木村愛二の生活と意見 2003年1月分 から分離

2003年の年頭のご挨拶

2003年1月13日
(「月曜日」なれど世間は「成人の日」で休日)(2019.8.8分離)

 わが電網宝庫『憎まれ愚痴』こと、実は非常に欲張り、または「屋上屋を重ね」続けたる看板の名称:

の正面玄関のヒット数は、2003年1月11日現在、8万6千450に達した。

 電網雑誌『憎まれ愚痴』の方は、一昨年の911事件以来の非常事態により、電網速報『亜空間通信』を主要な武器とする電網国際情報戦争に専念せざるをえず、臨時編集を続け、昨年の9月以降は休刊としたが、その間も、訪問された方が多く、同日現在のヒット数は、2万7千796に達した。

 同じく、上記の事情により、やむなく、「2002年4月よりしばらく休止」「亜空間通信を御覧下さい」と、玄関に貼り紙したままだった『随時追加「編集長日記風」木村愛二の生活と意見』のヒット数は、やはり同日現在、1万4千718となった。

 別途、地元の問題を中心に論じてきた『武蔵野市・野人1号』の城(別名:武蔵野市民オンブズマンの城)のヒット数は、やはり同日現在、9千790、あとひと息で1万の大台に迫りつつある。

 さて、上記のごとき、一昨年の911事件以来の非常事態そのものは、依然として続いているものの、昨年10月25日には、旧知の三浦英明さんの共著の協力も得て、下記の新しい編著の発表に漕ぎ着けた。

『9・11事件の真相と背景』(副題:「テロ」か? 自作自演の戦争挑発謀略か?アメリカ=イスラエル=世界支配構想の核心を突く)

 冤罪報道問題を専門としている三浦英明さんとは、「人権と報道連絡会」の例会で知り合った。湾岸戦争直後に私が、湾岸の「油まみれの水鳥」の加害者はアメリカだと断言した際、主催者から発言を求められ、この会の例会に参加し始めたのである。

 上記の新著発表以後、私、木村愛二個人の活動の局面も、大きく変化、発展を遂げつつある。昨年は2度、今年もすでに2度の講演予定が入った。

 思い起こせば、「20世紀最大の大嘘」または「ホロコースト・ガス室の嘘」の追及を開始したのは、今年から数えて9年前、1994年の夏のことであった。

 以来、元『朝日新聞』記者、『週刊金曜日』の「持ち主」の言論詐欺師、本多勝一の卑劣極まりない裏切りも手伝って、「思い込みの強い」自称平和主義者たちが、私を避けていた。正面攻撃を掛けてくる凶暴な「ド阿呆」は、それほどいなかったが、陰で足を引っ張る愚かな「痴れ者」は結構多かった。

 私は、非常に少数ながらも強力な支持者を得ながらも、もともとの自称「マスコミ業界の凶状持ち」に加えて「平和売人業界の凶状持ち」ともなり、「長(なが)の草鞋を履く」数年の苦労を余儀なくされた。

 ところが、一昨年来、何と、実に残酷なことには、「かの」残虐非道なるイスラエル首相シャロンの行状と、それへのアメリカの醜い荷担により、ついに、わが主張への理解が、確実に進み始めたのである。

 以上のような経過に合わせて、年相応、「冥土の旅の一里塚」的要素が濃さを増しながらも、一応は「新年」でもあり、12日遅れの本日付けながら、本年初の「日記風」の文章を作り、これを雑誌の新年号にも掲載することで、雑誌『憎まれ愚痴』をも再開する。

 変わらぬご愛顧を願い上げる。


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