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『新潮45』(1996.7)

オウム帝国の正体【完結編PART3】

闇に葬られた警察情報:第1章/伝説

早くから目をつけていながら、捜査当局はなぜかオウムの摘発を逡巡した。

坂本事件に見え隠れする暴力団の影、警察のスキャンダル……。

そこには恐るべき情報が隠されていた。

一橋文哉

本誌特別取材班

第1章 伝説

 女がひとり、泣いていた。

 1983年。その女性は関東地方のある町で暮らしていた。

 厳格で真面目な仕事人間である父親。優しく控えめな性格ながら、シンの強さを持っている母親。そんな典型的な中流家庭に育った女性は、地方都市ではよく見られるように、家柄や学歴、父親の職業に対する信頼度、地域社会における評価などから、学校や周囲の推薦もあって、その地方でも規律が厳しいことで知られる団体に就職した。父親がその団体の関係者であったことも影響したのは間違いない。

 その団体は全国組繊で、本拠地が東京にある。女性が勤めたのは、その県の中心都市にある本部であった。

 職場では総務畑に属し、さまざまな事務処理を担当したほか、本部の上層部である上司の秘書的な仕事も任せられた。

 明るく素直な性格や、スリムで都会的な容姿、のびのびと健康的な色気を感じさせる肢体は、圧倒的に男性が多い職場ではかなり目立ったようである。

 元同僚の一人は、こう話す。

「とにかく明るくて、我々がからかうと、頬をポーッと染めるような純情な女の子でした。何一つ不自由なく育ったせいか、ややひ弱で、他人に甘えるところもありましたが、そこがまた可愛らしくて、『俗世間の荒波から守ってあげたい』と思わせるところがありましたね。男性からも女性からも“職場のマスコットガール”として、大変な人気でした」

 数年後、職場の先輩からの紹介で同じ団体に勤める“明朗快活で前途有為な青年”と見合いし、半年程度の交際期間を経て婚約……という、これまた、お決まりの「幸せコース」を辿った。

 すべてが順風満帆……のはずだった。そんな彼女に悲劇が襲いかかったのは、結婚式を数ヵ月後に控えた、ある蒸し暑い日のことであった。

 女性はその日、東京から単身赴任中で、団体の上層部専用宿舎に1人で生活している上司のため、宿舎の清掃に出掛けた。

 これは正規の業務ではないが、そうした上司のほとんどが単身赴任であるため、総務畑の女性職員が月に数回、交代で宿舎の清掃などを行うのが、長年の慣習となっていた。同僚の女性織員と一緒のケースが多いのだが、この日はたまたま、同僚に急用ができたこともあり、1人で宿舎に向かった。

 この女性にとって、こうした雑用は貴重な休日を潰される難点はあったものの、必ずしも嫌な仕事ではなかったようだ。

 彼女はある日、女友達の一人に、

「あの上司は男らしいし、仕事もできて尊敬できる人だから、(身辺の世話は)決して嫌じやないの。それに、私たちからすれば、雲の上の人みたいに近寄り難いエリートでしょう。その素顔を見ることは、他の人にはなかなかできない訳だから、楽しみなところもあるわ」

 と語つている。

 だが、そうした“密やかな期待”が、逆に警戒心を緩め、悲劇を生んだ。

 女性が家事をしている最中に、その上司が突然、襲いかかってきたのである。

 上司は団体内におけるポストはもちろんだが、社会的にも信頼される地位にあった。しかも、日頃の温厚で紳士的な言動、いかにも優秀なエリートといった感じの冷静沈着な仕事ぶりなどから、まさかそんな破廉恥行為に及ぶなどとは想像もできなかった。女性の心の油断を責めるのは、あまりにも酷い状況であった。

 その男の妻が長期間にわたり重病を患っていたことも災いした。

 不意をつかれた女性は最初、ショックで呆然としてしまい、「止めて下さい」と懇願するのが精一杯だった。それでも途中から必死に抵抗したが、女性の細腕ではどうにもならなかった。

 それは決して不倫だとか、醜聞などではない。レイプというれっきとした犯罪行為であった。しかも、被害者は親子ほども年齢が離れた自分の部下で、フィアンセがいる女性なのだ。

 女性は帰宅後、ずっと自分の部屋に閉じこもって泣き続け、事情を知らない家族を心配させた。

 信頼していた上司に裏切られたショックや、婚約者に対する悔恨の情が女性の心を苛み、絶望の淵に追いやったことは想像に難くない。女性は誰にも相談できず、1人部屋の片隅で泣くしかなかったのだろう。

 女性はその“事件”の後、しばらく勤め先を休んだ。それを知った上司は自分の行為が発覚し、スキャンダルに発展することを恐れた。何どか女性と通絡を取り、謝罪するなど善後策を講じようとしたが、うまくいかなかった。

