『週刊プレイボーイ』《迷走のアメリカ》総括編 2最終回

ユーゴ戦争:報道批判特集 / Racak検証

『「空爆」は世界に何をもたらしたのか?』

2000.2.4

Racak検証より続く / 本誌(憎まれ愚痴)編集部による評価と解説は別途。

 今回で『週刊プレイボーイ』のユーゴ戦争連載は終了となるが、この間、Web雑誌『憎まれ愚痴』で百本ほどのユーゴ戦争特集を執筆し続けた私でさえも、主に日本の若者を読者対象とするこの「ヘアも掲載」の週刊誌が、総計で15回もの連載の力作を続け得るとは予想していなかった。プロの商業雑誌編集者がやっている仕事なのだから、読者の期待があってのことと思う。「出版社系の週刊誌までが牙を抜かれた」と言われ始めて久しい今、そして、心情左翼の読者を対象とする自称「総合雑誌」がますます薄味、調査不足、発表報道のオタク記事でごまかし続ける白痴的現状の中で、まだまだ日本人も捨てたものではないと思い直すための唯一の手がかりをえた気分である。

 この最終回では、ロシアの年末年始にかけての政変、エリツィンの辞任、チェチェン攻撃で支持率を高めつつあるプーチン首相の大統領への道、などの事態急変の裏の裏を解明してくれるかのような、実に興味深い情報と分析が示されている。多くの読者が驚くのは、このところアメリカが「テロリスト」として指名手配の筆頭に挙げ続けているオサマ・ビン・ラディンが、実は陰でアメリカ秘密情報筋と繋がっているとの観測であろう。私はすでに、アフリカの2カ国のアメリカ大使館が爆破された事件に際して、疑惑を投げ掛けておいたのだが、その時のmailの処理先を探し出せない。要旨は、事件を解く鍵は常に利益を得た者は誰かにあり、あの爆破とそれに次ぐアメリカの「報復爆撃」で一番得をしたのは、当時国際的に窮地に追い込まれていたイスラエルだという分析だった。カスピ海石油をめぐる「イスラム原理主義者」の動きについても、石油の買い手がなければ、説明が付かないという説を、昨年夏には、ユーゴ問題の運動関係者に話していた。それらの疑問への回答が、ここで示されているのかもしれない。

 ともかく、ユーゴ戦争は、ベルリンの壁崩潰、湾岸戦争などの継続として見る時、初めて、その歴史的意味が理解できるのである。


『週刊プレイボーイ』(1999.11.21/28)
《迷走のアメリカ》総括編2・最終回

「空爆」は世界になにをもたらしたのか?

イラクもユーゴも結局、なにひとつ問題は
解決していないのではないか…。
クリントン政権の〈戦略なき世界支配〉を総括する!

写真と図の説明:

1) 爆撃によるユーゴ民間人の死者の数は約2千人。ちなみに、NATO側の戦闘による死者はゼロ

2) フリーダムファイターともてはやされたKLAも、今ではコソボ和平のお荷物になっている

3) GPSを使った高度精密誘導弾の威力は抜群だった。あらゆる政府関係の施設が破壊された

4) 約2ヵ月半の間、延べ3万7,500機による猛爆撃を燥り返したNATO軍。人の世界では、これをリンチと呼ぶ

5) ユーゴ軍参謀部大佐、セルビア法相、元米司法長官、元セルビア警察麻薬捜査部長、パンチェボ市長など様々な人々が取材に応じてくれた

6) セルビア人のコソボ奪還という祈りは、果たして天に通じるのだろうか

 「人道上の破局を防止する」。それが空爆の大義名分だった。しかし、それが都合のいい嘘であったこと。空爆が引き金となって治安や民族間の対立が以前よりも悪化したこと。爆撃を受けた場所でおそるべき環境汚染と放射能汚染が進行中であること…など、我々が取材した限りにおいて空爆は、まさに欧米の先進国たちが犯した大きな誤り以外の何物でもなかった。なぜ彼らは道を間違えたのか。最後の謎に迫る。

(取材・文/河合洋一郎)

