『亜空間通信』898号(2004/11/26) 阿修羅投稿を再録

NHK醜聞激発に日テレ読売新聞違法支配株式名義貸し暴露を好機と捉えメディア改革緊急提案

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『亜空間通信』898号(2004/11/26)
【NHK醜聞激発に日テレ読売新聞違法支配株式名義貸し暴露を好機と捉えメディア改革緊急提案】

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転送、転載、引用、訳出、大歓迎!

 つい最近、NHKも醜聞激発、さらには、日テレの読売新聞による違法支配、株式名義貸し問題の暴露による議論沸騰の状況を、大手メディア批判の好機と捉え、メディア改革の緊急提案をする

 わが電網宝庫には、以下の特集リンクを設けた。

1)------------------------------------------------------------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/denpamedia.html
特設リンク:電波メディア独占支配の蓋が飛んだ!!

木村愛二著 読売・日本テレビ・NHK・メディア問題必読書!
木村書店で取扱中
『電波メディアの神話』(緑風出版/1994年/312頁/定価2200円+税)
『読売新聞・ 歴史検証』(汐文社/1996年/384頁/定価2500円+税)インターネット公開中

(以下絶版・木村書店より再版予定)
『NHK腐食研究』(徳永正樹(筆名)著)(汐文社 同時代叢書/1981年/219頁/定価1200円)インターネット公開中
(絶版・木村書店より再版予定)
『テレビ腐食研究』(テレビ文化研究会 共著)(汐文社 同時代叢書/1980年/283頁/定価1400円)
(絶版・木村書店より再版予定)
『読売新聞 日本テレビ グループ研究』(征矢野仁(筆名)著)(汐文社 同時代叢書/1979年/284頁/定価1300円)
『マスコミ大戦争 読売 VS TBS』(汐文社/1982年/124頁/定価1200円)


(2018.4.27追記:以下の構成は現在大幅に変わっています。)
2)------------------------------------------------------------------------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/media.html
メディア批判 2003.6.23整備開始
最新
896号(2004/11/24)【読売ナベツネ日テレ株名義貸し問題化の背後に潜む行政指導の歴史的誤魔化しと学者の政治的癒着】
朝日新聞を校閲する!  2003.6.23整備開始 2004.11.11更新
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NHK総合テレビ批判中心  2002.07.21発足 
2003.12.1更新
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「マスコミ業界」「アカデミー業界」自称「革新政党」を批判する
2000年『デカメロン』序章
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『週刊金曜日』犯罪記録  2002.08.09新設
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◇◇ ユーゴ戦争:報道批判特集 
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WEB雑誌憎まれ愚痴創刊の基本的な目的 メディア批判:世界革命宣言
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単発『憎まれ愚痴』10号:日本のマスメディア支配の世界に冠たる構造
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その他メディア批判関連 亜空間通信 抜粋

