「司法反動」下の労働裁判闘争

……東京争議団結成25周年を目前にして……

1985.11.22-24.東京地方争議団共闘会議
第24回総会議案書 第4章「分野別総括(その1)」

四、国際的にみた日本の労働裁判制度

1999.9.24 WEB雑誌『憎まれ愚痴』39号掲載

1. データ分析視点の再検討

 労働裁判の場合、通常の議論で問題になるのは、いわゆる勝率です。

 たとえば、早稲田大学教授の島田信義法学博士は、労働者側に立った批判的労作『労働裁判と裁判官』(早稲田大学出版部)において、最高裁事務総局行政局の編集による『労働関係民事裁判例集』掲載例にもとづいた分析をしています。その際、島田博士は、この分析方法に一定の限界ありとしながらも、1948-1967年の20年間に東京地裁で出された判例中、「労働者的権利の擁護に役立ったとおもわれるものは202例で、全体の50.7%にあたっている」とし、「巨視的にみれば・…労働者的権利の擁護に役立っている」ものとしています。そして、勝率60%の1950年をピークとして、レッドバージ以降1955年までは後退、低迷、1956年以降はほぼ回復、とみるのです。

 これに対して、東京地裁勝訴率の低下が大問題となっていた1976年以降について、追放闘争の渦中にあった古館裁判官は、「和解」と「取り下げ」を労働者側の「満足」をえている場合とし、それを考慮した労働者側敗訴率は第3表のようであると強弁しました。

年度___________労働者側敗訴率

1976(昭和51)__________17%

1977(昭和52)__________13

1978(昭和53)__________10

1979(昭和54)__________12

1980(昭和55)__________12

(『東京地裁広報』1981.1.15)

 しかも、このあたりから、東京地裁においても、都労委においても、和解事件が激増していくのです。因みに古館裁判官自身は、いきなり強権的に職権和解をいれ、判決の勝敗はこんなものとばかりに鉛筆を倒してみせたり、乗客による駅員殴打事件の保障で「わたしならビール1ダースで話をつける」と口走ったり、とてもとても、労働者に「満足」をえさせようとする姿勢ではありませんでした。

 以上のように、「勝訴率」もしくは「敗訴率」が一番わかりやすく、表面に出やすいのが、世間的な実情です。

 ところが、勝訴率等と平行して、まず、係争中の事件の「繰越率」、「先送り率」もしくは「長期化率」も、問題にされなければならないのです。戦前のアメリカ最高裁判事の名言だそうですが、「あまりに遅く下された正義は正義の拒絶に等しい」(カリフォルニア大学出版『西ョーロッパの労働裁判所と苦情処理機関』)のです。

 翌年への繰越しは、労使関係のワンシーズン敗北です。救済はなされなかったのであり、職場の専制支配は続いているのです。

 またそれ以前に、提訴率が問われなくては、全労働者、市民の権利擁護という、根本問題は解決しません。たとえ勝率が低くても、提訴が多く、救済件数が多ければ、権利は守られ、闘いは前進します。その点、公式戦の数が定められ、相互に勝率を争うプロ野球とは、決定的な違いがあるのです。とくに東京地裁・高裁に関しては、以下述べるような前提条件の下で、独占の裁判引き延ばしを援護し、居直っているとしかいいようがないのですから、今後は、救済件数とそのスピードを分析の基本にすえる必要があります。

2. 救済件数と制度上の開かれ方を問う

 争われる勝負数とともに、土俵の広さも問われるべきでしよう。

 たとえばフランスの場合、制度上でも、法廷の数でも、処理件数でも、日本と1桁以上違っています。

〈フランスの労働裁判所〉(労働審判所の訳もある)

 フランスの裁判所は破棄院、控訴院、大審裁判所、小審裁判所からなりますが、この他に素人裁判官が大幅に活用されています。

 労働裁判所は労働者判事と使用者判事で構成され、判事はそれぞれ労働者選挙人、使用者選挙人によって選ばれます。任期は6年で、3年毎に半数ずつ改選。判決は多数決(労2、使2の4人合議制)で、可否同数のときは小審裁判所の裁判官(職業裁判官)が加わって採択。

 労働裁判所は全国に156ヵ所あり、判事は労働者側、使用者側合わせて6,273人で、年間約13万件を処理しています。

 その管轄区域は「市町村」となっており、都道府県に1つしか設置されていない日本の地方労働委員会とは、雲泥の差です。とくに東京都などは人口1千万余。国際的にみると、立派に1つの民族国家並みの規模なのです。都労委に支部が3桁似上あってもおかしくないのです(法務大臣官房司法法制調査部『フランス司法組織法典』、『前衛』1982.1, 2, 4ほか)。

