『週刊プレイボーイ』《迷走のアメリカ》ユーゴ空爆編 11

ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証

『NATOが撃ち込んだ劣化ウラン弾という悪魔』

2000.1.7

Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。

 ユーゴ戦争でアメリカ軍が劣化ウラン弾をふんだんに使ったことは、かなり広く知れ渡った。湾岸戦争での使用に関して少しずつ知られ始めていた情報の土台があったからだ。だが、その毒性に関しての研究はまだ日が浅い。誤解も多い。

 劣化ウランの「劣化」の原語、depletedが本来、「からになった、消耗した、枯渇した」の意味であることも、一般には知られていない。自然のウラン鉱石から核兵器や原子力発電に使われるウラン235を可能な限り抽出した残り滓で、安定度の比較的に高いウラン238がほとんどだから、放射能は比較的少ない。もちろん、放射能の毒性もあるが、水銀、鉛、カドミウムなどで周知の重金属としての毒性の方も、非常に強いようである。ところが、そのデータが不十分なのをもっけの幸いとして、塵状の劣化ウランが含まれる場所を普通のガイガーカウンターで調べてみせては、「劣化ウラン弾による放射能汚染はない」と称するアメリカ国防総省発表を、日本の大手メディアが、そのまま流したりしているのが実情である。ただし、弾丸そのものに直接カウンターを当てると、かなり強い音が出るようである。

 以下に紹介する『週刊プレイボーイ』の場合には、この点だけでなく、「空気中の塵と混じって放射能を帯び始める」という間違いもある。しかし、大筋として、アメリカ軍が、自ら知りつつ、この「悪魔の兵器」を、まったく無抵抗のユーゴ人に投げ付けた事実は、まさに史上空前の残虐行為として糾弾されなければならない。


『週刊プレイボーイ』(1999.11.16)
《迷走のアメリカ》第4部 「ユーゴ空爆」編・第11回

NATOが撃ち込んだ劣化ウラン弾という悪魔

イラクでも使われた“あの弾丸”が再びユーゴでも…

[写真説明]:

1) ユーゴの大地に残された劣化ウラン弾。その影響を受けたと思われる土壌からは通常より遥かに高い放射能が検出された

2) 先週号で、市内プラント工場への空爆による環境汚染の実態について語ってくれたパンチェボ市長。悲劇はそれだけではなかったのだ…(炎上するパンチェボの化学工場の写真は地元カメラマンの撮影による)

3)“ハイテク空爆の見本市”であったユーゴヘの空爆だが、空爆パイロットにも知らされていない新兵器もなかには含まれていたという

4) 湾岸戦争後、イラクの子供たちの死亡率は約6倍に跳ね上がったが、その原因のひとつが白血病の急増であった(写真はイラクの小児科病院)

 劣化ウラン弾……湾岸戦争で初めて使用された兵器。戦後、イラクで急増した子供の白血病の原因とまでいわれている「悪魔の兵器」。イラクを始め、世界中でその使用が問題視された弾丸が再びユーゴで使用されていたことをどれほどの日本人が知っているであろうか。空前絶後の環境汚染を引き起こした化学工場への空爆にまさるとも劣らないNATO軍の大罪、劣化ウラン弾使用の実態をレポートする。

(取材・文/河合洋一郎)

参加パイロットが告白したNATO空爆の非道

 3月24日から78日間続いたNATOの空爆はユーゴ国内の多数の工場を破壊し、それらの工場から流出した有害物質が人類史上最悪の環境汚染をユーゴの大地にもたらしていることは前号で述べたとおりだ。

 NATO側は、これらの民間ターゲットヘの攻撃はコソボでアルバニア系住民を大量虐殺しているセルビア人たちを屈服させるのが目的だったとしている。しかし、それだけではないだろう。現場を見れば、彼らが工場に貯蔵されている有害化学物質を周辺に撒き散らすようにピンポイント爆撃したのは明らかだからだ。