ミロシェビッチ暗殺チームの真の雇い主

 11月25日、ユーゴ連邦情報相ゴラン・マティッチが記者会見でミロシェビッチ暗殺を計画していた男たち5名が逮捕されたことを発表した。

 このヒット・チームのコード名はスパイダー。尋問により、彼らをコントロールしていたのはフランス情報部であることが判明した。

 マティッチによると、彼らが計画していたヒットの方法にはいくつかのオプションがあった。スナイパーによる狙撃、10名のコマンドによる大統領官邸襲撃、ミロシェビッチの車が通過する場所に爆弾を仕掛ける、などだ。

 この発表を耳にした時、私にはひっかかるものがあった。彼らをコントロールしていたのがフランス情報部だったという点である。ユーゴ空爆の強硬派だったアメリカ、イギリス、またはドイツの諜報機関なら話はわかる。が、フランスはNATOの中でもユーゴ空爆にも消極的な態度を見せ続けていた国である。これまでの取材でも、フランス情報部が対ユーゴ極秘工作に積極的に関与している事実はまったく見当たらなかった。それがいきなりミロシェビッチ暗殺を計画していたというのである。いかにも、とってつけたようで不自然だった。

 さっそくワシントンにいる諜報関係者数人に確認してみると案の定だった。

 逮捕された男たちがフランス情報部から指令を受けて動いていたのは確かだが、オペレーション自体をフランスがコントロールしていたわけではないというのだ。フランス情報部はコソボのフランス軍区からヒット・チームに指令を伝える役割だけを果たしていたということだ。諜報界の用語では、これをカットオフという。

 それでは作戦の黒幕は誰だったのか。これも彼らの証言は一致していた。NATOである。彼らはみな、NATOという言葉を使ったが、対ユーゴ作戦に関する限りNATOといえばアメリカのことだ。フランスがカットオフに使われたのであれば、今回のミロシェビッチ暗殺計画はにわかに信憑性を増す。なぜなら、アメリカでは法律で諜報機関による海外要人の暗殺は禁止されているからだ。そのため、違法とされる作戦を行なう場合、それを隠蔽するために第三者をクッションに使うことがある。当然、現場で働くエージェントは真の雇用者を知らずに行動する。

 CIAとフランス情報部は歴史的にみて仲がいいとは言えないが、両者がある分野では協力関係にあるのは間違いない。イラク危機の取材中、私はその協力関係を目の当たりにした。

 去年、CIAは1980年代に彼らの指令でイラクへ武器を売りまくっていたサルキス・ソガナリアン他の大物武器商人たちを再び動かし始めた。目的はイラクとの裏チャンネルの再構築と思われるが、武器商人たちは全員示し合わせたように活動の拠点をパリに置いていたのだ。これは、現地情報部の協力ないしは暗黙の了解がなければ絶対に不可能なことだ。

 90年代半ばからこれまでに2度、アメリカはミロシェビッチを海外へ亡命させる極秘工作を行なっているが失敗に終わっている。この春、クリントンはCIAにミロシェビッチ政権転覆作戦を命じているが、空爆でも彼を退陣に追い込むことができなかったアメリカが打って出た最後の手段が今回の暗殺計画だったと見ていい。

 それにしても、これまでイラクで散々サダム・フセインの排除に失敗した上、今度はミロシェビッチ暗殺がこのような無残な結果に終わるとは、その善悪は別としてCIAも落ちぶれたものだ。

ロシアで台頭する反アメリカ勢力

 前号の冒頭でユーゴ空爆が周辺地域の国際政治に及ぼした影響について述べたが、連載の最後に空爆が生んだ最大の副産物について触れてみたい。ロシアにおける対西側強硬派の台頭である。

 これについてはすでに空爆終了直後からアメリカでも懸念の声が上がり始めていた。6月半ばに、米下院国家安全保障委員会の研究開発小委員会の委員長で、ユーゴ空爆に反対の立場をとり続けていたカート・ウェルデンは私とのインタビューで空爆がロシアに与えた影響についてこう語っている。

