米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(一)


 [目次


第五 却下事由〈その二〉−使用認定の違法性  一 はじめに  1 違法な使用認定に係る土地等について裁決をなすことの違法性  前記の「第二 収用委員会の審理権限」において詳述したように、収用委員会は、 使用裁決手続において、その基となる使用認定にこれを無効とすべき重大な瑕疵が存 する場合、もしくは使用認定が違法であると判断される場合、そのいずれの場合につ いても使用裁決をなすことはできず、裁決申請そのものを却下しなければならないの である。  本件使用裁決の対象となっている各土地については、一九九五年五月九日、当時の 内閣総理大臣村山富市によって使用認定(以下、本件使用認定という)がなされてい る。  そこで、本件使用裁決手続において、その基となる本件使用認定につきこれを無効 とすべき重大な瑕疵の存否及びその違法性の有無が審理されなければならないが、そ の場合、使用認定の違法とは、米軍用地特措法三条の要件を具備しない場合をいうこ とは明らかであるが、重大な瑕疵とはいかなる場合を言うのか、が確定されなければ ならない。そのためには、まず、使用認定要件の意義を検討することが必要である。  2 使用認定を無効とすべき重大な瑕疵について  米軍用地のための強制使用の根拠法である米軍用地特措法は、三条において「駐留 軍の用に供するために土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に 供することが適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを 使用し、又は収用することができる」と定め、第五条において、内閣総理大臣は、土 地等の使用が三条の要件に該当するときは使用認定をしなければならないと規定して いる。  右三条の要件の意義について、那覇市軍用地訴訟事件についての那覇地裁一九九〇 年五月二九日判決は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合」とは、駐 留軍の用に供するため土地等を提供する客観的必要性が存する場合を指し、「適正か つ合理的」とは、土地等の提供の客観的必要性が高く、かつ、右提供により得られる 公共の利益がこれにより失われる利益に優っていることを意味するものと解している (判例時報一三五一・一六)。  そして、沖縄県職務執行命令訴訟における大法廷判決(一九九六年八月二六日)に よれば、使用認定を無効とすべき瑕疵の存否の判断にあたっては、使用認定の対象と なっている個別の土地を判断の対象とし、当該土地が米軍用地として提供されるに至 った経緯及び具体的使用状況等を踏まえたうえで判断すべきことが、指摘されている。  そこで、右那覇地裁判決による使用認定要件の意義及び右最高裁判決によって示さ れた判断基準を併せ考慮すれば、使用認定における重大な瑕疵が存する場合とは、個 別の土地等の提供が客観的必要性を欠くことが明らかである場合、個別の土地等の提 供が米軍用地特措法の目的を逸脱し、それに合致していない場合、及び個別の土地等 の提供により得られる公共の利益が、これにより失われる利益に比して明らかに劣っ ている場合が、それに該当すると解することができる。  従って、本件使用認定において、本件各土地等の提供が、客観的必要性を欠如する 場合、米軍用地特措法の目的を逸脱している場合、及び使用認定により得られる利益 が、これにより失われる地主等の利益に比して劣っていることが明白な場合が存すれ ば、それらの使用認定は当然に無効というべきであるから、それらの土地等に対する 裁決申請は直ちに却下されなければならないのである。  本件使用認定には、それを無効ならしめる重大な瑕疵が存する場合があるので、以 下、それらの場合について述べる。  二 有機的一体性を欠如する土地を提供することの無効性  1 前記の最高裁判決によれば、使用認定の対象となっている個別の土地が、「駐 留軍施設内の他の多くの土地と一体となって有機的に機能している」ことが、使用認 定について重大な瑕疵が存在しないことの重要な理由とされている。これは、有機的 一体性が欠如しておれば、使用認定にそれを当然に無効とすべき重大な瑕疵が存する ことを意味するものである。けだし、有機的一体性の欠如は、当該土地の提供につい 客観的必要性を明らかに欠くことになるからである。  従って、使用認定の対象となっている各土地の使用状況等を明らかにし、これらの 土地が施設内の他の土地と有機的一体となって、米軍施設を形成しているか否かを審 理することは、本件審理において不可避であり不可欠だといわざるを得ない。  2 しからば、「有機的一体」とは何か。その内容について、最高裁判決は何ら言 及していない。広辞苑によれば、「有機的」とは、「有機体のように、多くの部分が 集まって、一個の物をつくり、その各部分の間に緊密な統一があって、部分と全体と が必然的関係を有しているさま」を言い、「一体」とは「一つのからだ。ひとつの関 係」を言うとされている。これらの定義を本件について当てはめれば、多くの土地か ら構成されている米軍施設について、それを構成している個別の土地の間に緊密な統 一性があり、かつ、個別の土地と施設全体とが必然的な関係を有すること、を意味す ることになる。換言すれば、施設を構成している当該土地が失われれば、施設全体の 機能が必然的に喪失状態に陥ることである。