〈西ドイツの労働裁判所〉

 西ドイツの場合は、内容や職業裁判官が中心に座るという問題点はあるものの、やはり数の上では日本よりはるかに開かれています。

 一番上の連邦労働裁判所では、3人の職業裁判官と2人の名誉裁判官(素人)の構成になっています。

 その下に、13の州の地方労働裁判所があり、第1審の労働裁判所は96。州以下では職業裁判官1人に素人裁判官が労使各2ないし1名づつの構成。労働裁判所勤務の職業裁判官だけで、1975年1月現在、483名。1973年には、全ての労働裁判所で、315,414件の訴えが係属し、236,390件が処理されています。訴えのうち、67,787件が解約告知、つまり解雇予告事件でした(慶応大学司法制度研編訳『西ドィッにおける法曹教育と裁判所構成法』ほか)。

 以上、フランスの13万件、ドイツの31万余もしくは23万余件、解雇で6、7千件という数字は、明らかに日本と1桁も2桁も違うものです。中労委が発表した「不当労働行為審査状況」によると、「新規中立」が千件を越したのは、戦後ただの1年間、1970年のみで、1,483件です。1年間の「全部救済」件数の最高は、1972年の56でしかありません。

 もちろん地裁への訴えもありますが、桁が変わるほどはありえません。

 しかも、その間、「前年より繰越し」の件数のみが、不気味に千件台を突破しつづけているのです。

3. 長期化も和解も「裁判の拒否」、おおむねは憲法達反

 裁判の長期化は、実質的には裁判の拒否と異なるところないのです。

 憲法第32条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない、と定めています。しかし、長期裁判に耐えうる国民は、数少ないのです。

 イタリアの法学者は、さきにふれた1970年の労働者憲章法制定の前夜に、労働裁判の実情をくわしく分析し、こう記していました。

「経済力に差があるために、労働者は、使用者側とちがって、長期裁判を持ちこたえることができなくなるおそれがある。訴訟が長引くことによって、企業がダメージを受けることはない。それどころか企業側の法律家は、訴訟をできるだげ引き延ばそうとする。逆に、労働者は、最低の生活を営むためにも、ただちに判決を得なければならない」(前出『西ョーロッパの労働裁判所と苦情処理機関』)

 労使間、または相方の代理人間の状況は、西も東も同じでしょう。しかし、「長期」という概念には大変なへだたりがあるのです。

 さきに挙げたフィレンッェ・プロジェクトのカペレッティ教授は、「司法救済を求める当事者は、実効ある判決を得るまでに少なくとも2,3年は待たなければならない」というヨーロッパの現状を問題にしているのです。手続の簡素化、迅速化等が、その共著『正義へのアクセス』のもとになった共同研究のテーマなのです。だから、この「2,3年」は大変な遅延なのです。そして教授は、こう論じています。

「この遅延の結果は、とくにインフレの進行がいちじるしい今日、壊滅的なものとなろう。すなわち、当事者の費用が増大し、その重圧から、経済的弱者は、請求の放棄か正当な額より大幅に少ない額での和解を余儀なくされる。人権および基本的自由の保護に関するヨーロッバ条約6条1項が明定しているように、『相当な期間』内に手に入れることのできない裁判は、多くの人びとにとって裁判の拒否と異なるところはないのである」

 カペレッティ教授の指摘は、一般市民事件を中心とするものですが、日本の最新のニュースにも、ホテル・ニュージャバンの火災賠償請求事件における「示談」の実例があります。

 本年2月7日付の毎日新聞は、「進まぬ訴訟の“裏”で、露骨、横井流の切り崩し」という見出しをつけて、この状況を報しました。すでにご1年目になる訴訟で、係争中の8遺族のうち4遺族が、「生活もやっとこだし、……涙をのんで示談にした」のです。

 東京争議団とも共闘関係にあるカネミ油症事件の第1陣は、最高裁係属2年ですが、被害の発生以来17年、初審の提訴以来通算15年目にもなります。

 昨年の高裁判決の当日、読売新聞昨年3月26日付夕刊の寸評欄は、「日本の裁判に関して最も大きな欠点は、裁判に長い時間がかかることであります」という横田善三郎元最高裁長官の文章を引きながら、この長期化の現状を批判し、「たとえ適正な裁判でも、遅れは、被害者にとって、残酷な仕打ちとなる」、と評していました。「公事(くじ)3年」という中世の日本での裁判の長さを評した格言も引用されていましたが、いま、最高裁で争われている電々公社長岡事件は、24年目です。そしてこの状況下、無数の市民、労働者が司法救済を当初から断念し、泣き寝入りしているのです。

 朝日新聞の昨年10月17日付夕刊「今日の問題」欄でも、ヨーロッパとの制度上や期間の比較をした上で、「ロッキード裁判をはじめとして日本の刑事裁判の長期化には欧州諸国の法律家も相当な関心をもっている」と報じています。西ドイツの首都のボン地裁で閣僚の不正事件を担当している裁判官の感想は、また、特徴的です。いわく、「いくつもの事件を並行的に審理する日本のやり方は果して能率的かね。われわれなら頭が混乱してしまう」、というのです。