 ピンポイント爆撃とは、民間人の犠牲者を出さず、軍事目標のみ叩くことを目的としている。確かに、爆撃による直接の犠牲者はひと昔前の戦争に比べると激減している。民間人の死者数だけをとれば、人道的な空爆だったということになるだろう。しかし、環境汚染の例を見るまでもなく、NATO軍がユーゴで行なったことを検証してみると、それが極めて非人道的なものだったのは一目瞭然である。

 これについては、空爆が終了して間もない6月14日、スぺインの『アルティクロ20』誌に興味深い記事が掲載されている。NATO空爆に当初から参加したスペイン空軍のF-18戦闘機パイロット、アドルフォ・ルイ・マルティン・デラホズ大尉のインタビュー記事だが、その中で彼は、ユーゴではマスコミの人間が夢にも思わないことが平気で行なわれていたと驚くべき事実を告発しているのだ。

 まずNATO軍が誤爆として片付けていた爆撃(民間人の犠牲者を出した爆撃)がミスなどではなかったという点である。攻撃目標はすべてアメリカ軍が決定していたが、民間ターゲットの爆撃にスペイン空軍のパイロットが抗議すると、毎回、罵声とともに追い返されたというのだ。また、プリシュティナ周辺に対人殺傷用爆弾を落とす命令を拒否したある大佐は即座に違う部署へ転属させられたともいう。

 デラホズの証言で最も重要なのは、空爆には毒ガス、放射性物質を含んだ爆弾、枯葉剤、また、スペイン人パイロットにはそれがなんであるか説明されなかった新兵器が容赦なく使用されていたという部分である。

 戦争は軍にとっては新兵器の実験場でもあるが、過去の例に違わず、今回の空爆でも人間をモルモットとしてそれが行なわれていたわけだ。大尉は空爆に参加した自分の罪を認めながら、ユーゴでNATO軍が行なった史上稀に見る残虐行為は後世に語り継がれることになるだろうとしている。

 彼の言う新兵器がなんであったかは今の時点ではわかりようがない。が、放射性物質を含んだ爆弾であったというのは判明している。

 日本でも少し前に沖縄に駐留する米海兵隊が訓練で使用したとして問題になったあの劣化ウラン弾である。

住宅地に残された劣化ウラン弾

 パンチェボ取材の2日後の昼下がり、私はノビ・ベオグラードにある住宅街でタクシーを降りた。ある家の呼び鈴を押してしばらく待つと、扉から、でっぷりと肥えたひとりの中年女性が現れた。彼女は私の顔を見ると、はじけるような笑みを浮かベ、

「さあ、入って、中に入って」

 と、抱くようにして中に招き入れた。それがB女史だった。典型的なスラブ系の容貌をしており、その丸々とした赤ら顔を見ていると農家の肝っ王カアさんにしか思えないが、べオグラード近郊にあるヴィンチャ原子力研究所の医師を務めるエリートだった。

 整頓された居間のソファに私を腰掛けさせてから、

「本当にタイミングがよかったわ。今朝、面白いものが届いたの」

 彼女はそう言い、奥の部屋からビニール袋を持ってきて私の前のテーブルに置いた。中には泥とアルミホイルで何重にも包まれた長さ10センチほどの棒のようなものが入っていた。

 B女史は人差し指を1本立て、いたずらっぽく笑った。が、すぐに神妙な顔になり、不器用そうな太い指で慎重にアルミホイルをほどき始めた。その懸命な顔つきにこちらも思わず手に力がこもった。中から出てきたのは直径3センチほどの筒だった。

「劣化ウラン弾の薬莢よ。こっちが劣化ウラン弾で攻撃された場所の土。放射能で汚染されているから、絶対に触っちゃ駄目よ」

 元の笑顔に戻って言った。

「……」

 原子力研究所の医師が言うのだから触らない限り大丈夫なのだろうが、さすがに不安になった。放射能汚染のエキスパートであるB女史に会いに来たのは、NATO軍がユーゴにブチ込んだ大量の劣化ウラン弾がもたらす放射能汚染という極めて深刻な問題を取材するためだった。

