『亜空間通信』254号(2002/05/12) 阿修羅投稿を02.12再録

米イなど凶暴な侵略国家の政治制度「民主主義」の誤解と曲解の歴史的徹底検証

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『亜空間通信』254号(2002/05/12)
【米イなど凶暴な侵略国家の政治制度「民主主義」の誤解と曲解の歴史的徹底検証】

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 転送、転載、引用、訳出、大歓迎!

 911以後の忙殺状況に追われ、あっと言う間に明日(2002/05/13)のことになってしまったが、武蔵野市議会の総務委員会で陳情の陳述をする。地元の話のようでいて、実は、この陳情は911と深い関係にある。

 机の上は紙の山である。その陳情の原稿がどこかに消えてしまったので、文章の細部をすぐには再現できないのだが、主旨は簡単である。中央政界の議員による公費横領疑獄の暴露合戦を絶好の機会として捉え、すでに武蔵野市議会で満場一致の「不採択」となった「議員報酬全廃の陳情」を焼き直し、「議員報酬の使い方を公開せよ」と迫るのである。

 これは、もともとの持論の延長ではあるが、最近提出したことにも理由がある。普段は禄に審議をしない武蔵野市議会が、911に関して、何と、深夜にわたって激論し、ほとんどの与野党一致で、ブッシュと小泉に呼応する「テロ糾弾決議」を採択したからである。以下に詳細が入っている。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/akuukan-01-11-107.html
『亜空間通信』107号【テロ糾弾でないと「平和的解決を求める決議」を糾弾した唖然痴呆議会野党】

 その醜状に呆れ果てて、多忙を省みずに、陳情を行ったのである。どうせ否決されるから傍目には無駄努力と見えるだろうが、私の発想は違う。少なくとも数十名の市議会議員、市長、市役所の助役、教育長、部課長らを聴衆として、短い無料講義を施すことになるし、電網解説者の修行と予習にもなるから、決して無駄にはならない。

 明日の短い無料講義の準備として、以下、アメリカの正義の御旗の「三種の神器」こと、「民主主義」「文明」「ホロコースト」の一番手、「民主主義」の大嘘に関する見解を整理しておく。

 私は文学部系統で、しかも小説屋か台本屋を志望していた。この種の「政治学」とか「社会科学」とかは大嫌いだったから、いわゆる素養はない。しかし、1960年安保闘争以来の人生街道の狂いにより、やむなく、いくつかの「社会科学」分野を踏み荒らすこととなり、いわゆる専門家が、ほとんど学閥追随の言論詐欺師であることを確信するに至った。「民主主義」の大嘘発見も、その一つである。

 問題点の核心は、いわゆる権威主義にある。特に社会科学は、欧米追随、つまりは欧米の御用学者への追随の日本での御用学者の学閥追随である。それがさらに歪むと、右も左もない。歴史的事実とは全く反する呆れた大嘘となり果てる。

 電網検索で得た実例を示す

 民主主義とはもともとギリシャ語であるデモスdemosu(人民)とクラティアkratia(権力)の結合語であるデモクラティアdemokratiaが語源であり、人民の権力という意味である。

 以上で引用終わり。

 ああ、ああ、「人民」とは驚きいった。ギリシャ語のローマ字綴りの滑稽さは許すとしても、もともと「民主」の「主」に相当する意味は、demokratiaには含まれていない。「民」という漢字も、もともとは奴隷を意味したというから、なおさらのことである。古代ギリシャの人口の9割程度だったらしい奴隷は、デモスには属さない物品扱いだったのである。

 私は、昨年の911以前から、この問題を追究していた。常に実態から考え直すのである。以下、抜粋する。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/turedure-1-2.html
2000年 8月 6日 日曜日 10:43 AM

アメリカ 民主主義とは何か?

