2001年10月分
| 10.07.(日) テロ?:急ぎ物申す特に日本人の急務は裸の止め男で落とし所は石油資源の平和的利用なり |
| 10.22.(月) 決まり文句「民主主義と文明を守る戦い」を語源的に解釈し直すと軍事都市による農村の制圧 |
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決まり文句「民主主義と文明を守る戦い」を語源的に解釈し直すと軍事都市による農村の制圧
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2001.10.24. 訂正と若干の増補。
私が「テロを装った戦争挑発の謀略」と疑い、「9.11.アメリカ重大事件」と名付けた事件の直後から、米軍放送は事件関係の報道と論評だけになった。音楽も冗談も完全に消え失せた。私は、普段から時事論評を録音しては、英語の聞き取り訓練を兼ねて、アメリカの報道状況を知る手掛りにしているので、手持ちの録音テープを総動員し、続けて録音したが、仕事と日常生活の些事の合間に全部を聞き直すのには膨大な時間が掛かる。10.22.現在、ウォークマンに入っているのは10.11.分だから、まだ11日前までしか聞き直していない計算になる。追い付くにはまだ10日は掛かるだろう。
事件後、まる1週間を経て9.18.----ブッシュが議会で大演説をしていた。クリントン時代にも、ユーゴ戦争に際して同じような演説を聞いた記憶がある。当然、下書きの熟練者がいて、「国際音痴」とかのブッシュ坊やが、一生懸命、テキサス訛りのせかせかで練習を重ねたのだ。力んで喋ると、満場総立ちの拍手喝采、しばし鳴りやまずで、昔のヒトラーなどの演説風景とまるで変わりがない。ゲルマン型の習慣であるが、世界中の人間集団が似たような儀式を続けている。
動物行動学的に観察すると、チンパンジーの群れが猛獣に襲われる可能性が高い恐怖の夜を迎える前に、横向きの木の枝に並んで立って、一斉に唸り声を発する習慣が、この儀式に連鎖しているものと判断できる。恐怖から怒りへ、攻撃へ、いわゆる出陣の雄叫びの典型的な儀式である。
面白かったのは、「アメリカ人は今、なぜ自分達が憎まれるのかと考え始めている」という台詞だった。ここをブッシュは、非常に慎重に、重々しく、ゆっくりと喋った。あの不良坊やも、これが非常に重要な台詞だと認識しているのだ。議場は静まり返った。これはまた当然、当時の多くのアメリカ人による論調に表れていたことを意識して、工夫に工夫を重ねた台詞なのである。私は「憎まれ」問題の自覚に関しては同主旨の電網記事を沢山見ている。だから、次に何を言い出すかと興味津々、耳を澄ますと、「彼らが憎むのはアメリカの民主主義と文明である」と、と、と、おいでなすった。さすが見事な切り返しのデマゴギーである。
東京裁判でアメリカ人のキーナン検事は、あの勝者が敗者を裁く猿芝居のことを「文明の断固たる闘争」と称したのだそうである。「文明」か、なるほど、明治維新の後、「ちょんまげ頭を叩いてみれば、因習姑息の音がする。ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」と謳われたあの同じ言葉である。だから、明治時代以後の日本人は、この言葉に弱い。「民主主義」の方は、敗戦後に叩き込まれたから、これにはもっと弱い。
私は昨年、パレスチナ内戦勃発と同時に、東京は港区赤坂のアメリカ大使館前にて、わざとアラブ訛りの英語で演説をした。その時に、私は敗戦国の少年としてアメリカ民主主義を教え込まれたが、それが真っ赤な嘘だと知ったとして、アメリカ民主主義については「デモクラシーよりも同じギリシャ語源のデマゴギーの方が相応しい」、とぶっぱなし、何度も繰り返してやった。
ギリシャのデモクラシーそのものについても、実態は人口の10分の1の支配部族の内部の政治方式でしかない。「軍事民主主義」という解釈も読んだことがある。言葉の構成は「デモス」の「クラトス」(権力)なのだが、「デモス」の語源を辿ると、「民衆」ではなくて「身体」などとあり、どうやら部隊の兵士の集団的な権力と理解した方が、歴史的実態に合っているようである。
