「ガス室」裁判・最終準備書面 その4
「ガス室の有無は判断しない」-日本の裁判所

1997.4.18. 提訴
平成9年(ワ)7639号 名誉毀損・損害賠償請求事件
1998.12.4「最終準備書面」記載の経過で、突如「結審」

「ガス室」裁判・最終準備書面 4

読みやすくするため、区切りなどを入れています。

「ガス室の有無は判断しない」-日本の裁判所

(引用の続き)

(引用内の引用)

[太字ゴシック小見出し]

「ガス室の有無は判断しない」日本の裁判所。

金子……東京地方裁判所は「ナチスによるガス室の有無については判断できない。この件が名誉毀損にあたるかどうか、という点についてのみ決定を下すことになる」という見解を示しました。

質問(『エルサレム・ポスト』)……ガス室の有無について裁判所が判断できないのに、どうやって名誉毀損に当たるかどうかの判断が下せるのですか。

梶村……それは裁判所にきいてください(笑)。

 そもそもガス室を否定することを前提とした木村氏の訴えを日本の裁判所が受理したことに根本的な問題があると思います。

金子……ガス室を否定するような国は日本以外にほとんど存在しません。

梶村……「ガス室があったかなかったかを裁判所は判断しない」というようなバカなことを裁判官が公然と言うような国は日本だけですよ。司法としての義務を放棄しているとしか思えない。このことも批判していくべきです。

 ところが、同記事を原告撮影の未編集ヴィデオ(甲第25号証)に照らし合わせると、かなりのニュアンスの違いばかりでなく、改変が行われていることが明らかである。とりあえず前記の部分のみについて、原告によるテープ起こしの文章、及び注釈を次に示す。

金子……ガス室の有無について、裁判所は判断できない、ということを、おっしゃいました。そして、裁判所としてはですね、名誉毀損の事実が、あったのか無かったのかどうか、ということだけ、ですね、決定できるという、ご発言でした。

質問(『エルサレム・ポスト』と名乗ったが、実は、特約のフリーランス記者)……ガス室が、無かったかどうかということは、裁判において判断できないということであれば、なぜ、名誉毀損が、あったかどうかということが、判断できるのでしょうか。

梶村……(質問を受けた発言者の金子自身が口ごもるのを見て、代わりに発言)それは、あの、裁判所にきいてください。私は(といいながら『本人』が軽薄な笑い声を立てる。前記記事の注釈『笑』は、活字報道の慣行では、聴衆の記者会見参加者の嘲笑を意味する。これは明らかに読者誤導の悪質な言論詐欺である)、分んない、答えることができないんです。私は、あの、それが、やはり、一番問題だと思うんです。すなわち、私の考えではですね、日本の裁判所が、このような訴えを、ガス室を否定することを前提としたような訴えを、受理したこと、そのことがまず、根本的な問題だと思っています。

金子……ガス室が無かったのか、どうかということをですね、裁判所が判断できないと、ええ、これはかなり問題であって、ええ、ガス室を否定するような、ええ、国家というのはですね、あまり無いのではないかと思うんですよ。

梶村……[原告注・歴史認識の]基準がないというのがね、どこまで行っているかというのはね、昨日の裁判官の発言だと思います。(身構え直し、語気を強めて荒々しく爆発的に)裁判所はね、「ガス室があったか無かったかというのを、(さらに語気を強めて破裂的に)判断しない」というような(息を溜めて爆発的に強く)馬鹿(バッカ)なことをね、あのね、……一国の裁判官が言うよう……、公然と言って、あの……、平気なような国は、(爆発的に強く)日本だけですよ。こんな(息を溜めて爆発的に強く)馬鹿(バッカ)な国は……。それを、私はね、本当に批判しなきゃ、いかんと思う。

