『週刊プレイボーイ』《迷走のアメリカ》ユーゴ空爆編 10

ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証

『NATOが犯した《環境汚染》という大罪』

1999.11.26

Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。


『週刊プレイボーイ』(1999.11.9)
《迷走のアメリカ》第4部 「ユーゴ空爆」編・第10回

NATOが犯した《環境汚染》という大罪

化学プラント攻撃や劣化ウラン弾でユーゴは“死の大地”に。
一体、この攻撃のどこが人道的なのか!?

写真説明:

1) 今、現在も進行中の環境汚染という悲劇を、パンチェボ市長は切々と語ってくれた

2) 空爆直後のパンチェボ市内のプラント工場(右奥)。すさまじい黒煙が空を覆った(地元のカメラマン撮影)

3) NATO軍は「誤爆」と言いながら、多くの民間施設、民間人を爆撃したのだ

4) KLAの常軌を逸したバイオレンスぶりに、一般の市民は危惧を感じ始めている

5) 寸断された道路や橋脚の復興は遅々として進まない。ユーゴのダメージは大きいのだ

6) 空港や駅などの公共施設から民間の施設まで、あらゆる建造物が空爆の対象になった

 セルビア側が行なってきたという民族浄化の真実、コソボの英雄に祭り上げられたKLAの正体など、我々はこれまでユーゴ空爆の裏側にスポットライトを当ててきたが、今回は空爆そのものの〈罪〉について言及したい。民間人を犠牲にしないピンポイント攻撃といわれたハイテク空爆がいかにユーゴスラビアの環境を破壊し、それによる汚染でいかに多くの人々の命と健康が冒されているか。現在進行形の悪夢である。

(取材・文/河合洋一郎)

KLAに愛想を尽かすアルバニア系市民

 前回の冒頭でセルビア人に対する民族浄化作戦を続けるKLAに対して、彼らをフリーダム・ファイターに祭り上げたアメリカやNATO諸国の態度が微妙に変化し始めたと述べたが、すでにコソボのアルバニア系住民もKLAから離れつつある。

 今月初め、アルバニア系住民80人がコソボの治安を回復してほしいとミロシェビッチに書簡を送っているが、10月17日、アメリカのワシントン・ポスト紙にも興味深い記事が掲載された。コソボで実施された世論調査の結果、今、コソボで大統領選が行なわれればKLAの指導者ハシム・タチはイブラヒム・ルゴバに大敗するというのである。

 KLAがNATO空爆終了後、ヒーローとしてアルバニア系住民に迎え入れられたのはまだ記憶に新しい。その彼らが、なぜたった4ヵ月で住民の支持を失ったのか。KLAの非アルバニア系住民に対するバイオレンスに嫌気がさしたからである。

 NATO空爆によって塗炭の苦しみを味わわされたアルバニア人たちのセルビア人に対する憎しみが強まったのは確かである。だが、それまでセルビアとの政治的対立はあったものの、空爆まで一般的な住民たちはみんな、比較的、平和裏に暮らしていた。空爆中に敵同士であるアルバニア人とセルビア人の間で多くの美談が生まれたのもそのためだ。さすがに手榴弾やロケット砲まで使って非アルバニア系住民を攻撃し始めたKLAの暴走に、同じ人間としていい加減にしろと一言いたくなったのだろう。

 アルバニア系住民のKLA離れには、もうひとつの意味が込められている。それはこの連載でも再三述べてきたように、セルビア入によるコソボの民族浄化(システマティックな大量殺戮)など存在しなかったということだ。

 アメリカが言うようにコソボでセルビア人が大虐殺を演じたのなら、セルビア人を追放しようとするKLAが住民の支持を失うとはまず考えられないからだ。

 ここ数ヵ月、当初、KFORが発表した虐殺に関する数字を否定する事実が次から次へと出てきているが、10月11日、今度は約700人の虐殺死体が埋められているとされていたトレプチャ鉱山から死体はひとつも発見されなかったという報道がなされた。

 この発表を行なったのがハーグの国際戦犯法廷だったことは非常に興味深い。国際戦犯法廷といえば、これまでKFOR同様、セルビア人による大虐殺を世界に示すプロパガンダの道具として使われてきた組織である。その彼らがこういう発表をした背後にはアメリカやNATO諸国の意向が強く反映しているとみてまず間違いない。明らかにこれまでKLA支持一辺倒できた流れが変わったということだ。

 前出のワシントン・ポスト紙の記事によると、ハシム・タチは現在、KLAのリーダーをやめアメリカで仕事を見つけたいとボヤいているというが、これが欧米諸国とアルバニア人マフィアの間で板挟みとなり身動きのとれなくなってしまったタチの本音なのだろう。ランブイエ交渉で華々しく国際政治の表舞台に躍り出たタチも結局はアメリカやマフィアの使い走りに過ぎなかったわけだ。