 彼女の陽気な顔を見ていると肩透かしを食わされたような妙な気分だった。が、インタビューが終わった後、その彼女の明るさだけが唯一の救いとなった。

「さあ、話は後よ。昼食を用意しておいたから食べて。セルビアの家庭の味を満喫してもらわなくちゃ」

 胸の前で両手を握り彼女がうれしそうに言った。

 劣化ウラン弾。この武器をアメリカが開発したのは70年代のことである。その名が示すように弾頭は核廃棄物から造られており、通常弾で使われる鉛の約2倍の質量がある。このため非常に硬い戦車や装甲車の鋼鉄を容易に貫くことができ、対戦車用武器どしては最も効果的な兵器とされてきた。

 アメリカ国防総省は、劣化ウラン弾による放射能汚染はないという立場をとり続けているが、それに疑問が呈されたのは、この弾丸が最初に実戦で使用された湾岸戦争の時だった。この戦争では約100万発の劣化ウラン弾が使われたが、その後、イラクで白血病やガンの発生率が飛躍的に増加したのだ。

 米軍兵士にも体の不調を訴える者が続出した。俗にいわれる“湾岸戦争シンドローム”である。その原因には、化学兵器その他いくつかが拳げられているが、明らかに劣化ウラン弾による放射能汚染が原因の者もいる。例えば、劣化ウラン弾が使用された戦場を片付ける任務を行なったチームのメンバーたちだ。彼らのほとんどが腎臓や呼吸器その他、様々な病気に悩まされ、すでに死んだ者も多数いるという。

衝撃予測「ガン死亡者1万人以上」

 7月の終わりにロンドンで開催された科学者会議では、劣化ウラン弾問題の専門家が今後1年半の間にバルカン半島でガンの発病率が増加し始め、劣化ウラン弾の放射能汚染が原因で死亡するガン患者は1万人以上にのぼるだろうという衝撃的な予測を出している。

 その他、多数の科学者がその危険性に警鐘を鳴らしてきているが、アメリカ政府は劣化ウラン弾は安全という公式見解を現在でも崩していない。しかし、アメリカがすでにその危倹性を熟知していることに疑問の余地はない。なぜなら、米軍は湾岸戦争以後、この弾丸を使った訓練では兵士たちに放射能用の防護服の着用を義務づけているからだ。また、イギリス軍もコソボに送られた兵士たちに、劣化ウラン弾で破壊されたターゲットに近づく際には防護服を着けるように指示している。

 つまり、今回の空爆では湾岸戦争の時とは違い、アメリカは放射能で周辺が汚染されることを知りながら劣化ウラン弾をユーゴの大地にブチ込んだということである。

 A-10攻撃機から発射された劣化ウラン弾は少なくとも1万発と見積もられている。湾岸戦争時の100万発とはずいぶん差があるが、人体への害という点ではユーゴ空爆のほうがはるかに恐ろしい。湾岸戦争で劣化ウラン弾が使用されたのはほとんど人里離れた砂漠地帯だったが、今回は住民が住んでいる地域にブチ込まれたからだ。

 B女史の家族と彼女の手料理をご馳走になった後、再びふたりで居間に戻り、インタビューを開始した。

 まず最初に、発射される前にはまったく安全とされる劣化ウラン弾がなぜ放射能汚染を起こすのか説明してもらった。

「確かに劣化ウラン弾は固体の時には安全よ。でも、鋼鉄を貫く時に生じる高熱で気化するの。それが空気中の塵と混じって放射能を帯び始めるわけ。その塵が付着したところはすべて汚染されてしまう。攻撃された車両も塵が舞い降りてきた土もね」