「空爆だけで過去何百年も続いてきたバルカン半島の問題を解決できるわけがない。今後、アメリカは延々とこの問題に引きずられていくことになるだろう。だが、それよりも我々にとって当面の問題は、同じスラブ系であり宗教的にもつながりの深いセルビア人が徹底的にやられたことでロシア人の反アメリカ感情が極度に高まってしまったことだ。12月にはロシアの議会選拳があるが、ジリノフスキーの自由民主党のような極右勢力が大幅に議席を伸ばす可能性が高い」

 ジリノフスキーについてはもう心配する必要はない。自由民主党が公認した候補者の中に犯罪者がいることが判明したため党が選拳への参加を禁じられたからだ。しかし、すでに8月初旬にロシア政界をガラリと塗り替える事態が発生している。ウラジミール・プーチンの首相就任である。

 エリツインはそれまでの1年半、自らの権力維持のために首相のクビをすげ替えて危機を乗り切ってきた。

 去年8月の金融危機の責任を回避するためキリエンコの首を切り、チェルノムイルジン首相代行が議会に受け入れられないとみるや、対西側強硬派として野党に受けのいいプリマコフを指名する。そして、ユーゴ空爆中にIMFから融資の凍結という脅しをかけられると、今度はそれまでのユーゴ支援政策を捨てるためにプリマコフを解任するといった具合に、だ。

 ステパーシンからプーチンへの移行は当初、12月の議会選挙をエリツィン陣営に有利に運ぶためと思われていた。KGBの生え抜きであり、KGBの国内活動部門を受け継いだFSB長官だったプーチンならば、選拳を操作することなど造作もないことだったからだ。

 だが、その後の進展を見ると、彼の首相就任はエリツィンの権力維持のためなどといった単純なものではなかったことがわかる。逆にロシア経済をズタズタにし、ロシアの国際的な地位を著しく低下させてしまったエリツィン派に対する軍と諜報部の巻き返しだったのだ。

カスピ海周辺の天然資源をめぐる戦い

 そのきっかけとなったのがユーゴ空爆だった。エリツィンはIMFからの融資と引き換えに、いとも簡単に友邦国であるユーゴを見捨てた。これが彼らの面子を著しく傷つける結果となった。さらに追い打ちをかけるように空爆終了後のNATO軍によるコソボ進駐ではロシアは完全に無視され、強引にプリシュティナの空港を占拠することでやっとロシア軍はKFOR(コソボ平和維持部隊)に加わることができた。

 そして、軍部がこの屈辱から立ち直る前に今度はチェチェン紛争が再燃。首相のステパーシンはまったく有効な対応策をとることができず、紛争はダゲスタンに飛び火する。ステパーシンの無能さもさることながら、この紛争は軍部と諜報部にとって絶対に見過ごしにできないものだった。なぜなら、チェチェン・ゲリラの背後にはアメリカがいたからである。

 説明しよう。

 北カフカス地方、またウズベキスタンやキルギスタンといった中央アジア諸国のイスラム原理主義者たちはアフガニスタンのタリバンに支援され、訓練もアフガニスタンで受けてきた。そして、彼らに資金援助を与えてきたのはタリバンのスポンサーであるサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)だった。

 サウジとUAEは、アフガン戦争の時にはアメリカの意向を受けでムジャヒディン・ゲリラに、そしてソ連軍撤退後はタリバンに姿金援助してきた国である。これまでのやり方が踏襲されたわけだ。このオペレーションを統括してきたのは他でもない、アメリカから世界最悪のテロリストとして指名手配されているあのウサマ・ビン・ラディンだった。先月、彼の身柄引渡しに応じないタリバン政権に対して経済制裁が加えられたが、それは表の世界の話である。裏ではまだ彼はサウジ情報部を通じてアメリカとつながっているのだ。

 ビン・ラディンはこの夏、数ヵ月間にわたってチェチェンに潜入した。しかし、指名手配されているはずの彼がアフガニスタンを出国してもアメリカはなんのアグションもとらなかったことからも、それがわかる。それどころかアメリカは、チェチェン入りした彼へのインタビューに成功したヨーロッパのジャーナリストが執筆した記事をもみ消してまでいるのだ。