 ただし、以下には、先の記事にある「司法としての義務を放棄しているとしか思えない」という意味の発言は、全くない。これも重大な言論詐欺である。たとえば、講演や対談のテープ起こし原稿に発言者自身、または発言者たちに編集者が了解を得て、手を加えることは往々にしてあるが、その場合でも「加筆」の事実を明示するのが出版界の常識的倫理「基準」である。ましてや、この記事は、個人の講演ではなくて、いささか論争的かつ敵対的な場面も出現した記者会見の再現なのである。もともと手前勝手な要約にしかすぎない記事に、ことさら「一部始終」の題を付け、あまつさえ、何等の断りもなく加筆するなどという行為が許されるべきでないことは、出版界のみならず、当然の世間常識である。しかも、記事の末尾に自ら、「会見の模様をビデオに撮影していた木村氏」と記しているように、原告が本物の「一部始終」を記録し、当然のことながら所持し、それを公表し得ることを知りながら、あえて、手前勝手な編集、省略、改変をほどこしているのである。このような雑誌報道の姿勢は、小なりとはいえ何万部かの発行物の量的な力で、原告一人の言論を圧倒してしまえば、それで勝ちだと言わんばかりの傲慢さである。ここにも、被告・本多勝一の独裁的支配下にある『週刊金曜日』の堕落の様相の一端が如実に露呈していると言わねばならない。

 以上のように、被告・金子マーティンは、「ガス室の実在性」の確認に関して、自らも、その必要性を強調する発言をしており、さらに強い主張をする被告・梶村太一郎と共同の記者会見を行っているのである。原告は、以上の事実経過に鑑み、本来ならば被告三名、当面は被告・本多勝一及び被告・マーティンに対して、前記の被告・マーティン発言の「ガス室が無かったのか、どうかということをですね、裁判所が判断できないと、ええ、これはかなり問題であ」るとか、または、梶村発言の「『ガス室があったか無かったかというのを、(さらに語気を強めて破裂的に)判断しない』というような(息を溜めて爆発的に強く)馬鹿(バッカ)なことをね、あのね、……一国の裁判官が言うよう……、公然と言って、あの……、平気なような国は、(爆発的に強く)日本だけですよ。こんな(息を溜めて爆発的に強く)馬鹿(バッカ)な国は……。それを、私はね、本当に批判しなきゃ、いかんと思う」とかいった主張を、法廷でも確認し、繰り返すのか、または放置するのか、それとも撤回し、または撤回させて訂正し、謝罪するのか否かの態度表明を求める。

九、被告・金子マーティンは、前項と同じく一九九七年一〇月二一日付けの準備書面(一)の「被告の主張」において、ドイツの「民衆煽動罪」に代表される言論取締法の「趣旨はすでに国際公序となっていると解される」と主張している。また、前項で記したように、前記の記者会見でも、「ガス室が無かったのか、どうかということをですね、裁判所が判断できないと、ええ、これはかなり問題であって、ええ、ガス室を否定するような、ええ、国家というのはですね、あまり無いのではないかと思うんですよ」と発言している。この発言部分は、前記のように『週刊金曜日』(97・9・19。甲第9号証の11)では、前記の如く、「ガス室を否定するような国は日本以外にほとんど存在しません」となっており、より断定的に改変されている。

 被告・金子マーティンが刑事立法の存在例として挙げた国名は、ドイツとオーストリアだけであるが、原告の知る限りでは、フランスとスイスにも同種刑事立法があり、『法学セミナー』(五一四号。97・10)には、「『アウシュヴィッツの嘘』に対する各国の刑事立法について」(甲第26号証)と題する日本の法学者による研究論文も掲載されている。ところが、この論文では、決して、同種刑事立法が「すでに国際公序となっている」などとは、いささかも論じておらず、むしろ筆者は逆に、ドイツ国内においてさえ、「一三〇条三項[甲第22号証に被告・梶村太一郎の訳文あり]は、伝統的な刑法観に符号しないことから刑法理論家、実務家からの批判も強い」などの、法学上の根本的な疑問が発せられていることに、何度も注意をうながしているのである。