4. 職業裁判官の増員、陪審員、参審員(素人裁判官)の採用、短期間の集中審理を

 職業裁判官の人数も少ないのです。人口比でみると、ドイツの10分の1、フランスの3分の1の人数だそうです(前出『前衛』)。当然、法廷の数も少ないでしょう。

 そして、この裁判官の少なさ、法廷の少なさ、書記官・速記官・廷吏等の裁判所職員の少なさが、「並行審理」という日本独特のシステムの一因でもあります。並行審理といえば、いかにも、もっともらしいのですが、世間一般の用語になおせば、掛け持ちであり、いわゆる「まわし」による複数の客取りと同じことです。つまり、1度に多数の客をこなすための便法であることに、なんの変わりもないのです。

 しかも、裁判の場合には、時間の節約にはなっておらず、むしろ全体としてみれば、時間の浪費につながっています。法廷が何ヵ月置きにしか開かれないため、準備書面等の書類審査方式が発達し、かえって悪知恵の主張追加で事件は複雑化する場合が多いのです。結果として、1つの事件にかかる延べの時間も長くなります。ますます「裁判の拒否」は深まっていくばかりです。

 一方、欧米でなぜ並行審理が一般的でないかといえば、もう一つの強力な理由があります。それは、一般市民である陪審員や参審員(素人裁判官)の制度が、国際常識だからです。

 陪審員は評決を下すまで、外部との接触や宿泊場所について、自由を制約されます。連日公判の直接口頭主義により、短期間で審理を終えなくてはならないのは、当然すぎることです。通常は刑事事件で1、2日、よほどの大事件でも、1週間以内に終るのが常識です。

 刑事事件について、アメリカでは、最長の審理・記録が6ヵ月、イギリスでは19世紀に1年ちかいケースがあります。20世紀に入ってからの最長記録は5ヵ月余だというのです(大塚一男、晩聲社『裁判、弁護、国民』ほか)。

〈アメリカの労働委員会〉

 労働裁判に関しては、アメリカの労働委員会の例が報告されています。日本の地労委と中労委に相当する1審・2審について、1977年の平均処理日数が、251日と134日で、含計385日(1年余)。タイムターゲット(処理期間の目標)は合計290日とされ、中央本部のチェックがあり、グラフ化されたりしています(総評弁護団『労働者の権利』1983.4ほか)。

 日本では同じ数字が、1981年に 813と886日で合計1,699日(約4年7ヵ月)であり、タイムターゲットは設定されていません。その上、この長期審間で勝利をようやくかちとった事件について、地裁が緊急命令を出さないとあっては、まさに「裁判の拒否と異なることはない」状況も、ここに極まったというべきでしょう。日本でも、労働委員会の発足直後、1949年には、初審が平均49日、再審が平均43日で処理されています。

 都労委の前身をなす都調停委員会は、1945年末、>戦後初の大争議といわれた読売新聞の第1次争議、組合結成発起人5名解雇事件についての調停案を、8日間でまとめて解決しています。委員長は末弘厳太郎、労働側委員には社会党の鈴木茂三郎、共産党の徳田球一が入っており、深夜・徹夜、集中論議もしていました。日本でも、やればできるのです。

5. 法廷のせまさ、訴訟指揮等の権柄づくの仰々しさをどうするか

 欧米の大法廷は500人の傍聴席が常識です。南アフリカの公民権すらない黒人の政治犯も、500人の仲間の決死の傍聴に見守られているのです。

 東京地裁・高裁の合同庁舎は、建物としては世界一の裁判所だと報道されていますが、1階に刑事・民事各2つの大法廷を持つのみで、その座席数さえ、わずか96。しかも普段は開かずの間。傍聴動員の多い沖電気指名解雇事件や日本テレビ労組木村解雇事件で、1階の法廷使用を申し入れたこともありますが、まともな返事もないまま。かわりに法廷警備が増やされただけでした。中法廷は52座席、小法廷は16座席であり、原告が多数であっても、原告席に充分な数の析りたたみ椅子を入れようともしないのです。

 旧庁舎では、法廷内の通路部分にも析りたたみ椅子を入れて、傍聴席をふやしていましたが、新庁舎になってがらは、既述のように「訴訟指揮」と称して、「一斉」に、析りたたみ椅子使用を取りやめています。

 傍聴者の態度、服装、メモ、法廷内発言等についても、ますます口やかましくなりました。

 欧米では、映画にも出てくるように、裁判長が木槌を持っていて、「静粛に!」というかわりに、それをゴツンゴツンと振りおろします。つまり、逆にいうと、法廷がザワザワしているのは、当り前なのです。日本でも、つい数年前までの労働事件の法廷では、赤腕章やゼッケンも見られ、大いに野次も飛ぶのが常識でした。

 因みに、かの国家の最高機関たる立法府の国会でも、盛んに野次が飛びつづけているではありませんか。

 ともかく、現在の法廷は極めて異常です。いかにも閉ざされています。国際視察団でも招いて、この異様な情景を一目見せておきたいものです。

以上で「四」終わり。以下の「五」に続く。


「五、市民事件との連携は、すぐれて階級的な戦略課題」に進む

「司法反動」下の労働裁判闘争に戻る
祝「日本裁判官ネット」発足:改革提言へ戻る
週刊『憎まれ愚痴』39号の目次へ