欧米語の「文明」の語源は、ラテン語のcivitas(市民権)などの語群にあり、都市を意味する英語のcityと同じ語源から発している。つまり、「文明」という言葉を使うにしても「都市文明」の方が実態に近い。ラテン語の語幹のciviはcieoと同じ意味とされており、cieoには「召喚する」の意味がある。これもどうやら、兵役義務を負う「市民」に由来するのではないかと考えると、非常に分かりやすくなってくる。つまり、軍事的な征服集団の基地と財産こそが、英語のcivilization なのだ。文字による「文」とはまったく違う意味なのである。
さて、そこで、軍事基地または砦としての都市こそが、日本では民主主義とか文明とか漢語で訳される欧米の言葉の根底に潜む無気味な何かなのだと考えると、辻褄が合ってくるのだが、この際、突如、いや、実は、かなり前からのことだが、私の脳裏には『七人の侍』の構図が浮かんでくるのである。あの映画では、山賊が農民を襲うのであるが、山賊も侍も似たような無頼のたかり屋である。農民に侍が加担するというあり得ない筋書きの裏に、あの映画の欺瞞の構造が透けて見えるのだが、それだけでなくて、都市、当時なら京都などを軍事基地とする自らは働かざる暴力団が、常に農民などの働き手を支配していきた歴史的な構図が、背景として浮かび上がってくるのである。
この構図を古今東西の歴史の温故知新により、現状に当てはめてみると、「天が下に新しきもの無し」とした古代の警句が生きてくる。所詮、裸の猿の所業は、自己中心の遺伝子に数十億年前から仕込まれ続けた情報に操られるまま、あがいても、あがいても、変わりようがないのである。
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テロ?:急ぎ物申す特に日本人の急務は裸の止め男で落とし所は石油資源の平和的利用なり
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送信日時 : 2001年 10月 7日 日曜日 8:22 AM
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『亜空間通信』33号(2001/10/07)
【テロ?:日本人の急務は裸の止め男で落とし所は石油資源の平和的利用】
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転送、転載、引用、大歓迎!
「日記風」/テロ?:急ぎ物申す特に日本人の急務は裸の止め男で落とし所は石油資源の平和的利用なり
10.07.(日)、早朝5時に目覚めた。昨夜来の渦巻く思考をまとめて記さないと落ち着かない気分なので、睡眠不足は昼寝で補うことに決した。日記風に後刻収める予定の文書形式とすることにして卓上玩具電算機に向かう。
昨晩、200.10.06.19:00‾、10年前に始まった湾岸平和訴訟で知り合い、著書を交換した語らいの仲、9歳ほど年上のアラブ通、阿部政雄さんの話を聞きに行った。阿部については電網宝庫「日本アラブ通信」に自己紹介がある。
会合の場所は、中目黒スクエアと称する地元目黒区の公共施設の会議室であった。 資料代500円の市民集会に30人ほどが詰め掛け、後半は熱心な討論となり、終わってから有志6人が、地下鉄中目黒駅前の何とここにもあった白木屋に入り、23時までの 意見交換をし、ついには激論と相成った。
私は最初の自己紹介で、東京都の反対側から出向いた理由として、阿部さんとの関係と同時に、このところ集中的に宣伝している1980年の米議会小委員会議事録、『南西アジアにおける合衆国の安全保障上の関心と政策』(わが電網宝庫参照)の問題点と活用方法に関する私見と訴えとを述べた。全員の自己紹介が終わってから、阿部さんが一時間ほど話したが、その中で何度も私の意見や著書などに触れたし、私も、討論時間で質問に答えたり、何度か短く最新情報を提供しつつ意見を述べたので、いわば客分の講師の扱いとなった。