896号(2004/11/24)【読売ナベツネ日テレ株名義貸し問題化の背後に潜む行政指導の歴史的誤魔化しと学者の政治的癒着】
891号(2004/11/14)【ファルージャ戦局報道で伊仏と日米の大違いに付き旧稿再録:フランスはディエンビエンフー想記】
889号(2004/11/12)【イラク派兵ポチ批判をマスコミ批判で飾る自称平和主義者の怠慢叱責、わが実績と理論を概説】
887号(2004/11/10)【「香田さん遺体誤報処分」共同通信にさらに重大なユーゴ戦争ラチャク村民虐殺米御用報道の実績】
886号(2004/11/08)【戦争は新聞同士もあり極右読売ナベツネ日テレ株名義貸し株急落を似非紳士朝日嬉々報道】
884号(2004/11/06)【イラク斬首の香田氏遺言は大手メディア嘘八百強烈批判だがメディアの無視と嘘の上塗り追及!】
871号(2004/10/08)【百戦殆うからず小泉レイプ事件わが裁判闘争の勝利は単独で敢然と個人情報保護法粉砕を強調】
863号(2004/09/12)【911ブッシュ疑惑テレ朝たけし2時間は大手メディアに市民電網が完全勝利の一里塚と評価し追撃】
859号(2004/09/06)【911謀略説脅しブッシュに怯え民放労連メディア総合研究所『放送レポート』虚名人唖然類型批判】
853号(2004/08/15)【敗戦記念日に断罪する百人斬り左右の言論詐欺と傲慢無礼の自己中心ご都合主義歴史歪曲押し付け】
843号(2004/07/31)【好戦でっち上げ100人斬り記事の護持で生き恥さらす毎日新聞ほかのメディア関係者は日本の恥】
831号(2004/07/22)【小泉「強姦」事件の地裁判決と大手メディアの尻込み状況は日本の対米従属腐敗権力下の象徴的現象】
799号(2004/06/19)【多国籍軍参加表明暴行犯小泉と日本大手メディアは多国籍報道と中小メディア挟み撃ちで正体暴露】
794号(2004/06/16)【ポチ多国籍軍参加表明批判も弱く小泉レイプ事件は萎縮報道腰抜け大手メディア尻目にスポーツ紙】
789号(2004/06/12)【小泉レイプ逮捕歴は警察情報操作の典型で隠蔽の壁に屈すサツ回り残飯拾いメディアは権力の手先】
746号(2004/03/12)【絶版の名著『戦争廃絶の理論』の寄贈を受け4/1発売季刊『真相の深層』予約先着百名に無料進呈】
739号(2004/02/25)【朝日慌て者アエラ田岡俊次「米軍の誤射」疑惑を週刊新潮「モノ笑い」で双方が真相解明の邪魔者】
731号(2004/02/03)【英BBCケリー事件逆転の先例に米CBSヴェトナム嘘報道攻撃先例あり日本で朝日新聞実質敗訴快報】
703号(2003/12/06)【イラク2日本人殺しで全裸露呈の記者クラブ残飯漁り垂れ流し習癖日本大手メディア無恥無能の惨状】
701号(2003/12/01)【「邦人・外交官・殺害・テロ」連呼、似非紳士朝日が典型の日本中心は不気味な意味論の思想戦争】
677号(2003/10/15)【10/25イラク・パレスチナ・人種差別反対国際統一行動日に東京でも集会あり木村書店出動】
676号(2003/10/07)【大手メディア集団との戦い『イラク「戦争」は何だったのか?』きたる2003年10月25日に発売!】
675号(2003/10/07)【911謀略説急上昇で足下反乱に似非紳士朝日もバスに乗り遅れぬ方向転換図るか否か秒読み開始】
671号(2003/09/29)【小泉首相の婦女暴行醜聞は英米に筒抜け1年半前ゲンダイ記事で知らぬは日本国民ばかりなり】
667号(2003/09/21)【英独仏[犬狐狸]首脳ベルリン会談ポチ不在[溝][一致][合意][せず][先送り]?化け物屋敷報道の真相?】
666号(2003/09/20)【激動イラク内戦を警告し不気味フセイン放送にアメリカの大嘘「フセイン像倒壊」逆転を期待】
660号(2003/09/12)【2周年911補償金受取り拒否し真相求める遺族訴訟の影もない「一斉右向け」報道の犯罪】
656号(2003/09/01)【モスク大爆発でイラク内戦の危険迫りレバノン想記するなら正確に歴史を振り返れ!】
655号(2003/08/30)【イラク・ナジャフ・モスク大爆発で日本大手紙ほぼ総「廊下鳶」チャラビ状況の唖然】
654号(2003/08/29)【酸化ウラン・セラミック・重金属・毒性の検索で2年前発行パンフ発見に想いなかば】
652号(2003/08/22)【劣化ウラン弾批判運動が疫学知らぬと驚き電網調査でさらに驚く似非紳士朝日の重罪】
651号(2003/08/21)【アメリカ劣化ウラン弾に手加減する「偽の友」批判「獅子は兎を屠るにも全力を以てす」】
650号(2003/08/19)【ケリーの地元の住民は最初から自殺説に不信の主旨のスコットランド紙情報など発見】
645号(2003/08/06)【戦争の悲劇を食い物にする似非紳士「偽の友」朝日新聞を批判する理論と現実的根拠】
643号(2003/08/03)【8/6広島平和宣言に間に合うか否か劣化ウラン重金属毒性メディア不勉強の責任重大】
640号(2003/08/01)【イラク米兵劣化ウラン症・死者報告の裏に住民被害あり重金属毒性不勉強メディア報道注意】


(2018.4.27追記:以下の構成は現在大幅に変わっています。)
http://www.jca.apc.org/~altmedka/NHK-sougou-hihan.html
NHK総合テレビ批判中心

