『本多勝一"噂の真相"』 同時進行版(その20)

続5:ヴェトム小説「改竄」疑惑問題、最後の誌上論争

1999.5.14

 大川は、その後、『正論』平成11[1999]年1月号に、「編集者へ」と題する短文を寄せ、そこで、その後の論争経過を記している。今回は、その全文を転載し、次回からは、これまでの5回にわたる「論争」経過の全体を、問題点別に論じていく。

 ただし、その間、私が、論争上の決定的なキーワードだと感じた「ヴェトナム語」の問題についてのみは、ここで記して置く。この問題は、これまでの誌上論争では、井川の一方的な発言で終わっているので、私自身も疑問を覚えたし、予備知識のない読者は、誤解し兼ねないと思うからである。

 大川は『正論』(1997.12)で井川訳のキエンの台詞、「学校をめちゃくちゃにするなんて、もう誰も命ってものを大切にしなくなったのかなあ」の「命」を誤訳とし、「英語のlifeを『命』と訳したためにキエンの台詞は意味不明になっている。原文のcuoc song[ヴェトナム文字の髭は省略。以下同じ]も、英訳のlifeも、『生活』である」とし、井川を「訳者失格」であると批判した。

 これに対して、井川は半年以上も後の『正論』(1998.7)で、「この非難はそのまま同氏に返上しよう。『生活』はsinb hoat で、cuoc song は生存、存在、実存を意味する。ここは『命』が正しい」とやり返した。

 大川は、その後の再反論で、この点にふれていないので、電話で直接質すと、フアッフアッと笑って、「あれはヴェトナム語を少しでも知っている人なら笑い話でしかないんですよ。紙数も少ないし、あまりにも馬鹿馬鹿しいので相手にしなかったのです」という。ヴェトナム語には、日本語と同様に大量の漢語が入っていて、19世紀末までは漢字と漢字から作った音表文字を使っていたが、20世紀になってローマ字に手を加えて使用している。大川の説明によると、sinb hoat は漢語の「生活」そのものだが、cuoc song は日本なら大和言葉の方で、「暮らし」を意味し、英語のlifeにはある命の意味を持っていない。だから、井川がヴェトナム語も原文を見ていれば、「命」と訳すはずがないのである。つまり、「井川さんはヴェトナム語のイロハも知らないんですよ」ということになるのである。この問題点は、『越日辞典』などもあるようだから、それを見れば、勝敗は一発で明らかとなるであろう。

 では、いよいよ誌上論争の最後の文章を、以下に転載する。


『正論』平成11[1999]年1月号

「編集者へ」

=大阪市の大川均さん(会社経営)から。

 ベトナムの作家バオ・ニンの小説『戦争の悲しみ』の翻訳をめぐっての、朝日新聞元ハノイ支局長・井川一久氏と私の論争の結末を、この欄をお借りして、編集者と読者の方々にご報告させて頂きます。

 その前に、編集者には、拙文を当誌平成9年12月号と同10年10月号に掲載して下さいましたことを、読者の方々には。拙文をお読み下さいましたことを。心より有り難く感謝いたします。

 さて、ベトナム戦争を舞台にしたこの小説は、胸痛む悲恋物語でありますが、『正義の軍隊』とされてきた北ベトナム軍の、善悪・正邪とりまぜた実像を描いて余すところがありません。井川氏は、この小説の英訳書を重訳するに当たり、これを再び『正義の軍隊』に改竄されました。また、原書から直接、翻訳した私の本の出版を妨害されました。

 平成9年12月の拙論に対し、井川氏は当誌同10年7月号に反論を載せられました。私は10月号にそれへの反論を書き、今後、論戦の場を、誌上から公開討論に移すことと、原作者をその席に連名で招くことを提案いたしました。また、『バオ・ニン氏の大川均氏への公開書簡』として井川さんが添付されたものについては、『井川氏の偽造文書ではないか』と疑念を表明し、『実物を見せてほしい』とお願いしました。

 10月号を読まれた井川氏は、すぐに書簡を寄せられました。内容は、私を詐欺師だと規定する7月号の拡大延長で、『詐欺師との同席は出来ないから、公開討論は拒否する』というものでした。また、『バオ・ニン氏の公開書簡に関しては、次のように書かれました。

(前略)そういう人物に対する常識人の姿勢をご存じですか。接触を努めて避けるということです。それが不可能ならば、同胞の理性と正義感に頼って、徹底的に貴殿を断罪するしかありません。その予備作業として、バオ・ニン氏の公開書簡、(中略)その他、貴殿の欺瞞を覆すに十分な文書証拠類のコピーを、『正論』編集部を含む関係諸方面へ、一応のコメントを加えて近日中に送ることにします。

 それらをどうしても御覧になりたければ、貴殿をなぜか信用しているように見受けられる『正論』編集部に9月10日以降にお問い合わせ下さい。

 私は返書を書き、公開討論を受諾するよう再度、促しました。すると井川氏は、10月5日付けで『最後の手紙』を寄せられました。

 貴殿の詐欺師的正体がますます明らかになった今、もはや貴殿とは言葉を交わすことは一切無用かと思われます。(中略)よって今後は、貴殿からの一切の通信(所信、電話、FAX連絡その他)をお断りします。この私の返書に対する新たなお手紙をいただいても受け取りを拒否します。公衆を欺いて恥じぬ者には懲罰あるのみというのがこの世の常識です。もちろん私の手紙もこれをもって最後とします。(中略)追伸、私のこの返書については貴殿の書簡とともに公表する権利を留保します。

 というものでした。『バオ・ニン氏の公開書簡』への言及はひとこともありませんでした。この『公開書簡』は今になっても姿をみせません。見せない理由は、井川氏が公開討論を忌避される本当に理由とともに『大きな謎』と言うほかありません。

 以上、論争の経過を、編集者と読者諸賢への感謝をこめて、ご報告させて頂きます。

 なお、私の原書からの直接訳は、『愛は戦いの彼方へ……戦争に裂かれたキエンとフォンの物語……(原題『戦争の悲しみ』)』として、(株)遊タイム出版から出版いたしました。当誌平成10年1 月号の『読者指定席』欄に投書された横浜の中田聡氏をはじめ、論争に関心を寄せられた方々にお読み頂けますれば、幸いに存じます。


 以上で(その20)終り。次号に続く。


(その21)割り中:『週金』が依頼記事を不掲載の奇怪な顛末
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