アイヒマン裁判の驚くべき真相@週刊ポストBashing反撃

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために ― 論証と資料

『週刊ポスト』Bashing反撃:ホロコーストは嘘だ! 4

アイヒマン裁判で露呈された驚くべき真相

1999.11.20.mail再録・増補。

 この記事に始まる緊急特集は、『週刊ポスト』に対するサイモン・ウィゼンタール・センターのバッシングと、そのことに関する日本の言論界の腰抜け振りに、またもや、『マルコポーロ』廃刊事件の際の唖然、呆然、愕然、寒心の至りの状況の再現を見て、急遽、この問題への理解の深い友人たちに意見を求め、やはり、可能な限りの大量宣伝で対抗する以外にはなかろうと、腹を括って開始するものです。

 以下は、急遽、発信。

 このところ、いくつかのMLに、アイヒマン裁判を題材にした映画を売り込むmailが流れていますので、急遽、拙訳『偽イスラエル政治神話』の中から、シオニストとナチの驚くべき連携、その下働きとしてのアイヒマンの役割、さらには、アイヒマン裁判の驚くべき真相を記したためにシオニストから吊し上げを食ったユダヤ人、ハンナ・アーレントの著書に関する部分を、無料送信します。

2章 二〇世紀の諸神話

1節 シオニストによる反ナチズム運動の神話

 イツァク・シャミール[のち首相]は一九四一年に、《道徳的観点から見て許し難い犯罪、すなわち、イギリスに敵対し、ナチス・ドイツのヒトラーとの同盟を唱導するという犯罪》(『ベン=グリオン/武装した予言者』)を犯した。

[中略]

 ドイツのシオニスト集団は、しばらくの間、当時は非常な少数派だったが、反対の立場を取り、一九三三年から一九四一年の間はヒトラーと妥協または協力さえする政治活動に参加していた。ナチ政権は、同じ期間にユダヤ人を迫害し、たとえば最初の時期には、公職から追放していたが、ドイツのシオニストの指導者と談合して彼らを優遇することに同意し、追放の対象としての“人種的無差別待遇要求者”のユダヤ人と区別した。

[中略]

[シオニズムの目的はナチの計画と矛盾しない]

 この協力関係に関しては物的証拠が残っている。シオニスト・ドイツ同盟が一九三三年六月二一日、ナチ党に手交した覚書きでは、つぎのように特筆すべき宣言をしている。

《人種原理を宣言した新しい国家の建設に当たって、われわれは、その新しい機構に、われわれの共同体が順応することを願う。……われわれのユダヤ国籍に関する認識は、その国家的および人種的な実情を踏まえたドイツ人との明瞭で率直な関係の確立を妨げない。より正確には、われわれも同じく雑婚に反対であり、ユダヤ人集団の純潔性の維持を求めているのであるから、この基本的な原理の過少評価を望まないのである。……われわれは、自らのアイデンティティを自覚するユダヤ人の代表であるが、そういうユダヤ人は、同化したユダヤ人が抱くような不満とは無縁であるから、ドイツ国家の機構に職責を見いだすことができる。……われわれは、自らの共同体を自覚するユダヤ人とドイツ国家との間に、忠実な関係の可能性があることを信ずる。

 実践的な目的に到達するために、シオニズムは、基本的にはユダヤ人に対して敵対的な政府とさえ、協力が可能であると期待する。……シオニズムの実現は、現在のドイツの方針に反対する外部からのユダヤ人の不満によって、妨害を受けることはない。現在、ドイツに向けられているボイコットのためのスローガンは、本質的に、シオニスト的ではない。……》(『あるホロコーストの読者』)

[中略]

訳注1「ボイコット」:ヒトラー政権成立直後に世界ユダヤ人経済会議などの国際組織が呼び掛けたドイツ商品ボイコット運動。

 ヒトラー政権の指導者たちは、シオニストの首謀者たちの組織を好意的に受け入れた。シオニストの首謀者たちは、パレスチナに彼らの国家を設立したいという偏狭な妄執に凝り固まっていたので、ユダヤ人の追放というナチの願望に協力した。ナチの中心的な理論家、アルフレッド・ローゼンバーグは、つぎのように記している。