2002.07.21.発足:発足の事情は308号/亜空間通信抜粋/その他の記事

882号(2004/10/30)【イラク駐留・アメリカ州兵Nスペ今度は地震口実に延期で放送予定発表せず大統領戦に間に合わず】
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2001.10.26.~ 特設リンク集
【シオニストによるテレビ朝日解説者更迭の脅迫事実とNHK解説主幹「殺害」疑惑】
(以下と重複あり)
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木村書店のメルマガ 第2弾 NHK腐蝕研究
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雑誌『憎まれ愚痴』●連載電網木村書店『NHK腐蝕研究』
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亜空間通信抜粋
(2002.12阿修羅投稿より再録・リンク変更 旧リンクは個別記事の右上に記載)

882号(2004/10/30)【イラク駐留・アメリカ州兵Nスペ今度は地震口実に延期で放送予定発表せず大統領戦に間に合わず】
879号(2004/10/22)【まさに戦時言論統制NHK末期症状『週刊新潮』10/28全職員に倫理「誓約書」を書かせた!狂気】
875号(2004/10/20)【アメリカ追随イラク派兵ニッポン有事指定公共機関NHKの政界工作を暴く文藝春秋最新記事】
874号(2004/10/19)【Nスペ「イラク駐留・アメリカ州兵部隊」10/17放送予定差し替え奇怪状況の徹底検証呼び掛け】
834号(2004/07/24)【イラク派兵中の日本で政府「有事指定公共機関」NHK懲戒免職職員が象徴するメディア権力の恐怖】
701号(2003/12/01)【「邦人・外交官・殺害・テロ」連呼、似非紳士朝日が典型の日本中心は不気味な意味論の思想戦争】
649号(2003/08/17) 【アメリカ兵が恐くて畏縮したまま萎縮症日本人の対米従属と自虐の情けない58年目】
2002.07.21:308号 【NHKのみ有事政府方針を巡る「三矢」経過抜き唖然で「NHK総合批判中心」発足】
2002.07.06:295号 【今こそ常識化すべき「武器として建設された日本のテレヴィ放送網」の基本認識】
2002.04.27:243号 【NHK部長が戦争犯罪荷担の「同時多発テロ」「ネイミング」自慢で新聞も追随か】
2002.03.26:208号 【アフガンとパレスチナ侵略拡大の最中にNHKが対米従属ホロコーストの大嘘放映】
2001.11.23:109号 【NHK放映潜入ルポを裏切る「アフガンに再び芥子の花が咲く」最新情報の意外!?】
2001.11.04:82号 【シオニスト「攻撃」テレビ朝日「対応」は明日でNHK「怪死」解説録画入手点検】
2001.11.01:74号 【NHK怪死事件と無気味に暗合/タリバン宣伝に乗るな/CNN会長が特派員に注意】
2001.10.30:73号 【NHKと警視庁の真相隠しは明白で犯罪的だ!解説主幹「怪死」事件疑問点列挙3.】
2001.10.29:72号 【解説主幹怪死事件疑問点列挙2.「氏と死」綱渡りで必死に身を守るNHKの知恵か】
2001.10.25:64号 【NHK副会長に直接:イラン紙の解説者「殺害」報道への対応要請:疑問点列挙1.】
2001.10.24:61号 【イラン紙がシオニストの朝日テレビ脅迫に加えてNHK解説主幹の「殺害」を批判】
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 さてさて、以上の特集リンクの紹介だけでも、長すぎる。だから、今回の理論編は、ちょうど10年前の1994年に発行した拙著、『電波メディアの神話』の「はしがき」の抜粋に留める。この時も、テレビ朝日を巡る醜聞が国会にまで持ち上がり、批判の「好機」であった。

 この『電波メディアの神話』は、まだ残部があり、以下の木村書店で発売している。
 http://www.jca.apc.org/~altmedka/hanbai.html
木村書店

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[中略]

 昨年(九三年)秋にテレビ朝日の椿舌禍事件が発生して直後に、これはテレヴィ会社で半生をおくった私自身の生き方に直接かかわる問題だから、ぜひともひと勝負しなければと思いさだめた。以後、すべての予定を変更して本書の執筆準備に集中することにした。

 私は、自分の仕事のやり方を「体力勝負」とこころえている。資力は人並以下だが、さいわいなことにまずは人並の体力がつづくかぎり、手あたり次第に資料をあつめる。フリーをしめだす「封建的」記者クラブ取材とは正反対の方式である。当局発表にたよらず、まずは資料の比較検討によって問題点をさぐり、ポイントだけを現場で確認する。そのうえで、私が勝手に想像する敵方のCIA分析官にまけないように、適確な総合分析をこころがけるのだ。