 男は立場上あまり自由に行動できなかった。そうかと言って周囲に相談することもできず、焦り始めた。

 そこで、本拠地の東京近辺にいる腹心を呼んで打ち明け、“事件”のもみ消しを依頼した。

 腹心が何をしたのかは分からない。が、女性は数日間休んだだけで、その後は何事もなかったかのように出勤し、前にも増して熱心に仕事を続けた。

 ただ、私生活の面は大きく変わった。

 明るく爽やかな笑顔は消え、口数も滅った。あまりの激変ぶりに、同僚らは心配して理由を尋ねたり励ましたりしたが、女性は何も語らなかった。

 しぱらくして、女性は結婚相手の青年に理由を一切告げないまま、一方的に婚約を解消した。

 そして何と、いつの間にか、その上司の愛人となっていたのである。

 最初は男の方が女性を無理に呼び出し、関係を続けていたが、そのうち、女性も男の指示に従うようになったようだ。

 2人の関係は密かに続けられた。周囲に悟られないように、女性が深夜や休日にこっそり宿舎を訪れたり、東京などに出張した際、都内のホテルで会うようにした。

 翌年、その上司は東京に栄転したが、度々お忍びでその県を訪れては女性と会ったり、時には東京に呼び寄せることもあったという。

 最終的には、その女性を退職させ、都内にマンションを借りて住まわせた。

 女性が口を噤んだおかげで、男は順調に出世街道を歩いた。ついに、その団体全体のトップクラスにまで上り詰め、絶大な権力を握った。

“事件”のもみ消しに奔走し、女性のその後の世話係を務めた腹心たちも皆、揃って出世した。

 現在、男は団体を定年退職し、海外で別の仕事をしている。外国に出発する際に、その女性も連れて行こうとしたが、さすがに腹心たちが押し止め、女性が日本を離れるのを嫌がったこともあって、実現はしなかった。ただ、2人が会う機会は減ったものの、その関係は未だに続いている……。

捜査打ち切りの「取引」

 これは、女性の周辺や、元の勤務先の関係者の問で密かに語り継がれている「伝説」である。

 2人の関係はもちろん、一部の人間しか知らないトップシークレットであった。

 だが、そこは狭くて排他的な地域社会のこと。それぞれの様子が微妙に変化したことに不審を感じ、あれこれ詮索する人がいたり、1人が一緒にいるところを目撃した人も現れた。

 最初の“事件”の直後、憔悴し切った女性の姿を知っている家族や友人には、その後の女性の変化が訪しく映った。一方的に婚約を破棄されたフィアンセとその関係者たちも、突然の破談に思い当たるフシがなく、とても納得できなかった。

 そうした疑念がやがて、関係者の間で1つの「伝説」となって語られるようになったのである。数年前には「内部告発」として一部のマスコミに伝わり、取材されかけたこともあった。

 だが、幾つかの客観的な証拠や、複数の関係者証言がありながら、それが「事実」として報じられず、今でも「伝説」のまま残っているのは、女性がレイプ事件はもちろん、その後の愛人関係さえ頑として認めなかったからだ。

 それを敢えて、ここに記したのには訳がある。

 実は、その「伝説」に関する情報が、オウム真理教との関与が囁かれている暴力団に流れた形跡があったからだ。

 そして、何よりも、2人が勤めていた団体が「警察」であったためである。

 それが漏れ出したのは、ひょんなことからであった。

「オウム真理教がまだ、オウム神仙の会と呼ばれでいたころ、ある事件に関連して現地の警察に目を付けられていたことがあった。ところが、当局がいよいよ、麻原彰晃被告ら幹部から事憤聴取を行い、本格的な取り調べに入ろうとした矢先、なぜが、上の方からストップがかかったらしい。

 その事件自体は今、次々と判明している一連のオウム事件のような凶悪犯罪ではなかったし、オウムの名前もまだ知られていなかったから現場の捜査員たちは皆、訳が分からずに首を傾げはしたが、結局、そのままになったようだ。当時の捜査員たちは、オウム真理教の実熊が明らかになるにつれ、『あのころ、オウムを摘発していれば、地下鉄サリンなど悲惨な事件を未然に防げたかも知れない』と侮しい思いをしていると聞いている」

 捜査関係者の1人は、そう明かす。

 その事件があったのは、2人がいた県であった。

 しかし、それが「伝説」とどう繋がるのであろうか。

「その事件が潰れたという噂は、私も警察内部で耳にしたことがある。でも、その背景にある話の方が、もっと恐ろしい内容なんだよ」

 と話すのは、別の警察関係者。

「事件が潰れた時期は、オウム真理教側はちょうど、東京都に宗教法人の認証を得るため申請している最中で、トラブル発覚にはかなり神経質になっていたんだ。約1年後、オウムは坂本弁護士一家を殺害しているが、それも認証を得た直後ゆえに「トラブルの表面化を恐れて犯行に及んだとされている。だが、この場合は警察全体が相手だから、まさか皆殺しにする訳にもいかない。困り切ったオウムは、その当時親しい関係にあった暴力団組長に対応策を相談した、というんだ。

 その暴力団が独自の情報網を駆使して調べたところ、現地警察の最高幹部の女性スキャンダルが浮がんできたどいう訳だ。そこで警察組繊に太いパイプを持つ政治家らを通して、警察当局の上層部に『スキャンダルを公にしない代わりに、ある小さな事件の捜査を打ち切ってほしい』といった趣旨の取引を持ちかけた、という途方もない話なんだ」

 確かに、信じがたい話である。

 だが、この警察関係者が明かした女性スキャンダルは、登場人物から発生場所、年月日、ストーリーの細部に至るまで、冒頭に紹介した「伝説」そのものであった。

 実際、そうした取引が行われたのか、また、それが功を奏したかは定かではない。

 だが、結果的にその事件に関する捜査はストップががかり、「伝説」は再び、闇の中に葬られた。

 その1件に関わった警察関係者が、一連の顛末を記録したメモは、組織の奥深くに封印されてしまったのである。

 ところが、その“信じがたい話”は、後にオウム捜査に関わり、少なからぬ影響を及ぼすのである。


以上で第1章終わり。下記の第2章に続く。

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2003.1改訂