバイバル・ゲームをガン・マニア雑誌が主催する例は多い。エアーソフトガン愛好者の期待に応えて、ふんだんにカラー写真が入った〈対戦レポート〉の類いを毎号準備しなければならないからである。

 雑誌社にとって一番安上がりなのは、各地のファンのグループが自分達で企画したゲームを取材することである。

 メーカーや問屋、全国に何百店もあるガン・ショップ、業界での呼名は遊戯銃専門店などから応援メンバーが出る場合もある。しかし、ファン・グループの装備の揃い具合は色々だし、少しは演技力もないと良い写真が撮れない。また、都合良く毎月どこかでファンの自主対戦が行われるとは限らない。そこで、編集部総出演とか、執筆陣を駆り出しての自腹ゲームを企画したりもするのである。

 ところが今回の企画はまず、業界をリードする二大雑誌社の共同企画である。参加メンバーも選抜である。それだけでも出色であった。

 衣装もメーカーは問わないが色を揃えた。ブラック・ガン軍は黒ベレー着用。以下、足の爪先まで真黒。グリーン・コンバット軍はレンジャーキャップ着用。靴だけは茶色で我慢するが、ほかは全てグリーンと茶をベースにしたカモフラージュ。両腕にマーカーを巻くのがルールだから、ブラック・ガン軍が赤、グリーン・コンバット軍が黄色と決めたが、この衣装だとマーカーが目に入らなくても一目で敵味方の見分けが付くので、本式の気分が出る。

 ウエポンに関しては、それぞれ好みがうるさいから、揃えるのは無理である。サイドアームの拳銃や飾りの手榴弾なども含めて各自の自由とした。ナイフは腰の飾りに着用しても良いが、使用は禁止。

 弾丸は全て赤のペイント弾とする。エアーソフトガンの口径は六ミリに統一されているので、同じ弾丸が使える。気圧は三・五以下。頭部に二発か、頭部に一発と胴体に二発、または胴体に三発当たったら、各自が良心的に戦死する。撃たれても死ぬわけではないから、負傷者も降伏も捕虜もない。戦死だけとする。

 以上の取決めは通常の企画とそれほど変わらない。今回の対戦の斬新さは、なんといっても目玉の《クイーン作戦》にあった。

〈それぞれ十名の部隊で性別を問わないが、クイーンは女性でなければならない〉

 というと、いかにも〈性別を問わず〉に女性ファンも沢山いるように聞こえるが、やはり女性のサバイバル・ゲーム参加はまだ珍しい。だが今や、世界中の軍隊で女性兵士を採用している時代である。

〈女性兵士は革命軍とか解放軍だけの専売ではない〉

 という意見が業界でも通用し始めていた。すでに製品の広告モデルには女性が登場しているのである。射撃大会の女性参加者も増えてきた。ここでサバイバル・ゲームにも女性ファンが増えれば、ガンの世界もパッと明るくなる。そして商売も、……

 そんな願いと思惑を秘めた《クイーン作戦》の初登場であった。

 史上初のクイーンに選ばれた二人の女性も、興奮を隠せない。

 ミニバスの中でも二人でペチャクチャ。カメラを意識して、しきりとパフを顔にはたきつける。もっとも、広告のモデルでもあるのだから、それが当然なのかもしれない。

 ブラック・ガン軍のテロルこと近藤久美子は、マスターの寿司屋のレジ係り。グリーン・コンバット軍のシャッターこと清水小夜子はテクニシャンが勤める建築事務所の経理事務員。二人とも、すでに射撃大会ではスナイパーとしての腕を認められていた。

 ルールそのものは簡単である。

 参加人数は問わないが双方同数。白線で囲ったベースが一つ。クイーンが一人づつで、クイーンだけが帽子の上からマーカーと同じ色のネッカチーフをかぶる。ベースに侵入されるか、クイーンが戦死すると負けである。ベースの守備部隊と攻撃部隊の人数配分は自由。クイーンも戦闘に参加する。決められたエリヤの外に出たら戦死扱いとなるから、クイーンを逃がす戦法にも限界がある。

 以上のようなルールを再確認して、ブラック・ガン軍とグリーン・コンバット軍はそれぞれのベースに分れた。取材記者もカメラを抱えて適当な位置に散らばった。

 十時〇〇分に戦闘開始。

 ブラック・ガン軍は、隊長のマスター以下三名でベースを守り、クイーンのテロル以下七名が中央突破で敵のベースに迫るという作戦を取った。

 グリーン・コンバット軍は逆に、クイーンのシャッター以下五名をベース守備部隊とし、隊長のテクニシャン以下五名が攻撃に当たることにした。

 ブラック・ガン軍の攻撃部隊はクイーンのテロルを中心にして円陣を組み、散開しながら前進した。熊笹がザワザワと揺れる。ソロソロ敵と遭遇するかと息を凝らす。そこで、……