「その塵はどのくらいの範囲まで拡散するのか」

「そうね。鋼鉄を貫いた直後なら、気化した劣化ウランは半径5~7メートルくらいに広がるだけだけど、塵は少なくとも42キロ西方まで拡散することがわかっているわ。実際、コソボでは通常より7倍の放射能レベルが測定されているし、セルビアの東部でも3倍になっているところもある。一番大きな問題は、汚染された塵がほぼ永遠に放射能を帯び続けるということね」

 放射能が消えるまでにどのくらいかかるのがを聞いて仰天した。なんと放射能レベルが半減するだけでも44億年もかかるというのだ。その塵を吸い込んでしまえば死ぬまで体内に残るのは言うまでもない。

 放射能が体内に侵入するのは呼吸によってだけではない。水や食べ物から取り込まれる恐れもあるという。

「怖いのは放射能を帯びた塵が生態系に侵入することね。家畜や野莱などが汚染されてしまえば、それを食べた人間も汚染されてしまう。劣化ウラン弾が使われた場所の周辺にいた人々の尿から検出されるウランの量をこれからモニターしていく必要があるわね」

使用場所を機密扱いにする謎

 湾岸戦争中、無防備で戦場のクリーンアップを行なった兵士は、その3年後にも尿から高レベルのウランが検出されたという。彼女は放射性物質が体内に入った時、人体をどのように蝕んでいくかを詳しく説明してくれたが、ここでは専門的すぎるので省く。さすがに放射能の塵が降り注いだ土が目の前にあるので気分は穏やかではいられなかった。

 放射能から人体を守るには劣化ウラン弾の汚染を除去する作業を行なわない限り不可能だという。

 が、汚染を除去するには攻撃された戦車や装甲車を防護シートで厳重に包んで移動させねばならず、また、その周辺の地面も上部30センチを取り除かねばならない。もちろん、標的をミスした弾頭もすべて捜し出さねばならない。膨大な費用がかかるということだ。

 米国防総省はすでに劣化ウラン弾で攻撃した場所を掃除するつもりはないと発表している。人体に害はないのだからその必要はないという理由からだが、本音はそんなことに金を出したくないということだろう。

 理由はもうひとつある。攻撃場所の掃除をするのは劣化ウラン弾の危険性を認めることと同じだからである。そうなると、湾岸戦争シンドロームに苦しむ兵士たちに莫大な補償金を支払わねばならなくなるのだ。

 さらにアメリカは証拠の隠滅も図ろうとしている。ユーゴで放射能汚染の影響を調査している国連機関はアメリカに劣化ウラン弾を使用した場所についての情報をリクエストした。しかし、国防総省は軍の機密としてその要請をハネつけたのだ。すでに終わった戦争で爆撃した場所がなぜ機密になるのか理解に苦しむのは私だけではないだろう。

 すでにその使用が問題視されてきた劣化ウラン弾など使えば後に様々な問題が起きてくるのはわかりきっていたはずだ。それでもアメリカが空爆に使ってきた理由をB女史は、こう言った。

「アメリカには大量の核廃棄物があるけど、その捨て場所がなくて困っているんじやないかしら」

 冗談めかした口調だったが、案外、事の真相はそのあたりにあるのかもしれない。

 B女史の家を出ると森のかなたに壮大な夕日が沈みかけていた。そこには仕事を終えて家路を急ぐ人々、公園で無邪気に遊ぶ子供たちといった日常の生活があった。が、その平和そのものといった風景は、かえって私に言い知れぬ恐怖感を覚えさせた。環境汚染、劣化ウラン弾が撤き散らした放射能の塵、そして冒頭に登場したスペイン人パイロット、デラホズ大尉が言う正体不明の兵器が、今この瞬間にもこの国の人々にその魔の手を音もなく忍び寄らせているのだ。

 恐らく、ユーゴ空爆は後世に語り継がれることになるというデラホズの予言は当たるだろう。

 一国家を破壊するまったく新しい空爆戦略がとられた最初の例としてだ。それも人道という名の下に…。

(以下、次号)


以上で(Playboy-11)終り。12に続く。


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