[中略]

 アメリカ民主主義なるものは、原住民を騙し、殺し、駆逐して、ではありますが、「自由に土地を入手できる」条件の上に、黒人奴隷制を経済の基本として、初めて成り立っていたものです。[1880年代のフランス人]トックヴィユは、その実態を、基本的には個人主義なのであると、見抜きました。歴史的に見れば、人口の10分の1の支配層の制度の一つであったギリシャ民主主義と共通する欺瞞に満ちた差別支配、軍事貴族支配の一種でしかないことが明確になります。

 ギリシャのデモスクラトスは、デモス(身体が原義)とクラトス(権力)の合成語です。自らも奴隷主の一般兵士の合議制権力と解すべきであって、発生的には「奴隷」状態を象形した「民」を主権者である思せるような訳語は、間違いなのです。すでに、「軍事民主主義」と呼んでいる人もいます。

[後略]

 以上で引用終わり。

http://www.jca.org/~altmedka/turedure-1-10.html
2001年10.22.(月)
決まり文句「民主主義と文明を守る戦い」を語源的に解釈し直すと軍事都市による農村の制圧

[中略]

 事件後、まる1週間を経て9.18.----ブッシュが議会で大演説をしていた。クリントン時代にも、ユーゴ戦争に際して同じような演説を聞いた記憶がある。当然、下書きの熟練者がいて、「国際音痴」とかのブッシュ坊やが、一生懸命、テキサス訛りのせかせかで練習を重ねたのだ。力んで喋ると、満場総立ちの拍手喝采、しばし鳴りやまずで、昔のヒトラーなどの演説風景とまるで変わりがない。ゲルマン型の習慣であるが、世界中の人間集団が似たような儀式を続けている。

 動物行動学的に観察すると、チンパンジーの群れが猛獣に襲われる可能性が高い恐怖の夜を迎える前に、横向きの木の枝に並んで立って、一斉に唸り声を発する習慣が、この儀式に連鎖しているものと判断できる。恐怖から怒りへ、攻撃へ、いわゆる出陣の雄叫びの典型的な儀式である。

 面白かったのは、「アメリカ人は今、なぜ自分達が憎まれるのかと考え始めている」という台詞だった。ここをブッシュは、非常に慎重に、重々しく、ゆっくりと喋った。あの不良坊やも、これが非常に重要な台詞だと認識しているのだ。議場は静まり返った。これはまた当然、当時の多くのアメリカ人による論調に表れていたことを意識して、工夫に工夫を重ねた台詞なのである。私は「憎まれ」問題の自覚に関しては同主旨の電網記事を沢山見ている。だから、次に何を言い出すかと興味津々、耳を澄ますと、「彼らが憎むのはアメリカの民主主義と文明である」と、と、と、おいでなすった。さすが見事な切り返しのデマゴギーである。

 東京裁判でアメリカ人のキーナン検事は、あの勝者が敗者を裁く猿芝居のことを「文明の断固たる闘争」と称したのだそうである。「文明」か、なるほど、明治維新の後、「ちょんまげ頭を叩いてみれば、因習姑息の音がする。ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」と謳われたあの同じ言葉である。だから、明治時代以後の日本人は、この言葉に弱い。「民主主義」の方は、敗戦後に叩き込まれたから、これにはもっと弱い。

 私は昨年、パレスチナ内戦勃発と同時に、東京は港区赤坂のアメリカ大使館前にて、わざとアラブ訛りの英語で演説をした。その時に、私は敗戦国の少年としてアメリカ民主主義を教え込まれたが、それが真っ赤な嘘だと知ったとして、アメリカ民主主義については「デモクラシーよりも同じギリシャ語源のデマゴギーの方が相応しい」、とぶっぱなし、何度も繰り返してやった。

 ギリシャのデモクラシーそのものについても、実態は人口の10分の1の支配部族の内部の政治方式でしかない。「軍事民主主義」という解釈も読んだことがある。言葉の構成は「デモス」の「クラトス」(権力)なのだが、「デモス」の語源を辿ると、「民衆」ではなくて「身体」などとあり、どうやら部隊の兵士の集団的な権力と理解した方が、歴史的実態に合っているようである。