《シオニズムを積極的に支援し、相当数のドイツのユダヤ人を、年度別に割り当てて、パレスチナに移送すべきである》(『時代の変化の中でのユダヤ人の軌道』)

[中略]

 この政治的な協力関係は一九四一年、つまり、ヒトラーが政権を握ってから八年後まで続いた。アイヒマンがカストナーとともに連絡役を勤めた。アイヒマン裁判の過程でも、この共謀関係についての、少なくとも部分的な事実が明るみに出た。ユダヤ人国家の創設に“役立つ”ユダヤ人、すなわち、金持ち、技術者、軍事力強化に適した若者などに関するシオニストの“取引き”は、その資格を欠く大多数のユダヤ人を、ヒトラーの手中に見捨てたのである。

[中略]

 ハンナ・アーレントは、もっとも著名なユダヤ人の立場の擁護者としての研究と著作を発表しているが、この問題の論争にも参加している。彼女は、『イェルサレムのアイヒマン』[日本語訳題]という本を、この論争の場に提供した。彼女は、この本の中で、その三分の二がシオニストの指導下にあった“ユダヤ人評議会”(ユーデンラート)の受動性と、さらには加担の有様を示した。

[中略]

[取り引き相手のナチを救ったシオニスト]

 ハレヴィ判事は、アイヒマン裁判の際に、カストナーが、彼の取り引き相手だったナチを救うために裁判の邪魔をしたと指摘した。ニュルンベルグ裁判でのカストナーの証言によって、ヒムラーの手先で騎兵将校のクルト・ベッヒャーが処罰を免れていたのである。

 判事は明言する。《カストナーの証言には真実がなく、誠実さが見られない。……カストナーは法廷での証言で、ベッヒャーのために裁判の邪魔に入ったことを否定した際、意識的に偽証をしている。その他にも、彼は、重大な事実を隠していた。ベッヒャーのための彼の出廷手続きは、ユダヤ機関および世界ユダヤ人評議会の要請によるものだった。……カストナーを出廷させる推薦状が、彼自身によるものではなくて、やはり、ユダヤ人機関および世界ユダヤ人評議会によるものだったことは、明白である。……だから、同盟国は、ベッヒャーを釈放したのである》

 アイヒマン裁判の終了後、イスラエルの世論は沸騰した。日刊紙の『ハアーレツ』の一九五五年七月一四日号では、モシェ・ケレン博士が、《カストナーは、ナチとの協力に関して告発されるべきだ。……》と書いた。だが、夕刊紙の『イディオット・アハロノート』(55・6・23)では、それが不可能だという事情を、つぎのように説明していた。

《もしもカストナーが裁判に掛けられたなら、その審議の場で暴露される事実によって、統治機構全体が国民の目の前で崩壊する危機を招くだろう》

 暴露されると危険を招く事実とは、カストナーの行動が彼の独断によるものではなくて、まさしくその審議が行われていた時期に、閣僚の椅子を占めていた別のシオニストの指導者との、同意の下に行われたという経過であった。カストナーの発言と醜聞の破裂を避ける唯一の場面転換は、カストナーが姿を消すことだった。彼は実際に都合良く、裁判所の階段の上で暗殺されて死に、その後、政府が最高裁に、彼の名誉回復の請求を行った。この請求は認められた。

[中略]

 エルサレムのアイヒマン裁判では、検事総長のハイム・コーヘンが判事に対して、つぎのように念を押した。

《あなたがたの哲学と一致しないのなら、カストナー[前出のナチとの協力者]を非難しても構わない。……しかし、それは対敵協力と、どんな関係があるのか?……われわれシオニストは伝統的に、パレスチナへの移民を組織する際にエリートを選別してきた。……カストナーは、それ以外のことをしていない》(同裁判記録)

 この高位の司法官は事実上、シオニスト運動の不変の教義を主張したのである。その目的は、ユダヤ人を救うことにではなく、強力なユダヤ人国家の建設にあったのだ。

[後略]

取り急ぎ以上。

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