 被告・金子マーティンは、同じく右書面で、「ガス殺」が歴史的事実だと主張する根拠を、「戦後ニュルンベルグ国際軍事裁判所において人道に対する罪として裁かれ」たことに求めている。同裁判所の設置を定めた「ロンドン協定」の調印国は、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連であるが、この内、同種刑事立法を有するのは、フランスだけである。

 最も人口の多い英語圏のイギリス・アメリカには同種刑法は存在しない。ソ連は崩壊したが、「ロンドン協定」締結時にその中心をなし、かつ現在も連合国(日本国の外務省訳では「国連」)の安全保障理事会で旧ソ連の「常任理事国」の議席を継承するロシアでは、『ロシア新報』が「ホロコーストは嘘」という趣旨の16頁特集を組んだ。ソ連崩壊以前には世界で最大発行部数だった有名な新聞、元共産党機関紙の『プラウダ』にも、同様の趣旨の記事が掲載された(甲第7号証の12)。

 以上の連合国以外でも、むしろ逆の事態が進展している。すでに同種刑法の存在を記したスイスでも、同刑法を疑う論調の記事が、『ル・ヌヴォー・コティデアン』に連載された(甲第7号証の3)。カナダでは「国際公序」と認識するどころか、全く逆に最高裁が同種事件に関して、下級審で有罪の根拠とされた刑法条項を「言論の自由を侵害しているので違法」と判断した(後述。甲第7号証の10)。ベルギーでは歴史の専門雑誌が「ホロコースト見直し論の勝利」と題する特集を組んだ(甲第7号証の12)。トルコでは、『ホロコースト/ユダヤ人の作り事』という題の本が政権党と連携関係の新聞で賞賛された。

 品性の評価はどうあれ、世界の経済大国として一、二を争う日本はもとより、人口では左記連合国を上回る中国、インド、さらには、「ガス室」神話を振り回すイスラエルとは敵対関係にあり、アラブ語使用者約一億五千万人、イスラム教徒約六億人の巨大な人口を有する国家群には、被告・マーティンが主張する「国際公序」が通ずる由もない。

 訴状にも記したが、原告は、一九九七年現在84歳のフランスの哲学者、元共産党政治局員、ロジェ・ガロディの著書、訳題『偽イスラエル政治神話検証』を訳出し、解説を付して、来春、一九九八年一月中には出版を予定している。その後に本法廷にも証拠[甲第67号証、その後に発刊、『偽イスラエル政治神話』に改題]として提出するが、ガロディは、刑罰によって議論を抑圧し、「ニュルンベルグ裁判を『聖典承認』[キリスト教の宗教用語]しようとする動き」に対して、「かえって、その『理論的な脆さ』を暴露」するものという鋭い皮肉を放っている。

 ガロディが指摘する政治的な状況は、簡単な年表を作ってみると、実に明瞭に炙り出される。

●アメリカでは法律上の禁圧は不可能である。4%弱のユダヤ人口を背景にシオニスト・ロビーが大手メディアを支配、実質的に言論を抑圧している。その他主要国における法制定・刑罰強化は、ほんの最近のことなのである。

●90年・フランスでファビウス=ゲーソ法制定。

●92年・オーストリアで刑法に追加。

●94年・ドイツで刑法強化。

 ……その最大のきっかけは何か?