「キャーッ……」

 その悲鳴は、グリーン・コンバット軍の攻撃部隊にも届いた。

「あれはテロルの声だぞ」

「なんだろう?」

「蛇でも出たかな」

「熊ってことはないだろうね」

「馬鹿だな。クイーンの居場所が分っちゃうじゃないか」

 などとグリーン・コンバット軍の面々は冗談半分につぶやく。

 だが、だれもまだ、これが大変な騒ぎになるという予感は持たなかった。

 テクニシャンも軽い気持ちで薮の中を進んでいた。

 右側は、なだらかな傾斜の山側で、登りが百米程続いている。これまでにも何度か来た場所であった。秩父の方から熊が出張ってくる可能性は無きにしもあらずだが、これだけの人数がガサゴソと音を立てていれば、必ず向こうが逃げる。しかも、辺り一面に熊笹が生茂げっているが、全体が低い灌木の疎林だから見通しは利く。狙撃用のモーゼル銃の先で、熊笹をかきわけながら四、五十歩進んだ所で、なにかを引きずった跡のように熊笹が倒れていた。めくれた土の色が新しい。

〈おかしいな〉と思った瞬間、さらに、

「タイム、タイム」とブラック・ガン軍の方から金切り声が上がった。

 声を頼りに双方の攻撃軍がゾロゾロと集まった。なんとはなしに不安が募ってきた。見ると、テロルが失神して倒れている。その場にいたブラック・ガン軍の攻撃部隊は一様にテロルの足の後方をうかがっている。何か異常な事態らしいのだ。

 テクニシャンも先頭を切る気分にはなれなかった。

 しかし、隊長という立場である。仕方なしにソロリ、ソロリと進んだ。皆がほぼ同時に取囲んでのぞき込むと、そこには薄茶色の毛布が敷かれている。千切った熊笹の葉で覆われていたが、人が寝ているような形に真中が盛り上がっている。ソッと毛布の裾をめくると、やはり死体が仰向けに寝かされていた。死体であることは、テクニシャンが勇を鼓して脈を取って確めたのだが、皆が最初から〈死体だ!〉と感じたのである。着ている紺の背広の胸の辺りがが妙に歪んでおり、生きているにしては不自然な格好である。熊笹の倒れている様子から見て、どこからか引きずってきたことも、一目で分る。場所も場所である。

 テクニシャンは、かなりの推理小説ファンであった。

 だから、最初に頭の中に閃いたのは、《現状保存》という言葉であった。しかし、もしかしたら生きているかもしれない。その場合は、急いで助けなくては、と思った。やはり、生死を確かめなくてはなるまい。そこで、

「そのまま動くな!」

 と皆に命じた。自分だけが、熊笹の倒れた跡を踏まないようにして、左側から、そっと死体に近寄った。蹴飛ばさないように気を付けながら、右手で毛布をめくり、死体の右腕の手首を持上げて握った。腕は冷たく、だらりとしており、脈搏は全く感じられなかった。指がゆらゆらと動くのが、なんともいえず気味悪かった。爪の先が伸びていて、汚れているのも気になった。そっと毛布の端を持上げて横顔を見た。瞼は閉じていた。不精髭が伸びていた。中年の男性である。首に何ヶ所か紫色の斑点が付いていた。心なしか、すえた匂いもするようだった。

〈死後硬直は解けている。死後何日目だろうか〉

 頭の中のどこかで声が聞こえるような気がした。自分の頭でも自分の声でもないような感覚だった。身体も金縛りにあったように動かない。死体の右手をはなして元の位置に戻すまでに、何分も掛かったような気がした。それでもテクニシャンは、気味の悪さをこらえながら、のどから押出すようにして声を出し、皆に告げた。

「死んでいる。間違いない」

「うん……」

「うん……」

 と一同は、のどを詰まらせ、お互いに意味不明のうなり声を発した。

 皆一様に、のどがカラカラに乾いていたのである。しかし、声を出したことで、少しは呪縛が解けた。テクニシャンは何をしたら良いのか分らないまま、のろのろと、皆の位置まで戻った。足がガクガクしている。これは推理小説の世界ではない。本物の死体である。どうすればよいのか。分っている筈だと思いながらも、頭が働かない。だが、まずはリ

