『電波メディアの神話』(6-5)

第二部 「多元化」メディアを支配する巨大企業

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.7

第五章 「打って返し」をくう「公平原則」信奉者 5

湾岸戦争報道批判でみずからの手抜き調査の告白と反省

 正直に告白すると、私がレーガン時代のアメリカのメディア再編成の異常さにきづきはじめたのは、湾岸戦争以後である。それ以前のアメリカの大手メディアに関する私の知識は、『メディアの権力』(一~三巻、D・ハルバースタム、筑紫哲也・東郷茂彦訳、サイマル出版会、一九八三年)のあたりで停止していた。原著の出版は一九七九年である。翌年の秋の大統領選挙で共和党のレーガンが民主党のカーターをやぶった。つまり原著の記述はレーガン時代以前のアメリカのメディア状況である。

 私自身、同時期に前出の『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』(79年初版)、『テレビ腐蝕検証』(共著、80年初版)、『NHK腐蝕研究』(81年初版)を執筆している。そのときに、海外の放送事情に関する資料をかなりしらべていた。そのためにかえって、知ったかぶりの半可通になっていた。

 湾岸戦争の報道操作はショックだった。湾岸戦争停戦の二ヵ月後、一九九一年五月九日には、アメリカの元司法長官、ラムゼイ・クラークらの「国際戦争犯罪法廷のための調査委員会」が、ブッシュ大統領らにたいする告発状を発表した。一九項目からなる罪状の第一八は「メディア操作の罪」だった。私は、日本の九〇億ドル拠出を違憲とする訴訟団に参加したが、そこでクラークが「三大ネットワークの所有者は軍需産業」だから、または「三大ネットワークのスポンサーは軍需産業」だから、湾岸戦争の真相を正しく報道しないと批判していると聞いた。

 だがそのときにはまだ、前述のような過去の知識をたよりに考え、ちょっといいすぎではないかなと思ってしまった。念のために、ニューヨークに駐在していたマスコミ関係の先輩に問いあわせたところ、年間のテレヴィ広告費支出の実績順位表をおくってくれた。一見すると、マクドナルドが第一位だったりして、日本のスポンサーとにたような産業構成だった。たしかに、上位を占める自動車会社は軍需産業でもあろう。石油会社は湾岸戦争の推進者でもあろう。しかし、それだけで、「スポンサーは軍需産業だ」とまできめつけるのは無理ではないだろうかと思った。

 「所有者は軍需産業」という点はたしかめられなかった。その後、日本の大手メディアの外信記者による手軽な新書版、『アメリカのジャーナリズム』(岩波新書)、『テレビ国際報道』(同)、『ホワイトハウスとメディア』(中公新書)などがつぎつぎに出版された。だが、その種の記述はまるでみあたららない。疑問をいだきながらも忙しさにかまけて、ついつい原資料にあたる努力をサボってしまった。国会図書館か、アメリカ大使館か、芝公園のアメリカン・センターか、そこらに行ってみればアメリカの会社録や人名録があるはずだと、ときおり頭の隅でチクチクしているうちに二年以上たってしまった。

 しかも、まさに痛恨のきわみで、あらためて点検しなおすと、当時走り読みした本のなかにもてがかりになる記述があった。『米国メディア戦争最前線』には「キャピタル・シティズ(ABC)やGE(NBC)」という表現があった。『崩壊帝国アメリカ』にはもっとくわしく、「キャピタル・シティズ・コミュニケーションズはABCを獲得した。ゼネラル・エレクトリックはNBCを、ローレンス・A・ティッシュ率いるルイス・コーポレイション・グループはCBSを獲得した」とある。私がこれらの記述を読みとばしてしまったのは、もっぱら湾岸戦争に直結するキーワードをおう走り読みをしていたからである。まさに、「心ここにあらざれば、見れどもみえず、聞けども聞こえず」の典型であり、ふかく反省している。

 さらに最近、椿舌禍事件の火元、地下鉄麹町駅のそばの文芸春秋ビルの五階にある民放連(日本民間放送連盟)の事務局をおとずれた。事件の調査ではなくて、資料室の利用が目的である。私の職場だった日本テレビ放送網(株)から徒歩十分なので、むかしはよくかよったものだ。そこで、NHK発行の資料をめくってみたら、やはり買収さわぎが「短信」にのっていた。「大型買収の続いた一年/米テレビ界異変の背景」(『放送研究と調査』85・12)は丸々二頁分のかなりくわしいものだった。「米GE、RCAを買収」(同86・1)は本文三八行のベタ記事だが、「NBCの親会社RCA」の「買収額は六二億八〇〇〇万ドル。石油業界以外では、アメリカ史上最高の買収額であり、(中略)ABC買収額三五億ドルを上回っている」という数字をあげての説明には、大異変発生の説得力があった。

 大方の大学のメディア関係の研究室ではかならず、このNHK発行『放送研究と調査』という専門雑誌を定期購入しているはずだ。ただし、以上にあげた資料のほとんどには、先に紹介した『ニュース帝国の苦悩/CBSに何が起こったか』と同様、「ユダヤ系」とか「スラエル支持者」という記述はなかったし、「米GE」に関しても、その軍需産業としての性格の指摘はなかった。そのころ創刊された日本語版の『ニュウズウィーク』にもいくつかの関連記事があったが、なぜかそこにはさきに『巨大メディアの攻防』に記述として紹介したような、同誌の英語版にあったはずの「ティッシュは熱烈なイスラエル支持者」という字句さえなかった。GEはでてくるが、やはり軍需産業としての性格は指摘していない。なお、同誌の英語版にも国会図書館で当たったが、『巨大メディアの攻防』の記述に相当する記事を発見できなかった。地方版の違いがあるのかもしれないが、調査中ということでお許し願いたい。

 いささかなりともそういう記述があったのは、『巨大メディアの攻防』と『尻尾(ユダヤ)が犬(アメリカ)を振り回す』だけだった。だが本来なら、そうした行間を読むのが専門的な研究者の仕事ではないのだろうか。名前だけでユダヤ系と判断するのは日本人にはむつかしい。だが、GEの軍需産業としての側面は日本の事典類にもかなりくわしくでている。すくなくとも巨大企業であることは、一般常識というのは無理としても、ある程度の専門家なら知っていなければならない。私もうかつだったが、専門の学者先生方が本当に見過ごしたのだとすれば、やはりてぬかりだ。私はどうせ「角刈りのオジサン」だから、いつでも丸坊主になる。ご一緒にどうだろうかと、おさそいしたい。


(6)三匹の盲目のネズミにもにた「ネットワーク」の迷走