従って、施設内の個別の土地が返還され たとしても、その施設の軍事基地としての機能を必然的に喪失せしめるものでなけれ ば、当該土地は有機的一体性を有していないというべきである。従って、かかる土地 に対する使用認定は違法であり、その違法は重大かつ明白な瑕疵だといわざるを得な い。  3 有機的一体性の存否の判断にあたっては、沖縄県内の米軍基地の特性を十分に 考慮することが必要である。なぜなら、沖縄県内の米軍基地は、日本国憲法の適用が 及ばない米軍占領下で強権的に何らの権限もなく欲しいままに構築されたものであり、 必要以上に軍用地として囲い込まれた歴史的経緯が存するからである。従って、基地 の機能、規模、それを構成する個別の土地の所在位置、具体的使用状況等を厳しく点 検することによって、有機的一体性の存否は判断されなければならないのである。  那覇防衛施設局施設部長であった佐伯惠通は、前記した沖縄県職務執行命令訴訟の 第一審において、在沖米軍基地内の個々の土地について、「施設の運用上、支障がな いと判断される場合には、個々の所有者から返還要請がありましたら、内容を検討し て、結果的に返還した例」があること、その例は一〇〇件は越えないが、数件という わずかな数ではないとの証言をなしている。このことは、米軍施設内には有機的一体 性を欠如している個別の土地が多数存在していたことを物語るだけでなく、本件使用 認定時においてもその可能性は否定され得ないことを示唆している。現に、例えば、 瀬名波通信所における新垣昇一の所有地嘉手納弾薬庫内のフェンスの外に位置する 土地、その他多くの施設においてみられるフェンスの直近に存する多数の土地が、有 機的一体性を欠如したものに該当すると言えるのである。  三 駐留目的を逸脱して土地を提供することの無効性  1 法定された米軍の駐留目的  米軍への土地の提供は、その駐留目的遂行のためである。従って、米軍用地特措法 がその目的とするところは、畢竟、米軍の駐留目的に他ならない。米軍の駐留目的は、 米軍用地特措法の上位法である安保条約六条において定められ、「日本国の安全に寄 与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」である。  右でいう「日本国の安全」とは、外部からの武力攻撃に対して我が国を防衛するこ とを意味するものであることは定説である。このことは、安保条約五条の「各締結国 は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国 の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に 従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」との規定からも明ら かである。  また極東の平和及び安全が駐留目的とされているのは、「極東の平和と安全に寄与 するということが、日本の平和と安全とうらはらになっている」(一九五九・一一・ 一六、衆院予算委外相発言)からであって、それはあくまでも「日本国の安全」を補 完するものである。そして、そこでいう「極東の区域とは、この条約に関する限り、 在日米軍が日本の施設及び区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与しうる地域で ある。かかる地域は大体において、フィリッピン以北、ならびに日本及びその周辺地 域で韓国および中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」というのが、一 九六〇年二月二六日になされた政府の統一見解である。  このように、米軍の駐留目的は、我が国の安全並びに極東における平和及び安全の 維持にあるのであるから、それと無関係な米軍の行動やそのための施設の提供は、駐 留目的を逸脱するものであり、米軍用地特措法の目的に合致しないことは明らかであ る。従って、このような駐留目的を逸脱する土地等の提供のためになされた使用認定 は、重大な瑕疵が存するというべきであるから無効である。  2 海兵隊施設のための土地提供の無効性  アメリカ合衆国の軍隊は、陸軍、空軍、海軍及び海兵隊の四軍によって構成されて いる。そのうち、安保条約によって、その駐留目的を遂行するために我が国に駐留を 許容された軍隊は、同条約六条において明記されているとおり、「陸軍、空軍及び海 軍」の三軍であり、海兵隊は明確に除外されている。  この点に関し、第二回公開審理において、「一体、沖縄における基地の大半を占め る海兵隊というものは一体、この安保や地位協定で言う陸軍、空軍、海軍、いずれに 属するのか、属しないのではないか、ここを明確にしていただきたい」との地主側の 求釈明に対し、坂本憲一那覇防衛施設局施設部長は、「海兵隊は、陸、海、空、いず れの軍隊かとの事項について、回答いたします。海兵隊は、陸、海、空軍に並ぶ軍隊 の一部だと承知しております。」と回答し、明確に、陸、海、空軍とは異なった軍隊 であることを認めている。  アメリカにおいて四軍制がとられたのは一九五二年、海兵隊出身のポール・H・ダ グラス上院議員とマイク・マンスフィールデ上院議員の提出した法案が議会で承認さ れた以降である。安保条約は、この四軍制採用以降に締結されたものである以上、条 約の趣旨は、海兵隊を除外するものに他ならない。  このように安保条約は海兵隊のための施設及び区域の提供を認めてはいないのであ る。  それは海兵隊の性格に由来するものである。すなわち、海兵隊は、殴り込み部隊と 称されているように、独自の航空機で相手陣営を攻撃しながら、上陸部隊をヘリコプ ターや上陸用舟艇で相手国深く進入させるための水先案内をする部隊で、もっぱら攻 撃及び侵略をその本来的任務とする軍隊であり、防衛を任務としてはいない。