電子手紙の送信日付け順・注釈付き一般公開文書館 2001年6月

「労組と政党:プルードンの産業民主制」と題しアナルコ・サンディカリズムの歴史見直し」

送信日時 :2001年 6月 6日 水曜日 8:18 AM

件名 :[pmn 15146] 労組と政党:プルードンの産業民主制

 2001.6.6.追記:別途「日記風」と重複。

 先に、労組と政党の関係について、いくつかの電子手紙を送りましたが、そこで述べた私の考え方の材料となる歴史的事実を、紹介します。

 労組と政党の関係は、私の一つの主題でして、特に、千代田区労協と争議団の経験から出発し、いわゆる「横」組織の国際的な経験を調べ上げ、論文にまとめて、発表したことがあります。以下に入っています。

ラダイトからボルサまで
~労働組合運動の地域的&産業的組織の国際的経験と原理を探る~

執筆:1976年
http://www.jca.apc.org/~altmedka/yokos.html

 日本の企業内組合の特殊な形態しか知らない皆様には、おそらく想像すらできない形態の初期の組織は、現代につながる政党の出現以前のものです。ただし、まだ、旧稿の半分ぐらいしか入力できていません。何せ、ワープロ以前の原稿ですから。

 フランスの「労働取引所」などは、労働者協同組合などという「鎧兜を被ったような表現」(最近の労働者共同組合法制定運動の集会で出た言葉)よりも、ずっと面白いのです。以下に入っています。

第4章:革命の落とし子「ブールス」は生き残った
http://www.jca.apc.org/~altmedka/yokos-06.html

 これに、アナルコ・サンディカリズムの歴史を加え、「無政府主義」などという意図的な曲訳を排し、この運動の一部が陥った暴力主義の誤りを徹底批判し、基本に戻って、サンディカ(組合)によるアナルコ(既成の権威の否定)を考え直すことが、今こそ重要であると、私は考えているのです。

 ただし、「アナルコ・サンディカリズム」については、かねてからの深い興味と強い願望にもかかわらず、実のところ、いまだに、わが自慢の徹底調査を行っていません。とりあえず、初歩的な勉強を兼ねて、以下、1988年初版の平凡社『世界大百科事典』「プルードン」の項目を自力で打ち込み、わが電網宝庫の「日記風」に入れました。

プルードン(Pierre Joseph Proudhon 1809-1865)

 フランスの社会思想家で、生産者の自由連合による社会革命と改良を説いた社会主義者。当時の多くの社会思想家と異なり貧しい職工の家庭に生まれる。

 彼はサン・シモンやヘーゲル、アダム・スミス、聖書などの本を製造する印刷工や校正係となって独学し、ヨーロッパ大陸を修行して回る熟練工として育つなかで、個性的に自立した生産者の機能的な分業が富の基礎であるにもかかわらず、その〈集合力〉が資本家によって不当に利用されていると考えるようになった。

 近代工業と成長期の資本主義の多面的な矛盾を指摘しながら、社会進歩への信頼を失わず、寡占的な産業封建制から国家統制的な産業帝制への動きに産業民主制を代替させようとした。

 その著《貧困の哲学 Systeme des contradiction economiques, ou philosophie de la misere》(1846)で、生産者の預託による共済的な人民銀行案や、租税改革案などを説き、労働者の精神的成熟と社会統御の能力の漸次的成長を促すことを要求したため、政治的能力を過度に強調する革命家たちに反対され、とくにマルクスの《哲学の貧困》によって攻撃を受けた

 パリの熟練工の支持で1948年には国民議会議員となってルイ・ボナパルトの政策を 批判し、投獄と亡命生活を送った。

 エンゲルスの《空想より科学へ》では〈批判的社会主義〉として扱われている。空想的社会主義者分類されることが多いが、プルードン自身は自分を〈科学的社会主義〉と呼んでおり、また職業生活以外の社会生活の多くの領域で自治 self-goverment と自主管理 self-management を勧め、国や政党、経営者による上からの制御に反対した彼の思想は、マルクスやレーニンの思想を掲げる国家群の悲喜劇を前に近年再評価されている。

 今日でも大陸の労働運動には反インテリ的なプルードン主義の傾向が強い。また〈アナーキズム〉の名付け親ともいわれる。以上で引用は終わり。

 この「日記風」記事は、別途連載中の「カール・マルクス徹底批判序説」にも収めますが、同時に、当時の叩き上げ「印刷工」の経験を持つ思想家として、フランス革命以前のイギリス人で「愛国心は破落戸の奥の手」(木村愛二訳)と喝破したサミュエル・ジョンソン、イギリスからアメリカにわたり、独立革命の聖書、『コモン・センス』の著者、その後、フランス革命期の国民公会議員となったトマス・ペイン、アメリカ革命の「建国の父」の一人、ベンジャミン・フランクリン、19世紀の新聞記者、小説家、社会批評家、マーク・トウェインを挙げて置きます。

 彼らは、すべて、暴力革命主義者ではなくて、非暴力の平和主義者だったのです。私は、彼らの労働の経験、社会経験が、非暴力思想の根底にあると考えています。トマス・ペインに関しては、すでに拙著『電波メディアの神話』に記し、ワープロ原稿があるので、その部分を、次回に紹介します。


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