わたしの雑記帳

2009/12/18 柔道事故・斉野平(さいのひら)いずみさんの民事裁判、勝訴判決!

2009年12月17日(木)、東京高裁424号法廷で13時40分から、高校の柔道部の夏合宿で、植物状態になった斉野平(さいのひら)いずみさん(当時高校1年生・現在23歳)の民事裁判(平成20年(ネ)第2466号)の判決言い渡しがあった。
その日は13時20分から裁判所玄関前で、傍聴整理券配布され、抽選になった。
12月12日(土)TBSテレビ「報道特集NEXT」で、斉野平さんの事件が報道されたことも影響してか、38席の傍聴券を求めて、65人ものひとが並んだ。

そのなかには、福島県会津若松市の県立高校柔道部の夏合宿で熱中症により亡くなった成田直行くん(高2・16)のお母さん(S940810)、福島県須賀川事件で主将である男子部員(中2・13)にリンチまがいの練習を強要されて植物状態になった女子生徒(中1))のお母さん(031018)、神奈川県奈良中で教師に意識がもうろうとしているところを休憩も与えず投げられたり絞め技をかけられて高次脳機能障がいを負った男子生徒(中3・15)のお母さん(041224)、滋賀県愛荘町の町立秦荘中学校で男性顧問に「声が小さい」と言って残され、何度も投げられて亡くなった村川康嗣(こうじ)くん(中1・12)のおじさんなど、柔道事故・事件で子どもが被災した家族もいた。

私は、例のごとく、くじ運が悪く、抽選にはずれてしまったが、「恐くて聞けないからどうぞ」と奈良中事件のお母さんが傍聴券を譲ってくださって、判決に立ち会うことができた。

裁判長は渡邉等氏。裁判官は、橋本昌純氏、山口信恭氏。
報道カメラは来ていたものの、法廷内での撮影は行われなかった。被控訴人(今回、斉野平さんは一審のさいたま地裁で敗訴して控訴したので控訴人となっている)の埼玉県側は、教育委員会の担当者とおぼしきひとは法廷内の席にいたが、代理人である弁護士の姿はみえなかった。
この段階で、県側弁護士は負けると予測したのではないかと、少し希望を抱いた。

そして、判決。「原判決を次の通り変更する」「被控訴人は、控訴人に対し、1億741万1042円及びこれに対する平成14年7月31日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。」「控訴人のその余の請求を棄却する」。
裁判長は、とてもゆっくり、、読み上げてくれた。
勝訴判決に、法廷から出るとき、いずみさんのお母さんはすでに泣いていた。

弁護士と、斉野平さんはそのまま、記者会見場に向かい。支援者らは、別に設けられていた報告会会場へと向かった。
3時過ぎから、弁護士や斉野平さんが合流。安部玲子弁護士司会のもと、最初にご両親が笑顔であいさつされた。

この裁判の争点は、結審のときの「雑記帳」に書いた(me091024参照)。
改めて、富樫久美子弁護士、原田敬三弁護士が説明。いただいた判決文を照らしあわせながら見ていきたい。

事実上の主な争点
@事故の発生原因はどの時点か。
原告側が提出したいずみさんを診断治療した防衛大学病院脳神経外科の都築伸介医師の意見書内容が認められた。
すなわち、合宿2日目の平成14(2002)年7月28日の午前中、乱取り中に投げ技をかけられ頭から落ち、頭部を打撲した。この時に軽度の急性硬膜下血腫を発症し、出血が始まっていたと認定。
そして、7月31日の合宿最終日、女性顧問教諭から体落としで投げられたことにより、頭部に回転加速度が加えられ、この加えられた回転速度により伸展された状態にあった架橋静脈(ラッベ静脈)が破綻し、大量出血を起こし、重篤な急性硬膜下血腫が発症したものと判断。

Aいずみさんが指導教諭に頭痛を訴えていたか。
一審のさいたま地裁は、教師側の主張を全面に受け入れ、「いずみさんが頭痛を訴えていたという事実はない。高校生なら自分で伝えられるはずである。教師らは足のけが、もしくは疲労が原因で練習を休みがちだと思っていた」と認定していた。
しかし、高裁判断は、救急搬送に付き添ったI教諭が、救急隊員に「昨日午前中、投げられた際、頭部から落ち、午後から頭痛及び嘔吐(1回)が続き、休んでいたが、本日(合宿最終日)体調が少し良くなったため(頭痛は有り)練習に参加し、投げられた際、背中から落ちた後、意識障害及び強直性の痙攣を起こしたもの」と説明したことやその後の医師への説明や警察での事情聴取においても同様の内容を説明したこと。
本件柔道部においては、生徒の健康管理等は生徒の自己申告によって行われていて、生徒に対してもその旨の指導がされていた」「本件合宿においても同様に、練習を休むときは「どこどこが具合が悪いので休みます」というように理由を教諭に説明して休むことになっていたこと、理由を言わずに休むことを告げた場合には、逆に教諭から聞き返されたこと」。
「現に、控訴人が7月27日(合宿1日目)の夜に、教官室を訪れてS教諭に対し、足のくるぶしに痛みがあると申し出て、S教諭から氷を渡されて患部をこれで冷やすように指示されている」「このような控訴人が、頭痛や嘔吐の事実などの自分の身体に現れた体調の明らかな変化について、S教諭又はI教諭に申告しないということは容易に考え難い」ことなどから、いずみさんが指導教諭らに頭痛を訴えていたと認定した。

Bいずみさんがに嘔吐したとか、練習中に泣き出したりしたという状況があったのか。
東京高裁は、いずみさんが、7月30日午前中、嘔吐もし、打ち込み練習中に激しい頭痛に襲われて泣き出したこと、夕食は食欲不振を訴えみかんを食べたのみで、他のものを食べることができなかったこと、S教諭は、柔道部員の食事摂取量を確認しており、いずみさんの上記食欲不振を認知ししていたことを認定。


顧問教諭らの注意義務違反について
「学校の管理下の災害―19」(独立行政法人日本スポーツ振興センター刊)によると、体育的活動中の運動種目別の負傷発生割合については、高等学校における武道(柔道、剣道、相撲、その他)による負傷発生人数は1万4600人、そのうち柔道による負傷発生人数は1万0050人であり、武道全体の68.8パーセントを占めており、高等学校なおける武道に分類される運動種目中、柔道による負傷発生数が際だって多いこと」、「学校管理下の死亡・障害事例と事故防止の留意点〔平成16年度版〕(独立行政法人日本スポーツ振興センター健康安全部刊)によると平成14年度の体育的活動の柔道の課外指導中の死亡事故件数が3件(中学校2件、高等学校1件)であって、教育活動中の事故の他科目と比較して最も死亡事故の発生件数が多いことが報告され、「負傷による死亡の事例」と題する項目において、柔道による死亡の事例について3件とも急性硬膜下血腫による死亡である旨報告されている」ことなどから「柔道の危険性」を指摘。

さらに高等裁判所は、「学期中の部活動においては、生徒は部活動終了後に保護者の下に戻るものであるが、本件合宿期間中においてはこれと異なり、控訴人ら生徒は家庭における保護者の保護を離れ、顧問教諭を指導者として、昼夜の集団生活に入るものであるから、顧問教諭であるS教諭及びI教諭に求められる注意義務は、学期中に要求される注意義務程度よりも決して低いものではないことは明らかである」と、合宿中の顧問らの注意義務をより高いものとした。
(私はこの部分の説明を受けているとき、バレー部の合宿中に亡くなった草野恵さん(高1・15)のことが頭をよぎった。頭をぶつけた可能性が高いこと、ボーとしていた、吐き気をもよおしていたなど、体調が悪そうだったにもかかわらず練習に参加させられ、何度もサインが見過ごされていたこと、倒れてなお救急車を呼ばれずに放置されていたなど、共通点が多い)

このことから、「合宿2日目に頭部打撲したこと及びその後に頭痛と悪心を訴え、嘔吐までした事実を把握したのであるから、頭蓋内に軽度の急性硬膜下血腫等の病変が生じている可能性を認識することが可能であったといえ、これによる死亡その他死亡に類する重大な結果が生じる事態を予見することが可能であった」と予見可能性を認定。
「死亡その他死亡に類する重大な結果が生じる事態を予見することは可能であったというべきであるから、これを防止するため、(7月27日に頭を打った時点で)直ちに練習を休ませて、医師の診察を受けさせ又は受診を指示するとともに、以降の本件合宿の練習への参加を取りやめさせるべき」だったとした。

なお、文部科学省の「学校体育実技指導資料第2集 柔道指導の手引き(二訂版)」(平成19年3月文部科学省刊)は、150頁に及ぶ手引き書であるが、教育活動としての柔道の練習又は試合において、生徒が頭部打撲により急性硬膜下血腫を発症して死亡又は重篤な後遺障害を負う事故が発生する危険があることについて注意喚起する記述や対処方法についての記述が一切ないことが認められるが、そのことから、S教諭及びI教諭が上記注意義務を免れるものではないことはいうまでもない」とわざわざ書いている。