 皮肉としか言いようがないが、現在、旧ユーゴ連邦諸国で多民族性を維持しているのは、これまで民族浄化の張本人とされてきたセルビア共和国のみとなってしまった。これはあまり知られていないことが、セルビアの首都ベオグラードには今でも10万人以上のアルバニア人が住んでいる。その他、多くのクロアチア人、スロベニア人、ムスリム人などが多数派のセルビア人と共存しているのだ。

 取材中、私は何人もの非セルビア系住民と話したが、みな、差別を受けるようなことはないと言っていた。彼らの証言の真偽が定かではないにせよ、セルビア人たちが彼らを追放しなかったのは歴然とした事実である。そして現在、セルビア共和国にはクロアチア、ボスニア、そしてコソボから逃げてきた難民が100万人近くいるのだ。誰が誰に対して民族浄化したかを考える際、常にこのふたつの事実を念頭に置いておく必要があるだろう。

 民族浄化については、もうひとつ見逃してはいけないことがある。それはNATO軍こそがセルビア人の民族浄化を行なったという事実である。環境汚染という新たな手段を用いて…。

人類史上前例のない、ひどい環境汚染

 マルコ・ニコビッチとのインタビューの翌日、私を乗せたタクシーはベオグラードから北へ向けて走っていた。目指すは北東に15キロほど離れたところにあるパンチェボという街だった。

 ドナウ川を渡ると、その支流に鬱蒼と岸辺まで迫っている森の中から男たちが竿を入れ、釣りに興じている姿が見えた。

 そののどかな風景に心が洗われる思いだったが、同時に不安がよぎった。パンチェボの工場から流出した大量の水銀や化学物質はこの支流にも流れ込んでいる。当然、魚も汚染されているはずだ。果たして彼らはそのことを知っているのだろうか。

 ふと前方を見ると道端でヒッチハイクをしている女が数人立っていた。近くまでくるとそれがヒッチハイカーではないことがわがった。胸もあらわなタンクトッブに超ミニスカートといった場違いな格好をしている。売春婦である。

「こんな田舎道で誰を相手に商売をしているんだ」

 同行してくれた通訳のイリアナに聞いてみた。

「……」

 彼女は苦笑して首を振った。恐らくトラックの運転手でも相手にしているに違いない。ユーゴ連邦最大の工場街であるパンチェボでは、その住民のほとんどが工場から生活の糧を得ていた。その工場が空爆のダメージですべて閉鎖されてしまったため、売春婦に身を落とす女も増えたのだろう。

 しばらくしてパンチェボの街中に入った。まず街のはずれにある工場を見に行った。1本の通りに巨大な肥料工場と石油化学プラントが並び、それに面して石油精製所が建っている。3つとも1キロ四方はあるだろうか。

 背後には草原が広がっており、傾き始めた陽光を反射しながら、動きを止めた工場の建物群が静かに佇んでいる。が、空爆によってここから流出した様々な化学物質は今でもユーゴの大地、そして人々の肉体を音もなく蝕み続けているのだ。

 3月24日の空爆開始から6月8日までにNATO軍はユーゴにある23の石油化学プラント、そして化学物質が貯蔵されている100以上の工場を爆撃し、何千トンもの人体に有害な化学物質が大気中、川、そして地面に放出された結果、ユーゴの大地は汚染にまみれることになった。それも並の環境汚染ではない。調査を行なった国連を含めた様々な国際機関が人類史上前例のないレベルと断言するほどひどいものなのだ。

 NATO軍に、工場を爆撃することで環境が汚染されるとは知らなかったとは言わせない。なぜならパンチェボの工場を見てもわかるように、彼らは明らかに工場の急所、有害物質があった場所をピンポイント爆撃しているからだ。国際機関は今後、住民の間でガンや奇形の子供が生まれる確率が飛躍的に増加と予測しているが、これを民族浄化と言わずしてなんと言おうか。

街には10日間も“黒い雨”が降り続けた

 私がパンチェボを訪れたのは、ここが最も汚染がひどいとされる場所だったからである。工場を見学した後、私はイリアナとともにパンチェボの市庁を訪ねた。市長のミラン・ボルナにインタビューするためだ。彼はすでに執務時間を終えていたが、このインタビューのため待っていてくれた。市長にしてはまだ若く、30代後半といったところか。

 秘書の女性がトルコ・コーヒーを運んできてくれた後、さっそくインタビューが始まった。まず最初に、工場が空爆された時の状況を語ってもらった。

「パンチェボの3つの工場にNATO軍のミサイルがブチ込まれたのは4月12日夜から翌日の早朝にかけてだった。この街の人口は周辺地域を含めると14万人ほどだが、空爆が始まると、その半分が街を離れた。爆撃されるのはわかっていたからね。それが幸いして住民への被害は最小限に食い止められた。

