電子手紙の送信日付け順・注釈付き一般公開文書館 2001年5月

「私が見た反権力雑誌『週刊金曜日』の悲惨な内幕」『新潮45』(2000.12)と私の関係

送信日時 : 2001年 5月 28日 月曜日 9:24 PM

件名 :[pmn 15067] 訂正:「『週刊金曜日』の悲惨な内幕」と私の関係

 本日夕刻、電子手紙を受信して、点検したところ、先に送ったものが、直し不足だけでなく、一部、事実関係を間違えていることが判明しましたので、全部廃棄して、以下に替えるように、お願いします。

「私が見た反権力雑誌『週刊金曜日』の悲惨な内幕」というのが、これから紹介する記事の題名で、掲載誌は『新潮45』(2000.12)です。

 本日、なぜか、すでに半年を過ぎたこの古い記事を紹介するのは、実に単純な、他でも無い、わが唯一の自慢の貧乏人の特殊事情ゆえであります。

 気温が高くなってきたので、いよいよ、室内の整理をして、冬物を押し入れにしまわなければ、狭いわが仮住まいは、足の踏み場もなくなります。仕方なしに、うず高い紙の山から手を付け始めたら、昨年から今年に掛けて、図書館で複写してきたまま積んであった記事が、沢山出てきました。

 この記事は、あまり知られていないようです。特に、いわゆる「左」の向きには、まるで知られていないようです。おそらくは、掲載誌が、いわゆる「右」っぽい出版社、新潮社の発行物だからでしょう。

 執筆者、西野裕史さんの紹介は、末尾に(にしの ひろふみ・元『週刊金曜日』編集者、ジャーナリスト)とあります。彼は、それ以前には毎日新聞の記者だったそうですが、後に見るように、「ホロコーストの嘘」がまるで理解できないようですから、気の毒ながら、私は、止めた方がいいとは思うものの、この亡国植民地での「ジャーナリスト」商売には、むしろ、向いているのかもしれません。

 しかし、この記事には、一応、それ以前にも薄々は聞いていた内部の抗争が、具体的事実の細部にわたって記されています

 以下は、私なりの背景事情の要約です。

「ミヤケンにも睨みが効く」とかの噂だった老齢の哲学者、故・久野収さんを筆頭にして、著名人を肩書きのみの「編集委員」に並べる素人騙しの戦法で、貧者の一灯を集め尽くした功労者の初代編集長、和多田進が、一年後に、突如、退社となります。弁護士からの依頼に応えてしまって、3年分の予約購読料を振り込んでしまった私をも含めて、貧乏な心情左翼の皆々様には、心から、お悔やみを申し上げます。ただし、私は、創刊直後に本多勝一から直接、二度も依頼された湾岸戦争の水鳥に関する記事を寄稿して、その分は取り返しました。

 和多田の怪しさに関しては、すでに、わが電網宝庫の連載、裁判記録や、以下の「本多勝一"噂の真相"同時進行版」でも記しました。

 http://www.jca.apc.org/~altmedka/uwa-series.html

 彼は、それ以前から社長をやっていた晩声社の赤字を抱えていました。救援の訴えに応じて3万円を拠出した友人は、「返すと言ったのに、その後、まったく音沙汰なし」と怒っています。そんな和多田が、たとえば、編集委員らを二人並べた講演会の謝礼、50万円から30万円ピンハネして、二人には10万円づつしか渡してなかったとか、従業員の不審を招き、慌てて、箝口令の圧制を敷き、その他、いきなり解雇などの仕打ちで、ついに組合結成に至るのです。

 私との関係というのは、この記事の中に、名前と簡単な経過が出てくるのです。これにも実は複雑な前段の事情があるのですが、ここでは省きます。もっとも簡単な事情のみを記すと、本多勝一が、次に出てくる「M」と対立関係になり、「M」も退社に至るのです。以下、その部分のみを、そのまま紹介します。

 本多氏はもう一つ言いがかりをつけてきた。「『リベラルに』といつも言う人(Mデスクのこと)に、『木村愛二の原稿を載せるな』と言われた。編集長が副編集長に折れることがリベラルなのか」というのだ。

 これは簡単な説明が必要だろう。前年、医師の西岡昌紀氏が「アウシュヴィッツまぼろし論」の原稿を編集部員に軒並みに郵送してきたことがある。私はタイトルを見ただけでごみ箱に突っ込んだ。しかし、本多氏は大いに興味を抱いた。西岡氏の集会に「編集長代理」としての出席をMデスクに求めたほどだ。木村原稿は西岡原稿と同じ「ガス室はなかった」という論調だった。

 木村原稿を掲載しないよう、Mデスクが本多氏に強く主張したのは、適切な判断だった。しばらくして西岡氏の寄稿が原因で『マルコポーロ』が廃刊に追い込まれた際、そのことを知った本多氏は編集部内でMデスクの方を見て「助かった」と漏らしていた。この件ではMデスクは本多氏にとって"恩人"なのだ。逆恨みしては罰が当る。

 以上で引用終わり。

 Mと本多勝一の抗争についても、上記の連載記事で記しました。まあ、呆れてものも言えない、というのは、まさに、このことです。この品のなさ、元朝日新聞記者の言論詐欺師の哀れな、不様な、醜い実態のことなのですが、貧者の一灯を掻き集めた数十億円の資金さえあれば、まだまだ「人が寄ってくる」というのも、情けないこの世の習いでしょう。

 私は、上記の「原稿」こと、本来は単行本の予定の草稿を、上記の裁判記録などに詳しく記した事情により、ついつい見せてしまったところ、本多が飛びついてきて、ぜひ連載させてくれと言い出したのです。ところが、その後に、彼が、ひるみ始め、確かに口約束に過ぎなかったせよ謝罪すらしない失礼な態度だったので、彼を無視して、単行本の『アウシュヴィッツの争点』として発表しました。

 しかも、本多は、『マルコポーロ』の編集長だった花田さんへの積年の逆恨みから、さらに卑劣な裏切りに転じ、私の本に対してまで、外人傭兵、金子マーチンを使って、攻撃を仕掛けてきて、私が怒って同分量の反論記事掲載を要求すると、先方の6回に対して、1回分の長さの寄稿を受けるとの回答を文書で示しました。しかし、私は、この時点で本多の正体の醜さを十分に確認できたので、『週刊金曜日』とは絶縁し、本多を言論界から追放するまで闘い続ける覚悟を決め、妥協せずに断固拒否しました。

 その後、本多は、『噂の真相』から追放され、岩瀬さんからも訴えられ、上記の記事も出て、一般の目にも、その正体の醜さが次々に暴露されています。インターネットで検索すれば、ぞろぞろ出てきます。この件でも、「ホロコーストの嘘」問題と並行して、わが勝利の日が近いのです。


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