 その際、目、耳、鼻、舌、皮膚などの五感があつめた外界情報の断片の数々は、大脳の中心部にある左右一対の海馬(タツノオトシゴ)をくぐりぬけて整理され、やがてはヒトニザル科で異常に発達した新皮質に蓄積されるらしい。私の場合には、いつの間にかその真中に息抜き用の引きだしを作る習性があり、今回はそこに絶妙な台詞がおさまっている。それがなんと、椿舌禍事件の深刻な社会的影響とはまるで真反対で、「たかが人生、死ぬまでのヒマツブシ!」なのだ。おかげでときおり、気分転換をはかる休憩室ができた。ここにたちよるとふたたび、客観的に距離をたもって椿舌禍事件を観察する余裕をとりもどすことができる。

 この台詞は、白石要之助(自由業)が『放送批評』(94・2)の「″椿発言問題″に異論あり/放送批評懇談会会員アンケート」によせた文章のなかにあった。読点のすくない長文なので要約は遠慮するが、この台詞が直接的には「自分流のヒマを公器をつかってやるには、それなりの戦略と戦術が必要なはず」につながり、文脈全体としては、放送現場の「ゲリラ戦」における椿個人の「戦略と戦術」の欠如から、「権力に一本とられてしま」った事態をなげく趣旨のようである。

「死ぬまでのヒマツブシ」という発想は、掲載誌の発行が一月だから、「正月は冥途の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」とかさなる。これらは私もかねがね息ぬきに活用してきた貴重な発想であるが、そこから消極的なあきらめとは正反対に「それなりの戦略と戦術が必要なはず」という積極的な提言がでてくるところがおもしろい。私は、この台詞と、これもかねがねストレス解消用にときおり思いおこしている魯迅の文章とをくみあわせて、椿舌禍事件をめぐる黒雲とのたたかいにそなえることにした。

 魯迅は、短編小説『故郷』で、少年期のキラキラ輝く想い出と二十年後の幻滅をえがいたのちに、なおも子供たちの未来に希望を託す。その最後が、よく引用される一節である。

「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」

 椿舌禍事件以後のテレヴィに、おおくの人がいだくことのできる「希望」をみいだすためには、いかなる「戦略と戦術」をあめばいいのだろうか。到達目標、戦場をいかに設定すべきか。味方、原点、補給路をいかに確保すべきか。クラウゼウィッツが『戦争論』の冒頭で強調した「精神」の重要さを、この場合、いかに解釈すべきか。これら設問への回答が、本書執筆にあたって私が自分自身に課した課題である。

 さて、誤解をさけるために最初にことわっておくが、本書で展開する放送の歴史と理論は、これまでに日本のアカデミズムが放送に関して流布してきたものとは、およそ正反対の主張からなりたっている。というよりも、私とアカデミズムとでは「希望」がまったくことなっている。または階級的立場や視点が決定的にちがうというべきだろうか。ハッキリいえば本書は、あくまでも私の「希望」の立場からではあるが、あまたの証拠をつきつけて、いわゆるアカデミズムの教えを「学説公害」と断定し、長年のあやまちをあらためよと要求し、人生をかけたたたかいを宣言するための真正面からの挑戦状である。 「学説公害」とは、権力の神官たるアカデミズムが庶民の「希望」をうちくだき、または胎児のまま流産させるべくまちがった学説を守護し、たれ流し、社会に害毒をあたえつづける状態の表現である。しかもこの場合、もっとも基本的なところがまちがっているのだ。

 近代物理学にたとえをもとめれば素粒子理論、または、中性子と陽子で構成される原子核の周囲を陽子とおなじ量でマイナスの電荷をもつ電子が回転するという、原子の構造に関する基礎知識のようなものである。これなしには近代物理学は理解できないし、そのうえになりたつ理論展開は不可能である。