 80年代、サウジ情報部のアフガニスタンにおける現地責任者としてCIAのオペレーションを援助してきた彼の持っているゲリラ支援のノウハウと経験をアメリカはまだまだ必要としているということだ。

 北カフカスでアメリカがゲリラを支援する目的は、莫大な石油と天然ガスを埋蔵するカスピ海周辺からロシアの影響力を削ぐことである。ロシアとしてはユーゴでやりたい放題にやられた上、自分の裏庭まで引っ掻き回されたのではたまったものではない。すでにエリツィン派はアメリカに対して強硬な態度をとるつもりも、その能力がないことも証明されていた。そして、この現状を打破するために軍と諜報部を代表して政権内部に送り込まれたのがプーチンだったのだ。アメリカの迷走を止めるのはアメリカしかない…

 順を追って説明しよう。

 エリツィンがステパーシン首相を解任し、その後任にプーチンを指名したのは8月9日である。その数日後、ステパーシンは記者会見で、解任を申し渡された時、その場にエリツィン以外の人間がいたと述べ、暗に自分の解任は何者かの意向が働いていたことを示唆した。

 次にプーチンの首相指名が議会で承認された直後から、IMFからの融資金も含まれるといわれる100億ドルのマネー・ロンダリング事件、スイスの建築会社マベテックスからの収賄事件、また、アエロフロート社の資金横領事件など、それまで下火になっていたエリツィン派のスキャンダルが一気に再燃する。

 これはプーチンがエリツィンとボリス・ペレゾフスキーに代表される取り巻きの新興財閥勢力を無力化するために仕掛けたものだった。そして、検察の捜査によって彼らを身動きのとれない状況に追い込んだ後、プーチンは時間をかけて各地から精鋭部隊を集結させ、チェチェン進攻に打って出たのだ。

 ロシアのアメリカに対する態度が180度転換したのが明らかになったのは、先月初旬に開かれたオスロ会議の場においてだった。そこでプーチンはロシア軍によるチェチェン進攻に警告を発したクリントンを、アメリカには関係のないことだと突っぱねたのである。これは、もうお前たちの好きにはさせないというロシア側の宣言だった。

 これに慌てたのはエリツィンである。彼は急遽、休暇を返上して帰国したプーチンと会見した。が、彼にはもう軍部をバックにしたプーチンを抑える力はなかった。翌日、プーチンのチェチェン政策を支持する声明を出し、チェチェン進攻作戦を指揮している軍人たちに「ロシアの英堆」という国家勲章を授与したのである。

 軍と諜報部による静かなるクーデターが完了した瞬間だった。

 ソ連崩壊以来、アメリカは旧ソ連諸国の資本主義化を外交政策の要として推進してきた。だが、これが無惨な失敗に終わったのは、すでに衆目の一致するところだ。結局、資本主義化政策はロシア経済をマフィア化させただけだった。世紀末を迎え、アメリカの外交政策は今、大きな転換を迫られているのだ。

 問題は、現在のアメリカに、この混沌とした世界の現状をよりよい方向に牽引していく能力はあるのかということである。この連載では90年代にアメリカが軍事力を行使したイラクとユーゴ情勢を検証してきた。が、イラクでは行き当たりばったりの政策しかとれず、問題を引き延ばしていくアメリカの姿しか浮かび上がってこなかったし、ユーゴでは目的を達成するためなら手段を選ばない凶暴なアメリカの素顔が曝け出されただけだった。

 アメリカのポリシー・メーカーたちを弁護するとすれば、冷戦時代の二極間構造とは違い、外交戦略の目標を立てる際、いたって不明僚なピクチャーしか描けないということだろう。これはどの国がアメリカの立場に立たされても同じである。

 今のアメリカに長期戦略があるとすれば、それは世界唯一の超大国というポジションを維持し続けるということだけである。が、その長期戦略から出てきたものがイラクやユーゴで行なわれたことであるならば、今後、世界はさらに不安定化していくのは必至だろう。

 アメリカの迷走を止めるのはアメリカにしかできない。もしそれができなければ、21世紀に入るとともに世界は血で血を洗う文明の衝突の時代に突入していくことになるのだ。(了)

●長い間のご愛読ありがとうございました


以上。


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