 空爆が始まった時、我々が最も憂慮したのはエチレンの貯蔵タンクがやられることだった。エチレンの爆発力は1キロがTNT火薬0.6キロ分に相当する。タンク内には2千トン以上のエチレンが貯蔵されていた。それが爆発すればとんでもないことになるのは目に見えていた」

 不幸にもボルナの憂慮は的中した。NATO側もそのことを知っていたのである。ミサイルがタンクを直撃し、大爆発を起こしたのだ。その瞬間、工場に巨大な火柱が上がり周囲は炎熱地獄と化した。

 それだけではない。塩化ビニール・モノマー(VCM)の貯蔵タンクも炎上し、濛々と上がる黒煙は幅1.5キロ、高さ3キロにも及び、その後10日間、パンチェボに黒い雨が降り注いだ。

「VCMは肝臓や肺ガンの原因となるといわれているが、当時、工場から数キロ離れたところでも、VCMの安全レベルとされる量の1万倍以上が大気中で検出された」

 その他にもアンモニア、塩化水素、2塩化エチレンなどの有害物質が千トン単位で放出されたというから凄まじい。

「人体への影響は?」

「空爆後の数日、皮肩がただれたり呼吸困難に陥る者や吐き気を催す者が続出した。今は落ち着いているが、まだ症状の消えていない住民もいる。本当の影響はしばらく経たないとわからないだろう」

 これが化学物質汚染の恐ろしいところだ。人体への影響が出てくるのに時間がかかる。パンチェボに来る前にユーゴ連邦政府の開発・科学・環境省次官ミロスラフ・スパソエビッチと話したが、彼によると、空爆による環境汚染がどの程度のものなのか判明するまでに少なくとも数年はかかるという。これほど大きなダメージが環境に及ぼされた前例がないためアセスメントが非常に難しいのである。

 問題は、はっきりとした汚染レベルがわかるまで有効な対策がとれないことである。へたに情報を流せば住民をパニックに陥らせてしまうからだ。しかし、有害物質が大量に放出されたことだけは事実である。例えば、パンチェボの工場から流出した水銀8トンが地下水に入り込んでいたら住民は水銀に汚染された水を使い続けることになるのだ。

「掃除しろとアメリカやNATO諸国に言いたい」

 問題はまだある。環境汚染の度合いが判明したとしても、ユーゴ政府にはそれをクリーンアップする金がないということだ。水を浄化する設備も破壊されてしまっているし、地中から化学物質を除去するにも膨大な資金が必要となる。その資金は外資に頼る他ないが、環境汚染を除くために金を出す酔狂な投資家などいないだろう。

 残るは政府レベルの援助だが、それを行なうにはアメリカやイギリスがミロシェビッチ排除を条件として出してくるはずだ。彼らがKLAを捨てたとしても、いきなりミロシェビッチと和解することなどあり得ないからだ。

 ボルナもこう言う。

「とにかく、この環境汚染は我々だけでは手に負えない問題なのだ。正直に言えば、この問題を引き起こしたアメリカやNATO諸国に掃除しろと言いたいが、彼らには、まったくそのつもりはないだろう…」

 ここで彼は溜め息をつき、

「NATO軍の空爆前、パンチェボはユーゴ連邦でも最も発展していた地域だった。工業生産量はモンテネグロ全体よりも多かった。それが空爆で10億ドルのダメージを受けて全工場が操業停止となり、8千人以上が職を失った。

 影響を受けたのはこの街だけではない。ユーゴ連邦で肥料を作るために必要なアンモニアを生産しているのは、ここの肥料工場だけだった。そのため、ユーゴにあるすべての肥料工場が生産不能となってしまった。それなのに、我々にできることといえば、困っている者たちに食事を提供することくらいしかない」

 街の誇りだった工場を叩き潰された怒り、そして化学物質によって人々の体が少しずつ蝕まれつつあるやもしれぬというのに、市長としてなにもできない無念さがその口調に込められていた。

 とにかく、今となっては一刻も早く正確な汚染状況を把握し、適切な対策を施して、ひとりでも多くの人命を救うしかないだろう。

  そして、汚染の影響で多くのガン患者が出たり、奇形の子供が生まれてきた時、世界が、政治的になんの障害もなく彼らに救いの手を差し伸べられるようになっていることを祈るしかない。

 そして、ユーゴ国民が今後直面する問題は化学物質の汚染だけではない。

 もうひとつの問題は、NATO軍が大量に使用した劣化ウラン弾による放射能汚染である。

(以下、次号)


以上。次回に続く。


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