 私はたまたま、電波メディアにおける(物理的ではなく)政治的な基礎理論のまちがい、もしくはごまかしを十数年前に発見し、三冊の旧著の中で指摘したが、アカデミズムは無視したまま公害をたれ流しつづけてきた。ところが、この基礎理論の問題が、昨年(九三年)秋に発生した椿舌禍事件という千載一遇のチャンスによって、一般市民の目にもふれ、議論の対象となりはじめたのである。まさに好機いたれりの観がある。象牙の塔のなかだけの陰微なコンニャク問答ならいざ知らず、公開論争をすればかならず勝てる自信のある勝負だから、実に愉快な事態をむかえたことになる。最近は「辛口批評」とか「悪口雑言」とか「ゴーマニズム」とか、痛烈ラッパ方式がはやっているから、私もこの際、旧著執筆以来の十数年、いや、テレヴィ会社にまよいこんで以来、いささか辛酸をなめてしまった三〇有余年のうさをもまとめてはらすために、思う存分、にくまれ口をたたきつくしてみたい。

 にくまれ口の相手には、当然、アカデミズムだけではなく、アカデミズムの背後の資本、権力はもとより、それに追随する新聞などの活字メディアもふくまれる。とくに大手新聞関係者は、この際、ゆるしがたい。郵政省を足場とする権力機構とグルになって、民放の独立をふみにじってきたのは大手新聞社である。その身内の犯罪をいささかも糾弾することなく、「テレヴィは未熟なメディア」だとか「テレヴィ人間は云々カンヌン」だとか、まったくよくいうよ!

 放送のことなどなにも知らない癖しやがって! いや失礼!

 アカデミズムの尻をなめるばかりで、マージャン相手の番記者型発表報道専門、ノー天気の大手新聞関係者(いや失礼!)などが知りうるはずもない基本理論とはなにか。それがなんと、椿舌禍事件の報道と論評にかかすことのできなかった最大の前提条件、放送法の「不偏不党」「公平」云々という規定の理由説明なのである。あれだけ騒々しく展開された議論の前提がくるっているのだ。いわば天と地がさかさま、中世ヨーロッパの「天動説」のような神話的理解の状態だったのだから、事件の現象も説明不足になるし、ましてや本質の解明などができるわけはない

 なお、「公正」「中立」という用語は放送法にはないが、私は、これに日本の戦前の「公共性」をもふくめて、ほぼ同趣旨としてとりあつかう。理由はのちにくわしくのべる。

 この理由自体に結構ややこしく、しかも本質的な問題がふくまれているのだ。以下ではとりあえず便宜上、これらの基本概念をまとめて「公平原則」とする。「公平原則」の源流には「学説公害」があるのだが、その初期型基本形を、私は「電波メディアの有限性または希少性神話」、略して「希少性神話」とよぶ。これものちにくわしく証拠をあげて論証するが、この神話の構造の説明を最少限度に簡単にするとつぎのようになる。

 ラディオ放送の発足当時、監督官庁の逓信省は最初から「厳重監督」のために「一本化」の方針を内定し、それを実現した。「混信」をさけ、「希少」な公共の電波を有効に利用するために云々という趣旨の法的根拠なるものは、「リクツとコウヤクはどこにでもはりつく」のたとえ通りにスリカエの口実として、あとからつけくわえられたものでしかない。「希少性神話」は放送の国家による統制を容易にするための当局見解への追随にすぎず、学問的な理論の名にはあたいしない。「希少性神話」にささえられた「公平原則」の政治的性格は、反体制勢力には絶対に電波メディアを使用させないという国家権力の決意の隠れ蓑であった

 さらについ最近、二〇年ほど前に発生した二次的新型変形の「多元性神話」にも重大な「学説公害」がひそんでいる。「多元性神話」は「希少性神話」と連続技でふたたび市民をだます。今度は逆に「公平原則」の見せかけのはどめさえはずし、巨大資本がブランドつきの大手メディアを自由にあやつるための隠れ蓑だ。この点ものちにアメリカの実例を紹介しながらくわしく論証する。

 私は、以上のような電波メディアに関する神話的理解を「天動説」にたとえる。本書の主題は電波メディアにたいする市民主権の「地動説」確立、または電波使用権の平等の主張である。もっとわかりやすく私の気持ちに即していうと、「うばわれた電波」という考え方に立つかどうか、腹の底からそう感じうるかどうかが、決定的な別れ目である。理論的かつ情緒的な具体化の手順を三段階にわけて要約するとつぎのようになる。

 第一には、権力の神官たるアカデミズムもしくは象牙の塔がたれ流してきた「学説公害」を、歴史的事実にもとづく実証および論証によって、「天動説」と同様に完膚なきまでに粉砕し、永遠に除去すること。

