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| ラダイトからボルサまで 〜労働組合運動の地域的&産業的組織の国際的経験と原理を探る〜 |
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この旧稿は、自称“時流に先駆け過ぎる”歴史見直し論者こと、私が、1976年、つまり、今から24年も前に執筆したものである。“先駆け過ぎ”なのだから、当然、現在もなお、この論点は、いささかも時流に遅れるものではないと自負する。もともと、約2世紀を溯る国際的な労働組合運動史を概観し、そこから労働組合運動の基本的な原理を探ろうとする作業なのだから、古くなりようもないのである。 ただし、題名は、その後の身辺の状況の変化により、最早、政党や労組幹部の官僚的部分への遠慮は無用と心得え、真正面からの労組組織の全面的な見直し、簡略に言えば、地域的なヨコ組織を基本とする現場の連帯を、労組の原理として呈示するべく、ドカーンと変更した。 私は、1965年、千代田区労働組合協議会の幹事になった直後に、この地域共闘組織の10年史の編集を担当した。以来、いわゆる地域共闘と労働争議に関しては、折に触れて議論もし、資料を収集し続けていた。目的は、労働組合運動に置ける地域共闘の位置付けの見直しであった。当時も、日本の労働組合運動の足腰の弱さについては、誰しもが認めるところであったが、その鍛え方に関しての意見には、およそ180度の違いがあった。「意見」というよりは、むしろ、「立場」または「利害」とでもいうべきでもあろうか。曰く「産業別」、曰く「政党支持別」の議論である。 日本の労働組合運動の理論家としては第一人者の(故)中林賢二郎(当時、法政大学教授)さんにも、現場の仲間の討論に参加してもらったことがある。 ところが、1976年、それ以前から胎動していた労働争議の波が、地域共闘組織を基盤にして、日本の労働運動史上で最大の盛り上がりを見せた。そこで急遽、孫子の兵法に従い、拙速をもかえり見ず、この旧稿をまとめた。ワープロ普及以前のことなので、手書き原稿を作成し、中林賢二郎さんに送ったところ、推薦を頂き、労働旬報社肝煎りの専門家たちによる「労働組合運動史研究会」に招かれ、口頭で補足の報告をした。 その際にテープ録音をした補足部分をも含めて、同主旨のシリーズ(手元にないので不正確の可能性あり)『労働組合運動史研究』に収録されるはずだったのだが、残念ながら、同シリーズの赤字ばかりか労働旬報社自体の経営困難に直面し、シリーズ発刊は延期のままとなった。 その後、東京争議団の元議長組合、紙パルプ労連日本製紙労組が争議解決の記念に残した任意財団「日本製紙闘争勝利記念・労働問題研究所」の事務局有志に、この旧稿の存在と出版事情を話したところ、ぜひ議論の材料にしたいという。一応、労働旬報社にも断わりを入れ、「地域共闘を考える」と題する「討論シリーズ」のガリ版印刷出版企画(1)として、1000部を発行した。体裁は粗末であり、有志の不慣れから執筆者の私の校正なしに印刷したので、誤字、誤記も多いものだったが、それでも、労働組合運動史研究者からは一定の評価を受け、資料リストなどに紹介された。すぐにガリ版印刷は売り切れて、残部無し、絶版状態となっていた。 当時から、せめてタイプ印刷ぐらいにせよ、との意見も受けていたので、若干の補正をほどこし、注釈を加えて再録する。(フランス語のアクサン等は省略) |
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