●85年・カナダ・トロント地裁一審で被告のツンデルは、『六百万人は本当に死んだか?』と題する32頁のパンフレット頒布を「虚偽と知りながらの報道により公益を損なう」ことを違法とする刑法により有罪、15か月の禁固刑の判決を宣告された。

●87年・トロント控訴院(日本の高裁に相当)では、トロント地裁の審理が違法と判定し、州政府は再審を命令した。

●88年・トロント地裁の再審で国際的支援活動が展開され、「ガス室」と称されてきた施設や残骸には殺人工場としての機能がなく、そこで使用と主張されてきたシアン化水素の痕跡も認められないとする『ロイヒター報告』が提出された。普通の殺人事件では必須の「凶器」の「法医学鑑定」が、本件で初めて行われたのだが、それでも被告は、九か月の禁固刑を宣告された。しかし、……

●92年・カナダ最高裁は、4対3のきわどい過半数で有罪判決を破棄した。トロント地裁の有罪判決の根拠となる刑法そのものについて、「結果的に少数意見を圧迫しており、カナダの権利憲章に規定された言論の自由を侵害しているので違法」という判決である。

 この間、欧米で『ロイヒター報告』の各国語版が、アングラ普及した。以上の諸国の内、フランスでは、一九七〇年代から現在の国際的なホロコースト見直し論の中心的存在であり、前記トロント裁判を支援したロベール・フォーリソン教授らが、大学からの不当解雇や、前記パンフ『六百万人は本当に死んだか?』頒布中に暗殺されたフランソワ・デュプラの事件などを巡って論争を繰り広げていた。刑法の制定や罰則強化の動きは、真実の暴露を恐れるイスラエル・シオニスト・ロビーの一時しのぎの圧力の結果でしかない。

 そこで、被告・金子マーティンが用いた字句を若干借用し、かつ、熨斗を付けて鄭重に、お返しするが、このような粗雑な「国際」認識しか有しないオーストリア国籍の日本女子大学教授による「一知半解」で荒唐無稽な「言説の流布が」、いやしくも司法資格を有し、自他ともに法律家の肩書きを許す弁護士の代理人の手で文章化され、古風な形式主義の朱印まで付され、日本国の法廷に提出されるなどという慨嘆すべき事態を招来し、その結果、不勉強、かつ重症の権威追随主義と欧米崇拝癖が強くうかがえる共同被告ら、及び、その影響下にある不幸な読者らに、「及ぼす危険性を考えれば容赦する必要は全くないのである」が、あえてここに訂正の機会を与え、改めて問う。これでも「国際公序」か否か。

 右争点の内、とりわけ「七、八、九」に関する原告の主張と訴訟進行上の要請

 前記のような、被告三者の実質的な共同による記者会見で公表され、質問を受け、論評された「ガス室」の有無に関する裁判長の発言は、原告と被告側が別々に呼ばれた法廷外の別室で、被告側に対して行われたものであり、原告は直接関知しておらず、一字一句が正確なものであるかどうかを断言できる立場にはない。しかし、この発言は、被告・金子マーティンによって、すでに内外の記者を集めた場で公表され、活字化されているのである。そのため、憲法に定められた「裁判公開」の原則に照らして見るならば、今後の訴訟進行上で、この争点を無視することは不可能となっている。原告は、以上の核心的争点についての裁判長の発言に関して、それが事実であっても、「馬鹿(バッカ)なこと」を「言う」などという表現は不適当だと判断するが、別の角度から、前記最高裁大法廷判例に照らして、「当該事実」の根幹をなす「ガス室の実在性」に関しての吟味が、本件に関する判断の決定的要件であると考えている。

 よってここに、当法廷における訴訟進行上での裁判長の発言として事実を確認し直し、この発言を基礎とした訴訟進行上での口頭弁論による争点整理を行い、続いて、当該争点をめぐる諸事情を明確にするための徹底的な証拠調べを行うよう求める。

以上。

(以上で原告準備書面(三)の引用は終り)

 原告の以上のような主張と釈明請求に対して、両被告は、何らの反論も釈明もできずに「終結」を求めたのであるから、裁判所は当然、「ガス室の実在性」を根拠とする原告の著述への批判に関しては、その批判の根拠がないものとして扱い、原告が主張する名誉毀損の事実を、そのまま認めるべきである。


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