また、31日の「午前練習において、準備体操と補強運動には参加したものの、それ以後の練習には参加せず、柔道場の外の廊下の真ん中で仰向けに横たわったが、I教諭は、今までに横たわって休んだことのない控訴人が上記のような状態で仰向けに横たわっていることに気付いたのであるが、そのような状態で横たわる控訴人の状態は見るからにして、我が国の伝統的な運動文化である柔道の場において求められる態度としては失格というべき態度であり、控訴人がそのような状態で横たわらざるを得ない程の身体的不調に見舞われていることを示すものであったと考えられる」ことから、遅くとも同月31日に控訴人が柔道場の外の廊下の真ん中で仰向けに横たわって休んでいるのに気付いた時点で」直ちに救急車の出動を要請し、病院に搬送して医師の診察を受けさせるべきだった」「しかるに、I教諭は、控訴人に対し、「こんな真ん中で寝てはだめよ、寝るなら端の方で休みなさい。」と指示するのみであっただけでなく、立ち技乱取りが行われるときに、控訴人のところに行き、「最後の練習なので、参加してみてはどうか」。と話して立ち技乱取りに参加させ、2本目に控訴人と組んで立ち技乱取りを行い、体落としで控訴人を投げ、控訴人に重篤な急性硬膜下血腫を発生させて本件事故を発生させているのである」として、「S教諭及びI教諭は、上記注意義務義務に著しく違反したとの評価を免れない」とした。

いずみさんは現在、重症心身障害施設に入所しており、そのこともあって控訴審の最終段階において斉野平さん側は、その分を損害賠償請求額から減額したが、「両親は、控訴人に家族の何気ない会話や家族が身近に感じられる空気、元気なときに当たり前に感じていた生活音を刺激として与えるため、外泊という形を利用して自宅で控訴人を介護する準備を進めていること」について、「生命維持装置を常時装着する必要のある控訴人を自宅で介護するためには相当の費用を要することは肯是できる」として、自宅介護費用の相当な損害額を500万円」を認めた。


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一審では、学校側の主張を取り入れ、いずみさんが体の不調を顧問教諭に訴えたとは認めなかった。しかし、高裁での控訴審では、いずみさんは何度も不調を顧問に訴え、また見るだけでも重大な結果を予測させる症状を呈していたにもかかわらず、訴えにも耳をかさず、むりやり練習に参加させたと認定した。
学校側が強く主張したいずみさんの過失は一切、認めなかった。
このことに対して、お母さんは「娘の名誉を取り戻すことができました」と話された。

運動神経はよくなかった。でも、真面目で一生懸命な子だった。理由も告げずに練習をサボるような子では決してなかった。
体調不良を訴えていたのに、何度も救えるチャンスがあったのに、無視された。
お母さんの主張がようやく認められた。

そしてここでも、学校裁判のなかで何十回となく繰り返されてきたことば、「最初に学校が自分たちの非を認めて、謝ってさえくれていれば、この裁判はなかったのに」が、聞かれた。
事故は起きてはならない。そのために、万全の配慮をしなければならない。それでももし、事故が起きてしまったら、事実を認めて謝罪し、反省すべき点を具体的にあげて、二度と同じことが起きないように尽くしてほしい。それが、被災者とその家族のせめてもの願いだと思う。

しかし現実には、事実は隠され、もの言えぬ被災者にすべての責任を負わせ、保障もないまま放り出す。こんなことが余りに多すぎる。

そして、武道の必修化が行われようとしているなかでの、文部科学省の対応のお粗末さも露呈した
毎年のように死亡事故が起きているにもかかわらず、設備は未整備で、熟知した指導者もいないなか、「日本の伝統」を守ることばかりが強調されて、手引き書に安全への具体策さえ記述がないまま、強行されようとしている。一番大切なはずの「命を守る」具体策が欠落している。
毎年のように、いろんな事故事件の被災者や団体が警鐘を鳴らすために、文部科学省を直接訪れ、陳情している。文科省がこの危険性を認識してないはずがないにもかかわらず、今もって実行されない。本気で中身を検討しているようには思えない。
死にそうな子どもを目の前にしてまだ、甘えているだけではないかと疑い、叱咤激励する教師たち。
目に見える成果ばかりを重視し、子どもにとって本当に何が大切なのかを考えようとしない国のあり方が、そのまま、教師の言動に反映されているのではないかと感じる。


同日夜、検察審査会から「不起訴不当」との結論が出されていた奈良中学校、柔道部顧問による傷害事件(審査会は「重大な障害を引き起こす可能性は予見できた」と判断し、業務上過失傷害罪が成立する。ただし、両親が主張する「故意」とは判断できないとして「傷害罪は不起訴」とした)が、再び検察によって「不起訴」と結論が出された。
今回の判決に照らし合わせても、死亡その他死亡に類する重大な結果が生じることは容易に予見できたはずであり、傷害罪はもとより、過失傷害罪さえ適用されないことには納得がいかない。


追記:さいたま県は上告しないことを決めたそうです。高裁判決が確定しました。


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