 第二には、電波メディアに対する市民主権の「地動説」を確立し、長年うばわれつづけてきた言論主権の回復にむけて、言論主権に関する自然的かつ本来的な要求を刺激すること。

 第三には、市民による市民のための市民の言論主権宣言を発し、七〇年の電波利権によって蓄積されたツケの返還を要求し、電波メディアを手はじめに、あわせて既存の言論支配構造の全体を根底からくつがし、真の意味での文化革命への起爆剤となること。

 さて、以上のように文字で書けば、いかにもものものしいが、私はそんなに力みかえっているわけではない。なるべくリラックスしながら既存の権威にさからい、楽しんで挑戦するつもりだ。権威主義と権威への依存こそがもっとも危険な知的障害である。読者も、大いに私の主張を疑いつつ、気楽につきあってほしい。

 私が意図するのは、電波メディアを中心課題としながらも、実は、言論の自由の過去・現在・未来の全体をさぐる壮大な知的大冒険への旅立ちである。言論の自由と人権とは不可分だが、人権に関する歴史的視野をも思いきりひろげ、古代史をもふまえながら、グーテンベルクの活字から「市民トマス・ペイン」の『コモン・センス』を起爆剤とするアメリカ独立革命、フランス革命の『人間と市民の権利の宣言』にまでさかのぼり、人権の自覚、すなわち、はだかのサル本来の野生をとりもどすよすがとしたい。

 近代政治学の祖とされるマキアヴェリは、その主著『政略論』(または『ローマ史論』)において、君主政の統治になれきった国民の場合には、「たまたま解放されたとしても、自由を維持していくのは困難である」と論じている。戦後の日本人の運命を約五百年も前に予言してくれたような気がするのだが、その「しごく当然な理由」はつぎのようにのべられている。

「このような国民は、本来あらあらしい野生の猛獣が檻に入れられたまま飼育され、言うなりにされてきたのと似ている。こんな獣は、たまたま原野に放たれても、どのような餌を手に入れたらよいのか、どこにひそんでいたらよいのか、いっこうにわからないので、捕えようと思えばだれでもわけなく捕えるころができるのである」(『政略論』)

 野生の回復が「困難」なことはうたがいない。だがマキアヴェリも「不可能」とまでは断定していない。「希望」はあるのだ。野生を回復するための第一歩は、心の底からの遠慮のない討論である。私は、これまでも多くの権威に盾をついてきたが、今度は無謀にも、自分が三〇余年すごした業界、ジャーナリズム関係の学会主流をも相手にくわえ、ドン・キホーテよろしく手製の槍で突っかかることになる。行く手に見えるのは風車ならぬ象牙の塔である。いざ、見参!

[中略]

 なお、本書で指摘する「電波メディアの神話」の数々は、十数年前の拙著『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』『テレビ腐蝕検証』(共著、第三部「日本版″ザ・ネットワーク″戦略」担当)『NHK腐蝕研究』で発表したものと基本的におなじである。もちろんあらためて推敲をくわえたし、あたらしい発見もした。とくに歴史的な人権と言論の関係や、いわゆる社会主義国と社会主義運動の関係については、いささか議論を発展させたつもりだ。だが、歴史的事実も理論的可能性も、すでに何年もまえから明らかなことだった。理屈のうえでも、そんなに複雑な問題ではない。おそらく、おおくの博学のメディア論研究者は、学会主流にあえてさからって「王様は裸だ!」とさけぶには、あまりにも大人になりすぎているのであろう。または、私のように単純に、反体制もしくはアウトローの側から現実をみるという立場をとらないのであろう。

 本書は以上の旧著と、近著の『マスコミ大戦争/読売vsTBS』、および椿舌禍事件以後に寄稿した『創』(94・2、3)、『噂の真相』(94・4)の文章をふくんでいるが、いずれもあらめて構成しなおし、加筆したものである。

 以下、「過去・現在・未来」の時間的制約にとらわれず、序章で総論的に「学説公害」批判のうえに立った理論確立の重要性を主張し、第一部ではおもに「過去」にさかのぼる「希少性神話」、第二部ではおもに「現在」進行中の「多元化神話」、第三部ではおもに「未来」をあざむくマルチメディアの「近未来神話」をくわしく批判し、最後の補章では「言論の自由および人権」の全体像と「未来」への「希望」を概観する。

 [後略]
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 以上。


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