ーダーとして何かいわなければならない、という意識が先に立っていた。何か方針を出さなくてはならない。ところが、考える前に声が勝手に出てしまった。

「どうしようか」

 自分ではその積りはなかったのに、こういっていた。どちらかというと、これは、自分自身への問い掛けであった。しかも我ながら、情けない響きがした。だが、一度声を出したことによって、少しは落着が戻ってきた。しばしあって、

「警察に連絡しなければならん。どうするか」といい直した。

 先刻の〈どうしようか〉の情けない響きをすりかえた気味があって、いささか面映ゆかった。テクニシャンは、建築士とはいっても、小規模な建築会社の幹部社員であった。設計だけをしていれば済む立場ではなく、限られた現場の状況に合せて、即時の決断を迫られることが多かった。こういう場面で死体に直面するのは初めてだから、一瞬の忘我状態は止むを得ない。だが、すぐに冷静さを取戻したのは、我ながらさすがだと思った。

 一同もしばりが解けてガヤガヤと論議を始めた。

 警察に連絡するにしても電話はどこにあるか、乗ってきたミニバスまで戻るかなどと、それぞれに言い合った。目的のゲームはどうするのか、といい出すものもいた。緊張がほぐれたので何かいわずにはいられないのであった。

「ともかく戻ろう。仕方ない」

 気を取直したテクニシャンが大声でいった。一同は静まった。その時、それまで黙っていたケンタウロスこと頭山健太が、思切ったように、こういい出したのである。

「井口さん、一寸試してみたいんですが。例の無線電話を持ってきたんですよ」

 頭山は、テクニシャンこと井口と同じ会社の後輩で、営業と現場監督を兼任していた。建築現場の近所に電話がなかったり、臨時電話が直ぐには引けない場合も多い。ポケットベルの呼出しがあっても、急場の間に合わないことがある。臨時に材料や人手を送れないと、工事全体が休止状態になる場合もあるから、面倒でもいちいち車を飛ばして、公衆電話を探さなければならない。これは常々悩みの種であった。ところが最近、無線局を通して即時通話ができる電話セットが開発されたので、早速に申込み、それが使えるようになったばかりであった。頭山は、この奥多摩の山の中から、遠距離テストするために、そのセットを持ってきたのだった。

「そうか、あれがあったか」

「だけど、社長に断ってこなかったんです。それで迷っていたんですが。警察だなんだということになって、あとで怒られるのも困るし……」

「いいよ、いいよ。おれが責任を持つから」

 井口は大喜びであった。こんな時に笑ってはいかん、と思いながらも、笑顔になってしまった。強力な武器で援護されるような心強い気分になった。頭山の心配も分る。社長は中小企業のたたきあげ経営者にありがちのワンマンであった。虫の居所が悪いと、当り散らすことがある。〈おれに断りもなしに……〉というのが、そんな時のきまり文句であった。しかし、この件は大丈夫だ。〈会社の宣伝にもなるし〉と一言つけ加えよう。

「よし、やってみよう」

「それじゃ、もう少し見通しのいい所からにしましょう。電波も開けた地形が好きなんですよ」

 頭山はこういって、一同をうながした。

 山道を少し進むと、立川方面に見晴らしが効く斜面に出た。頭山は立ち止まって、背中のデイバッグから無線電話のセットを取り出した。スイッチを入れ、受話器を取った。

「オーケーでしょう。発信音が入ってます」

「そうか」

「一一〇番しますよ。井口さん出てもらえますね」

「よし」

 こう井口に確めてから、頭山は受話器を渡し、ボタン式のダイヤルをピン、ポン、パンと三度押した。井口は受話器を耳に当て、通話音に聞入った。電話でこれだけ緊張するのは久し振りだった。十年も前に、市庁舎の設計に応募したことがあった。どうやら採用になるという内々の話があって、はらはらしながら正式の電話連絡を待ったものだ。あの時以来かなと、頭の隅で思出しているのに気付いた。結構余裕があるな、我ながら落着いてるな、と思った時、

「カチャリ」と受話器を取る音がした。「一一〇番です」

「はい。こちらは奥多摩の山中ですが、他殺と思われる変死体を発見しました。現場から直接、無線電話で掛けています」

「なんですって、他殺変死体ですって!本当でしょうね」

 最初は眠そうな声だったのに、こちらがびっくりする程の大声になった。


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