阿部さんの話しや討論の経過の細部についても別途詳しく記したいことが多いが、 この経過の刺激で、このところ頭の隅で胚胎していた「落とし所」への道程が急速に 結晶してきた。この整理を優先し、以下、弁証法の極意に見習い、3段階に分けて簡 略に記す。
第1は、「テロ?」の真相究明である。
第2は、「テロ?」を脅しに使って、日本に「立場を明らかにせよ」などと無礼千万にも迫り、子分扱いを続けるアメリカの破落戸「因縁付け」の本音の狙い、カスピ海周辺の石油資源争奪戦と、とりわけ石油マフィアと軍産複合体の貪欲な衝動を暴く ことである。
第3は、しかし、今こそ、いわゆる反体制の負け犬根性の「反対!」ばかりではなくて、いわゆる人類の「ハルマゲドン」とやらの末期症状の治療法として、誰しもが 本音はともかく表面上は納得せざるを得ない「落とし所」を、ど、ど、どーんと示す ことである。
以上の3段階は、連結していなければ効果が薄くなる。分かりやすい状況で示すには、まず、日本人向けの歌舞伎調となる。
第1と第2で、江戸の街角の人だかりの真ん中の喧嘩騒ぎを鎮めるためには、白刃を振りかざして睨み合う旗本奴と町奴の双方に、「やいやい、ここをどこだと心得てか、がたがたするんじゃねえ、てめえらの下司な魂胆は先刻承知!」と怒鳴り付け、一同、針が落ちても響くほどの静寂の中、第3には、「この喧嘩、俺が買った!」と諸肌脱ぎの裸で分け入る幡随院長兵衛である。
「落とし所」を石油または化石燃料資源の平和的利用とするのは、環境問題の側面から見れば、ちょっと待てよ、となるであろう。しかし、現実に石油文明と略称される 人類こと裸の猿の野蛮時代の暴走の急制御は当面不可能である。となれば最早、米ソ対立の時代は終わったことだし、悪魔化戦争は時代錯誤、資源保有国の立場も尊重しつつ、ここは水戸黄門様に裁きを任せよ助さん格さんが葵の御紋の印篭、または遠山の金さんの諸肌脱いでの桜吹雪きの刺青、一同、恐れ入って平伏となれば、拍手喝采、鳴り止まずの幕引きとなる。
歌舞伎調の説明だけではまだ世界的には通じ難いが、ここで「特に日本人の急務」としたのは、アラブ・イスラム圏と日本の歴史的関係があるからだ。
阿部さんは、イラク大使館の顧問的な役割を買って出ているから、実感に基づいて、湾岸戦争以来の日本の対米従属の不様な振舞いによって、「イラクの対日感情が悪化している」と言う。その通りであろう。
しかし、阿部さんとも旧知の仲で同年代の中東史の大御所、板垣雄三さんは、さる9月27日の集会で、「長らく欧米の植民地支配で苦しんだアラブ人は、日露戦争以 来、日本人に対して片思いの恋心を抱いている」との主旨の歴史的関係を述べた。こ れまた私が繰り返す必要のない国際的な認識であろう。イラクの対日感情の悪化は、 いわば裏切られた恋の恨みである。
だからこそ、今こそ、日本人は不様な対米従属をきっぱりと止め、一匹の武家出身ながら町奴として旗本奴の凶刃に倒れた民衆の英雄、幡随院長兵衛を演じ、新規まき 直し、客席の背後から躍り出て花道から裸で見栄を切って舞台中央ににじり寄らなけ れば、男が廃る、いや、女も廃る、最早、人類史に出番なし、なのではないか。
もう一つの「特に日本人の急務」は、これまた説明の要がない「カミカゼ」である。おまけに半気違いの日本赤軍をアラブ人が日本の代表的左翼と勘違いしている現状についての日本人の責任である。この責任を取るべきなのである。
実は昨晩、上記のごとく、「ついには激論と相成った」のは、阿部さんと私の間に座った全共闘または団塊の世代が、日本赤軍の心情的な支持者だったからである。私 はあえて滔々と持論を述べ、基本的には非暴力抵抗の思想で論戦に勝利し、帰りの渋谷までの東横線の車中で彼と和やかに意見交換し、握手で別れた。
以上で、どうじゃ!
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