 欧米語の「文明」の語源は、ラテン語のcivitas(市民権)などの語群にあり、都市を意味する英語のcityと同じ語源から発している。つまり、「文明」という言葉を使うにしても「都市文明」の方が実態に近い。ラテン語の語幹のciviはcieoと同じ意味とされており、cieoには「召喚する」の意味がある。これもどうやら、兵役義務を負う「市民」に由来するのではないかと考えると、非常に分かりやすくなってくる。つまり、軍事的な征服集団の基地と財産こそが、英語のcivilization なのだ。文字による「文」とはまったく違う意味なのである。

[後略]

 以上で引用終わり。

 以下、再び、電網検索情報の内から、比較的に歴史的な事実に即する文章を抜粋して紹介する。上記の私の「デモス」の語源、「身体」からの語義の発展経過である。

 デモス(demos)という言葉は古代ギリシャのポリスに住む「部族」という意味に端を発する。そこには、自然共同体的な住民社会が形成され、そこではデモス全員が共同体の政治に参加することができた。正確に言えば、「18歳に達したすべての男性市民は本人自ら立法会議に参加する権利を 有していた。」(minsyu)のである。

 デモス(demos)というのは、長い歴史を持つ言葉です。それはもともと古代ギリシャのポリス(都市国家)に住む「部族」くらいの意味もっていました。

http://www.icpe.or.jp/getsurei/okamoto.htm

「デモ」というのは何かというと、日本語で言えば「市」や「区」、「番地」という意味です。ですから何町何番地みたいなことです。それまでは人は家柄で証明されていました。例えば岡本とか鬼澤とか名前で血筋が証明されたわけです。

 それに対してクリステネスという人たちがやったのは、何町何番地で人間を証明することです。だから階層をなくしていこうとするわけです。その階層をなくしてみんながフラットな社会を作ろうとしたその考え方を「デモクラチア」と言って、それが今日の「デモクラシー」の語源です。

 その時に市民集会というのをやります。20歳から60歳の人を集めて市民集会をするのですが、そのうちに人が集まりすぎて話がまとまらないということが分かってきて、その町ごとで代表を出すようにします。

 その代表が100人委員会を作るわけですがそれでもまだ多いというので、その100人委員会の中からさらに非常に前向きで物事を考えられる人を10人集めます。その10人の組織を「ストラテゴ」と呼びます。これは戦略の英語の「ストラテジー」の語源なわけです。そのストラテゴというのは何かというと「構想」なのです。要は都市国家をどういう都市国家にしていこうかという構想を持つことが、元々「ストラテジー」、「戦略」の意味なのです。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/sekaisi/gre1.htm

ポリスの特徴[中略]
市民(土地所有者)=兵士
奴隷制社会[中略]
軍隊 貴族=重装騎兵
平民=重装歩兵の密集隊(ファランクス)→武器は自弁のため、兵士になるにはお金が必要[中略]
王政→貴族の重装騎兵が活躍し、貴族政になる。
さらに→平民の重装歩兵の密集隊(ファランクス)が国防の主力になる。貨幣経済が浸透し、お金を持った平民が武器を購入し、貴族と平民が対立[中略]
BC508 クレイステネスの改革
氏族制廃止→デモス(区)の設定 [後略]

 以上で引用終わり。

 さて、以上のように、ギリシャの役所用語としても、日本語では「区」と説明される「デモス」は、「20歳から60歳の」「市民」こと「兵士」の資格を持つ兵役年齢の成人男子が、具体的には重装歩兵の「部隊」の単位で駐屯する区分を意味していたのである。

 私は、この連中の「クラトス」(権力)を、日本の小領主の侍の合議制と同じものと断定する。ギリシャでもローマでも、その合議によって、戦争が決定されたのである。

 さらには、戦略の英語の「ストラテジー」の語源をなす10人の組織、「ストラテゴ」を基礎として、貴族支配が復活し、ついには、カエサル以後の混乱を経て古代ローマの血統帝政時代が始まるのは、まったく不思議ではないのである。

 今、アメリカはブッシュ王朝、日本は小泉王朝から田中王朝に至るのかな?

 以上。


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