『電波メディアの神話』(6-8)

第二部 「多元化」メディアを支配する巨大企業

電網木村書店 Web無料公開 2005.4.7

第五章 「打って返し」をくう「公平原則」信奉者 8

ケーブルテレヴィとCNNの台頭によるはさみうち

 アメリカの会社録『インダストリアル・マニュアル』で三大ネットワークをさがしてみたら、なんと、企業名の索引にCBSの項目はあったが、NBCとABCの項目はどこにもなかった。すでにNBCはGEの、ABCはキャピタル・シティズの、それぞれ一部門でしかなくなっているのだ。

 買収の時期以前にメディア構造の変革がすすみ、三社の足下をゆるがしていた。ケイブルテレヴィの普及率は十年前の一九七六年の全世帯の一五%から、一九八六年には四八・七%と、全世帯の半数にせまっていた。五年後の一九九一年には六〇%にたっする。ケーブルの普及を刺激したのも、料金制限の撤廃などの規制緩和だった。二四時間のニュウズ報道という冒険的企画で出発したCNNは、やがて湾岸戦争報道で三大ネットワークをノックアウトするが、この時期にも着実にシェアのばしていた。いきおいづいたCNNが、CBSの買収にのりだすという噂までたった。

 ケイブルテレヴィとCNNのはさみ撃ちによって、三社の総合視聴率はさがりつづけていた。広告費全体に対するシェアもさがり、収入は横ばいとなっていた。

 一方、おなじくレーガン大統領の規制緩和政策のもとで、一九八四年ごろから異常な投機熱がひろがった。株式投機、債権先物買い、会社ころがし、のっとりなどの、日本にもその後に上陸したバブル経済型投機フィーバー現象である。

 ネットワークが投機の対象になったのも、独占集中排除に関する規制の緩和があったからだ。ネットワーク会社が所有できるテレヴィまたはラディオ局の数を七局から一二局にふやすとか、所有後三年以内の売却禁止を解除するといった方針転換である。

 独占集中排除の緩和は、それ自体に政治的な意味があった。言論の自由を大手メディア、実際には巨大資本が独占するという結果をまねくからだ。そこで、「レーガン大統領の当選が決まったとき、NCCB(放送を良くするための全国市民委員会)やCFA(アメリカ消費者連盟)をはじめとする有力な視聴者団体や消費者団体が″規制緩和反対″の声明を発した」(文研月報81・2)。業界にとっての「規制緩和」は逆に、市民が何年もかけてきずいたメディアへのアクセス権を「規制」したのだ。

 しかも放送の規制緩和は、業界の圧力のもとに、民主党のカーター大統領時代から進行していた。共和党のレーガン大統領の独自の政策ではなくて、業界もしくはアメリカの支配層の、断固たる意図のもとにおしすすめられていたのだ。その間の事情は、NHK放送情報調査部の中村皓一氏の論文「放送規制から規制の緩和へ-米FCCの50年」(放送研究と調査84・12)などにくわしい。


(9)規制緩和を推進したFCCの実態に重大な疑問