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『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』第4章2

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦

(第4章2) 不吉な全属

 鉄はまず、さびるのが早い。しかも、芯までさびてしまう。つまり、大気中の酸素と結びついて、ボロボロの酸化鉄の粉になる。水分が多いと、この作用は早くすすむ。だから、考古学的な発掘で出土する例は非常に稀である。

 石器にはそういうことはない。林料によっては、分解することもあるが、土の中に埋れていれば、まず残る。金は絶対にさびない。そして、銀、銅、青銅、黄銅は、すこし酸化(または硫化)するけれども、表面に膜ができて、原型をとどめる。

 鉄の考古学は、このために、大変に不利な条件をかかえている。ここでもまた、鉄の起源はオリエントだ、ヒッタイトだ、と主張されてきたのだが、アフリカ大陸の前進基地、つまり、肝心の古代エジプトのピラミッドから、鉄製品がでてこないと、なかなか反論しにくい。しかし、それだけで、オリエント起源だと、断定してよいものだろうか。

 たとえば、紀元前3世紀ごろとされる日本の月の輪古墳から出土した鉄の刀剣類も、すでに、ボロボロになっていた。古代エジプトの初期の王墓は、これよりも、3、4000年は古い。たとえその中に、鉄製品が副葬されたと仮定しても、影も形もとどめていない可能性の方が高い。もっと粗末な墓や住居跡なら、なおさらのことである。

 この条件はさらに、二重の制約を生む。エジプトのみならず、ギリシャあたりでも、鉄は「不吉な金属」とされていた。他の貴金属類にくらべれば、美しくもなく、すぐさびてしまうのだから、当然の評価であろう。

 一方、ピラミッドの建造には、永遠性が求められた。副葬品もえらびぬかれ、後世につたえる目的をもっていた。神殿の宝物も同様である。その上、面白いことに、金属器時代になってからも、古代エジプト人は黒曜石の道具をつかっていた。現代でも、工業用ダイヤモンドが使われているが、やはり、固い石の特徴を、うまく利用していたわけである。また、宗教的な儀式のためには、石のオノを使ってもいた。打製、つまり、けずっただけのものもあったし、磨製の見事にみがき上げられたものもあった。多分、余裕のなかった時と、余裕のあった時の、つくり方の差でもあろう。

 こんな事情もあって、いまでは、みがかれた石器を、新石器時代の特徴ときめつけるわけにもいかなくなってきた。道具というものは、実用的なものだから、不必要な部分までみがきあげなくてもよい。むしろ、みがき上げた石器というものは、金属製品の形をまねた、または、後世につたえるためのものではなかろうか、という考えもでてきた。

 もしかすると、みがいた石器を宗教儀式に使う習慣は、古代エジプト人だけのものではなく、アフリカ大陸全体にみられたことかもしれない。その可能性は充分に考えられる。

 いずれにしても、鉄は、ピラミッドや神殿におさめるための道具をつくる材料には、なりにくかった。しかし、まったく鉄の出土品がないかというと、そうでもない。

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