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◆亜空間通信1057号(2005/07/17)【創価学会系雑誌『パンプキン』でホロコースト「大嘘」論を堕落呼ばわりした教授が無様な転落】

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(一部注釈付き。全文転載は別項の批判と一体であり、報道批判のための引用として合法であるが、もしも潮出版社が異議を唱えたければ、こちらからも名誉毀損・損害賠償請求で逆提訴する用意があるので、それを覚悟して対処されたい。当基地管理人による注釈に関していは、渡辺教授本人からの注文もあり、末尾に回した。最本文中にカッコ入りで記したのは、別項の本多勝一被告批判に際して、末尾の注記を「衒学的」とこき下ろしたばかりだったので、それとの整合性を問われる場合を考慮したにすぎず、渡辺教授が言うような「不正確と印象付ける」意図があったわけではない)


連載「MEDIAウォッチング」12

「血みどろ写真」掲載は表現の自由か

渡辺武達、イラスト/山県和彦

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 残念ながらスキャナ−技術未習得のため、手書きイラストの内、この回のみのものと思われる部分を「字字」で説明するが、むしろ、その方が意味鮮明になると信ずる。おお、この強がりこそが、「字字」の「字字」たる所以なのだ。

 私の趣味の登山では命に関わる「道標」の上に、「言論」の矢印が左(「左」が常に正しいという思い込みによるものだろうか。「左」の起源をなすフランス革命の「左側席」の議員は、ギヨチンで殺し合い、その「ギヨチニズム」の系譜は「収容所列島」「三角帽子」に連なるのであるが...)を向き、その下に続く「の自由」の矢印が下向きの右を向き、その上の階段を右下へと、ネクタイ(サラリ−マン「記者」は常用するが、私は最近、気取ったパ−ティーへの出席や裁判官教育に行く時以外は使用しない)を首に引っ掛けた若者(この点だけが私に似ている)が駆け降りている。

 左側の指先にはペン。右側の手には昆虫取りの竿付き手網。手網の口の右下には「蝶」の代わりに「銭入れ袋」が空中に浮いている。つまり、「言論」とは反対側の「銭」を追う若者の「記者」が堕落への道を転がり落ちるという構図である。

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『歴史見直しジャ−ナル』読者からのFAX

〜FAX上部に手書き「月刊パンプキン十二月号(潮出版社)創価学会系」〜

(手書きイラスト)連載「MEDIAウォッチング」12

「血みどろ写真」掲載は表現の自由か

渡辺武達

イラスト/山県和彦

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表現の自由は市民を守るためのもの

 最近、『湾岸報道に偽りあり』などの著者として知られる木村愛二氏がジャーナリズム関係者のあいだでしばしば話題になる。反権力を売り物にしてきた氏がナチの虐殺を否定するかのような本を書いたのと、そのことに関連して『週刊金曜日』の関係者からドイツ司法当局へ告発されたからである。

 私がメディア研究者としてはっきりいえることは、現在の日本の主流メディアのほとんどが言論・表現の自由ということを「意図的」に誤解、ないしは曲解しているため、その弊害が一般にも出てきているということだ。

 大学で私のゼミに登録した学生たちも、日本国憲法第21条における「言論・出版の自由」と「検閲の禁止」規定を知っているから、『フォ−カス』や『週刊新潮』(ともに新潮社刊)が神戸事件の少年容疑者の顔写真を掲載し、『週刊現代』などがインタ−ネットからの転載でダイアナ妃の事故直後の血みどろ写真(実はニセ合成写真)を掲載しても、それらも表現の自由のうちではないかと思いがちだ。

 しかし半年も現代ジャーナリズムについて勉強をすると、言論・表現の自由はメディアが市民の知る権利を守る忌憚のない権力批判報道を行うことであり、(1)他人を傷付ける言論を許すものではないことがわかってくる(プライバシ−と人権侵害の禁止)。また、最大風速50メ−トルの巨大台風が近づいているのにもしテレビやラジオで、備えなど必要ないといえば、小型漁船などの物損や乗組員の被害は甚大なものとなるから、(2)メディアに意図的な「うそ」をつく自由は許されるはずもない。さらに、(3)一人ひとりの人間の平等性と男女の共生社会に向かう方向性に対立するような社会差別助長の言論もだめである。くわえて(4)女性の身体を切りきざむだけといった残虐暴力表現やレイプを肯定し、女を男の慰みものとしか見ないようなポルノとセックス表現も、言論・表現の自由の範疇に入れない。

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問われる“メディアのふるまい”

 数年前、文藝春秋発行の『マルコポーロ』誌が「ナチにガス室はなかった」(注1)という記事を掲載、問題となり、廃刊となった(95年2月号)。この虚偽表現について心からの反省のない「メディアの犯罪」はSGI(創価学会インタナショナル)によってもウォールストリート・ジャーナル、アジア版への意見広告として告発された(96年12月)。理由は、毒ガスの製造工場、運搬手段、運搬者、ガスの管理者・使用者、そして殺害された人びとのおよその数と名前まで明らかになっていること(注2)を「ソ連とユダヤ人がつるんでおこなった捏造」(注3)であるという論を、日常会話ならともかく、一般市販メディアで主張すること、またそうした主張をさせるメディアの責任が問われたのであった。

 私は商売と政権政党への奉仕のために何でもする新潮社や文藝春秋を反人権出版社と断ずる。しかし、日本のメディア関係者が日本人による「誤解表現」をドイツの司法当局に訴えるやり方にも賛同できない。

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 わたなべ たけさと 1944年、愛知県生れ。同志社大学文学部教授。「なるほど!ザ・ワールド」など、テレビ番組制作にも参画。著書も、『メディア・レトリックの社会学』、『テレビ〜「やらせ」と「情報操作」』など多数。近著『メディア・リテラシー』(ダイヤモンド社)は、市民が「賢い視聴者、読者」になるためのノウハウを具体的に提示していて好評。

 以上。

注1.正確には「戦後世界史最大のタブー。/ナチ『ガス室』はなかった。」である。この記事自体への私の批判は、別項「『ガス室』神話の荒筋」に簡略に記した。

注2.この後者については拙著『アウシュヴィッツの争点』を参照されたい。収容所の記録にある約20万人が本当の死者数で、死因は発疹チフス、その他の「自然死」または「非ガス室死」(歴史見直しジャーナル読者の提案)によるものである。これが「虐殺」に当たるかどうかについて、特に、「偽」イスラエル建国の首謀者たる極右政治シオニストが、そう主張する資格があるのかどうかについては、やはり、別項「『ガス室』神話の荒筋」に簡略に記した。

注3.「ユダヤ人とつるんでおこなった」とい字句は、『マルコポーロ』記事のどこにもない。その点はすでに、この公開質問と応答:1に記した。

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