『電波メディアの神話』(8-3)

第三部 マルチメディアの「仮想経済空間
(バーチャル・エコノミー)」

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.15

第八章 巨大企業とマルチメディアの国際相姦図 3

「高画質動画」受信に九〇分相当で四万七〇〇〇円

 私は、以上のような疑問をNHK広報部になげかけ、有線化にたいするNHKの公式見解をもとめた。すると、真正面からの回答ではないが、専門紙のコーピーに説明をくわえるという形の返事がえられた。これらの専門紙のみにのる記事は、ほとんど一般視聴者の目にははいらないが、NHKの森川専務理事・技師長は郵政省内のテレコム記者会との会見でつぎのようにかたったという。

 「光ファイバー化は、放送システムの特長、役割をよくわきまえていない議論ではないか。良い画像、良い音をできるだけそこなわれずに、日本の隅々まで同時一斉に安く均一料金で提供できるのが無線システムで、大地震でも安心だ」(電波タイムズ94・1・25)

 文中、無線放送があれば「大地震でも安心」という部分には論理の飛躍がある。記者のまとめ方のせいかもしれないが、「安心」して大地震をまちうけることなどできるわけはない。また技師長の発言にしては、携帯電話の技術的可能性への理解がとぼしいといわざるをえない。

 さきのロサンジェルス地震では携帯電話が緊急連絡に役だち、以後、売り上げが「通常の倍に達する勢い」(日経94・1・24夕)だったという。既存の放送を無線でうける携帯ラディオや携帯テレヴィもあるにはある。しかし、それらでえられるのは一方通行のニュウズだけだ。携帯電話は双方向である。

 たとえば、たおれた建物の中で生きているが動けないというような状況のときに、被害者は自力で無線連絡ができる。「まさかのときに命をまもるためには一方通行の地上波放送よりも一人一台の携帯電話機普及を」、などといわれた場合に森川技師長はどう返答するつもりだろうか。

 ただし、この時の森川発言のなかでも「安く」「提供」または「安く届ける」(電波新聞94・1・24)という部分に限れば十分な説得力がある。というのは、マルチメディア推進の立場の論評には、最初のインフラ整備のほかにもかかるはずの通信網使用料金のことが、わざとかどうか、スッポリぬけおちている場合がほとんどだからである。しかも、これがへたをすると、ベラボウに高いものにつくようなのである。

 つぎにしめすのは貴重な情報の一例だが、現行のNTTのISDN(総合デジタル通信網)の料金体系を見なおせと主張する国領二郎は、現在の料金体系で計算してみせる。

 「高画質動画(一〇メガビット/秒相当を想定)を九〇分相当送ると、なんと四万七〇〇〇円もかかる計算となる。画質を犠牲にして一〇分の一の情報量としても四七〇〇円となり、ビデオにとうていかなわない。このままの料金体系のままでは、マルチメディア時代はこない」(エコノミスト94・2・8)

 技術用語は私も苦手なので専門の技術者に聞いたところ、「高画質動画(一〇メガビット/秒相当を想定)」というのは、すでに圧縮ずみの情報量だとのことである。普通の地上波テレヴィ用の映像では二〇〇メガビット/秒以上になるが、そのうちのうごかない背景の映像を重複使用するなどして圧縮できるのだそうだ。だが、それをさらに一〇分の一に圧縮するとどんなものになるかは疑問である。

 「高画質動画」で九〇分、たとえば映画などを自宅のテレヴィでみたければ、都会では近所にヴィデオ・ショップが沢山ある。健康法をかねた散歩のつもりになれば、ヴィデオ・ショップがまで借りにいく方がはるかにやすくつく。となれば、だれがわざわざベラボウに高い料金をマルチメディアの設備一式にはらう気になるだろうか。また、いくら料金体系をいじってみても、料金収入全体の予定をかえるわけにはいかないのだから限度がある。新しく投下した資金の回収もあるから、現在の電話回線をうわまわる料金をとられるにきまっている。もちろん、機械をうごかすための電気料金もかかる。

 それなら、いままでどおりに電気料金だけでタダの民放テレヴィの方がやすいにきまっている。コマーシャルの時間だけ我慢すればいい。私の場合、NHKには放送時間の配分を要求しており、それまでは支払い拒否、つまり当面はタダだからなおさらである。


(4)三〇万円前後のマルチメディア専用パソコンが必要