従って、 米軍の駐留目的であるところの我が国の防衛とは無縁な存在であり、だからこそ、安 保条約の文言から除外されたというべきである。  現に、海兵隊は、安保条約六条の極東の範囲をはるかに越えて、かつてはベトナム 戦争、近時では湾岸戦争等に大挙出動しており、日本防衛とは無縁な存在であること をその活動が裏付けているのである。  このように海兵隊は、安保条約の駐留目的を明白に逸脱する存在であるから、海兵 隊の施設のために土地等を提供するための使用認定は、米軍用地特措法の目的からは 明確に離反し、重大な瑕疵が存する場合といわなければならない。従って、かかる使 用認定は無効というべきである。  本件の使用裁決手続において、一三の施設が対象となっているが、そのうち、伊江 島補助飛行場、キャンプ・ハンセン、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧及び牧港補給地 区は、いずれも海兵隊施設である。それらの施設のために土地等を提供するための使 用認定が無効であることは明らかである。  3 非軍事施設のための土地提供の無効性  前記したように、米軍の駐留目的は、外部からの武力攻撃に対して我が国を防衛す ることにある。その目的遂行のために米軍用地特措法に基づく強制使用が許容されて いるのであるから、使用認定にかかる土地等は、外部からの武力攻撃に対して我が国 を防衛するための施設に提供されるものでなければならない。  非軍事目的の用途のための施設は、かかる駐留目的遂行に必要不可欠とは言い得な いのであるから、財産権制限における必要最小限の法理に照らし、そのような施設の ために土地等を提供するための使用認定には重大かつ明白な瑕疵が存するというべき であって、使用認定を当然に無効ならしめるものである。  この点について、アーニーパイル劇場事件に関する東京地方裁判所一九五四年一月 二〇日判決(判例時報一九・一七)が大いに参考となる。右判決は、旧安保条約及び 旧特措法時のものであるが、現行の安保条約及び特措法についてもその趣旨はそのま ま妥当する。  すなわち、右判決は、「特別措置法第三条にいう、土地等を駐留軍の用に供するこ とが『適正且つ合理的』であるか否かは、その土地等が安全保障条約第一条に掲げる 前記目的の遂行に必要な施設又は区域といえるか否かということを基準として決しな ければならない。(また特別措置法による使用又は収用は強制的なものであり、やむ を得ない必要があるとして個人の財産権の侵害が許容される場合であることを考える と、その『適正且つ合理的』というにはおのずから一定の限界があって、無制限に広 い解釈をこれに与えることもできぬ、といわねばならぬであろう。)」、「人間生活 にとって娯楽乃至慰安が必要であることは、いうまでもない。軍人生活にとって娯楽 乃至慰安が必要であることも、よくわかる。」、「(しかし、劇場施設である)本件 物件を駐留軍のこのような(娯楽乃至慰安のための)用途に使うことは、特別措置法 第三条でいっている『適正且つ合理的』な使用には当らない、と考える。このような 用途は、安全保障条約第一条に掲げる目的、即ち『極東における国際の平和と安全の 維持に寄与し・・・外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するため』とい う目的から少しはなれるからである。右のような用途でも『適正且つ合理的』といえ るとすると、必要な最少限度に止めなければならないはずの、個人の財産権の侵害に ついて、殆どきりがなくなるからである。」と明解に判示している。  本件使用認定の対象となっている土地には、嘉手納飛行場等の施設内において、米 軍人らの家族住宅用地、その子供達のための学校用地、さらに教会用地等が含まれて いるが、それらの用途に土地等を提供するための使用認定は、駐留目的を逸脱してい ることは明らかであり、当然に無効というべきである。  なお、教会用地のための使用認定は、非軍事施設の用途に供するためのものとして 無効であるばかりか、加えて、国が特定の宗教のために、その施設用地を提供するこ とにつながるのであるから、憲法二〇条の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け」 てはならない規定に明白に違反する。従って、違憲の行政行為として、その瑕疵は重 大であり、その点から言ってもその無効性は明白である。  四 遊休施設のために土地を提供することの無効性  米軍施設が施設全体として遊休化している場合、その施設のための土地等を提供す ることは客観的必要性を明らかに欠如するものである。  従って、それらの土地に対する使用認定は、重大な瑕疵が存する場合であるから無 効とならざるをえない。  那覇港湾施設等がそれに該当するものである。  五 小括  以上述べたように、本件使用裁決手続の先行行為であり、その基となった本件使用 認定には、それを無効とすべき重大な瑕疵が存する場合があり、加えて、米軍用地特 措法三条の要件を具備しない違法も存するので、それらの使用認定の対象となってい る土地に対する使用裁決申請は違法として却下されるべきである。  なお、個別の土地に対する使用認定の無効もしくはその違法性については、追って 施設ごとに主張する。


ヤ 前項] [ユ 目次] [次項 モ] 


出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック